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プロセス制御シミュレーター

Smith 予測器シミュレーター — 死時間補償と PI の比較

死時間を持つ一次遅れプロセスに対する、標準 PI 制御と Smith 予測器のステップ応答をリアルタイムに比較。死時間補償によりオーバーシュートが小さくなり整定が早まる様子を直感的に学べます。

パラメータ設定
プロセスゲイン K_p
時定数 T_p
s
死時間 L
s
PI 比例ゲイン K_c

積分時間 T_i は IMC ルール簡易により T_p に固定(既定値で T_i = 5 s)。シミュレーションは dt = 0.05 s、0〜60 s。

計算結果
標準 PI のオーバーシュート
Smith 予測器のオーバーシュート
標準 PI の整定時間 (5%)
Smith 予測器の整定時間 (5%)
ステップ応答 y(t)

赤線=標準 PI 応答/青線=Smith 予測器応答/灰色破線=目標値 r = 1

理論・主要公式

死時間 L を持つ一次遅れプロセス。K_p はプロセスゲイン、T_p は時定数、L は死時間:

$$G(s) = \frac{K_p}{T_p s + 1}\,e^{-L s}$$

標準 PI 制御則。K_c は比例ゲイン、T_i は積分時間:

$$u(s) = K_c \left(1 + \frac{1}{T_i s}\right) e(s)$$

Smith 予測器の内部モデル G_m と、PI 制御器に戻すフィードバック信号:

$$G_m(s) = \frac{K_p}{T_p s + 1}\,e^{-L s}, \qquad e(t) = r - \bigl(y(t) - y_{m,\mathrm{遅延}}(t) + y_m(t)\bigr)$$

内部モデルが実プロセスと一致すれば、制御ループは死時間のないプロセスを見ているかのように動作し、安定性余裕が回復する。本ツールでは積分時間 T_i = T_p(IMC ルール簡易)に固定。

Smith 予測器シミュレーターとは

🙋
温度制御の現場で「むだ時間」って言葉をよく聞くんですが、なんでこれが PI 制御をそんなに難しくするんですか?
🎓
ざっくり言うと、操作してから結果が返ってくるまでに L 秒の遅れがあると、PI 制御器は「効きすぎてるのか足りないのか」をリアルタイムで判断できなくなるんだ。ゲイン K_c を上げて速く追従させようとすると、その遅れの間に過剰に操作量を打ってしまって振動する。上のシミュレーターで K_c を 1.5 にして死時間 L=3 s にしてみて。赤い標準 PI 応答がぐらぐら揺れるのが見えるはずだ。
🙋
本当ですね、赤線がオーバーシュートして振動してる。それに比べて青の Smith 予測器の方はスッと収まってる。なんでこんなに違うんですか?
🎓
Smith 予測器は内部に「プロセスのコピー」を持っているんだ。実プロセスから来る現在の出力 y(t) と、内部モデルから計算した「死時間ありの予測 y_m(t-L)」「死時間なしの予測 y_m(t)」を組み合わせて、PI 制御器に渡すフィードバック信号を作り直す。式で書くと y(t) − y_m(t−L) + y_m(t)。モデルが実プロセスと一致していると、この信号は「死時間のないプロセス」の出力に化けるんだ。
🙋
え、死時間が消えるんですか!? でも実際の世界で死時間がなくなるわけじゃないですよね?
🎓
そう、消えるのは「制御ループから見た」死時間だけだ。実プロセスにはちゃんと L 秒の遅れが残っていて、応答自体は L 秒経たないと立ち上がらない。シミュレーター上でも青線が動き出すのは t=3 s からだろう?でも、立ち上がってからの追従は速く、振動しないんだ。死時間そのものは消せないが、PI が「死時間を見ずに済む」ことで、より積極的なゲイン設計が許されるようになる。
🙋
いいことづくめに見えるんですが、デメリットはないんですか?
🎓
最大の弱点は「内部モデルが実プロセスとずれると効果が落ちる」ことだ。シミュレーターで T_p を 5 から 10 に変えてごらん。実プロセスを動かすときは新しい T_p で動くけど、Smith の補償ロジックは元のモデルを使ってる前提でなければ理想的に効かない。現場で多いのは、運転条件で物性が変わって死時間 L や時定数 T_p が動いてしまうケース。だから実務では PI のゲインを少し控えめにして、モデル誤差に対する余裕度を残しておくのが定石だ。

