応力とひずみの入門 — σ=F/A・ε=ΔL/L からFEM構造解析まで
1. 応力・ひずみとFEM — von Mises応力の正体
構造物を設計するとき、最終的に問うべき問いは「この部品は壊れないか?」だ。その答えを得るために必要な概念が応力(Stress)とひずみ(Strain)である。FEM解析ソフトウェアはこの2つを計算するための道具であり、それを正しく読み解くためには概念の理解が欠かせない。
2. 垂直応力とひずみの定義
力 $F$ [N] を断面積 $A$ [m²] で割ったものが垂直応力(Normal Stress) $\sigma$ だ。
$$\sigma = \frac{F}{A} \quad \text{[Pa = N/m}^2\text{]}$$引張を正($\sigma > 0$)、圧縮を負($\sigma < 0$)とするのが一般的な符号規則だ。
部材の伸び $\Delta L$ を元の長さ $L$ で割ったものが垂直ひずみ(Normal Strain) $\varepsilon$ だ。
$$\varepsilon = \frac{\Delta L}{L} \quad \text{[無次元、またはmm/mm]}$$フックの法則(弾性範囲)
弾性範囲では応力とひずみが比例する。比例定数がヤング率(Young's Modulus) $E$ だ。
$$\sigma = E\varepsilon$$| 材料 | ヤング率 E [GPa] | 備考 |
|---|---|---|
| 構造用炭素鋼(SS400) | 200〜210 | 最も基本的な構造材 |
| アルミ合金(A6061-T6) | 68〜70 | 航空機・自動車の軽量化材 |
| チタン合金(Ti-6Al-4V) | 110〜115 | 航空・医療インプラント |
| CFRP(炭素繊維強化樹脂) | 70〜300(繊維方向) | 高強度・異方性あり |
| コンクリート | 20〜40 | 圧縮強度に対して設計 |
| ゴム(天然ゴム) | 0.001〜0.01 | 超弾性、大変形 |
3. 降伏応力と安全率
材料を引張ると、ある応力レベルで永久変形(塑性変形)が始まる。この点が降伏応力(Yield Stress) $\sigma_Y$ だ。さらに引張ると材料は硬化しながら最終的に断裂する応力が引張強さ(Ultimate Tensile Strength) $\sigma_B$(または $\sigma_{UTS}$)。
設計では許容応力 $\sigma_{allow}$ に対して安全率 $S$ を確保する。
$$S = \frac{\sigma_Y}{\sigma_{allow}} \geq S_{min}$$JIS・ASME などの規格で要求される安全率の下限($S_{min}$)は用途により異なるが、静荷重の一般機械設計では 1.5〜3.0 が典型だ。
| 材料 | 降伏応力 σY [MPa] | 引張強さ σB [MPa] |
|---|---|---|
| SS400(一般構造用鋼) | 245 | 400〜510 |
| S45C(機械構造用炭素鋼) | 490 | 690 |
| A6061-T6(アルミ合金) | 276 | 310 |
| Ti-6Al-4V(チタン合金) | 880〜1000 | 950〜1100 |
| CFRP(単方向材、繊維方向) | 600〜1500 | 700〜1800 |
| コンクリート(圧縮) | —(降伏なし) | -20〜-40(圧縮強度) |
4. ポアソン比と横ひずみ
棒を引張ると、引張方向(軸方向)に伸びると同時に、垂直方向(横方向)に縮む。この横ひずみと軸ひずみの比(絶対値)がポアソン比(Poisson's Ratio) $\nu$ だ。
$$\varepsilon_{lateral} = -\nu \varepsilon_{axial}$$ポアソン比の範囲は理論的に $-1 \leq \nu \leq 0.5$ だが、通常の等方性材料では $0 < \nu < 0.5$。
- 金属(鋼・アルミ): $\nu \approx 0.27〜0.34$
- ゴム(非圧縮性近似): $\nu \approx 0.499$
- コンクリート: $\nu \approx 0.15〜0.20$
