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化学工学シミュレーター

アントワン式 飽和蒸気圧シミュレーター

液体の飽和蒸気圧をアントワン式 log10(P)=A−B/(C+T) で計算。温度や A・B・C 係数を変えて、蒸気圧曲線が温度に対して指数的に立ち上がる様子と、1気圧での沸点を学べます。

パラメータ設定
温度 T
°C
A
B
C

既定値は水の係数(A=8.07131, B=1730.63, C=233.426)です。係数は物質ごとに変わります。

計算結果
飽和蒸気圧 P
飽和蒸気圧 P (SI)
1 atm での沸点 T_b
絶対温度 T
蒸気圧曲線 P(T)

青い曲線=飽和蒸気圧 P (mmHg, 対数軸) / 赤縦線=現在の温度 T / 赤丸=その温度での蒸気圧 / 破線=1 atm (760 mmHg)

理論・主要公式

アントワン式は液体の飽和蒸気圧を温度の経験関数として表す3パラメータ式です。クラウジウス・クラペイロンの関係を有限温度域に当てはまるよう近似したもので、化学工学で最も広く使われます。

飽和蒸気圧(T は °C、P は mmHg):

$$\log_{10} P = A - \frac{B}{C + T}$$

圧力を直接書き下すと:

$$P = 10^{\,A - B/(C+T)}$$

指定圧力 $P_\text{target}$ における沸点:

$$T_b = \frac{B}{A - \log_{10} P_\text{target}} - C$$

1 mmHg = 0.133322 kPa、1 atm = 760 mmHg。水(A=8.07131, B=1730.63, C=233.426)では 1 atm の沸点が約 100 °C となります。

アントワン式 飽和蒸気圧シミュレーターとは

🙋
「飽和蒸気圧」って、ペットボトルの中で水が少し蒸発してる、あの気体の圧力のことですか?
🎓
そう、まさにそれだよ。液体と気体が密閉容器の中で平衡に達したときの気体側の圧力が飽和蒸気圧だ。これが温度に対してどう変わるかを表すのがアントワン式。式は $\log_{10} P = A - B/(C+T)$ ととてもシンプルなのに、温度を上げると蒸気圧が指数的に立ち上がる現象をうまく捉えられる。上のシミュレーターで「温度 T」を 25 °C から 100 °C へ動かしてみて。「P」のカードがすごい勢いで増えるのがわかるよ。
🙋
本当だ、25 °C で 23.7 mmHg だったのが、100 °C で 760 mmHg になりますね!この 760 って、ちょうど 1 気圧ですよね?
🎓
気付いたね、それが沸点の定義そのものなんだ。液体の飽和蒸気圧が周囲の圧力と等しくなった瞬間、液体の内側からも蒸気の泡が立てるようになる。これが沸騰だ。だから「1 atm での沸点」は、$P = 760$ mmHg を式に代入して T を逆算すれば求まる。シミュレーターでは「T_b」のカードがその値を自動で出してくれている。水の既定係数だと 100.0 °C と表示されるはずだ。
🙋
高い山の上でお湯が早く沸騰するけど芯までゆで卵にならない、っていうのもこれですか?
🎓
完全にこれだ。富士山頂は気圧が約 0.63 atm(480 mmHg)まで下がるから、$P_\text{target}$ をその値にすると沸点は約 87 °C まで下がる。シミュレーターでも「1 atm 線」を破線で重ねて表示しているけど、頭の中でこの破線をぐっと下にずらしたところに新しい沸点がある、と思ってもらえれば視覚的につかみやすい。
🙋
A・B・C のスライダーも動かしてみました。係数を変えると曲線が全然違う場所に動きますね。これって物質ごとに決まってるんですか?
🎓
そう、A・B・C は物質固有の実験定数だ。たとえばエタノールなら A=8.20417, B=1642.89, C=230.300 のように、水とは別の値になる。化学工学のハンドブックや NIST のデータベースには、何千もの物質の係数表が載っている。実務では蒸留塔の設計や乾燥操作の計算で、この式を使って各成分の蒸気圧を見積もり、相平衡を計算するんだ。

