Dassault Systèmes SIMULIA戦略 ― Abaqusと非線形解析の系譜
Abaqusの誕生 ― HKSと非線形FEAのパイオニア
AbaqusってDassaultの製品なんですか? もともと別の会社が作ったと聞いたことがあるんですが…
そう、もともとはHKS(Hibbitt, Karlsson & Sorensen)という3人の研究者が1978年に開発を始めたソルバーだ。David Hibbitt、Bengt Karlsson、Paul Sorensenの3人で、全員がBrown大学の力学系の出身だった。
大学の研究者が起業したんですね。当時は他にもFEMソフトがあったんじゃないですか?
NASTRANやANSYSはすでにあったけど、当時はどちらも線形解析が中心だった。HKSの3人は「実際の構造物は弾塑性変形するし、部品同士が接触する。線形だけじゃ足りない」と考えて、最初から非線形解析に特化したソルバーとしてAbaqusを設計した。これが後にCAE業界で圧倒的な地位を築くことになる。
「Abaqus」ってユニークな名前ですけど、由来はあるんですか?
算盤(abacus)のスペル違いだね。計算道具の原点に敬意を表したネーミングだ。電話帳(当時のマーケティング手段)でAの頭に来るようにという実利的な理由もあったらしい(笑)。
Dassaultによる買収とSIMULIAブランド
そのHKSをDassault Systèmesが買収したわけですよね。いつ頃のことですか?
2005年にDassault Systèmes(DS)がHKSを買収して、SIMULIAブランドを設立した。DSはすでにCATIA(3D CAD)とENOVIA(PDM)を持っていたけど、本格的なCAE解析能力が弱かった。Abaqusを手に入れることで「設計から解析まで」のフルスイートが完成したわけだ。
CATIAで設計して、Abaqusで解析するっていう流れですね。
その通り。しかもDSはAbaqusだけでなく、その後もCAE関連の企業を積極的に買収している:
- Isight ― プロセス自動化・最適化ツール。複数のCAEジョブを自動で回して最適設計を探索できる
- fe-safe ― 疲労寿命評価のスペシャリスト。Abaqusの応力結果から直接疲労寿命を計算できる
- Tosca ― トポロジー最適化・形状最適化。Abaqusと連携して軽量化設計に使う
- Simulayt ― 複合材レイアップの解析。航空宇宙分野で重要
- CST Studio Suite(2016年) ― 高周波電磁場シミュレーション。5Gアンテナ設計などで活用
Abaqusの技術的強み ― なぜ非線形で選ばれるのか
「非線形解析ならAbaqus」ってよく聞くんですけど、具体的に何がすごいんですか?
Abaqusの強みは大きく3つある:
1. 接触解析の安定性:部品同士が接触・離反する問題(ボルト締結、プレス成形、ゴムシールなど)で、収束性が非常に高い。実務で「Ansys Mechanicalで収束しなかったけどAbaqusなら解けた」という話は珍しくない。
2. 大変形・大回転への対応:ゴム・エラストマーのような超弾性体の変形や、金属の塑性加工(鍛造・絞り加工)のような大変形問題を安定して解ける。
3. 材料モデルの豊富さ:超弾性(Mooney-Rivlin、Ogden)、粘弾性、クリープ、損傷力学、コンクリートの塑性損傷モデルなど、学術的に検証された材料モデルが非常に充実している。ユーザーサブルーチン(UMAT/VUMAT)で独自モデルも書ける。
StandardとExplicitの使い分けってどうなんですか?
Abaqus/Standardは陰解法で、準静的問題や低速の動的問題向きだ。ボルト締結体の応力解析や熱応力解析なんかがこっち。Abaqus/Explicitは陽解法で、衝突・落下・爆発のような高速動的問題に使う。例えば自動車の衝突シミュレーションでは、数ミリ秒の現象を数百万自由度で解くのにExplicitが使われる。両者を一つのモデルで切り替えられるのがAbaqusの大きな利点だ。
SIMULIAの製品群
SIMULIAってAbaqusだけのブランドじゃないんですよね?
その通り。今のSIMULIAは「リアリスティック・シミュレーション」を掲げていて、Abaqus以外にも重要な製品がある:
- PowerFLOW ― 格子ボルツマン法(LBM)ベースのCFDソルバー。自動車の空力・空力騒音に強い
- XFlow ― 粒子法ベースのCFD。自由表面流れ(波打ち・飛散)が得意
- CST Studio Suite ― 高周波電磁場。FIT(Finite Integration Technique)がベース
- Opera ― 低周波電磁場(モーター、アクチュエーター)
- Wave6 ― 統計的エネルギー解析(SEA)で中高周波の振動騒音を予測
Abaqus単体の会社から、マルチフィジックスのシミュレーションプラットフォームに進化しているんだ。
3DEXPERIENCE統合戦略
最近「3DEXPERIENCE」ってよく聞くんですけど、SIMULIAとどう関係するんですか?
DSの中長期戦略の柱がこれだ。3DEXPERIENCE Platformは、CATIA(設計)、SIMULIA(解析)、DELMIA(製造)、ENOVIA(データ管理)を一つのクラウドベースのプラットフォームに統合するものだ。
CAEの視点で言うと、こういう変化が起きている:
- Abaqusのクラウド実行:ローカルのワークステーションではなく、クラウドHPCでAbaqusジョブを投げて結果だけ取得する運用が可能に
- 設計と解析のシームレス化:CATIAで形状を変更すると、SIMULIAの解析モデルに自動反映される
- データ一元管理:解析結果・メッシュ・条件設定がENOVIA上で版管理される
でも、現場のエンジニアは従来のデスクトップ版Abaqus/CAEに慣れてますよね。移行は進んでいるんですか?
正直なところ、大企業を中心に徐々にという段階だ。デスクトップ版のAbaqus/CAEは引き続き提供されているけど、DSとしてはクラウドネイティブの3DEXPERIENCE版に誘導していきたい方針だ。特に大規模モデルのHPC計算では、クラウドの柔軟なスケーリングにメリットがある。ただ、セキュリティの問題やライセンス体系の変化もあって、すべてのユーザーが移行するにはまだ時間がかかるだろう。
まとめ
SIMULIAの歴史を整理するとこうなる:
- 1978年:HKSの3人がAbaqusの開発を開始。非線形FEAに特化
- 1990年代:接触・大変形解析の精度で学術・産業界で評価が定着
- 2005年:Dassault Systèmesが買収。SIMULIAブランド設立
- 2010年代:Isight、fe-safe、Tosca、CST等を統合。マルチフィジックス化
- 2020年代:3DEXPERIENCE Platformへの統合推進。クラウドCAEの展開
「非線形解析の精度と安定性」というAbaqusの技術的DNAは、SIMULIAブランド全体に受け継がれている。CAEベンダー選定で「複雑な非線形問題」が課題なら、SIMULIAは必ず候補に入る存在だよ。
3人の研究者が始めたソルバーが、世界最大級の製造業向けプラットフォームの中核になっているって、すごい話ですね。ありがとうございます!
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