日本のCAE市場動向
日本CAE市場の全体像
日本のCAE市場は世界と比べてどんな特徴がありますか?
理論と物理 — 基本概念、支配方程式
市場の定義と範囲
「CAE市場」って具体的に何を売買しているものの市場を指すんですか?ソフトウェアのライセンス費だけですか?
いい質問だ。主に3つのカテゴリーに分けられる。第一はソフトウェアライセンス(永続ライセンス、サブスクリプション)、第二は関連ハードウェア(HPCクラスター、ワークステーション)、第三はコンサルティングや受託解析サービスだ。IDC Japanのレポートでは、2023年の国内市場規模は約1,500億円で、このうちソフトウェアが約55%、サービスが約40%、ハードウェアが残りを占めると推計されている。
サービスが4割も占めるのは意外です。その中身は、例えばどんな解析を依頼するんですか?
典型的なのは、自動車部品の疲労耐久解析や電子機器の熱流体解析(熱設計)の受託だ。例えば、トヨタグループの豊田中央研究所や、日立製作所の日立Astemoが外部企業向けにサービスを提供している。また、中小企業が自社にCAE人材がいない場合、設計した製品の強度を「計算だけ依頼」するケースが多い。これが市場を下支えしている。
市場規模の推移を表す、簡単なモデルや指標はありますか?
定量的な予測モデルとしては、製造業の設備投資額や研究開発費を説明変数とした回帰分析が使われることがある。非常に単純化すると、
数値解法と実装 — FEM/CFD離散化、ソルバー設定
市場分析の手法
市場規模の「約1,500億円」といった数字は、どうやって「離散化」して集計しているんですか?各社の売上は非公開だらけではないですか。
その通りで、完全な把握は不可能だ。そこで調査会社は「サンプリング」と「推計」を行う。例えば、富士キメラ総研は主要ベンダー(Ansys日本法人、SIEMENS Digital Industries Software、ダッソー・システムズなど)へのヒアリング、並行して主要ユーザー企業100社へのアンケートを実施する。得られたデータ点から、業種別の普及率や平均ライセンス単価を推定し、母集団(日本の製造業企業数)に拡大する。これは有限要素法で言えば、少数のサンプル点(節点)から全体の場を補間するようなものだ。
その推定で生じる誤差は、どのように評価・開示されているんですか?
市場調査レポートでは、信頼区間ではなく「調査誤差」として±10〜15%程度の範囲が示されることが多い。これは回答率やサンプルの偏りに依存する。また、異なる調査会社の数字を比較すると、富士キメラ総研とIDC Japanとでは、定義する市場範囲が微妙に異なり、数値に最大で20%近い開きが出ることもある。CAEの結果で言えば、異なるメッシュサイズやソルバー設定で結果が変わるのと似ている。
業種別の細かい内訳を知る方法はありますか?自動車が一番大きいのは予想できますが。
公開されているデータでは、自動車・輸送機が約40%、電子・電気機器が約25%、一般機械が約20%という構成比が典型的だ。残りは素材(化学、鉄鋼)や建設などとなる。この内訳は、各社の財務報告書の「セグメント情報」や、経済産業省の「特定サービス産業動態統計調査」の「技術サービス業」の項目から間接的に推測することも可能だ。ただし、これは「離散化」された大まかな分類で、例えば自動車メーカー内でも電動化関連のバッテリー熱解析は「電子」カテゴリーに近い活動だ。
実践ガイド — ワークフロー、チェックリスト
市場動向の追い方
自分でCAE市場の動向を追いたい場合、まず何から始めればいいですか?高額な調査レポートは買えません。
無料で使える一次情報源を押さえることだ。第一は、主要ベンダーの日本法人の決算説明資料やプレスリリース。例えば、AnsysやSIEMENSのグローバル決算では地域別売上があり、アジア太平洋(APAC)の中での日本市場の位置づけがわかる。第二は、IPA(情報処理推進機構)やJSAE(自動車技術会)が公開する技術動向調査報告書。第三は、経済産業省の「製造基盤白書」で、デジタルツインやシミュレーション活用の項目をチェックする。
ベンダーの発表は「売上が伸びている」というポジティブな情報ばかりではないですか?課題や縮小している分野を見つけるには?
鋭い指摘だ。課題を見るには、技術カンファレンスの講演内容の変化に注目する。例えば、日本機械学会の計算力学講演会や、JSOL(旧日本総研)主催のCAEユーザー大会では、毎年トピックが移り変わる。5年前は「IoTとの連携」が流行ったが、最近は「AIを用いた代理モデル(Surrogate Model)」や「デジタルツインの実運用」がホットトピックだ。逆に、過去に盛んだった「大規模並列計算のノウハウ」系のセッションは相対的に減っている。これは、クラウドHPCの一般化で「買えば使える」ようになったからで、関連サービス市場の変化を示唆している。
求人情報も市場動向の指標になりますか?
