落下衝撃試験シミュレーション
理論と物理
自由落下の力学
先生、スマートフォンを落としたときの衝撃をFEMで予測したいんですが、まず落下の基本的な物理から教えてもらえますか?
いい質問だね。落下試験の出発点は、空気抵抗を無視した自由落下だ。高さ $h$ から静かに手を離した物体が床に衝突する瞬間の速度は、エネルギー保存則から導ける:
例えば、スマートフォンを 1.2 m の高さ(ポケットから取り出す程度)から落とすと:
この速度を「初速度」として製品に与えるのが、落下FEMの基本的な設定方法だ。質量 $m$ は約束のように消えてしまうけど、衝突後の変形や応力には当然効いてくるよ。
4.85 m/sって、時速にすると17 km/hくらいですよね。自転車くらいの速度で地面にぶつかるって考えると結構速い…。
そう、しかも接触時間が非常に短い。スマートフォンの角がコンクリート床に衝突する場合、接触時間はわずか 0.3〜0.5 msしかない。運動量の変化 $\Delta p = mv$ がこの短時間に起こるから、平均的な衝撃力は:
200 gの物体に対して約2,400 Nの力だから、加速度は約1,200 Gにもなる。これが電子部品のハンダ接合を破壊する原因だ。
衝突の接触力学
衝突の瞬間、接触力はどういうモデルで計算するんですか? 単純にバネみたいに考えていいんでしょうか。
実は弾性衝突の場合、Hertzの接触理論がベースになる。2つの弾性体が接触するとき、接触力 $F$ と接近量(めり込み量)$\delta$ の関係は:
ここで $K_H$ はHertz接触剛性で、両物体の弾性率・ポアソン比・曲率半径から決まる。ただし落下試験では塑性変形や破壊が起こるから、Hertz理論だけでは不十分。FEMでは要素レベルで弾塑性構成則を解くことで、非線形な接触力を直接計算する。
FEMの接触処理って具体的にはどうやるんですか?
主にペナルティ法とラグランジュ乗数法の2つがある。実務の落下解析ではペナルティ法が圧倒的に多い。仕組みはシンプルで、2つの面が貫通しようとすると仮想的なバネが押し返す:
$k_p$ がペナルティ剛性、$g_n$ がギャップ(負なら貫通量)だ。$k_p$ が小さすぎると製品が床を「すり抜ける」し、大きすぎると時間刻みが極端に小さくなって計算コストが爆発する。デフォルト値で走らせてから微調整するのが実務的なアプローチだ。
エネルギー収支と吸収メカニズム
落下のエネルギーって全部どこに行くんですか? 壊れなかった場合でもバウンドしないこともありますよね。
非常に重要なポイントだ。衝突前の全エネルギーは運動エネルギー $E_k = \frac{1}{2}mv^2$ で、衝突後はこれが複数の形態に分配される:
- 弾性歪みエネルギー $E_{elastic}$ — 変形後に元に戻る分。バウンドのエネルギー源
- 塑性散逸エネルギー $E_{plastic}$ — 永久変形に消費。筐体のへこみやクラック
- 摩擦エネルギー $E_{friction}$ — 接触面の滑りで消費
- 減衰エネルギー $E_{damping}$ — 材料の粘性で吸収
- 反発エネルギー $E_{rebound}$ — バウンド後の運動エネルギー
反発係数(COR)$e$ で表すと $E_{rebound} = e^2 \cdot E_k$ だ。スマートフォンのガラス面がタイルに衝突する場合、$e \approx 0.2\text{〜}0.4$ で、エネルギーの大半が塑性変形と内部減衰で消費される。
落下姿勢と応力集中
落下の角度で結果がかなり変わるって聞いたんですが、どの姿勢が一番厳しいんですか?
落下姿勢は結果を劇的に変える。同じ1.2 m落下でも、面落下と角落下では局所応力が10倍以上異なることもある:
| 落下姿勢 | 初期接触面積 | ピーク加速度 | 破壊リスク | 代表的な損傷 |
|---|---|---|---|---|
| 面落下(フラット) | 大(全面) | 200〜500 G | 低 | 液晶割れ、基板たわみ |
| 辺落下(エッジ) | 中(線状) | 500〜1,500 G | 中 | フレーム変形、ボタン破損 |
| 角落下(コーナー) | 極小(点状) | 1,000〜5,000 G | 最大 | 筐体クラック、IC剥離 |
IEC 60068-2-31では6面・12辺・8角の計26方向の落下を要求する。FEMでも最低でも面・辺・角の代表3姿勢は必須で、設計余裕を見るなら全26方向を回すのが理想だ。
26方向って、1回の解析に30分かかるとしても13時間…。現実的なんですか?
