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希薄気体力学シミュレーター

クヌーセン数 シミュレーター — 希薄気体流れの流動区分

温度 T・圧力 P・分子直径 d・特性長 L から、平均自由行程 λ とクヌーセン数 Kn = λ/L を実時間で計算し、連続体・スリップ流・遷移流・自由分子流の4区分を自動判定します。スケール比較と Kn 領域マップの2画面で、流体モデル選択の物理を直感的に学べます。

パラメータ設定
温度 T
K
log₁₀(圧力 P)
log Pa
P = 1000 Pa
分子直径 d
pm
特性長 L
μm

既定値: T = 300 K、P = 1000 Pa(中真空)、d = 370 pm(N₂ 相当)、L = 10 μm(MEMS スケール)。Boltzmann 定数 k = 1.380649×10⁻²³ J/K を使用。

計算結果
平均自由行程 λ
クヌーセン数 Kn
流動区分
連続体限界 L (Kn=0.01)
スケール比較(特性長 L と 平均自由行程 λ)

左の青いバー=特性長 L/右の橙バー=平均自由行程 λ(同じ対数スケール)/背景の点=分子(数密度 ∝ P/T)/背景色は流動区分(緑=連続体、黄=スリップ、橙=遷移、赤=自由分子)

Kn 領域マップ(流動区分判定)

横軸=log₁₀(Kn)(−3〜2)/4つの色帯=連続体・スリップ・遷移・自由分子/黄丸=現在の Kn 位置/境界線は Kn = 0.01, 0.1, 10

理論・主要公式

クヌーセン数は平均自由行程と装置寸法の比で、希薄気体流れの「希薄度」を定量化します。剛球気体の平均自由行程を経由して以下の式から計算されます。

クヌーセン数の定義:

$$\mathrm{Kn} = \frac{\lambda}{L}$$

平均自由行程(剛球モデル、相対速度補正 √2 を含む):

$$\lambda = \frac{k\,T}{\sqrt{2}\,\pi\,d^2\,P}$$

流動区分の境界:

$$\mathrm{Kn} < 0.01 \,\,(\text{連続体}),\quad 0.01 \le \mathrm{Kn} < 0.1 \,\,(\text{スリップ流})$$ $$0.1 \le \mathrm{Kn} < 10 \,\,(\text{遷移流}),\quad \mathrm{Kn} \ge 10 \,\,(\text{自由分子流})$$

$k = 1.380649\times10^{-23}$ J/K は Boltzmann 定数、$T$ は温度 [K]、$d$ は分子直径 [m]、$P$ は圧力 [Pa]、$L$ は装置の代表寸法 [m] です。$\lambda$ は分子が次の衝突までに走る平均距離、$\mathrm{Kn}$ は装置から見た希薄度の指標になります。

クヌーセン数 シミュレーターとは

🙋
流体力学の教科書で「Navier–Stokes 方程式は連続体仮定が成り立つときに使える」って書いてあるんですが、その境界ってどこにあるんですか?空気ならどんな状況でも使えそうな気がするんですが。
🎓
それを決めるのがクヌーセン数 Kn = λ/L だ。λ は気体分子の平均自由行程、L は装置の代表寸法。Kn < 0.01 なら教科書どおり連続体 + 粘着境界条件で OK、0.01〜0.1 はすべり境界条件で延命、0.1〜10 は遷移流で連続体仮定が壊れる、10 以上は完全な分子流で Boltzmann 方程式や DSMC が必須だ。常圧の空気を 1 m の流路で扱うなら Kn ≈ 10⁻¹⁰ で完全な連続体、でも MEMS の 10 μm 流路を中真空 1000 Pa で使うと Kn ≈ 0.7 で遷移流に入っちゃうんだよ。
🙋
本ツールの既定値(T = 300 K、P = 1000 Pa、d = 370 pm、L = 10 μm)が「遷移流」になるって、それは MEMS の中真空の典型例ってことですか?
🎓
そう。λ = kT/(√2 π d² P) ≈ 6.81 μm で、L = 10 μm に対して Kn = 0.68。MEMS のマイクロ加速度センサや、半導体プロセスの真空チャンバ内の小さな間隙で起こる状況だ。この領域では Navier–Stokes に「すべり境界 + 温度ジャンプ」を入れた拡張モデル(DSMC や Burnett 方程式)が必要で、普通の CFD ソフトでは大きな誤差が出る。本ツールで L スライダーを動かすと、流動区分が連続体(緑)→ スリップ(黄)→ 遷移(橙)→ 自由分子(赤)と変わるのが Kn 領域マップで見えるよ。
🙋
半導体プロセスのスパッタチャンバって意図的に低圧にしてるって聞きますが、Kn を上げてるんですか?
🎓
その通り。スパッタや MBE では Kn ≫ 1 の完全な自由分子流を狙ってる。本ツールで P = 0.1 Pa(log P = −1)にして d = 250 pm(Ar)、L = 30 cm = 3×10⁵ μm を入れると λ ≈ 数十 mm、Kn ≈ 0.1 と意外と低くなる。だから実装では 0.001〜0.01 Pa(UHV)まで下げて λ をメートルオーダーにし、ターゲットから基板までの直線飛行を確保している。逆にプラズマ密度を稼ぐためにある程度の圧力が必要で、結局 0.5〜2 Pa の遷移〜分子流境界で運転するのが定番だね。
🙋
じゃあ 1 気圧の空気で MEMS のナノチャネル(L = 100 nm とか)を考えると、もう連続体仮定は使えないんですか?
🎓
いい着眼だ。常圧でも λ ≈ 67 nm(N₂)だから、L = 100 nm のナノチャネルなら Kn ≈ 0.67、つまり遷移流域に入る。これがナノ流路の研究で「すべり流」「Knudsen 補正」「Cunningham 補正」が頻繁に出てくる理由だ。本ツールで P = 10⁵ Pa(log P = 5)、L = 0.1 μm にしてみると Kn ≈ 0.6〜0.7 になるはずだ。Bird の DSMC やラティスボルツマンが必要になる典型例で、「気体は連続体」という素朴な感覚が破綻する興味深いスケールだよ。

