熱移動の基礎 — 伝導・対流・放射からCAE熱解析まで
熱移動の3形態と支配メカニズム
熱(エネルギー)は必ず高温から低温へ移動します。その移動経路には3つの根本的に異なるメカニズムがあります。CAE熱解析を正しく設定するには、対象問題でどのメカニズムが支配的かを見極めることが出発点です。
先生、電子機器の熱解析をやることになったんですが、どの熱移動モードを考えればいいんでしょう? 全部入れないといけないですか?
基板上のIC冷却なら、まず伝導(半導体→パッケージ→基板)と対流(基板表面→冷却空気)が支配的だ。放射は温度差が100℃を超えるような高温にならない限り通常5〜10%以下だから最初は無視できる。でも炉の中の加熱部品とか、宇宙機器みたいに真空中では放射しかないケースもある。問題の温度レベルと雰囲気から「どれが主役か」を判断するのが第一歩だよ。
1.1 熱伝導(Conduction)— フーリエの法則
固体内部や静止流体中で、温度勾配によって熱が移動する現象:
1次元では $q = -k \dfrac{dT}{dx}$。$k$ は熱伝導率 [W/(m·K)]、負号は「熱が高温→低温方向に流れる」ことを意味します。
1.2 対流熱伝達(Convection)— ニュートンの冷却則
$h$ は熱伝達率(対流熱伝達係数) [W/(m²·K)]。$h$ は材料定数ではなく、流れの状態(層流/乱流)、形状、流速に依存する「現象の係数」です。
1.3 放射熱移動(Radiation)— シュテファン・ボルツマン則
$\varepsilon$ は放射率(emissivity, 黒体=1)、$\sigma = 5.670 \times 10^{-8}$ W/(m²·K⁴) はシュテファン・ボルツマン定数。温度の4乗依存が特徴で、高温になるほど急激に大きくなります。
2面間の正味放射熱流束:
1.4 支配的な伝熱モードの見分け方
| 状況 | 主な伝熱モード | 典型的な h または q |
|---|---|---|
| 固体内部(鋼) | 伝導のみ | k = 50 W/(m·K) |
| 空気自然対流(鉛直面) | 対流 | h = 5〜25 W/(m²·K) |
| 空気強制対流(風速5 m/s) | 対流 | h = 25〜250 W/(m²·K) |
| 水強制対流 | 対流 | h = 500〜10,000 W/(m²·K) |
| 水の沸騰(核沸騰) | 対流+相変化 | h = 5,000〜100,000 W/(m²·K) |
| 真空中(宇宙機器) | 放射のみ | T依存(T⁴則) |
| 工業炉(1000℃) | 放射が支配的 | q ~ 100 kW/m² |
熱伝導方程式と境界条件
2.1 3次元非定常熱伝導方程式
内部発熱 $\dot{q}$ [W/m³] を持つ一般的な熱伝導方程式:
等方均質材料($k$ = 定数)では:
$\alpha$ [m²/s] は熱拡散率(thermal diffusivity)で、熱が物質中に拡散する速さを表します。
熱伝導方程式って拡散方程式ですよね。アルミと鋼だと熱の広がり方ってどのくらい違うんですか?