だからこそHPCクラスタの出番なんだ。Samsung やAppleのような大手はワークステーション数十台で26方向を並列に走らせて、1日で全結果を出す。中小企業なら、まず角落下3方向+面落下1方向の計4ケースに絞って、最厳しい条件を特定するのが現実的だ。
ひずみ速度効果
衝撃問題ではひずみ速度の影響が大きいって教科書に書いてあったんですが、落下試験でも考慮が必要ですか?
必須だ。落下衝撃での典型的なひずみ速度は $10^1 \sim 10^3$ /s で、準静的試験($10^{-3}$ /s)の1万倍以上になる。多くの金属やプラスチックは高ひずみ速度で降伏応力が上昇する。代表的なモデルはCowper-Symonds則:
$\sigma_0$ が準静的降伏応力、$D$ と $q$ が材料定数だ。例えばポリカーボネート(PC)では $D = 10$ /s、$q = 2$ 程度で、ひずみ速度 100 /s のとき降伏応力が準静的の約3倍に跳ね上がる。これを無視すると、シミュレーションでは実際より大きく変形してしまい、「壊れる」と誤判定するリスクがある。
iPhoneの落下試験秘話
Appleは初代iPhoneの開発時、1日に数十台の試作機を落下させていたと伝えられている。iPhone 12以降ではCeramic Shieldガラスの採用により、落下耐性が4倍に向上したとされるが、この「4倍」の裏にはLS-DYNAによる数千ケースのパラメトリック解析がある。ガラスの微小クラック進展をコヒーシブ要素でモデル化し、エッジ面取りの曲率を0.1mm単位で最適化した結果だ。
落下衝撃の支配方程式
- 運動方程式:$M\ddot{u} + C\dot{u} + F_{int}(u) = F_{ext}(t)$ ── 落下衝撃では慣性項 $M\ddot{u}$ が支配的。加速度が数千Gに達するため、準静的解析は完全に不適切
- 接触力:$F_{contact} = k_p \cdot \max(0, -g_n)$ ── ペナルティ法による接触力。$g_n$ はギャップ距離で、負(貫通)のときのみ力が発生する
- エネルギー保存:$E_{total} = E_k + E_{internal} + E_{contact} + E_{hourglass}$ ── 全エネルギーの時間変化が初期値の±5%以内であることが健全な解析の必要条件
- CFL条件:$\Delta t \leq \frac{L_{min}}{c}$ ── 陽解法の安定限界。$L_{min}$ は最小要素長、$c = \sqrt{E/\rho}$ は弾性波速度。鋼の場合 $c \approx 5{,}000$ m/s で、1 mm要素なら $\Delta t \leq 0.2$ μs
単位系の注意(落下解析で頻出)
| 物理量 | SI(m系) | mm-ms-tonne系 | 換算メモ |
|---|---|---|---|
| 長さ | m | mm | 1 m = 1000 mm |
| 時間 | s | ms | 1 s = 1000 ms |
| 質量 | kg | tonne | 1 kg = 0.001 tonne |
| 速度 | m/s | mm/ms | 数値が同じ(1 m/s = 1 mm/ms) |
| 力 | N | N | 同一 |
| 応力 | Pa | MPa | 1 MPa = 10⁶ Pa |
| 密度 | kg/m³ | tonne/mm³ | 鋼: 7.85×10⁻⁹ tonne/mm³ |
| 重力加速度 | 9810 mm/s² | 9.81×10⁻³ mm/ms² | LS-DYNAでは mm/ms² を使用 |
数値解法と実装
陽解法の時間積分
落下解析ではほぼ必ず陽解法を使うと聞きましたが、陰解法ではダメなんですか?
