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医工学・超音波

超音波ドップラー血流計測シミュレーター

頸動脈・心臓・脳血管の血流速度を非侵襲で測る超音波ドップラー法(PW/CW)をシミュレーションします。超音波周波数・ビーム角度・PRFを変えると、ドップラー偏移・Nyquist 速度・エイリアシング判定・最大撮像深度がリアルタイムで分かり、臨床で実現可能な測定条件を設計できます。

パラメータ設定
超音波周波数 f₀
MHz
高周波ほど分解能が上がるが減衰大(深部不可)
血流速度 v
cm/s
頸動脈≈100、MCA≈55、大腿動脈≈90、AS弁≈400
ビーム角 θ
°
ビームと血流のなす角度。60°超で誤差大
PRF
Hz
パルス繰り返し周波数。Nyquist=PRF/2
音速 c
m/s
軟部組織の代表値は 1540 m/s
ゲート深度
mm
速度測定したい血管の深さ
血管種類
PI(拍動指数)の代表値を自動設定
計算結果
ドップラー周波数 (kHz)
Nyquist 周波数 (kHz)
Nyquist 速度 (cm/s)
最大撮像深度 (cm)
角度誤差感度 (%/°)
エイリアシング判定
プローブ・血管・ドップラー波形

プローブから送信したビームが血管に角度θで入射し、赤血球の散乱で f_d の偏移を受けて戻ります。下段はスペクトル波形(赤い破線=Nyquist 限界)。

スペクトル波形 — 時間 vs 周波数
Nyquist 速度 vs ビーム角度
理論・主要公式

$$f_d = \frac{2 f_0 v \cos\theta}{c},\quad v_{\text{Nyquist}} = \frac{c \cdot \mathrm{PRF}}{4 f_0 \cos\theta}$$

f_d=ドップラー周波数偏移、v=血流速度、θ=ビーム-血流角、c=音速(軟部組織 1540 m/s)、PRF=パルス繰り返し周波数。

$$d_{\max} = \frac{c}{2\,\mathrm{PRF}},\qquad \mathrm{aliasing\ if}\ f_d \gt \mathrm{PRF}/2$$

最大撮像深度 d_max と Nyquist 限界(PRF/2)。PRF を上げると Nyquist は上がるが d_max は下がるトレードオフ。

超音波ドップラー血流計測 — エイリアシングと PSV/EDV

🙋
病院のエコー検査で「シャー、シャー」って音が聞こえるの、あれって血が流れる音なんですか?
🎓
いい質問だね。あれは血が出している音じゃなくて、超音波が赤血球にぶつかって跳ね返ってきた波の「周波数のズレ」を音に変えたものなんだ。動いている赤血球が反射波の周波数を変える——これがドップラー効果。救急車のサイレンが近づくと高く、遠ざかると低く聞こえるのと同じで、血が近づいてくれば高音、離れていけば低音になる。式は f_d = 2f₀·v·cosθ/c。今のシミュレーターの「ドップラー周波数 3.25 kHz」がまさに人間の耳に聞こえる音域に入っているのが分かるはずだよ。
🙋
なるほど!でも左でビーム角を 60° から 70° に上げると数値がガクッと変わりますね。なんでですか?
🎓
cosθ が効いてるんだ。θ=0° なら cos=1 で最大、θ=90° なら cos=0 で f_d がゼロ——ビームが血流に垂直に当たると、ドップラー効果は理論上ゼロになる。実務で困るのは、速度を逆算するとき v=f_d·c/(2f₀cosθ) で 1/cosθ が掛かること。θ=60° では tan=1.732 だから 1°のズレで約3%、θ=70° では tan=2.75 で約5%、θ=80° では約10% も速度がブレる。だから臨床ガイドラインは「θ≦60°」を強く推奨しているんだよ。
🙋
エイリアシングの判定が「あり」になってますけど、これって何が起きてるんですか?
🎓
PW ドップラーは連続じゃなくてパルス——「ピッ」「ピッ」と間欠的に送信する。だから一定周期 PRF でしか測れない。標本化定理によると、測れる最大周波数は PRF/2(Nyquist)。今は f_d=3.25 kHz が Nyquist=2.5 kHz を超えてるから、波形がベースラインを折り返して反対方向に流れているように見える——これがエイリアシング。心エコーで「右に向かう流れが急に左を向く」変な絵になったら、たいてい PRF 不足だ。
🙋
じゃあ PRF を上げれば解決ですよね?簡単じゃないですか?
🎓
それが超音波の意地悪なところで、トレードオフがある。1パルスが組織を往復してくるまで、次のパルスは送れない。だから d_max = c/(2·PRF) で、PRF を倍にすると測れる最大深度が半分になる。胎児の心臓みたいに深いところは PRF を上げ切れないし、逆に首の表面の頸動脈なら PRF を 10 kHz まで上げて aliasing を回避できる。最後の手段が CW ドップラー——連続波で速度上限なし。ただし距離分解能がなくて「ビームのどこかにある最速の流れ」しか取れない。大動脈弁狭窄症の評価には CW が必須なんだ。
🙋
PSV と EDV ってよく聞きますけど、何ですか?
🎓
PSV は Peak Systolic Velocity——心拍ごとのピーク速度、EDV は End Diastolic Velocity——拡張末期の最小速度。頸動脈で PSV > 230 cm/s かつ EDV > 100 cm/s なら 70% 以上の狭窄が疑われ、頸動脈内膜剥離術(CEA)の適応になる。PI(Pulsatility Index)=(PSV-EDV)/平均速度 も拍動性の指標で、頸動脈は約1.5、抵抗の低い MCA は約0.8、抵抗の高い大腿動脈は約4.0。血管種類で値が大きく違うから、選択した血管に応じて代表値を表示しているよ。

