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医工学

1コンパートメント薬物動態シミュレーター — 静注ボーラスと経口投与

体内を1つの均一なコンパートメントと仮定する最も基本的な薬物動態(PK)モデルです。投与量・分布容積・消失速度定数・吸収速度定数を変えると、血中濃度の時間プロファイル、半減期、クリアランス、AUC、Cmax/Tmax がリアルタイムで計算され、静注ボーラスと経口投与の違いを直感的に理解できます。

パラメータ設定
投与経路
静注ボーラス:瞬時投与。経口:消化管から吸収。
投与量 D
mg
分布容積 V_d
L
薬物が均一濃度で分布したと仮定した見かけの体積
消失速度定数 k_e
1/hr
代謝・排泄による1次消失の速度定数
吸収速度定数 k_a
1/hr
経口投与のみ有効。消化管→血中への移行速度
経口バイオアベイラビリティ F
%
経口投与時の全身循環到達率(初回通過効果を含む)
計算結果
半減期 t₁/₂ (h)
クリアランス CL (L/h)
最高濃度 C_max (mg/L)
ピーク時間 T_max (h)
AUC₀₋∞ (mg·h/L)
12h血中濃度 (mg/L)
体内動態の模式図 — 吸収・分布・消失

投与経路から分布容積へ流入し、消失速度定数 k_e に従って体外へ排出されます。中央のパルスは現在の血中濃度を表します。

血中濃度 C(t) — 0〜24時間
AUC₀₋∞ vs 投与量
理論・主要公式

$$\text{IV: } C(t)=\frac{D}{V_d}e^{-k_e t},\quad \text{Oral: } C(t)=\frac{F D k_a}{V_d(k_a-k_e)}(e^{-k_e t}-e^{-k_a t})$$

血中濃度時間プロファイル。D:投与量 mg、V_d:分布容積 L、F:バイオアベイラビリティ、k_a:吸収速度定数 1/h、k_e:消失速度定数 1/h。

$$t_{1/2}=\frac{\ln 2}{k_e},\qquad CL=k_e\cdot V_d,\qquad \text{AUC}_{0-\infty}=\frac{F\cdot D}{k_e\cdot V_d}$$

半減期、クリアランス、曲線下面積。IV では F=1。AUC は全身曝露量を表し、有効性・毒性評価の基本指標。

$$T_{\max}=\frac{\ln(k_a/k_e)}{k_a-k_e}\quad(\text{経口のみ})$$

経口投与時のピーク到達時間。k_a → k_e の極限ではローピタルの定理を要する(実装は微小ε で回避)。

1コンパートメント薬物動態とは

🙋
先生、お薬って飲んだあと体の中でどうなってるんですか?レントゲンみたいに「ここに薬が3g残ってる」って測れるんですか?
🎓
基本的には血液を採って濃度を測るんだよ。でも体って脳も筋肉も脂肪も別々の臓器でしょ?それ全部を真面目にモデル化すると複雑すぎて式が解けない。そこで「えいやっと、体全体を1つの大きなビーカーだと思っちゃおう」というのが1コンパートメントモデルなんだ。投与した薬がビーカーの中の「分布容積 V_d」に均一に溶けて、k_e の速度で漏れていく、という単純なイメージだね。
🙋
え、体ってそんなに単純じゃないですよね?それでよく薬の量を決められますね…
🎓
いいツッコミ!実は組織間の移行が速い薬、例えばカフェインとかエタノール、多くの抗菌薬では1コンパートメントで十分なんだ。グラフの片対数プロットが直線になるかどうかが判定基準。脳に蓄積する麻酔薬や脂肪に貯まるダイアゼパムなんかは2コンパートメントや3コンパートメントが必要だけど、実務の8割は1コンパートメントで攻める。シンプルだからこそ「半減期は何時間?」「クリアランスは?」とサッと答えられる強みがあるんだよ。
🙋
左で「投与経路」を静注から経口に切り替えると、グラフの形が全然変わりますね!静注は最初がピークで右肩下がりだけど、経口は山なりです。
🎓
そうそう、ここが薬物動態の面白いところ。静注は注射した瞬間に血管に入るからt=0が C_max=D/V_d。あとは k_e で素直に減るだけ。経口は胃や腸から血中に移るのに時間がかかるから、最初は吸収>消失で濃度が上がり、ある時間 T_max で両者がバランスして頂点、それから消失優位で下がる。これが二重指数のカーブ。例えば k_a=1.0、k_e=0.1 なら T_max=ln(10)/0.9≈2.6時間で頂点に達するよ。
🙋
バイオアベイラビリティ F って何ですか?経口でだけ出てくるパラメータですよね。
🎓
これは「飲んだ薬のうち何%が全身の血液に届いたか」の割合だね。胃で溶け残ったり、腸壁で吸収されなかったり、吸収されても肝臓を最初に通る時に分解されたり(初回通過効果)するから、100%にはならない。例えばプロプラノロールという降圧薬は F≈30%しか届かないから、注射用と飲み薬で用量が3倍以上違う。逆に F が高い薬(90%以上)は注射と飲み薬で同じくらいの量でいける。投与量を決める時、この F を見落とすと致命的なミスになるんだ。
🙋
AUC(曲線下面積)って統計の話に出てくる気がしますが、薬の世界でも重要なんですか?
🎓
めちゃくちゃ重要!AUC は「薬が体内に何時間×何mg/L 残っていたか」の総和、つまり全身曝露量そのもの。式は AUC=D/CL とシンプルで、投与量に比例しクリアランスに反比例する。抗がん剤のカルボプラチンは AUC=5 を目標にカリーラ式で投与量を計算するし、後発医薬品(ジェネリック)の同等性試験も AUC と Cmax が±20%以内かで判定する。「同じ薬を同じ量飲んでも、人によって AUC が2倍違う」みたいな話の元凶は、ほぼ全部クリアランスの個人差なんだよ。

