WKB近似シミュレーター 戻る
量子力学

WKB近似シミュレーター — 量子トンネル確率

古典的には越えられないポテンシャル障壁を、粒子が量子的にすり抜ける「トンネル効果」を体験するツールです。粒子のエネルギー・障壁の高さと幅・質量を変えると、WKB近似による透過確率 T と障壁内部の減衰定数 κ がリアルタイムで分かります。

パラメータ設定
粒子のエネルギー E
eV
障壁に向かって入射する粒子の運動エネルギー
障壁の高さ V0
eV
矩形ポテンシャル障壁のポテンシャルエネルギー
障壁の幅 L
nm
粒子がトンネルする障壁の厚さ
粒子の質量 m
mₑ
電子質量を1とした単位。重いほどトンネルしにくい
計算結果
トンネル確率 T
減衰定数 κ (nm⁻¹)
透過深さ 1/κ (nm)
E/V0 比
障壁との差 V0−E (eV)
古典的判定
ポテンシャル障壁と波動関数 ψ(x)

青線がエネルギー E、灰色の矩形が障壁 V0。波動関数 ψ(x) は障壁の手前で振動し、障壁内部で指数関数的に減衰、通過後は小振幅で再び振動します(透過波)。

トンネル確率 vs 障壁幅 L
トンネル確率 vs 粒子エネルギー E
理論・主要公式

$$T\approx\exp\!\left(-2\int_{x_1}^{x_2}\!\kappa(x)\,dx\right),\qquad \kappa=\frac{\sqrt{2m(V-E)}}{\hbar}$$

WKB透過確率の一般式。κ は障壁内部での波動関数の減衰率、x₁・x₂ は古典的転回点(E=V となる点)。指数の中の積分が大きいほど透過確率は小さくなります。

$$T = e^{-2\kappa L}$$

高さ V0・幅 L の矩形障壁では κ が一定なので積分は κL となり、透過確率はこの簡単な指数関数になります。透過深さは 1/κ で、波動関数が 1/e に減衰する距離です。

WKB近似は、ポテンシャルが波長に比べてゆっくり変化するときに有効です。矩形障壁は厳密には急変ポテンシャルですが、減衰の本質を学ぶ教材として広く用いられます。

WKB近似とは

🙋
「量子トンネル効果」って、粒子が壁をすり抜けるってことですよね?そんなSFみたいなことが本当に起きるんですか?
🎓
起きるよ。しかも実在の現象だ。ざっくり言うと、ボールを壁に投げても古典力学では絶対に向こう側に行かないよね。エネルギーが足りなければ100%跳ね返る。でも電子のようなミクロな粒子は「波」の性質を持っていて、壁の中でも波動関数がスッとは消えず、指数関数的に減衰しながら染み込む。壁が薄ければ減衰しきる前に向こう側へ少し漏れ出る——これがトンネル効果なんだ。
🙋
なるほど…。でもその「漏れ出る量」って計算できるんですか?シュレーディンガー方程式って難しそうですけど。
🎓
そこで登場するのが「WKB近似」だ。Wentzel・Kramers・Brillouinという3人の名前からきている。厳密にシュレーディンガー方程式を解く代わりに、ポテンシャルが波長に比べてゆっくり変化する領域では、波動関数を exp(±∫k dx) という指数関数の形で近似できる、というアイデアなんだ。これを使うとトンネル確率が T ≈ exp(−2∫κ dx) という積分一発で見積もれる。半古典近似とも呼ばれるよ。
🙋
左の障壁の幅 L を大きくすると、トンネル確率 T がものすごい勢いで小さくなりますね。グラフが対数軸なのに直線で落ちていきます。
🎓
いいところに気づいたね。矩形障壁では T = exp(−2κL) になる。指数の肩に L が乗っているから、L を増やすと T は指数関数的に減る。対数軸で直線になるのはそのためだ。デフォルト値だと T ≈ 2×10⁻⁸ くらい。これは「1億回ぶつかって2回抜ける」程度の確率だけど、ゼロではないのが量子力学の面白いところ。障壁を半分の幅にすると T は2乗で効いて、いきなり1万倍くらい大きくなるんだ。
🙋
質量 m を重くしてもトンネルしにくくなりますね。なんでですか?
🎓
減衰定数 κ が √(m(V0−E)) に比例するからだよ。重い粒子ほど κ が大きくなり、障壁内部で速く減衰する。だから電子は割とよくトンネルするけど、陽子(電子の約1800倍重い)はずっとしにくい。原子核がまるごとトンネルするアルファ崩壊が、地質年代スケールの長い半減期になるのもこのため。エネルギー E を V0 に近づけると (V0−E) が小さくなって κ が下がり、T は急に大きくなる。下のエネルギーのグラフで確かめてみて。
🙋
エネルギー E を V0 より大きくしたら、判定が「古典的にも透過」に変わりました。これはトンネルじゃないんですか?
🎓
そう、E ≥ V0 になると粒子は障壁の「上」を普通に乗り越えられる。古典力学でも通過できる状態だから、もうトンネル効果ではない。このとき (V0−E) が負になって √ の中身が成立しないので、κ=0 として扱い、トンネルの公式 T=exp(−2κL) は適用外になる。本ツールではこの場合を判定文ではっきり区別している。トンネル効果はあくまで E < V0 の「古典的には絶対に越えられない」状況でこそ意味を持つんだ。