よくある質問

死時間 L が時定数 T_p と同等のとき(既定値 L=3 s、T_p=5 s)、標準 PI では K_c=1.5 前後でオーバーシュートが 30〜50% に達し、K_c=2 を超えると整定が困難になります。Smith 予測器では同じ K_c でも振動せず、原理的にはより大きな K_c まで安定に運用できます。シミュレーターでスライダーを動かして両者を比較してみてください。
死時間 L=0 のとき、Smith 予測器のフィードバック信号 y − y_m_遅延 + y_m は y_m + (y − y_m) = y となり、標準 PI と完全に同じ動作になります。L をゼロから増やしていくと、標準 PI の応答が悪化していくのに対し、Smith は内部モデルが正確である限り性能を維持します。
IMC(内部モデル制御)の簡易チューニング則では、T_i をプロセス時定数 T_p に等しく設定するとオーバーシュートと整定時間のバランスが取れることが知られています。本ツールでは比較を分かりやすくするため T_i = T_p に固定しています。実機では T_i も独立に調整します。
はい、原理的には PID にしても問題ありません。Smith 予測器は制御器構造に依存しない枠組みで、内部モデルと PID 制御器を組み合わせれば PID-Smith 予測器になります。ただし死時間補償の主目的は積分項の不安定化抑制なので、PI で十分な性能が得られることが多く、PID にしない設計も普通です。

実世界での応用

長配管の温度制御:化学プラントや製鉄所では、加熱器から測定点まで長い配管を流体が流れる構造が多く、流体の輸送に L=数秒〜数分の死時間が発生します。標準 PI では振動するか応答が遅くなるため、Smith 予測器または PID-Smith 予測器が広く採用されています。蒸気温度制御、原料予熱、反応器入口温度制御などが典型例です。

紙・フィルム・板厚の品質制御:シートを連続生産するプロセスでは、ロールでシートを押し出してから厚みセンサに到達するまでに L 秒の遅れがあります。標準 PI では応答が遅くなり製品ばらつきが大きくなるため、Smith 予測器を用いて補償することで応答速度と品質を両立させます。連続鋳造や圧延工程でも同様です。

組成制御と分析計の遅れ:蒸留塔の頂部組成や反応器出口の濃度をオンライン分析計で測定する場合、サンプリングと分析に L=数分の遅れが入ります。標準 PID では振動が避けられないため、Smith 予測器または DMC(動的マトリクス制御)等のモデル予測制御が導入されます。

ネットワーク遅延を含む遠隔制御:近年では、IoT・通信を介した遠隔制御で通信遅延 L が無視できなくなり、Smith 予測器の考え方が再注目されています。インターネット越しのロボット制御、遠隔監視制御(SCADA)、群制御などで、通信遅延を補償する手法として研究が進んでいます。

よくある誤解と注意点

最も多い誤解は、「Smith 予測器を入れれば死時間そのものが消える」と考えてしまうことです。実際にはプロセスの物理的な遅れは依然として残り、操作してから出力が動き出すまでには L 秒待たねばなりません。シミュレーターで Smith の青線を見ても、t=3 s 以前は完全に動いていません。Smith 予測器が消すのは「制御ループ伝達関数の中の死時間」であって、ステップ応答の立ち上がり時刻ではないのです。「より積極的なゲイン設計が許される」と理解するのが正確です。

次に多いのが、内部モデルの精度を軽視することです。Smith 予測器は内部モデル G_m が実プロセスと一致している前提で死時間を完全補償しますが、実機ではモデル誤差が必ずあります。シミュレーターでは敢えてモデル誤差を入れていませんが、現場でモデルパラメータがずれると、Smith 予測器の補償が不完全になり、場合によっては標準 PI より悪化します。実務では PI ゲインを理論最適値より少し下げて、モデル誤差に対する余裕度を残すのが定石です。

最後に、「死時間が小さいプロセスにも Smith を入れる」のは過剰設計です。L が時定数 T_p に比べて十分小さい(目安 L/T_p < 0.3)場合、標準 PI で適切にチューニングすれば十分な性能が得られ、Smith 予測器の追加メリットは小さくなります。逆に、内部モデルの保守コストや同定の手間が増えるため、コストパフォーマンスが悪化します。Smith 予測器が真価を発揮するのは、L/T_p > 0.5 程度の「死時間支配」プロセスです。シミュレーターで L と T_p の比を変えて、両者の性能差がどう変化するかを観察してみてください。