アルミの熱拡散率は約 $8.4 \times 10^{-5}$ m²/s、鋼(炭素鋼)は約 $1.2 \times 10^{-5}$ m²/s だから、アルミは鋼の約7倍速く熱が広がる。だから電子機器のヒートスプレッダにアルミや銅($\alpha \approx 1.1 \times 10^{-4}$ m²/s)が使われるのはそのためだ。逆に断熱材のグラスウールは $\alpha \approx 3.6 \times 10^{-7}$ m²/s と極端に小さいから、熱がほとんど伝わらない。
2.2 境界条件の3種類
| 種類 | 数学的表現 | 物理的意味 | 適用例 |
|---|---|---|---|
| 第1種(ディリクレ) | $T = T_\text{prescribed}$ on $\Gamma_1$ | 境界面の温度指定 | 沸騰面($T = T_\text{sat}$)、対称面 |
| 第2種(ノイマン) | $-k\dfrac{\partial T}{\partial n} = q_s$ on $\Gamma_2$ | 熱流束の指定 | 電気ヒータ(均一発熱)、断熱面($q_s=0$) |
| 第3種(ロビン) | $-k\dfrac{\partial T}{\partial n} = h(T - T_\infty)$ on $\Gamma_3$ | 対流境界条件 | 空冷フィン面、水冷ジャケット |
2.3 定常解析 vs 非定常解析
定常解析($\partial T / \partial t = 0$)はラプラス/ポアソン方程式になります:
非定常解析が必要なケース:電子機器の起動過渡特性、エンジン冷却サイクル、溶接・鋳造プロセスシミュレーション。
対流熱伝達の詳細
対流の熱伝達率 h って、どうやって求めるんですか? CFD解析すれば自動で出ますか?
CFDで流体も含めて解析すれば h は自動計算される。ただし計算コストが高い。実務では形状と流れが単純な場合、相関式(ヌセルト数相関)で h を推定して熱解析だけ回す「デカップル手法」がよく使われる。エンジニアとしてはその相関式の出所と適用範囲を理解しておくことが重要だ。
3.1 重要な無次元数
| 無次元数 | 定義 | 物理的意味 | 目安値 |
|---|---|---|---|
| レイノルズ数 Re | $Re = \rho U L / \mu$ | 慣性力 / 粘性力 | 円管 Re > 2300 で乱流遷移 |
| プラントル数 Pr | $Pr = \mu c_p / k = \nu / \alpha$ | 運動量拡散 / 熱拡散 | 空気≈0.7, 水≈7, 油≈100-1000 |
| ヌセルト数 Nu | $Nu = hL / k_f$ | 対流 / 伝導の比 | 大きいほど対流熱移動が支配 |
| グラショフ数 Gr | $Gr = g\beta \Delta T L^3 / \nu^2$ | 浮力 / 粘性力² | 自然対流の強さの指標 |
| レイリー数 Ra | $Ra = Gr \cdot Pr$ | 浮力 / 熱拡散 | $Ra > 10^9$ で乱流自然対流 |
| ビオ数 Bi | $Bi = hL / k_s$ | 対流抵抗 / 伝導抵抗 | Bi < 0.1: 集中容量法が有効 |
| フーリエ数 Fo | $Fo = \alpha t / L^2$ | 無次元時間 | 非定常解析の時間スケール |
3.2 強制対流の相関式
平板上の強制対流(Churchill-Ozoe式):
円管内の強制乱流対流(Dittus-Boelter式):
適用範囲:$0.6 \leq Pr \leq 160$, $Re_D > 10{,}000$, $L/D > 10$
円管内の強制対流(Gnielinski式, より広範囲):
適用範囲:$0.5 \leq Pr \leq 2000$, $3{,}000 \leq Re_D \leq 5 \times 10^6$
3.3 自然対流の相関式
鉛直平板(Churchill-Chu式):
相関式って色々あってどれを使えばいいか迷います。Churchill-Chus式とか、使い分けるポイントはあるんですか?