落下衝撃は数ミリ秒の超短時間現象で、接触の発生と消滅、大変形、材料の塑性化が同時に起こる。陰解法だと毎ステップで連立方程式を解く必要があり、接触条件が変わるたびに収束が困難になる。中央差分法に基づく陽解法なら:
質量マトリクス $M$ を対角化(ランプ質量)すれば、連立方程式を解く必要がない。各節点の加速度を独立に計算できるから、非線形性が強い問題でも安定して進む。ただし条件付き安定で、安定な時間刻みは:
鋼の1 mm六面体要素なら $\Delta t \approx 0.2$ μs。5 ms の衝突現象をシミュレーションするのに約25,000ステップ必要になる計算だ。
25,000ステップってすごい数ですね。でも1ステップが軽いから全体としては速いと…。
その通り。スマートフォン程度のモデル(50万要素)なら、LS-DYNAで16コア使って30分〜1時間で終わる。同じ問題を陰解法で解こうとすると、接触の切り替えで収束しなくなって何日かかるか分からない。落下解析で陽解法を使うのは「速いから」じゃなく「解けるから」なんだ。
接触アルゴリズム
接触の設定が一番難しいって先輩に言われました。具体的にどうすればいいですか?
落下解析の接触は大きく2つに分かれる:
- 製品 vs 床面 — 外部接触。床を剛体面にすれば要素が不要で効率的。コンクリートやタイルなど非常に硬い面は剛体近似で十分
- 製品内部の自己接触 — 筐体が変形して内部の基板やバッテリーに接触するケース。見落としがちだが、電子機器では重要
LS-DYNAなら *CONTACT_AUTOMATIC_SINGLE_SURFACE が定番で、全外面を1つの接触グループとして自動検出してくれる。ペナルティ剛性のスケールファクター(SFS/SFM)はデフォルト 1.0 でまず走らせて、貫通が見えたら 2.0〜5.0 に上げるのが実務的だ。
LS-DYNA 入力例
具体的なLS-DYNAのキーワード設定を見せてもらえますか? 1 mからの面落下を想定して。
mm-ms-tonne系で書くと、1 m落下の衝突速度は $v = \sqrt{2 \times 9.81 \times 1.0} = 4.43$ m/s = 4.43 mm/ms。こう設定する:
$ --- 初速度(製品セット全体に下向き速度を付与)---
*INITIAL_VELOCITY_SET
$ nsid vx vy vz
1, 0.0, 0.0, -4.43
$ --- 重力(バウンド追跡時のみ必要)---
*LOAD_BODY_Z
$ lcid sf
1, 1, 9.81e-3 $ mm/ms^2
$ --- 剛体壁(無限に硬い床面)---
*RIGIDWALL_PLANAR
$ xt yt zt xh yh zh
0., 0., 0., 0., 0., 1.
$ --- 接触(自動単一面)---
*CONTACT_AUTOMATIC_SINGLE_SURFACE
$ ssid msid sstyp mstyp sboxid mboxid spr mpr
1, 0, 3, 0, 0, 0, 1, 1
$ fs fd dc vc
0.3, 0.2, 0., 0.
$ --- 時間制御 ---
*CONTROL_TIMESTEP
$ dtinit tssfac
0., 0.9
ポイントは TSSFAC=0.9 で安定時間刻みの90%を使うこと。デフォルトの0.9で大抵OKだが、激しい接触がある場合は0.67まで下げることもある。
Abaqus/Explicit 入力例
Abaqus/Explicitだとどう書くんですか? うちの会社はAbaqusなので…。
AbaqusはSI(m系)で書くことが多い。同じ1 m落下の設定:
** --- 初速度 ---
*INITIAL CONDITIONS, TYPE=VELOCITY
product_set, 3, -4.43
** --- 重力 ---
*DLOAD
product_set, GRAV, 9.81, 0., 0., -1.
** --- 剛体床(解析的剛体面)---
*RIGID BODY, REF NODE=floor_rp,
ANALYTICAL SURFACE=floor_surf
*SURFACE, TYPE=PLANAR, NAME=floor_surf
DATA LINE: 0., 0., 0., 0., 0., 1.