- CFRP(面内方向): $\nu \approx 0.3$(繊維方向には異方性)
体積変化
3次元の一般応力状態での体積ひずみは:
$$\frac{\Delta V}{V} = \varepsilon_x + \varepsilon_y + \varepsilon_z = \frac{1-2\nu}{E}(\sigma_x + \sigma_y + \sigma_z)$$$\nu = 0.5$ のとき $\Delta V = 0$(体積変化なし)——ゴムや水が近似的に非圧縮性なのはこのため。FEM解析でゴムを扱うとき、$\nu \to 0.5$ に近い値を入れると剛性行列が数値的に不安定になる(locking現象)。特別な要素定式化(B-bar法、混合型など)が必要だ。
5. せん断応力とせん断ひずみ
面に平行な力(せん断力 $V$ [N])を断面積 $A_s$ で割ったものがせん断応力(Shear Stress) $\tau$ だ。
$$\tau = \frac{V}{A_s} \quad \text{[Pa]}$$せん断応力に対応する変形がせん断ひずみ $\gamma$(ずれ角 [rad])で、弾性範囲では:
$$\tau = G\gamma$$$G$ はせん断弾性係数(横弾性係数)。等方性材料では $E, \nu$ と以下の関係がある。
$$G = \frac{E}{2(1+\nu)}$$鋼鉄($E = 206\,\text{GPa}$, $\nu = 0.3$)の場合: $G = 206/(2 \times 1.3) \approx 79\,\text{GPa}$
6. 応力テンソルと多軸応力状態
3次元空間の任意の点における応力状態は、3×3の対称テンソル $\sigma_{ij}$ で表現される。
$$\boldsymbol{\sigma} = \begin{pmatrix} \sigma_{xx} & \tau_{xy} & \tau_{xz} \\ \tau_{yx} & \sigma_{yy} & \tau_{yz} \\ \tau_{zx} & \tau_{zy} & \sigma_{zz} \end{pmatrix}$$対称性($\tau_{xy} = \tau_{yx}$ など)から独立成分は6つ。FEMはこの6成分の分布を計算する。
主応力と主応力方向
応力テンソルの固有値が主応力($\sigma_1 \geq \sigma_2 \geq \sigma_3$)、対応する固有ベクトルが主応力方向だ。主応力面にはせん断応力が働かない。
最大せん断応力: $\tau_{max} = (\sigma_1 - \sigma_3)/2$
2次元のモールの応力円
平面応力状態($\sigma_{zz} = \tau_{xz} = \tau_{yz} = 0$)では、モールの応力円を使って主応力と最大せん断応力を幾何学的に求められる。半径が $\tau_{max}$、中心が $(\sigma_x + \sigma_y)/2$ の円だ。CAEソルバーはこれを数値的に自動計算するが、手計算で解釈できるとデバッグが速い。
7. von Mises応力と降伏基準
von Mises応力(等価応力)は主応力 $\sigma_1, \sigma_2, \sigma_3$ を使って以下のように定義される。
$$\sigma_{vM} = \sqrt{\frac{1}{2}\left[(\sigma_1-\sigma_2)^2 + (\sigma_2-\sigma_3)^2 + (\sigma_3-\sigma_1)^2\right]}$$または応力成分で:
$$\sigma_{vM} = \sqrt{\sigma_{xx}^2 + \sigma_{yy}^2 + \sigma_{zz}^2 - \sigma_{xx}\sigma_{yy} - \sigma_{yy}\sigma_{zz} - \sigma_{zz}\sigma_{xx} + 3(\tau_{xy}^2 + \tau_{yz}^2 + \tau_{zx}^2)}$$降伏条件: $\sigma_{vM} \geq \sigma_Y$ のとき降伏(塑性変形開始)
物理的意味(偏差応力エネルギー)
von Mises基準は「せん断(形状変化)に費やされる歪みエネルギーが一定値を超えると降伏する」という仮説に基づく。静水圧($\sigma_1 = \sigma_2 = \sigma_3$)だけでは、いくら大きくても降伏しないことを示す——これは金属の実験とよく一致する。
