仕事とエネルギー — エネルギー法からFEMの仮想仕事原理まで

カテゴリ: 物理の基礎 | 2026-03-25 | サイトマップ
NovaSolver Contributors
CAE visualization for work energy - technical simulation diagram
Work Energy

1. エネルギーとはCAEにとって何か

🧑‍🎓

衝突試験で「吸収エネルギー」って言いますよね。エネルギーってどこに消えるんですか?

🎓

消えてはいないんだ。弾性変形エネルギー(元に戻れるエネルギー)と塑性変形エネルギー(元に戻れない変形に使われたエネルギー)、そして熱に変わる。FEMの弾塑性解析ではこの3種のエネルギーをそれぞれ計算して、どこでどれだけエネルギーが吸収されたかを評価する。クラッシュボックスがうまく設計できているかどうかはエネルギー吸収量で判断するんだ。

エネルギーは物理学において最も重要な保存量の一つです。単位はジュール(J = N·m = kg·m²/s²)。CAEシミュレーションにおいてエネルギー収支を監視することは、解析の品質を検証する最も重要な手段の一つです。

2. 仕事の定義と計算

力 $\vec{F}$ がかかっている物体が変位 $\vec{d}$ だけ移動したとき、力がした仕事 $W$ は:

$$W = \vec{F} \cdot \vec{d} = Fd\cos\theta$$

力と変位が平行($\theta=0$)なら仕事は最大、垂直($\theta=90°$)なら仕事はゼロです。

経路に沿った一般形:

$$W = \int_a^b \vec{F}\cdot d\vec{r}$$

仕事がゼロになる例

エレベーターの仕事量計算例

質量 $m=1000\,\text{kg}$ の荷物を高さ $h=10\,\text{m}$ 上げるエレベーターのモーターがする仕事:

$$W = mgh = 1000 \times 9.81 \times 10 = 98{,}100\,\text{J} \approx 98.1\,\text{kJ}$$

3. 運動エネルギーと仕事エネルギー定理

質量 $m$、速度 $v$ の物体の運動エネルギー:

$$KE = \frac{1}{2}mv^2$$

仕事エネルギー定理:合力のする仕事は運動エネルギーの変化に等しい

$$W_{net} = \Delta KE = \frac{1}{2}mv_f^2 - \frac{1}{2}mv_i^2$$

自動車衝突の運動エネルギー計算

$m = 1{,}500\,\text{kg}$, $v = 50\,\text{km/h} = 13.9\,\text{m/s}$ の場合:

$$KE = \frac{1}{2} \times 1500 \times (13.9)^2 = 144{,}000\,\text{J} = 144\,\text{kJ}$$
🧑‍🎓

144 kJって言われてもピンとこないんですが、どれくらいすごいんですか?

🎓

ダイナミックだね。TNT爆薬換算で約34gに相当する。そのエネルギー全部が衝突の瞬間に車体の変形と熱と音に変わる。FEMの衝突解析では最後に内部エネルギー(変形エネルギー)と運動エネルギーの合計が最初の運動エネルギーに一致しているか確認する。これを「エネルギーバランス確認」と言って、解析品質の必須チェック項目なんだ。

この確認方法:LS-DYNA や Abaqus では出力変数 ETOTAL(全エネルギー)が衝突開始から大きく変化しないことを確認します。変化が大きい場合は砂時計(hourglass)エネルギーの混入や接触不具合を疑います。

4. ポテンシャルエネルギーとエネルギー保存

重力位置エネルギー

$$PE_{gravity} = mgh$$

弾性ポテンシャルエネルギー(ばね)

$$PE_{spring} = \frac{1}{2}kx^2$$

力学的エネルギー保存の法則(保存力のみ働く場合):

$$KE + PE = \text{const}$$ $$\frac{1}{2}mv^2 + mgh = \text{const}$$

摩擦などの非保存力が働く場合、力学的エネルギーは減少し、その分が熱などに変換されます:

$$\Delta(KE + PE) = -W_{dissipation}$$

5. 弾性ひずみエネルギー(FEMへの架け橋)

弾性体が変形すると、変形の仕事は内部にひずみエネルギーとして蓄えられます。

1次元バー要素のひずみエネルギー

$$U = \frac{\sigma^2}{2E} \times V = \frac{F^2 L}{2AE}$$

3次元一般形

$$U = \frac{1}{2}\int_V \boldsymbol{\sigma}:\boldsymbol{\varepsilon}\,dV = \frac{1}{2}\{u\}^T[K]\{u\}$$