** --- 一般接触(推奨)---
*CONTACT, OP=NEW
*CONTACT INCLUSIONS, ALL EXTERIOR
** --- ステップ(5 ms解析)---
*DYNAMIC, EXPLICIT
, 0.005
Abaqusの General Contact は非常に便利で、全外面を自動的に接触候補として登録してくれる。LS-DYNAの AUTOMATIC_SINGLE_SURFACE と同様の概念だ。解析的剛体面(Analytical Rigid Surface)で床を定義すれば、床のメッシュが不要になり計算効率が上がる。
要素選択とメッシュ戦略
要素タイプはどれを選べばいいですか? ソリッドかシェルかで迷っています。
落下解析では部品の厚さと変形の性質で使い分ける:
| 部品 | 推奨要素 | LS-DYNA | Abaqus | 理由 |
|---|---|---|---|---|
| 筐体(1〜3 mm厚) | シェル | ELFORM=2(BT) | S4R | 板厚方向5積分点で曲げ精度確保 |
| 基板(0.8〜1.6 mm) | シェル | ELFORM=16(完全積分) | S4 | 反り変形の正確な捕捉 |
| IC/BGA(ハンダ接合) | ソリッド | ELFORM=1(低減積分) | C3D8R | 3次元応力状態の評価が必要 |
| ゴムガスケット | ソリッド | ELFORM=-1(完全積分) | C3D8H(混合法) | 非圧縮性ゴムの体積ロッキング回避 |
| 発泡クッション | ソリッド | ELFORM=1 | C3D8R | 大圧縮変形に対応 |
メッシュサイズは衝撃波の波長に対して十分細かくする必要がある。経験則として接触面近傍は要素サイズ 0.5〜1.0 mm、その他は2〜5 mm程度で、板厚方向にシェルなら5積分点、ソリッドなら最低3層が目安だ。
低減積分でアワーグラスモードが出たらどうするんですか?
アワーグラスエネルギーが全内部エネルギーの5%を超えたら要注意、10%超えは解析やり直しだ。対策は3つ:
- アワーグラス制御の変更 — LS-DYNAなら
*HOURGLASSでIHQ=4(Flanagan-Belytschko 粘性型)や IHQ=5(剛性型)を試す - 完全積分要素への切り替え — アワーグラスモードが根本的に発生しなくなるが、計算コストは2〜3倍に増加
- メッシュの改善 — 歪んだ要素(アスペクト比 > 5)がアワーグラスの温床。要素品質の改善で大幅に軽減できる
接触剛性のチューニングは職人芸
落下解析の現場では「ペナルティ剛性の調整」が経験の差が出るポイントだ。Abaqusの一般接触はデフォルトで有効要素剛性の10倍にペナルティが設定されるが、ゴムパッキン付き筐体では過剛性になりやすく、衝撃力のピークが実測の2倍になることもある。逆に剛性を下げすぎると貫通が発生する。ある大手家電メーカーのCAEチームでは、新規材料を使うたびに単体要素の押し込み試験シミュレーションで接触パラメータを事前検証する「接触キャリブレーション」プロセスを義務化している。
実践ガイド
業界規格と試験条件
実務で落下試験を設計する場合、どの規格に準拠するんですか? 製品によって違いますよね。
製品カテゴリごとに適用される主要規格をまとめよう:
| 製品 | 規格 | 落下高さ | 落下面 | 姿勢 |
|---|---|---|---|---|
| スマートフォン | 社内基準(各社独自) | 1.0〜1.8 m | コンクリート/鋼板 | 6面+4角 |
| ノートPC | MIL-STD-810H Method 516.8 | 0.75 m(稼働時) | 合板 | 26方向 |
| タブレット | IEC 60068-2-31 | 0.5〜1.0 m | 鋼板 | 6面+12辺+8角 |
| 包装貨物 | ISTA 3A / ASTM D5276 | 0.3〜1.0 m | コンクリート | 角+辺+面 |
| 軍用電子機器 | MIL-STD-810H Method 516.8 | 1.22 m | 合板/コンクリート | 26方向 |
| 医療機器 | IEC 60601-1 | 0.5〜1.0 m | コンクリート | メーカー規定 |
| EVバッテリーパック | UN 38.3 Test T.7 | 1.0 m | コンクリート | 面落下 |
注意すべきは「落下面」の材質だ。コンクリート床は鋼板よりはるかに硬く、衝撃力のピークが1.5〜2倍になることがある。FEMでも落下面の弾性率を正確に設定するか、剛体面として扱うかの判断が結果に影響する。
モデリングワークフロー
CADデータを受け取ってから結果を出すまでの全体の流れを教えてください。
落下試験FEMの標準的なワークフローは以下の通り:
- CADクリーンアップ — ネジ穴、フィレット(R < 0.3 mm)、微小段差を簡略化。ただし角落下で衝撃を受けるフィレットは絶対に残す(応力集中に直結)
- メッシュ生成 — 衝突面近傍を0.5〜1.0 mm、それ以外を2〜5 mm。板金筐体はシェル、ハンダ接合はソリッド
- 材料モデル定義 — 弾塑性+ひずみ速度依存性。樹脂は温度依存性も考慮
- 接触定義 — 自動単一面接触+製品-床面の接触ペア。摩擦係数は実測値(通常0.2〜0.5)
- 初速度・重力の設定 — $v = \sqrt{2gh}$ を鉛直下向きに設定
- 出力設定 — 加速度(重心・IC位置)、応力、エネルギーを高頻度出力(0.01〜0.1 ms間隔)
- ソルバー実行 — 解析時間は衝突+バウンド期間(通常5〜20 ms)
- 結果検証 — エネルギーバランス確認 → 加速度・応力評価 → 変形アニメーション確認
結果評価と合否判定
解析結果から「この設計は落下試験に合格する」と判断するには、何を見ればいいですか?