よくある質問

1コンパートメントモデルは、体内全体を「均一に混ざる単一の容器(コンパートメント)」とみなす最も基本的な薬物動態モデルです。投与された薬物は瞬時に体内の分布容積 V_d 全体に分布し、消失速度定数 k_e で1次の指数減衰すると仮定します。静注ボーラスでは C(t)=D/V_d · e^(-k_e·t) と書け、血中濃度の片対数プロットが直線になります。実際の体は脳・脂肪・筋肉など分布速度が異なる組織を持ちますが、組織間移行が速い薬物(カフェイン、エタノール、多くの抗菌薬)では1コンパートメントで十分に近似できます。
半減期は t₁/₂ = ln2 / k_e、クリアランスは CL = k_e · V_d で定義されます。両者を組み合わせると t₁/₂ = ln2 · V_d / CL となり、半減期は分布容積に比例し、クリアランスに反比例することがわかります。例えば V_d=30L、k_e=0.1/hr なら t₁/₂≈6.9hr、CL=3.0L/hr。腎機能低下患者では CL が低下し、同じ V_d でも半減期が長くなるため、投与間隔の延長や減量が必要になります。クリアランスは「単位時間に薬物が取り除かれる血液体積」と解釈でき、肝代謝+腎排泄の合計を表します。
経口投与は吸収速度定数 k_a で消化管から血中へ移行し、k_e で消失する「二重指数モデル」になります。濃度は C(t) = F·D·k_a / [V_d·(k_a - k_e)] · (e^(-k_e·t) - e^(-k_a·t)) で表されます。Cmax に達する時刻 Tmax は dC/dt=0 を解いて Tmax = ln(k_a/k_e) / (k_a - k_e)。例えば k_a=1.0、k_e=0.1 なら Tmax=ln(10)/0.9≈2.56hr。F は経口バイオアベイラビリティで、消化管吸収率と初回通過効果による減少を含みます。F が低い薬物(プロプラノロール F≈30%)は静注換算で大きく減量する必要があります。
AUC₀₋∞(血中濃度時間曲線の0から無限大までの積分)は「全身曝露量」を表し、薬物の有効性・毒性を予測する最重要指標です。1コンパートメントモデルでは AUC = D/(k_e·V_d) = D/CL となり、AUC は投与量に正比例し、クリアランスに反比例します。例えば D=500mg、k_e=0.1/hr、V_d=30L なら AUC≈166.7mg·h/L。経口投与では AUC = F·D/CL となるため、F が分かれば静注と経口の AUC を直接比較してバイオアベイラビリティを評価できます。抗がん剤など治療域が狭い薬物では、AUC が治療目標値(例:カルボプラチンの AUC=5)になるよう投与量を調整します。

実世界での応用

抗菌薬の投与設計(TDM:治療薬物モニタリング):バンコマイシンやアミノグリコシド系抗菌薬は治療域と毒性域が近いため、血中濃度を測りながら投与量を調整します。1コンパートメントモデルで患者個別の V_d と k_e を推定し、AUC が目標範囲(バンコマイシンなら AUC/MIC=400〜600)に入るよう次回投与量と間隔を計算する、というのが病院薬剤師の日常業務。腎機能(クレアチニンクリアランス)から k_e を推定する Cockcroft-Gault 式やベイズ推定が併用されます。

抗がん剤のAUCベース投与(Calvert式):カルボプラチンは AUC=5〜7 mg·min/mL を目標に投与量を決めます。Calvert式 Dose = AUC × (GFR + 25) は、1コンパートメントの AUC=D/CL を腎機能で書き下したもの。患者の体表面積ではなく腎機能で投与量を決める方が血液毒性を再現性よく管理できる、というのが80年代の発見でした。今でもプラチナ製剤の標準投与法です。

