熱膨張と材料 — αΔT から熱応力・バイメタル・CAE熱構造連成まで
1. 熱膨張とCAE — 避けて通れない現象
温度が上がれば物体は膨張し、下がれば収縮する——この当たり前の現象が工学設計において無視できない大きな問題になることがある。熱応力(Thermal Stress)は、温度変化と変形拘束が組み合わさることで生まれる。設計ミスは亀裂・変形・疲労破壊を引き起こし、深刻な場合は構造物の崩壊につながる。
2. 線膨張係数の定義と主要材料データ
温度変化 $\Delta T$ に対する線寸法の変化率が線膨張係数(Coefficient of Thermal Expansion: CTE) $\alpha$ [1/K または 1/°C]。
$$\Delta L = \alpha L_0 \Delta T$$3次元への拡張(等方性材料の体膨張):
$$\Delta V = \beta V_0 \Delta T, \quad \beta \approx 3\alpha$$熱ひずみベクトル(等方性材料):
$$\{\varepsilon_{th}\} = \alpha\Delta T\{1, 1, 1, 0, 0, 0\}^T$$| 材料 | α [×10⁻⁶/K] | 備考 |
|---|---|---|
| 構造用炭素鋼 | 11.7 | レール・橋梁・建設構造 |
| ステンレス鋼(SUS304) | 17.3 | 食品・化学・医療機器 |
| アルミ合金(A6061) | 23.1 | 鋼の約2倍——異種接合で熱応力大 |
| 銅 | 16.5 | 電気配線・熱交換器 |
| CFRP(繊維方向) | 0〜−1 | 負の膨張も可能、精密機器向け |
| CFRP(繊維垂直方向) | 30〜40 | 繊維方向との差が大きく層間剥離リスク |
| ガラス(ボロシリケート) | 3.3 | 実験ガラス器具・光学部品 |
| シリコン | 2.6 | 半導体チップ——PCBとのCTE不一致が問題 |
| インバー合金(Fe-Ni 36%) | ~1.2 | 精密機器・LNGタンク |
| コンクリート | 10〜12 | 鉄筋との整合性が重要 |
3. 自由熱膨張と拘束熱応力
熱膨張が自由(拘束なし)の場合、熱ひずみ $\varepsilon_{th} = \alpha\Delta T$ が発生するが応力はゼロ。
完全拘束(伸びを完全に阻止)の場合、熱膨張は弾性圧縮ひずみに変換される。
$$\sigma_{th} = -E\alpha\Delta T$$負号は:温度上昇($\Delta T > 0$)での圧縮応力($\sigma < 0$)を意味する。
橋脚間に固定された鋼桁の夏季熱応力(例題)
鋼桁($E = 200\,\text{GPa}$, $\alpha = 12\times10^{-6}\,\text{/K}$)が冬季 0℃ で据え付けられ、夏季 40℃ まで上昇した場合の完全拘束熱応力:
$$\sigma_{th} = -200\times10^9 \times 12\times10^{-6} \times 40 = -96\,\text{MPa}\,\text{(圧縮)}$$SS400 鋼の降伏応力 245 MPa に対して安全率 $\approx 2.5$——この場合は安全だが、さらに外部荷重(自重・活荷重)が加わるので合計応力の確認が必要だ。
部分拘束の場合
現実の構造はほとんどが部分拘束だ。拘束度 $R$(0=自由、1=完全拘束)を使って:
$$\sigma_{th} = -R \cdot E\alpha\Delta T$$FEMでは境界条件と周囲構造の剛性から自動的に適切な熱応力が計算される。
4. バイメタルの曲がり変形
膨張係数の異なる2種類の金属板を接合したものがバイメタル(Bimetal)だ。温度変化により2層間に膨張差が生じ、自然に曲がろうとする。
Timoshenkoのバイメタル曲率公式
2層バイメタル(厚さ $t_1, t_2$、ヤング率 $E_1, E_2$)の温度変化 $\Delta T$ による曲率 $\kappa$(近似式):
$$\kappa \approx \frac{6(\alpha_2 - \alpha_1)\Delta T}{(t_1 + t_2)\left[3(1+m)^2 + (1+mn)\left(m^2 + \frac{1}{mn}\right)\right]}$$ここで $m = t_1/t_2$(厚さ比)、$n = E_1/E_2$(剛性比)。シンプルな場合(同一厚さ・同一ヤング率)は:
$$\kappa \approx \frac{3(\alpha_2 - \alpha_1)\Delta T}{2t}$$曲率半径 $R = 1/\kappa$——大きな温度差や薄い板ほど大きな曲がりを生じる。
5. 異種材料接合部の熱応力
異なる CTE(熱膨張係数)を持つ材料を接合すると、温度変化時に接合面にせん断応力・はく離応力が集中する。
接合部せん断応力の分布
CTE 不一致量 $\Delta\alpha = \alpha_1 - \alpha_2$。温度変化 $\Delta T$ での「自由膨張差」は $\Delta\alpha \cdot \Delta T \cdot L$($L$: 長さ)。これが接着層のせん断変形として現れる。
せん断応力は接合面端部に集中する(端部応力集中)。端部形状の丸め(フィレット)やアンダーフィル樹脂の充填で緩和できる。
ハンダ接合の熱疲労寿命(Coffin-Manson則)