よくある質問

アントワン式は係数 A・B・C のフィッティング時に使った温度単位とそろえる必要があります。最も普及している係数表は T を °C、P を mmHg としているため、本シミュレーターもこの慣例に従っています。文献によっては T が K で P が bar や Pa のものもあるので、係数を流用する際は単位系を必ず確認してください。
1 mmHg = 0.133322 kPa、1 atm = 760 mmHg = 101.325 kPa の換算が基本です。本ツールでは飽和蒸気圧を mmHg と kPa の両方で表示しています。SI 単位を使う化学工学のテキストでは kPa や bar が一般的ですが、アントワン係数表は mmHg ベースのものが多いため、計算の途中で換算するのが現実的です。
クラウジウス・クラペイロン式 $d\ln P/dT = \Delta H_v/(RT^2)$ を、蒸発熱 $\Delta H_v$ をほぼ一定とみなして積分すると $\ln P = -\Delta H_v/(RT) + \text{const}$ という形になります。アントワン式の C は、この素朴な積分形では合わない実測のずれを補正するために導入された経験項で、C=0 とすればクラウジウス・クラペイロン型に一致します。実用上は C を加えることで適用温度範囲が大きく広がります。
本シミュレーターでは A・B・C を直接スライダーで入力できるので、文献値を入れるだけで他の物質の蒸気圧曲線を描けます。代表例としてエタノール (A=8.20417, B=1642.89, C=230.300)、ベンゼン (A=6.90565, B=1211.033, C=220.79)、メタノール (A=8.08097, B=1582.27, C=239.726) などがあります。係数の有効温度範囲もハンドブックに記載されているので、その範囲内で使うことが大切です。

実世界での応用

蒸留塔の設計:化学プラントの蒸留塔では、各段で気液平衡(VLE)を解く必要があります。理想溶液であればラウールの法則 $P_i = x_i P_i^\text{sat}$ により、各成分の飽和蒸気圧 $P_i^\text{sat}$ が分離性能を決めます。アントワン式はこの $P^\text{sat}$ を温度から計算するための最も基本的な道具で、設計シミュレータ(Aspen Plus・PRO/II など)の内部でも当然のように使われています。

乾燥・蒸発操作:食品・医薬品の乾燥工程では、固体や溶液から水分を蒸発させる速度が、液面の飽和蒸気圧と周囲空気の水蒸気分圧の差で決まります。乾燥温度を上げると飽和蒸気圧が指数的に増えるため、わずかな温度上昇でも乾燥速度が劇的に変わります。アントワン式はこの最適温度を選ぶための基礎データになります。

VOC・揮発性有機化合物の管理:工場や塗装ブースで扱う溶剤の蒸気圧は、爆発下限濃度(LEL)や臭気発生量を見積もるうえで欠かせません。アントワン式で温度依存性を計算し、換気量の設計や貯蔵タンクの呼吸ロス(蒸発損失)を評価します。夏場のタンク内圧上昇による安全弁の動作予測にも使われます。

気象・環境分野:大気中の水蒸気の飽和蒸気圧から相対湿度や露点を計算するときにも、アントワン式(あるいはより精密な Magnus 式・Goff-Gratch 式)が使われています。雲物理や乾燥地での蒸発量推定など、環境工学にも広く応用されています。

よくある誤解と注意点

最もよくある誤解は、アントワン式が「あらゆる温度で正確に成り立つ普遍式」だと思い込むことです。実際は係数 A・B・C を実験データから決めるときの温度範囲(多くは数十〜100 °C 程度の幅)でしか保証されません。範囲外、特に臨界点付近や凝固点以下では誤差が急速に大きくなります。シミュレーターのスライダーで T を −30 °C から 200 °C まで動かせるのは挙動を見るためで、水の既定係数で 200 °C 付近を実用に使うのは適切ではありません。広い温度範囲が必要なら、温度域ごとに別の係数セットを使うか、拡張アントワン式・DIPPR 式に切り替えてください。

次に多いのが、係数の単位系を取り違えるミスです。文献によって T が °C か K、P が mmHg・bar・kPa・Pa などまちまちで、たとえば NIST WebBook の係数は T が K、P が bar でフィッティングされていることが多く、本ツールの慣例(T °C、P mmHg)と直接互換ではありません。ハンドブックから値を引いて入れたのに沸点が −150 °C などと出てきたら、ほぼ間違いなく単位系の取り違えです。係数表のヘッダー行を必ず確認しましょう。

最後に、「飽和蒸気圧」と「実際の蒸気の分圧」を混同する点です。アントワン式が与えるのは、その温度で液体と平衡にある純粋成分の蒸気圧、すなわち上限値です。実際の混合気体の中では、各成分の分圧はラウールの法則やヘンリーの法則で決まり、必ずしも $P^\text{sat}$ になるわけではありません。湿度の議論で言えば、$P^\text{sat}$ が「100% RH のときの水蒸気圧」、現実の水蒸気分圧はそれに相対湿度をかけた値、という関係になります。蒸発・凝縮が起こるかどうかは、この差を比べて判断します。