よくある質問

WKB近似(Wentzel–Kramers–Brillouin近似)は、シュレーディンガー方程式の半古典的な近似解法です。ポテンシャルがド・ブロイ波長に比べてゆっくり変化する領域では、波動関数を指数関数の形 exp(±∫k dx) で近似できます。これを使うと、トンネル効果のように厳密に解くのが難しい問題でも、透過確率を T ≈ exp(−2∫κ dx) という簡単な積分で見積もれます。本ツールは矩形障壁に対してこのWKB公式を適用しています。
古典力学では、エネルギー E が障壁の高さ V0 より低い粒子は障壁を絶対に越えられず、100%反射されます。しかし量子力学では粒子は波としての性質を持ち、障壁の内部でも波動関数はゼロにならず、指数関数的に減衰しながら染み込みます。障壁の幅が有限なら、減衰しきる前に反対側へ抜け出る成分が残り、これがトンネル効果です。透過確率は障壁内部での減衰量で決まります。
矩形障壁のWKB透過確率は T = exp(−2κL) で、κ は障壁内部の減衰定数、L は障壁の幅です。κ = √(2m(V0−E))/ℏ なので、T は障壁の幅 L に対して指数関数的に減少し、粒子の質量 m と障壁との差 (V0−E) の平方根に対しても指数関数的に減少します。つまり障壁を半分の幅にする、または高さを下げると、T は劇的に大きくなります。逆に重い粒子や厚く高い障壁ではTは急激に小さくなります。
WKB近似は、ポテンシャルが粒子の波長に比べて十分ゆっくり変化する場合に有効です。逆に、障壁の角が鋭く立っている矩形障壁や、ポテンシャルが急激に変化する点(古典的転回点の近く)では誤差が大きくなります。本ツールの矩形障壁は厳密には急変ポテンシャルですが、減衰の本質を理解する教材としてWKB公式 T=exp(−2κL) を用いています。アルファ崩壊や走査トンネル顕微鏡のように障壁がなだらかな実問題では、WKB近似は非常に良い精度を与えます。

実世界での応用

走査トンネル顕微鏡(STM):探針と試料表面の間のわずかな真空ギャップを電子がトンネルする電流を検出し、原子1個ずつを画像化する装置です。トンネル電流は T = exp(−2κL) に従ってギャップ幅 L に指数関数的に依存するため、ギャップが0.1nm変わるだけで電流が約10倍変化します。この極端な感度こそがSTMの原子分解能の源です。本ツールで幅 L を少し動かすと T が桁で変わることを体感できます。