まず形状を確認する。平板なのか円筒なのか、水平か垂直か、内面か外面か — それで候補式が絞られる。次に流れのレジーム(Re, Ra)が式の適用範囲内か確認する。迷ったら複数の式で計算して±30%以内に収まっていればどれかを選んでいい。±30%を超えるなら詳しい文献か実験値が必要だ。実務ではIncropera & DeWittの教科書が相関式の宝庫だよ。
3.4 沸騰・凝縮熱移動
相変化を伴う熱移動では熱伝達率が桁違いに大きくなります。
核沸騰(Rohsenow式):
$C_{s,f}$ は表面-流体の組み合わせによる実験定数です。
放射熱移動
4.1 黒体・灰体・実在表面
| 表面モデル | 特徴 | 放射率 ε |
|---|---|---|
| 黒体 | 完全な放射体・吸収体(理想) | ε = 1 |
| 灰体 | 放射率が波長によらない(実用近似) | 0 < ε < 1 = 定数 |
| 実在表面 | 放射率が波長・温度に依存 | ε(λ,T) |
主要材料の放射率(参考値):
| 材料 | 状態 | 放射率 ε |
|---|---|---|
| アルミ | 光沢研磨面 | 0.04–0.06 |
| アルミ | 陽極酸化 | 0.8–0.9 |
| 鋼 | 研磨面 | 0.07–0.17 |
| 鋼 | 酸化面(黒皮) | 0.80–0.95 |
| 銅 | 研磨面 | 0.03–0.05 |
| 塗料(黒) | — | 0.95–0.98 |
| コンクリート | — | 0.85–0.95 |
アルミって光沢面と陽極酸化で放射率がこんなに違うんですね! FEMで設定ミスると大変そう...
まさにそこが実務の罠だ。宇宙機器の熱設計で「光沢アルミ(ε=0.05)」と「黒色塗装(ε=0.95)」を間違えると放射熱量が20倍近く変わる。電子機器でもヒートシンクの表面処理によって放射冷却の寄与率が大きく変わる。CAEのマテリアルデータベースの数値を鵜呑みにせず、実際の部品の表面状態を確認するのが重要だ。
4.2 ビュー係数(形態係数)
面 $i$ から出た放射が面 $j$ に到達する割合:
重要な性質:
- 相互性: $A_i F_{ij} = A_j F_{ji}$
- 総和: $\sum_{j=1}^N F_{ij} = 1$(エンクロージャーで)
- 自己ビュー係数: 平面・凸面では $F_{ii} = 0$
2つの無限平行平板(等面積)の場合:$F_{12} = 1$
2つの同軸円板(半径 $r_1, r_2$、間隔 $h$)の $F_{12}$:
FEMによる熱解析
5.1 弱形式への変換
熱伝導方程式の弱形式(仮想温度 $\delta T$ に対する重み付き残差法):
5.2 有限要素離散化
節点温度ベクトル $\mathbf{T}$ を用いた行列形式:
各行列の定義:
5.3 時間積分スキームの比較
$\theta$-法(一般化台形則)を用いた時間積分:
| θ 値 | スキーム名 | 安定性 | 精度次数 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| θ = 0 | 前進差分(陽解法) | 条件付き安定 | 1次 | $\Delta t \leq \rho c_p \Delta x^2 / (2k)$ が必要 |
| θ = 1/2 | Crank-Nicolson | 無条件安定 | 2次 | 精度が高いが数値振動に注意 |
| θ = 1 | 後退差分(陰解法) | 無条件安定 | 1次 | 最も安定・実務で広く使用 |
5.4 潜熱処理(相変化問題)
融解・凝固を伴う問題では、相変化温度 $T_m$ 付近で比熱が急激に変化します。エンタルピー法では等価比熱 $c_p^*$ として扱います:
$L$ は潜熱、$\delta_T$ は数値スミアリング幅(相変化温度帯の幅)。
溶接解析をやろうとしているんですが、溶融・凝固の扱いが難しいって聞きました。どのくらいの精度で計算できるんですか?