Tresca基準との比較
| 基準 | 降伏条件 | 特徴 |
|---|---|---|
| von Mises | $\sigma_{vM} = \sigma_Y$ | 実験値との一致が良い。金属材料の標準。 |
| Tresca(最大せん断応力) | $\tau_{max} = \sigma_Y/2$ | 保守側(安全側)。延性材料に使用。 |
| Mohr-Coulomb | (摩擦角を含む式) | 土・岩石など内部摩擦が重要な材料。 |
8. FEM節点応力の注意点
FEMで計算された応力には、いくつかの重要な注意点がある。これを理解していないと、解析結果を誤読する。
積分点 → 節点への外挿
FEM要素内でひずみ・応力は積分点(Gauss点)で正確に計算される。積分点の値を節点へ外挿し、隣接要素の節点値を平均化(アベレージング)してコンタ表示するのが一般的な手順だ。
要素が粗い部分(特に応力集中域)では外挿誤差が大きく、実際の最大応力を過小評価することがある。
応力ジャンプによるメッシュ品質の確認
隣接する要素の境界で応力値に大きな差(ジャンプ)がある場合、そこはメッシュが不足している証拠だ。アベレージング前(Unaveraged)の応力コンタを見ると要素境界のジャンプが可視化できる。ジャンプが小さいほど解の収束が良い。
自由表面の応力境界条件
物体の自由表面(外気に接する面)では法線方向の応力が $\sigma_n = 0$(外圧がなければ)でなければならない。FEM結果でここに大きな法線応力が出ていたら、境界条件のミスかメッシュ問題を疑う。
9. 引張試験の見方
引張試験(JIS Z 2241)は材料の機械的性質を最も直接的に測定する基本試験だ。試験片を一定速度で引張り、荷重と変位を記録する。
工学応力–ひずみ曲線の読み方
- 比例限度(Proportional Limit):応力–ひずみが線形(フックの法則が成立)の最大応力。
- 弾性限度:荷重を除いたとき永久変形が残らない最大応力。
- 上降伏点・下降伏点:軟鋼で顕著。転位が動き始める応力スパイク(上)と安定した降伏応力(下)。
- ネッキング開始点:最大荷重点($\sigma_B$ に相当)。ここから局所細くなる(ネッキング)。
- 破断点:試験片が2つに分かれる瞬間の応力・ひずみ。
工学応力 vs 真応力・真ひずみ
工学応力は元の断面積を使う($\sigma = F/A_0$)が、ネッキング後は断面積が大きく減少するので実際の応力とずれる。
$$\sigma_{true} = \sigma_{eng}(1 + \varepsilon_{eng}), \quad \varepsilon_{true} = \ln(1 + \varepsilon_{eng})$$有限変形FEM(大変形解析)では真応力・真ひずみを使う。Abaqusへの材料データ入力には真応力–塑性ひずみの曲線が必要だ。
10. 実践:自動車サスペンションアームの強度評価
自動車のサスペンションアームは、走行中に路面から伝わる上下・前後・横方向の複合荷重を受ける。最も厳しい荷重ケース(最大バンプ荷重:垂直荷重の3G)で FEM 強度評価を行う典型的なプロセスを示す。
解析フロー
- 荷重条件の設定:タイヤ接地点に垂直 9G・横 1.5G・前後 1G の複合荷重を入力。
- 境界条件:ボディ取付け点(ブッシュ)を全拘束。
- 材料:アルミ合金 A6061-T6($E = 69\,\text{GPa}$, $\sigma_Y = 276\,\text{MPa}$)
- メッシュ:応力集中が予想されるブラケット部とフィレット部に細密メッシュ(要素サイズ 1 mm)。
- 結果確認:von Mises最大応力が降伏応力の70%(安全率1.43)以下を目標とする。
軽量化と剛性のトレードオフ
アームを薄くすると重量は減るが応力集中が増す。トポロジー最適化(Abaqus/Tosca や Altair OptiStruct)を使って「荷重伝達に不要な材料を除去」しながら応力を制約内に収める設計が現代の標準アプローチだ。量産車では CAE 主導設計により初期試作品から95%以上の強度目標達成率を実現している。