この式の左辺は「各点のひずみエネルギー密度を体積積分したもの」、右辺は「FEM変位ベクトルと剛性マトリクスの二次形式」です。両者が一致するという事実が、FEMのエネルギー的解釈の基礎です。

応力集中が起きている箇所では局所的にひずみエネルギー密度 $u = \sigma^2/(2E)$ が高くなります。FEM後処理でひずみエネルギー密度マップを確認することで、疲労破壊が起きやすい部位を同定できます。

6. 仮想仕事の原理(FEMの数学的基礎)

「仮想変位(実際には起きていない仮想的な小さな変位 $\delta\vec{u}$)に対して、内力のする仮想仕事と外力のする仮想仕事が等しい」という原理:

$$\delta W_{int} = \delta W_{ext}$$ $$\int_V \delta\boldsymbol{\varepsilon}^T \boldsymbol{\sigma}\,dV = \int_V \delta\vec{u}^T \vec{b}\,dV + \int_S \delta\vec{u}^T \vec{t}\,dA$$

ここで $\vec{b}$ は体積力、$\vec{t}$ は表面力(トラクション)です。

🧑‍🎓

なぜ「仮想」仕事なんて難しい概念が必要なんですか? 普通のニュートン方程式じゃダメなんですか?

🎓

連続体の偏微分方程式(強形式)をそのまま有限要素に適用しようとすると、要素境界で微分ができない問題が出てくる。仮想仕事の原理(弱形式)は微分の条件が「弱い」から、不連続な要素境界を持つFEMでも使えるんだ。これがFEMの本質的なトリックで、もし仮想仕事原理がなかったら今のFEMは存在しなかったかもしれない。

弱形式(Weak Form)とは

強形式(Strong Form)の偏微分方程式 $\nabla\cdot\boldsymbol{\sigma} + \vec{b} = \rho\ddot{\vec{u}}$ を直接離散化すると、変位の2階微分が要求されます。弱形式では仮想変位との内積をとってから積分(部分積分)することで、要求される微分次数が1回に下がり、線形要素でも適用可能になります。

7. 散逸エネルギーと材料の非線形

完全弾性体では変形エネルギーはすべて回収できますが、実際の材料では塑性変形や内部摩擦によってエネルギーが散逸します。

塑性仕事(不可逆的エネルギー)

$$W_p = \int \sigma\,d\varepsilon_p = \text{応力-ひずみ曲線の塑性領域の面積}$$

ヒステリシスループと減衰

繰り返し荷重を受ける材料の応力-ひずみ曲線(ヒステリシスループ)で囲まれた面積が、1サイクルあたりの散逸エネルギーです。この散逸が振動の減衰(構造減衰)として働きます。損失係数 $\eta = W_{dissipated} / (2\pi U_{max})$ で定量化されます。

クラッシュボックス設計への応用

自動車フロントバンパー後方の「クラッシュボックス」は、衝突エネルギーを塑性変形として効率よく吸収するよう最適化された部品です。FEM解析では比吸収エネルギー(SEA: Specific Energy Absorption、J/kg)を最大化し、かつ衝撃荷重ピークを一定以下に抑えるという多目的最適化を行います。

8. エネルギー法による梁のたわみ(カスティリアノの定理)

カスティリアノの第2定理:弾性体のひずみエネルギーを荷重 $F_i$ で偏微分すると、その荷重点の変位 $\delta_i$ が得られる:

$$\delta_i = \frac{\partial U}{\partial F_i}$$

単純支持梁の中央集中荷重の例

スパン $L$、中央に集中荷重 $P$ が作用する単純支持梁のひずみエネルギー:

$$U = \int_0^L \frac{M^2}{2EI}\,dx = \frac{P^2 L^3}{96 EI}$$ $$\delta_{mid} = \frac{\partial U}{\partial P} = \frac{PL^3}{48EI}$$

これはFEMや材料力学の教科書にある解析解と一致します。エネルギー法はFEMで解いた後の検証にも使え、V&Vの一手法として重要です。

9. 実践:エネルギーバランスによるFEM解析検証

衝突解析でのエネルギー監視

LS-DYNA / Abaqus Explicit の衝突解析では以下のエネルギーを出力して監視します:

エネルギー種類記号(LS-DYNA)意味
運動エネルギーMATKE全節点の $\frac{1}{2}mv^2$ の総和
内部エネルギーMATIE弾性 + 塑性ひずみエネルギー
砂時計エネルギーHGENG人工的な不正エネルギー(小さいほど良い)
接触エネルギーCONTACT接触力のペナルティによるエネルギー
全エネルギーTOTALすべての和(一定値を保つべき)

エネルギーバランス確認の基準