後発医薬品(ジェネリック)の生物学的同等性試験:ジェネリック医薬品の承認には、先発品と AUC・Cmax が90%信頼区間で80〜125%に収まることを示す BE試験が必須。被験者24〜36人に飲ませて血中濃度を15点ほど測定し、1コンパートメントまたは非コンパートメント解析で AUC を算出します。F の差が大きいと治療効果が変わるため、ここで失敗するとジェネリックとして承認されません。

新薬開発の第I相試験(First-in-Human):新薬を人に初めて投与する第I相試験では、低用量から段階的に増やして血中濃度を測定し、ヒトでの V_d、k_e、CL、F を初めて推定します。動物実験でのアロメトリックスケーリングと比較してヒトのPKを検証し、第II相以降の投与量を決める基礎データになります。1コンパートメントで近似できない場合は2/3コンパートメントや母集団PK解析(NONMEM)に進みます。

よくある誤解と注意点

まず最大の誤解が、「分布容積 V_d を実際の体液量と同じだと思い込む」こと。V_d は「血漿濃度から逆算した見かけの体積」で、実際の体液とは関係ありません。成人の総体液は約42L ですが、V_d は薬物によって 5L(ワルファリン、強くアルブミン結合)から 7,000L(クロロキン、強く組織結合)まで100倍以上変動します。V_d が体重を超える薬物はそもそも「血漿に薄まる」のではなく「組織に貯まる」薬物で、解毒で透析しても抜けにくいなど臨床的意味合いが全く違ってきます。本ツールの V_d スライダーは1〜200L までですが、これは多くの実用薬の範囲をカバーする目安です。

次に、「半減期が長い薬=1日1回投与で良い」と短絡すること。確かに t₁/₂≈24hr なら定常状態維持には1日1回でいいですが、それは「治療域の幅と Cmax/Cmin 比をどこまで許容するか」次第。狭治療域の薬物では半減期が長くても1日2〜3分割が必要なことがあるし、逆に半減期が短くても徐放製剤化で1日1回に落とせる場合もあります。半減期は「定常状態到達時間(≈4〜5×t₁/₂)」と「中止後の体内残存時間」の目安として使い、投与間隔は治療域・服薬コンプライアンス・剤形を総合判断します。

最後に、「1次速度論はどんな濃度域でも成立する」と仮定すること。本モデルは k_e が濃度に依存しない1次反応を前提にしていますが、エタノールやフェニトインのように酵素飽和が起きる薬物では Michaelis-Menten 型のゼロ次/混合次速度論に従います。エタノールは血中濃度に関係なく約 7g/h で消失する典型例。中毒症例でフェニトイン血中濃度を上げると、わずかな増量で濃度が爆発的に上がる「飽和ジレンマ」に陥ります。本ツールは1次消失を仮定した教育目的のシミュレーターであり、飽和域の臨床判断には使えません。

使い方ガイド

  1. 投与方法を選択します。静注ボーラス(IV Bolus)または経口投与(Oral)を切り替えます
  2. 投与量(Dose)、分布容積(Vd)、消失速度定数(ke)を設定します。経口投与の場合は吸収速度定数(ka)とバイオアベイラビリティ(F)も入力します
  3. シミュレーション実行ボタンを押すと、血中濃度曲線が描画され、t₁/₂、CL、Cmax、Tmax、AUC₀₋∞、12h血中濃度が自動計算されます

具体的な計算例

テオフィリン(気管支喘息治療薬)の場合:投与量500 mg、Vd=50 L、ke=0.11 h⁻¹、経口投与でF=90%、ka=1.2 h⁻¹を設定すると、t₁/₂=6.3時間、CL=5.5 L/h、Cmax=6.8 mg/L(Tmax=2.1時間)、AUC₀₋∞=82.6 mg·h/Lが得られます。静注ボーラスの場合はka項が消失し、Cmaxは10.0 mg/Lに上昇します

実務での注意点

  1. ワルファリン(抗凝固薬)など肝代謝が主体の薬物は、肝機能低下患者ではkeが低下し半減期が延長するため、keの値を0.05 h⁻¹程度に調整して再計算が必要です
  2. 経口投与時のCmaxは食事の影響を受けます。脂肪食下ではka低下(例:1.2→0.7 h⁻¹)、Cmax低下、Tmax延長を反映させて検証してください
  3. AUC₀₋∞=投与量×F/CLの関係を確認し、異なるバイオアベイラビリティ値の薬剤(例:ジゴキシン錠剤F=70%vs液剤F=90%)の用量調整に活用できます