製品の合否判定には4つの主要な評価軸がある:
- 構造的完全性 — 筐体にクラックが入っていないか。FEMでは塑性ひずみが材料の破断ひずみ(例:PC樹脂なら$\varepsilon_f \approx 0.10$〜0.15)を超えたかどうかで判定
- 衝撃加速度 — 内部のIC・BGA接合への加速度がスペック内か。例えば一般的なBGAハンダ接合の許容は約1,500〜3,000 G(パルス幅0.5 ms)
- 永久変形 — 筐体のギャップ(隙間)や段差が許容値以内か。例えば「落下後のギャップ変化 < 0.3 mm」など
- 機能部品の健全性 — ボタン、コネクタ、ヒンジ等の可動部が正常に動作可能な変形範囲内か
実際には「壊れない=合格」ではなく、「壊れ方が許容内」が正しい判定基準だ。ある程度のへこみは許容するが、バッテリーの短絡や液晶の破壊はNGという線引きを事前に設計チームと合意しておくことが重要。
エネルギーバランス検証
先輩に「まずエネルギーを見ろ」と言われるんですが、具体的に何をどう見ればいいんですか?
落下解析の品質保証で最も重要な指標だ。確認すべき項目は:
- 全エネルギーの保存 — $E_{total}(t)$ が初期値($= E_k = \frac{1}{2}mv^2$)に対して±5%以内であること。大きく変動するなら時間刻みが大きすぎるか、接触の設定が不適切
- アワーグラスエネルギー比 — $E_{hourglass} / E_{internal} < 5\%$。これを超えていると低減積分要素が零エネルギーモードで「暴れている」証拠
- 衝突前後のエネルギー遷移 — 衝突前は運動エネルギー100%で、衝突中に内部エネルギー(弾性+塑性)に変換され、バウンド後は再び運動エネルギーが回復。この遷移が物理的に妥当か目視確認
- 負の内部エネルギー — もし内部エネルギーが負になっていたら、要素が「エネルギーを生成」しており完全に破綻。即座に解析を停止すべし
Amazonの段ボール箱最適化
Amazonは2019年に包装の落下試験シミュレーションシステム「APASS(Amazon Packaging Academic & Scientific Services)」を本格運用開始し、年間数十万パターンの仮想落下試験を実施している。LS-DYNAのフォーム材モデル(MAT_CRUSHABLE_FOAM)で段ボールのクッション特性を再現し、製品と包装の最適な組み合わせをDOE(実験計画法)で自動探索する。これにより包装材のコストを平均15%削減し、かつ輸送中の破損率を3割低減したとされる。
ソフトウェア比較
主要ソルバーの特徴
落下解析に使えるソルバーを比較したいんですが、それぞれの強みはどこですか?