溶接の熱解析は厄介なことが多い。溶融池の形状・サイズ(ビード幅・溶け込み深さ)は±20%程度の精度しか出ないことも多い。熱源モデル(ゴールドハーク二重楕円体モデルなど)のパラメータを実験ビード断面で校正することが前提だ。一方、溶接後の残留応力分布は熱解析→構造解析の順番で計算する熱弾塑性解析が必要で、計算コストが高い。Sysweld や Marc が実績あるソルバーだよ。
実務的な熱解析のコツ
6.1 電子機器冷却 — ジャンクション温度推定
半導体デバイスの最大許容ジャンクション温度(T_j,max)を守るための熱設計が最も重要な目標です。
熱抵抗ネットワーク(直列)による温度上昇の推定:
ここで:
- $P$:デバイス消費電力 [W]
- $R_{\theta,jc}$:ジャンクション-ケース間熱抵抗 [K/W](データシート記載)
- $R_{\theta,cs}$:ケース-ヒートシンク間熱抵抗(TIMを含む)[K/W]
- $R_{\theta,sa}$:ヒートシンク-周囲温度間熱抵抗 [K/W]
FEM熱解析でのモデリングのポイント:
- TIM(サーマルインターフェースマテリアル)の熱抵抗値は薄膜でも無視できない。厚さ0.1mmで k=3 W/(m·K) なら $R_{\theta,cs} \approx 0.033/A$ [K/W]
- 基板の面内(in-plane)熱伝導率と厚さ方向(through-plane)熱伝導率は大きく異なる(FR4基板: 面内≈0.8 W/(m·K)、厚さ方向≈0.3 W/(m·K))
- チップ積層パッケージでは層間の熱経路モデリングが精度の鍵
6.2 エンジン部品の熱応力との連成
エンジン排気系(エキゾーストマニホールド)など高温部品の設計では「熱解析 → 構造解析」の順次連成(シーケンシャルカップリング)が標準手法です:
- 熱解析で定常/過渡温度分布を計算
- 温度分布を構造解析の熱荷重として読み込む
- 熱膨張による応力場を計算:$\varepsilon_\text{thermal} = \alpha_\text{CTE} \Delta T$
熱応力の大きさの目安(鋼の場合):
温度差 100℃では 250 MPa — 鋼の降伏応力に迫る熱応力が生じることがわかります。
6.3 断熱材と熱抵抗モデリング
多層壁の1次元定常解析での熱抵抗モデル:
$U = 1/(R_\text{total} \cdot A)$ は総括熱伝達係数 [W/(m²·K)]。
よくある失敗と対策
| 症状 | 原因 | 対策 |
|---|---|---|
| 定常解析で結果が不合理に高い | 対流境界条件の設定漏れ | 全表面の境界条件を一覧化して確認 |
| 非定常解析で数値振動 | 時間ステップ過大(陽解法)またはΔt/Fo不良 | θ=1(後退差分)に変更、または Δt を小さく |
| 対流 h の値が大きすぎ/小さすぎ | 相関式の適用範囲外または流れ状態の誤認識 | Re・Ra を手計算で確認し適切な相関式を選択 |
| 放射が無視できるはずなのに大きくなる | 放射率 ε の値が高すぎる(研磨面を塗装面として設定) | 実際の表面仕上げ状態を確認 |
| 接触熱抵抗(TCR)を無視 | 面圧・表面粗さによる接触熱抵抗が抜けている | 接合面に TIM モデルまたは接触熱抵抗を設定 |
| 熱伝導率の異方性を無視 | CFRP・PCB基板の面内/厚さ方向の違い | 直交異方性材料として k₁, k₂, k₃ を個別設定 |
熱解析って構造解析より難しいイメージがあります。境界条件の設定ミスが多そうで...
確かに。構造解析の境界条件は「ここが固定端」「ここに荷重P」と比較的わかりやすい。熱解析は「対流 h がいくつか」「放射率がどれか」という物理的に不確かな部分が多い。だから実務では「手計算や実験値と±20%以内に一致するか」というバリデーションを必ず行う。まず単純なベンチマーク(例:フィン効率の解析解比較)でモデルを検証してから本番解析に進む習慣をつけるといいよ。
関連インタラクティブツール
理論を手を動かして確認しよう
- 1次元熱拡散シミュレーター — 陽解法FTCSで非定常熱伝導をアニメーション可視化
- フィン効率計算ツール — 矩形フィンの形状・材料からフィン効率と温度分布を計算
- 多層壁面熱抵抗ツール — 複数層の熱抵抗と温度分布を可視化
- 集中容量法冷却ツール — ビオ数確認から冷却/加熱曲線のアニメーション
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