よくある質問

これらの境界は厳密な理論値というより、実験と数値計算から経験的に決められた目安です。Kn = 0.01 は粘着境界条件と Navier–Stokes 解の誤差が約 1% を超えるスケールで、Maxwell の一次スリップ補正で延命可能な範囲の下限。Kn = 0.1 はスリップ補正でも 10% 以上の誤差が出始める領域で、Burnett 方程式や DSMC が必要になります。Kn = 10 は分子間衝突より壁衝突が完全に支配的になる領域で、衝突項を無視した自由分子近似(Knudsen 解)で十分な精度になります。これらは Schaaf-Chambré 図として 1960 年代から教科書に載っており、半導体プロセスや真空工学の設計指針として広く使われています。
3つの無次元数の関係として Kn = M/Re × √(πγ/2) という有名な関係があります(γ は比熱比、M はマッハ数、Re はレイノルズ数)。この式から、高速・低密度(高 M、低 Re)の流れは自動的に Kn が大きくなることが分かります。具体的には、超音速で高高度を飛ぶ衛星再突入カプセル(M ≈ 25、Re ≈ 数百)では Kn ≈ 0.1〜1 となり遷移流〜分子流の領域に入ります。これが「再突入の空力加熱は普通の CFD では計算できない」と言われる理由で、DSMC や Direct Boltzmann Solver が必要になります。
DSMC は G. A. Bird が 1960 年代に開発した粒子追跡型の手法で、Boltzmann 方程式の解を直接シミュレートします。1 個のシミュレーション粒子が約 10⁶〜10²⁰ 個の実分子を代表し、(1) Δt 間に粒子を自由飛行させる、(2) セル内でランダムに衝突パートナーを選び衝突をモンテカルロ的に処理する、(3) 壁との反射(鏡面反射 or 散漫反射)を統計的に扱う、という3ステップを繰り返します。Kn > 0.01 のあらゆる希薄気体流れに適用でき、特に Kn > 1 では計算量が連続体 CFD より少なくなる利点があります。商用ソフトでは SPARTA、dsmcFoam(OpenFOAM 拡張)、Bird の DS2V/DS3V などが代表的です。
最も顕著なのは粘性係数・熱伝導率の「圧力依存性」の出現です。連続体(Kn < 0.01)では Maxwell が示したように粘性係数は圧力に依存しません(η = (1/3) ρ ⟨v⟩ λ で ρλ が一定)。しかし Kn > 0.1 になると壁との衝突が支配的になり、見かけの粘性係数が圧力に比例して低下します。同様に熱伝導率も Kn > 0.1 では低圧ほど低くなり、これが魔法瓶(高真空)の断熱原理です。本ツールで P を 100000 Pa(連続体)から 1 Pa(自由分子流)まで変えると、同じ T・d・L でも区分が大きく変わることが確認できます。装置設計では運転圧力範囲内で全域が同じ区分になるよう特性長 L を選ぶことが重要です。