主要な陽解法ソルバーを実務的な観点で比較しよう:
| ソルバー | 開発元 | 強み | 落下解析での特徴 | ライセンス形態 |
|---|---|---|---|---|
| LS-DYNA | ANSYS (旧LSTC) | 衝撃・衝突の業界標準 | RIGIDWALL、CONSTRAINED_NODE_SET、SPOTWELD要素が充実 | ノードロック/浮動 |
| Abaqus/Explicit | Dassault Systemes | 材料モデルの豊富さ | General Contactの使いやすさ、超弾性材料の精度 | トークン/浮動 |
| Ansys Explicit (AUTODYN) | ANSYS | Workbench統合のGUI | Drop Test Analysis Systemテンプレートで設定が容易 | トークン |
| RADIOSS | Altair | 最適化との連携 | HyperStudyとの統合で落下設計最適化が可能 | HWU(共通トークン) |
| PAM-CRASH | ESI Group | プロセスシミュレーション | 成形→落下の連成解析(残留応力の引き継ぎ) | 浮動 |
用途別選定ガイド
うちの会社はスマートフォンの落下試験がメインなんですが、どれが一番向いていますか?
スマートフォンならLS-DYNAかAbaqus/Explicitが実績的に双璧だ。用途別に整理すると:
- 電子機器(スマホ、PC) → LS-DYNA が第一選択。SPOTWELD要素でネジ・接着を効率的にモデル化でき、陽解法の計算速度が速い。Samsung、Lenovo、Xiaomiなど大手が採用
- ゴム・樹脂が多い製品(保護ケース、医療機器) → Abaqus/Explicitが強い。Mullins効果(ゴムの応力軟化)やArruda-Boyce超弾性モデルが標準搭載
- 初めて落下解析をする部門(GUI重視) → Ansys Explicit Dynamics。Drop Test Analysis Systemテンプレートで落下高さと姿勢を入力するだけで基本設定が完了
- 包装材最適化 → LS-DYNA + LS-OPT。フォーム材のCRUSHABLE_FOAMモデルと最適化ツールの組み合わせが充実
- 成形工程からの連続解析 → PAM-CRASH。射出成形で生じる残留応力をそのまま落下解析に引き継げる
オープンソースの選択肢はないんですか? ライセンス費用が結構かかりそうで…。
オープンソースでは OpenRadioss(Altairが2022年にRADIOSSのソースコードを公開)が有力だ。LS-DYNA互換のキーワードも一部読めるし、落下解析に必要な基本機能は揃っている。ただし、商用版と比べるとプリ・ポスト環境の整備やサポート体制が弱いから、まずは教育・研究用途やプロトタイピングに使うのがいいだろう。本番の製品認証レベルの解析には、やはり商用ソルバーのバリデーション済み環境が安心だ。
ThinkPadのMIL-STD-810H認証の裏側
LenovoのThinkPadシリーズはMIL-STD-810H Method 516.8の落下試験をクリアしていることで知られるが、その設計プロセスではLS-DYNAによる仮想落下試験が中核を担っている。0.75 mからの26方向落下をすべてシミュレーションし、マグネシウム合金フレームの肉厚・リブ配置を最適化している。試作前のFEMで合格率90%以上を達成してから実機試験に移行する「フロントローディング」手法により、開発期間を従来の半分に短縮したとLenovo YokohamaのCAEチームが報告している。
トラブルシューティング
貫通と接触不良
解析を走らせたら、製品が床をすり抜けてどこかに飛んでいってしまいました…。何が悪いんでしょうか。
落下解析で最も多いトラブルだね。原因と対策を順番に確認しよう:
- 接触定義の欠落 — 製品外面と床面の接触ペアが定義されていない。LS-DYNAなら
*CONTACTカードの有無を確認。Abaqusなら*CONTACT INCLUSIONSを確認 - 法線方向の反転 — シェル要素の法線が内向きだと、接触検出が裏返しになる。LS-DYNAでは
*CONTACT_..._IDのSST/MSTを確認、AbaqusではCAEの法線表示で確認 - 初期貫通 — メッシュ段階で製品と床が既に重なっている。初期ギャップを1〜2 mm確保してから速度を付与する
- ペナルティ剛性不足 — デフォルト値で貫通する場合、スケールファクターを2〜5倍に増加。LS-DYNAでは
SFS/SFM、Abaqusでは*CONTACT PROPERTYのPENALTYパラメータ
加速度スパイク
加速度の時刻歴に物理的にありえないスパイク(10万G超え)が出ます。フィルタリングすれば消えるんですが、それでいいんですか?