$$N_f = C \left(\frac{\varepsilon_{f}'}{2\Delta\varepsilon_p/2}\right)^{1/c}$$$\Delta\varepsilon_p$: 1サイクルの塑性せん断ひずみ振幅(FEMで取得)
$\varepsilon_f'$, $c$: 材料疲労定数(ハンダ合金の場合 $c \approx -0.6$〜-0.7)
SAC305(Sn-Ag-Cu)鉛フリーハンダでは約 125°C サイクルで数百〜数千サイクルが寿命目標となる。FEMで1サイクルの塑性ひずみ分布を計算して、この式で各ジョイントの寿命を評価する。
6. 熱膨張の温度依存性と相変態
線膨張係数 $\alpha$ は一定ではなく温度に依存する。高精度なFEM解析では温度依存の材料データテーブルを使用する。
鉄の相変態と体積変化
鉄・鋼は特定温度で結晶構造が変化し(相変態)、体積が急変する。
- $\alpha$-Fe(体心立方: BCC)↔ $\gamma$-Fe(面心立方: FCC)変態(~912℃): 約 1% の体積収縮
- $\gamma$-Fe → マルテンサイト変態(焼入れ): 体積膨張(~0.2〜0.4%)
焼入れ時の不均一冷却(表面と内部の温度差)は、相変態の不均一と熱収縮の組み合わせで大きな残留応力を生む。曲がり・割れが問題になる焼入れ品の変形予測に、相変態を含む熱構造連成FEM(Abaqus, DEFORM など)が使われる。
コンクリートの温度依存性
コンクリートのアルカリシリカ反応(ASR)は吸水によって生じるが、高温での膨張挙動も重要だ。原子力発電所の格納容器コンクリートは 150℃ 以上で強度低下と熱膨張の増大が起きる——過酷事故時の解析ではこの非線形性を考慮する。
7. FEM熱構造連成解析
温度分布が均一でない(温度勾配がある)場合、熱応力の計算は必ず2ステップになる。
逐次連成解析の手順
- 熱解析(Step 1):境界条件(熱源・冷却・断熱)を与えて温度場 $T(x, y, z)$ を計算する。FEM熱解析方程式: $[K_T]\{T\} = \{Q\}$
- 構造解析(Step 2):Step 1 の温度分布を入力として、熱ひずみ $\varepsilon_{th} = \alpha(T - T_{ref})\delta_{ij}$ を「荷重」として構造解析に入力し変位・応力を計算する。
各ステップで異なる有限要素(熱要素 DC3D8 と構造要素 C3D8 など)を使えるが、同一メッシュを使えば温度データの補間が不要になり精度が上がる。
参照温度(Stress-free Temperature)の設定
最も見落としやすい設定が「参照温度($T_{ref}$)」だ。$T_{ref}$ は「製造後に応力がゼロの状態の温度」——はんだ付け温度、溶接後冷却温度、成形温度などが該当する。Abaqusでは *INITIAL CONDITIONS, TYPE=TEMPERATURE で設定する。$T_{ref}$ を誤設定すると熱応力が大幅に誤る。
温度依存材料特性の設定
高温解析ではヤング率・降伏応力・熱伝導率・比熱すべてが温度の関数になる。Abaqusでの入力例(ヤング率の温度テーブル):
*ELASTIC
200e9, , 20.0
190e9, , 200.0
170e9, , 400.0
140e9, , 600.0
8. 熱膨張の制御設計
精密機器(測定機器・光学システム・宇宙機器)では温度変化による寸法変化を最小化することが性能の鍵だ。
低膨張材料
- インバー合金(Fe-36%Ni):$\alpha \approx 1.2\times10^{-6}$/K(鋼の10分の1)。LNGタンク、測長機、望遠鏡鏡筒に使用。
- ゼロデュール(ガラスセラミックス):$\alpha \approx 0.05\times10^{-6}$/K。天文望遠鏡の主鏡に使用。
- CFRP(繊維方向):繊維配向を設計することで $\alpha = 0$ または負値にも設定可能。宇宙用構造部材・精密光学架台。
精密機器の熱膨張補正
三次元測定機(CMM)の測定アームは温度変化で長さが変わると測定精度が落ちる。インバー合金や温度センサーによるリアルタイム補正を組み合わせて、±0.001℃ の温度管理下で sub-μm 精度を達成する。
9. 実践:エキゾーストマニホールドの熱応力疲労
自動車・バイクのエキゾーストマニホールド(排気多岐管)は、エンジン始動・停止のたびに大きな温度サイクルを受ける最も過酷な熱疲労環境の一つだ。
熱条件
- エンジン始動時: 常温(約 20℃)から排気ガス温度(700〜900℃)へ急加熱
- エンジン停止後: 自然冷却で数十分かけて常温へ
- 走行中: 平均 600〜800℃、局所的に 1,000℃ 超の場合あり
材料と破損モード
| 材料 | 最高使用温度 [℃] | 主な破損モード |
|---|---|---|
| SUS430(フェライト系ステンレス) | ~900 | 熱疲労き裂(溶接部) |
| SUS304(オーステナイト系) | ~870 | 高温クリープ+熱疲労 |
| 鋳鉄(Si-Mo鋳鉄) | ~800 | き裂進展・酸化減肉 |
| インコネル625(ニッケル合金) | ~1100 | 高コストだが高性能レース用 |
FEM解析フロー
- 始動〜定常〜停止の温度履歴(CFD or 実測)を入力
- 熱構造連成解析で各時刻の応力・ひずみ分布を計算
- 塑性ひずみの累積を評価(高温では材料が降伏しやすい)
- 塑性ひずみ振幅 $\Delta\varepsilon_p$ から Coffin-Manson 則で疲労サイクル数を推定
- 目標寿命(例:10万km走行相当)との比較で形状・材料を最適化