Cu Kα 線(特性 X 線、λ=1.5406 Å)は、銅をターゲットとした X 線管から効率よく発生し、強度・コヒーレンス・取り扱いやすさのバランスが優れているため、世界中の XRD 装置で最も多く使われています。波長が一般的な結晶面間隔(1〜5 Å)と同程度であるため、低角から高角まで多くの回折ピークが観測でき、多くの試料に対応可能です。本ツールで λ を 0.71 Å(Mo Kα)に変えると同じ d=2.5 Å でも 2θ が小さくなり、より高角まで測定可能(最大次数 7)になります。逆に長波長 Co Kα(1.79 Å)では鉄鋼の蛍光を抑制でき、用途で使い分けます。
実世界での応用
結晶構造の同定(Phase ID):未知の結晶試料に X 線を照射して回折ピーク位置 2θ を測定し、ブラッグの法則から d 値を逆算し、ICDD(PDF)データベースの登録物質と照合することで、その物質が何であるかを特定できます。鉱物学・地球科学では岩石中の鉱物相を同定したり、製薬では原薬の結晶多形(α 型 vs β 型)を区別したりします。本ツールで d スライダーを変えるとピーク位置が動くのが直感的にわかります。実機では多結晶試料の 2θ-強度プロファイル全体(XRD パターン)を取得して照合します。
タンパク質結晶構造解析:創薬で重要なタンパク質-リガンド複合体の構造は、結晶を作って X 線(多くは放射光、λ=0.7〜1.0 Å)を当て、数万本のブラッグ反射を測定して逆フーリエ変換で電子密度マップを作ります。1953 年の DNA 二重らせん構造、1958 年のミオグロビン構造はこの手法の金字塔。現代では COVID-19 のスパイクタンパク質構造もこの方法で 1 週間以内に解析され、ワクチン設計に直結しました。本ツールは単一面間隔の解析ですが、実際は数千〜数万の面に対して同じ計算を行っています。
よくある誤解と注意点
最も多い誤解が、「ブラッグ角 θ は X 線と試料表面のなす角」というものです。実際にはブラッグ角は X 線と結晶面のなす角であり、試料表面ではありません。多くの教科書図解では試料表面と結晶面が平行になっていますが、実際の試料では結晶粒の向きはランダムで、ブラッグ条件を満たす粒だけが回折を起こします。また「回折角 2θ」は入射ビーム方向から見た反射ビームの偏向角で、ブラッグ角の 2 倍です。本ツールでも「θ」と「2θ」を別々のスタットカードで表示しているのは、初学者がこの区別で混乱しやすいためです。
最後に、「X 線回折はあらゆる結晶に使える万能ツール」と思いがちですが、軽元素(水素・リチウムなど)は X 線散乱断面積が極めて小さいため位置が決めにくく、中性子回折や電子回折が補完的に使われます。リチウムイオン電池の Li 位置決定には中性子回折が必須で、有機分子の水素位置は中性子か超高分解能 X 線が必要です。また非晶質(ガラス・高分子)は規則的な面間隔がないため、ブラッグの鋭いピークではなくブロードなハロー状散乱になり、別の解析手法(PDF 解析、Pair Distribution Function)が必要になります。本ツールはあくまで結晶質試料の理想的なブラッグ条件を扱います。