フィルタで消してOKではない。スパイクの原因を特定して根本対策すべきだ:
- ペナルティ剛性が高すぎる — 接触の瞬間に過大な反力が発生。スケールファクターを下げる(0.1〜0.5)で改善することが多い
- 節点が急に接触・離脱を繰り返す — チャタリング現象。接触の減衰パラメータ(LS-DYNA:
VDC、Abaqus:DAMPING)を20%程度に設定 - 質量スケーリングが過剰 — 時間刻みを大きくするために質量を増やすと、衝撃力が変わってしまう。追加質量が全体質量の5%を超えていないか確認
- 出力の加速度がフィルタリングされていない — 実験データと比較する場合はSAE CFC(Channel Frequency Class)フィルタ(CFC-600やCFC-1000)を適用するのが一般的
角落下の要素崩壊
角落下をやると、衝突直後に角の要素が異常に変形して計算が止まります。「negative volume」というエラーが出ます。
「negative volume(負の体積)」は六面体要素が裏返った(ジャコビアンが負になった)ことを意味する。角落下では接触面積が極小だから、局所的に巨大なひずみが発生する。対策は:
- 角部のメッシュ細分化 — 角の衝突点周囲を要素サイズ0.3〜0.5 mmまで細かくする。ただし安定時間刻みも短くなるので計算コストとのバランスが必要
- 要素削除(エロージョン)の設定 — 破壊ひずみに達した要素を自動的に削除。LS-DYNAでは
*MAT_ADD_EROSION、Abaqusでは*ELEMENT DELETION。ただし要素が消えることで質量・エネルギーが失われるので、削除要素数が全体の1%以下に収まるよう管理する - フィレット(R)の追加 — CADで角に0.5〜1.0 mmのフィレットを追加。実際の製品にもフィレットはあるので、物理的にも正しい
- ALE(Arbitrary Lagrangian-Eulerian)法 — 極端な変形が予想される領域にALEメッシュを使用。要素が変形に追従して再配置されるため、裏返りが防げる
エネルギー発散
全エネルギーのグラフが衝突後にどんどん増えていくんですが、これは何が起きているんですか?
エネルギーが生成されるということは、数値的にエネルギーが注入されているということだ。これは致命的なバグで、結果は信頼できない。主な原因は:
- 接触の不安定性 — 節点が接触面を激しく行き来し、ペナルティ力がエネルギーを「ポンプ」してしまう。接触剛性の低減か、接触減衰の追加で解決
- アワーグラスモードの暴走 — 低減積分要素の零エネルギーモードが成長。アワーグラス制御パラメータ(IHQ/QM)を変更するか、完全積分に切り替える
- 時間刻みが安定限界を超えている — マススケーリングで安定限界を上げた場合に起きやすい。
TSSFACを0.67に下げて確認
いずれの場合も、エネルギーバランスが初期運動エネルギーの±5%に収まるまで設定を調整すること。これが担保されないと、応力や加速度の値に信頼性がなくなる。
実験との相関が取れない
エネルギーバランスはOKなんですが、加速度の波形が実験データと全然合いません。パルス幅も振幅も違います。
実験との相関不良は原因が複合的なことが多い。チェックリストで1つずつ潰そう:
- 材料のひずみ速度特性 — 準静的データだけで走らせていないか? Cowper-Symondsのパラメータを文献から取得して設定
- 緩衝材(フォーム、ゴム)の圧縮曲線 — 試験機で実測した応力-ひずみ曲線を入力しているか? カタログ値ではダメ。特に発泡スチロールは密度のロットバラツキが大きい
- 接触摩擦係数 — 摩擦が大きいほどパルス幅が短くなりピークが上がる。実測値がなければ感度解析で範囲を把握
- 加速度センサーの取り付け位置 — FEMの出力節点と実験のセンサー位置が一致しているか? 重心位置で比較するのが一般的
- フィルタの一貫性 — 実験データとFEMデータに同じフィルタ(SAE CFC-1000等)を適用しているか?
- 落下姿勢のばらつき — 実験では完全な面落下は困難で、数度の傾きが入る。FEMでも±2°程度の傾きを入れた感度解析が有効
デバッグの鉄則:まず単体で確認
落下解析で結果が合わないとき、経験豊富なエンジニアがまずやるのは「製品を単純な形状に置き換える」ことだ。まず均質な直方体(アルミブロック)を剛体面に落として、解析的に計算できる衝撃力と比較する。この段階で合わないなら接触設定が根本的に間違っている。次に筐体だけ(中身なし)で落とす。最後にフルモデル。「引き算のデバッグ」と呼ばれるこの手法は、複雑な問題ほど効果的だ。
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