よくある質問

Pulsed-Wave(PW)ドップラーはパルス繰り返し周波数 PRF で散発的にサンプリングするため、標本化定理から測定できる最大周波数は PRF/2(Nyquist 周波数)に制限されます。血流速度が大きく、ドップラー偏移 f_d=2f₀v·cosθ/c が PRF/2 を超えると、スペクトル波形が折り返って反対方向の流れに見える「エイリアシング」が発生します。回避策は (1) PRF を上げる(ただし撮像深度が下がる)、(2) 低周波数のプローブに変える、(3) ベースラインをシフトする、(4) CW ドップラーに切り替える、の4つです。
ドップラー式 f_d=2f₀v·cosθ/c から血流速度を逆算する際、v∝1/cosθ なので、cosθ が小さい(θが大きい)ほど 1°の角度誤差が大きな速度誤差として増幅されます。θ=60°では cos=0.5、tan=1.732 のため、1°のズレで約3%の速度誤差。θ=70°では約5%、θ=80°では約10%にもなります。臨床では θ≦60° が推奨され、θ=0°(ビームと血流が平行)が理論的には最適ですが、頸動脈などの浅い血管では幾何学的に難しく、通常 45〜60° で測定します。
PSV(Peak Systolic Velocity, 収縮期最大流速)は心拍ごとのピーク速度、EDV(End Diastolic Velocity, 拡張末期流速)は拡張期末の最小速度です。頸動脈の場合、PSV > 125 cm/s で 50%以上の狭窄、PSV > 230 cm/s かつ EDV > 100 cm/s で 70%以上の高度狭窄が示唆され、頸動脈内膜剥離術(CEA)やステント留置の適応判断に直結します。心臓では大動脈弁の狭窄評価で PSV から圧較差 ΔP=4·v² (mmHg) を求めるベルヌーイ式が標準です。
1パルスが組織を往復する時間が PRF の周期より短くなければ次のパルスを送れません。最大深度は d_max = c/(2·PRF)(c≈1540 m/s)で決まり、PRF=5 kHz なら d_max≈15.4 cm、PRF=10 kHz なら 7.7 cm と半分になります。深い血管(門脈、腹部大動脈)は低 PRF を使わざるを得ず Nyquist が低くなり、結果として高速血流でエイリアシングが起きやすくなります。これが PW の根本的な制約で、深部の高速血流には CW ドップラー(連続波で速度上限なし、ただし距離分解能なし)を使い分けます。

実世界での応用

頸動脈エコー(脳卒中スクリーニング):総頸動脈・内頸動脈の PSV/EDV から狭窄率を推定するのは、脳卒中リスク評価の標準法です。PSV > 230 cm/s かつ EDV > 100 cm/s で 70% 以上の高度狭窄が示唆され、頸動脈内膜剥離術(CEA)やステント留置の適応判断に直結します。頸動脈は浅い(深度 2〜4 cm)ため 7.5〜10 MHz の高周波プローブを使い、高い空間分解能で詳細評価ができます。