アルファ崩壊と原子核物理:放射性原子核から放出されるアルファ粒子は、原子核を閉じ込めるクーロン障壁を量子トンネルで抜け出します。ガモフは1928年、まさにWKB近似を使ってアルファ崩壊の半減期を説明しました。トンネル確率が障壁に対して指数関数的なため、半減期は10⁻⁷秒から10¹⁷年まで20桁以上にわたって変化します。これがガイガー=ヌッタルの法則の物理的な根拠です。

半導体デバイス:トンネルダイオード、フラッシュメモリの書き込み・消去、極薄ゲート酸化膜のリーク電流など、現代エレクトロニクスはトンネル効果と切り離せません。微細化が進むとゲート絶縁膜が数nmまで薄くなり、設計上は不要なトンネルリーク電流が無視できなくなります。WKB近似はこのリーク電流を素早く見積もる第一近似として今も使われています。

核融合と恒星のエネルギー:太陽の中心でさえ、陽子同士を融合させるにはクーロン障壁が高すぎ、古典的には反応が起こりません。陽子がトンネル効果で障壁を抜けることで核融合が進み、恒星は輝きます。トンネル確率が温度に対して鋭敏なため、恒星内部の核融合速度は中心温度のわずかな違いで大きく変わります。WKB近似はこの反応率(ガモフ因子)の見積もりに使われます。

よくある誤解と注意点

まず最大の誤解が、「トンネルした粒子は障壁内部でエネルギーを借りている」という考えです。トンネル効果では粒子のエネルギーは保存され、障壁の内部でも入射時と同じ E を持っています。「不確定性原理でエネルギーを一時的に借りて壁を越える」という説明は直感的ですが厳密には正しくありません。正しくは、波動関数が障壁内部で振動ではなく指数関数的減衰(エバネッセント波)になり、その染み込みが反対側に届くだけで、エネルギーの貸し借りは起きていません。本ツールの波動関数の図でも、障壁内部では振動せず純粋に減衰する様子を描いています。

次に、「WKB近似は矩形障壁に対して正確だ」という思い込みです。WKB近似の前提は「ポテンシャルが波長に比べてゆっくり変化すること」ですが、矩形障壁は角でポテンシャルが不連続にジャンプするため、本来この前提を満たしません。教育目的では T=exp(−2κL) という分かりやすい形のためによく使われますが、厳密な矩形障壁の透過確率には前置因子(プレファクター)が付き、特に E が V0 に近いときや障壁が薄いときには WKB の指数項だけでは数倍のずれが出ます。アルファ崩壊のようななだらかな障壁でこそ WKB は真価を発揮します。

最後に、「トンネル確率が小さいから無視してよい」という油断です。本ツールのデフォルトでも T ≈ 2×10⁻⁸ と非常に小さく見えますが、トンネル現象は1個の粒子の試行回数が桁違いに多い場面で効いてきます。たとえばゲート酸化膜では1秒間に膨大な回数の衝突があり、10⁻⁸でもチップ全体では無視できないリーク電流になります。アルファ崩壊も「1個あたりの確率は極小だが原子の数が膨大」だから観測できる現象です。確率の絶対値ではなく、試行回数を掛けた期待値で判断することが重要です。

使い方ガイド

  1. 粒子エネルギーeNum(eV)と探索範囲eRangeを設定し、障壁高さvNum(eV)と幅wNum(nm)を入力
  2. 質量mNum(電子質量me単位)を選択し、シミュレーターが自動でWKB積分∫κ(x)dxを計算
  3. 減衰定数κ=√(2m(V0−E))/ℏと透過確率T≈exp(−2κW)をリアルタイム出力で確認
  4. E/V0比が0.3から0.9の範囲でパラメータスイープを実行し、トンネル確率の指数関数的低下を観察

具体的な計算例

アルファ粒子(m=4 me、E=5 MeV)が金核の静電障壁(V0=8 MeV、W=2 fm)をトンネルする場合、κ≈0.48 fm⁻¹となり、透過確率T≈10⁻⁴⁰に低下します。一方、電子(m=1 me、E=2 eV)が幅W=1 nmの有限障壁(V0=5 eV)を通過する際は、κ≈1.03 nm⁻¹、T≈0.12と有意な確率を示し、半導体トンネル接合やSTM原理の説明に適합します。

実務での注意点