実世界での応用

MEMS デバイスの設計:マイクロ加速度センサ・マイクロジャイロ・マイクロポンプなどの MEMS デバイスでは、可動構造の隙間が 1〜10 μm 程度で、常圧の空気でも Kn ≈ 0.007〜0.07 のスリップ流〜遷移流境界に入ります。これにより粘性減衰係数が Navier–Stokes の予測より大きくずれ、共振周波数や Q 値の設計に影響します。Reynolds の方程式に Knudsen 補正を入れた「修正 Reynolds 方程式」(Burgdorfer 1959、Fukui-Kaneko 1988)が業界標準として使われ、HDD のスライダー浮上計算や MEMS マイクの設計に必須です。本ツールで L = 1〜10 μm、P = 10⁵ Pa を試すと、なぜ MEMS が補正なしでは計算できないかが分かります。

真空ポンプとプロセスチャンバの設計:半導体プロセスのスパッタ・CVD・エピタキシャル成長では、ターゲットから基板への分子飛行と表面反応のバランスから、意図的に Kn > 1 の自由分子流域で運転します。例えば PVD スパッタチャンバ(直径 30 cm)では、L = 0.3 m に対して λ > 0.3 m を満たすため P < 0.02 Pa(10⁻⁴ Torr)が必要です。本ツールで L = 3×10⁵ μm(30 cm)、P を変えていくと、どの圧力で完全分子流に入るか直感的に分かります。さらに低圧の電子ビームリソグラフィ・MBE では P < 10⁻⁵ Pa の超高真空で完全分子流を実現しています。

宇宙機の再突入熱解析:地球大気圏への再突入では、高度 80 km 以上は希薄領域(Kn > 0.01)に入ります。スペースシャトルの再突入軌道では、高度 110 km で Kn ≈ 10(自由分子流)、85 km で Kn ≈ 0.1(遷移流)、60 km 以下で Kn < 0.01(連続体)と段階的に変化します。各領域で異なる空力モデル(自由分子→Bridging→Navier–Stokes)の切替えが必要で、CFD と DSMC を組み合わせたハイブリッド計算が標準です。本ツールで気体パラメータを変えて Kn の変化を追うと、再突入カプセルの空力加熱計算がなぜ難しいかが分かります。

ナノテクノロジー・カーボンナノチューブの流体:カーボンナノチューブ(直径 1〜10 nm)の内部を気体が流れる場合、常圧でも Kn ≫ 10 の完全な自由分子流域に入ります。この領域では分子と壁の相互作用(散漫反射 vs 鏡面反射)が流量を決定し、Knudsen 拡散と呼ばれる現象が支配的になります。膜分離・気体センシング・触媒担体の設計で重要で、本ツールで L = 0.001〜0.1 μm を試すと常圧でも完全分子流が実現することが確認できます。Maxwell の散漫反射係数 σ は通常 0.8〜1 ですが、ナノチューブでは滑らかな壁面で σ < 0.5 となり、Knudsen 補正をさらに修正する必要があります。

よくある誤解と注意点

最も多い誤解は、「常圧の空気はどんな装置でも連続体仮定で OK」と思い込むことです。実際には L が 100 nm のスケールになれば常圧でも Kn ≈ 0.7 に達し、遷移流域に入ります。MEMS・ナノ流体・触媒孔・微細加工された光学素子では、たとえ常圧でも連続体仮定の補正が必要です。本ツールで P = 10⁵ Pa(log P = 5)に固定し、L スライダーを 0.1 μm まで動かしてください。Kn が一気に 0.1 を超えるはずです。装置寸法の評価を怠って「空気だから NS で OK」と結論することは、ナノスケール設計では致命的な誤りになります。

次に多いのが、「Knudsen 数が大きい=気体が薄い」とは限らないことを忘れるケースです。Kn は λ/L という相対量なので、同じ気体密度でも装置寸法を変えれば Kn は変わります。逆に高密度でも装置が非常に小さければ Kn が大きくなり、低密度でも装置が巨大なら Kn は小さくなります。例えば常圧空気をマイクロチャネルに流すと連続体仮定が破綻し、一方で深宇宙の極低密度ガスを地球サイズの天文現象として見ると連続体として扱えます。本ツールで L と P を独立に動かして、両者の独立性を確認してください。

最後に、「Kn の境界(0.01, 0.1, 10)は厳密な物理境界」という過剰な信頼も誤りです。これらは経験的な目安で、実際にはガス種・温度・幾何形状・表面性状によって ±1 桁程度ずれます。例えば滑らかな壁面では Kn < 0.1 でもスリップ効果が大きく出ることがあり、逆に粗い壁面では Kn > 0.1 でも連続体的振る舞いをすることがあります。重要な設計では本ツールで Kn を確認した後、DSMC や実験での検証を行うことを推奨します。Kn は「どのモデルを使うべきか」を決める一次指標であり、最終的な物理量の精度はモデルそのものの選択と境界条件の取り扱いで決まります。