心エコー(心臓弁機能評価):大動脈弁狭窄症(AS)の重症度評価では、CW ドップラーで弁口を通過する最大流速 v を測り、簡易ベルヌーイ式 ΔP=4·v² から圧較差を求めます。v=4 m/s なら ΔP=64 mmHg で重症 AS の指標。僧帽弁逆流の MR Jet、PDA や VSD のシャント評価、肺高血圧の三尖弁逆流圧較差からの推定圧など、ほぼ全ての構造的心疾患評価で必須です。

胎児ドップラー(胎児ウェルネス評価):臍帯動脈、中大脳動脈(MCA)、静脈管のドップラー波形から胎児循環の状態を評価します。臍帯動脈の拡張末期血流消失・逆流(AEDV/REDV)は重度胎盤機能不全のサインで、胎児発育遅延(FGR)や早産娩出の判断材料になります。胎児は深い(深度 5〜15 cm)ため 3.5〜5 MHz の低周波プローブが使われます。

術中血管造影・透析シャント管理:血管吻合術や移植腎の動脈評価では、術中に高周波プローブ(10〜15 MHz)で吻合部の流速を確認し、狭窄や血栓を即座に検出します。透析患者のシャント管理では、シャント流量(Qa)が 500 mL/min 未満になると閉塞リスクが高まり、PTA(経皮的血管形成術)の適応判断にドップラー流量計測が用いられます。

よくある誤解と注意点

まず最大の落とし穴が、「角度補正カーソルを血管に正しく合わせないまま速度を読む」こと。ドップラー装置は表示されている速度を v=f_d·c/(2f₀cosθ) で計算しますが、θ はユーザーが画面上で「血流方向」を示すカーソルで指定するもので、自動測定ではありません。カーソルが血管軸と数度ズレるだけで速度が大きく狂い、PSV > 230 cm/s の閾値を越える・越えないが反転して、CEA の適応判断を間違える可能性があります。カーソルは必ずカラードップラーで確認した実際の流れ方向(血管壁ではなく流れ)に合わせ、θ ≦ 60° の範囲で測定すること。これは初心者検査者の最大のミスポイントです。

次に、「エイリアシングを単にレンジを広げて隠す」こと。ベースラインシフトや HPRF(High PRF)モードでエイリアシングを画面上で消すことはできますが、それは「真の速度が分からなくなる」ことと表裏一体です。特に HPRF はレンジゲートを複数生成するため、画像上のゲート以外の場所からの信号が混入する「レンジ曖昧性」を生み、深部血管と表層血管の流速を取り違える危険があります。原則は (1) プローブを低周波に変えて f_d 自体を下げる、(2) 角度を浅くする、(3) ベースラインシフト、(4) どうしても無理なら CW に切り替える——の順で検討するのが安全です。

最後に、「PI や RI を絶対値で評価する」こと。PI(Pulsatility Index)や RI(Resistance Index)は血管抵抗の指標としてよく使われますが、心拍数、血圧、年齢、薬剤(β遮断薬、血管拡張薬)で大きく変動します。胎児 MCA の PI が 0.8 から 1.2 に上がったから「胎盤機能改善」と即断するのは危険で、母体の心拍や血圧変動の影響も切り分ける必要があります。臨床的には PI/RI の経時変化(前回検査との比較)や、複数血管(MCA/UA 比など)の相対値で評価するのが原則です。

使い方ガイド

  1. 超音波周波数(7.5~10MHz)と血流速度(20~200cm/s)を入力する。頸動脈は通常80~120cm/s、冠動脈は50~80cm/sの範囲です。
  2. ビーム入射角度(0~60°)とPRF(2~10kHz)を設定する。角度60°では cos値が0.5になり、周波数偏移が大きく低下するため、正確な計測には0~30°推奨。
  3. リアルタイムで計算されるドップラー周波数・Nyquist速度・最大撮像深度・エイリアシング判定を確認し、設定値の妥当性を評価する。

具体的な計算例

頸動脈撮像で超音波周波数7.5MHz、血流速度100cm/s、入射角度30°、PRF=5kHzの場合:ドップラー周波数Fd=2×7.5×100×cos(30°)/1540≈968Hzが発生し、Nyquist周波数は2500Hz(PRF/2)となるためエイリアシングなし。最大撮像深度は154cm。一方、入射角度60°では同一条件でFd≈484Hzに低下し測定精度が劣化します。PRFを10kHzに上げると最大撮像深度は77cmに制限されますが、Nyquist速度は上昇し高速流測定に対応できます。

実務での注意点