非常に有効な指標だ。特に「CAEエンジニア」の求人で、要求スキルに「Ansys Mechanical」だけでなく「Pythonスクリプティング」や「データ分析」が併記されるケースが2018年頃から急増した。これは、単純なモデリング作業から、解析自動化や結果の統計的評価へと職務がシフトしている証左だ。また、自動車メーカーよりも、サプライヤー(デンソー、アイシンなど)や、異業種(医療機器メーカー、家電メーカー)での求人が増えている点も、市場の裾野拡大を示している。
ソフトウェア比較 — Ansys/Abaqus/COMSOL等
ベンダーシェアと競争環境
日本のCAEソフトウェア市場で、Ansys、Abaqus(ダッソー)、NX Nastran(SIEMENS)のシェアはどうなっていますか?
分野によって大きく異なる。構造解析分野全体では、歴史的にMSC Softwareの「MSC Nastran」が航空宇宙・自動車で強く、AnsysとAbaqusがそれに続く三強構造だ。しかし、国内の自動車車体開発ではトヨタグループの影響力が強く、Abaqusと、トヨタと共同開発した「JSOLのVirtual Crash」が広く使われている。一方、電子機器の熱流体解析では、Ansys FluentとSiemens Star-CCM+が市場の大部分を占め、日本企業開発の「SCRYU/Tetra」も一定のシェアを維持している。多物理場ではCOMSOLが強いが、市場規模そのものが小さい。
国産ソフトウェアは生き残っているんですか?
ニッチな領域で健闘している例がある。例えば、樹脂成形解析の「JSCADE」(旧(株)ソリッド)は世界的なシェアを持つ。また、はんだ付けや焼結などの「プロセスシミュレーション」では、日本製ソフトが強い。しかし、汎用構造解析の市場では、2000年代に存在した国産汎用FEMソフトのほとんどは、グローバルベンダーとの競争に敗れ、撤退または極小規模になっている。現在は、大企業の内製ツール(例:本田技術研究所の車両運動解析ツール)が「実質的な国産ソフト」として機能しているケースが多い。
最近、ベンダーの買収が活発ですが、日本市場への影響は?
大きな影響がある。例えば、SIEMENSがMentor Graphicsを買収し、さらにその後ソフトウェア部門を統合したことで、電子系のEDA(シーメンス)と機械系のCAE(旧UGS)が同じ営業担当者で束ねられるようになった。これにより、自動車メーカーへの「電気・電子・機械の統合開発プラットフォーム」という形での提案が強化され、従来の専門ベンダーとは異なる競争を生んでいる。AnsysもLS-DYNAやRocky DEMなどを買収し、製品ポートフォリオを拡大している。ユーザー企業は、複数ベンダーから買うよりも、一社から包括的なサブスクリプションを購入する「戦略的調達」に傾きつつある。
トラブルシューティング — よくあるエラーと対策
市場分析の落とし穴
市場データを見る際に、最も気をつけるべき「エラー」や誤解は何ですか?
第一に、「CAE市場」の定義の違いを見落とすことだ。例えば、CAD市場と混同したり、CAEツールの中でも「前処理ツール」を除外した数字だったりする。第二に、「成長率」の解釈だ。サブスクリプション移行により、従来の永続ライセンスの売上が新規契約分として計上されなくなる。このため、売上高が一時的に落ち込んで見える「移行期のディップ」を、市場縮小と誤認するリスクがある。実際は顧客単価(LTV)が上がっている可能性もある。
「クラウドCAE」や「AI活用」が市場を拡大させる、という話を聞きますが、過大評価されていませんか?
良い視点だ。これらは確かに将来の成長エンジンだが、現時点での市場規模への寄与は限定的だ。クラウドCAEの課題は、機密性の高い設計データを外部に出すことへの抵抗が、特に大企業で根強い点だ。AI活用は、Ansysの「Ansys GPT」や、各社が提供する「AIによるメッシュ生成」など具体化しているが、これらは既存ライセンスの付加価値として提供されることが多く、新規市場としてすぐに数値に表れるわけではない。過度な期待は、「技術成熟度曲線(ハイプサイクル)」の「過剰な期待のピーク」にいる可能性がある。
中小企業のCAE導入率が低いと言われますが、それは市場の「未開拓領域」と単純に言えるでしょうか?
単純な成長余地とは言い切れない。そこには「構造的な課題」というエラー要因が潜んでいる。第一に、中小企業の製品開発サイクルは短く、CAEを習得・適用する時間的余裕がない。第二に、CAEで得られる「設計の最適化」によるコスト削減効果が、受注単価に直接反映されにくい業態が多い(下請け構造)。第三に、クラウドや低価格ツール(例えばAutodesk Fusion 360に内蔵のシミュレーション)が解決策として宣伝されるが、結果を正しく解釈できる人材の不在が根本的なボトルネックだ。つまり、「ソフトウェアが売れない」のではなく、「活用できる土壌がない」という需要側の制約が市場の上限を規定している。
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