熱残留応力解析 — 溶接・鋳造・焼入れの残留応力予測

カテゴリ: 熱-構造連成解析 | 更新 2026-04-13
Welding residual stress distribution predicted by thermal-structural coupled FEA
溶接残留応力のFEA予測例 — 溶接線近傍の引張残留応力分布

理論と物理

残留応力とは何か

🧑‍🎓

先生、残留応力ってそもそも何ですか? 外力がかかっていないのに応力があるって、ちょっと不思議なんですが...

🎓

いい疑問だね。残留応力というのは、外部荷重がゼロの状態で部材内部に存在する自己平衡した応力場のことだ。溶接を例にとると、溶接ビードが冷えるとき周囲の母材に拘束されて自由に収縮できない。その結果、溶接線近傍には降伏応力に近い引張残留応力が残り、離れた部分には圧縮残留応力が生じる。

🧑‍🎓

降伏応力に近いって...かなり大きいですね。それって実際に問題になるんですか?

🎓

大問題だよ。現場では3つの観点で特に重要だ:

  • 疲労寿命の低下:引張残留応力は平均応力として作用し、疲労き裂の発生を早める。溶接継手の疲労強度が母材の半分以下になるのはこれが主因
  • 応力腐食割れ(SCC):ステンレス鋼の溶接部が塩化物環境でSCCを起こすのは、引張残留応力+腐食環境の組合せ
  • 寸法精度の劣化:鋳造品の残留応力が機械加工時に解放されて、±0.1mm以内に収まらないことがある
🧑‍🎓

じゃあ、残留応力を予測できるCAE解析はめちゃくちゃ価値がありますね。

🎓

その通り。溶接の残留応力を実測するにはX線回折法や穴あけ法が必要で、測定コストも時間もかかる。CAEなら溶接条件を変えたパラメトリックスタディを何十ケースも回せるから、最適な溶接順序や入熱条件を設計段階で決められる。

支配方程式

熱残留応力解析は、非定常熱伝導方程式弾塑性構成方程式の連成問題として定式化される。

熱伝導方程式(エネルギー保存則):

$$\rho c_p \frac{\partial T}{\partial t} = \nabla \cdot (k \nabla T) + Q_{\text{source}}$$

ここで $\rho$ は密度、$c_p$ は比熱、$k$ は熱伝導率、$Q_{\text{source}}$ は溶接入熱などの内部発熱源である。溶接の場合、移動熱源モデル(Goldakダブルエリプソイド等)で $Q_{\text{source}}$ を表現する。

全ひずみの分解:

$$\varepsilon^{\text{total}} = \varepsilon^{e} + \varepsilon^{p} + \varepsilon^{th} + \varepsilon^{tr}$$

ここで $\varepsilon^{e}$ は弾性ひずみ、$\varepsilon^{p}$ は塑性ひずみ、$\varepsilon^{th} = \alpha \Delta T$ は熱ひずみ、$\varepsilon^{tr}$ は相変態ひずみである。鋼の溶接では $\varepsilon^{tr}$ がマルテンサイト変態による体積膨張(約1%)を表す。

弾塑性構成則(J2フロー理論):

$$\sigma = \mathbf{D}^{ep} : (\varepsilon^{\text{total}} - \varepsilon^{th} - \varepsilon^{tr})$$
🧑‍🎓

ひずみを4つに分解するんですね。相変態ひずみ $\varepsilon^{tr}$ というのは、焼入れで組織が変わるときの体積変化ってことですか?

🎓

そう、その理解で正解だ。例えば炭素鋼では、オーステナイトからマルテンサイトに変態すると体積が約1%膨張する。この膨張が周囲に拘束されることで圧縮残留応力が発生する。逆に溶接では冷却時に熱収縮が支配的だから引張残留応力になる。つまり、「熱収縮 vs 相変態膨張」のバランスが最終的な残留応力分布を決めるわけだ。

相変態と体積変化

鋼の相変態を考慮する場合、以下の追加モデルが必要となる:

変態温度範囲体積変化残留応力への影響
オーステナイト→マルテンサイト$M_s$ 〜 $M_f$(約300〜100°C)+1.0〜1.4%圧縮方向に寄与
オーステナイト→ベイナイト約350〜550°C+0.5〜1.0%やや圧縮方向
オーステナイト→パーライト約550〜700°C+0.3〜0.8%わずかに圧縮方向
🧑‍🎓

ということは、焼入れで全部マルテンサイトになると、表面は圧縮残留応力になって、むしろ疲労に有利?

🎓

鋭いね。実際ショットピーニングや浸炭焼入れで意図的に表面に圧縮残留応力を導入するのは、まさにその原理だ。ただし、表面が圧縮なら内部は引張になる(自己平衡条件)ので、内部起点の割れリスクは残る。CAE解析では応力分布の全体像を見ることが重要だ。

数値解法と実装

FEMによる解析手順

熱残留応力解析は通常、以下の2段階逐次連成解析(Sequentially Coupled)で行う:

  1. Step 1: 非定常熱解析 — 移動熱源モデルで温度履歴 $T(x,t)$ を求める
  2. Step 2: 弾塑性構造解析 — 温度履歴を荷重として入力し、応力・ひずみ・変形を求める
🧑‍🎓

なぜ「逐次」連成なんですか? 熱と構造を同時に解く完全連成のほうが正確では?

🎓

いい質問だ。理論的には完全連成が正確だけど、溶接や焼入れでは構造変形が温度場に与える影響が非常に小さい(熱弾性効果は数℃程度)。一方、計算コストは完全連成だと3〜5倍になる。だから実務では逐次連成で十分な精度が得られるし、溶接シミュレーションの論文の95%以上が逐次連成を使っている。

溶接移動熱源モデル(Goldakダブルエリプソイド):

$$Q(x,y,z) = \frac{6\sqrt{3} f_f \eta P}{\pi \sqrt{\pi} a b c_f} \exp\left(-3\frac{x^2}{a^2} - 3\frac{y^2}{b^2} - 3\frac{z^2}{c_f^2}\right)$$

ここで $\eta$ はアーク効率(TIG: 0.6〜0.8、MIG: 0.7〜0.9)、$P = VI$ はアーク電力、$a, b, c_f$ は楕円体の半径パラメータである。

要素技術と時間積分

パラメータ推奨設定理由
要素タイプ2次六面体(HEX20/C3D20)温度勾配の捕捉精度が高い
溶接線近傍メッシュ1〜2mmHAZ幅と同程度に細かくする
時間刻み0.1〜1.0秒(溶接中)溶接速度に対応。移動熱源の移動量が要素サイズ以下になるように
時間積分後退Euler(陰解法)無条件安定。大きな時間刻みでも安定
材料データ温度依存(20℃〜融点)$E(T)$, $\sigma_y(T)$, $\alpha(T)$, $k(T)$ すべて必要

実践ガイド

溶接残留応力のモデリング

🧑‍🎓

実際にAbaqusで溶接残留応力を解析するとき、最初にハマりやすいポイントってありますか?

🎓

あるある。現場で多い失敗をトップ3で教えよう:

  • 材料データが室温のみ:溶接では融点近くまで温度が上がるから、ヤング率・降伏応力・線膨張係数の温度依存性が必須。室温データだけだと残留応力が2〜3倍過大に出る
  • 溶融池のモデル化忘れ:融点以上の領域は応力がゼロにリセットされる(溶融状態)。これを無視すると非物理的な応力が出る。Abaqusなら*ANNEAL TEMPERATUREを設定する
  • メッシュが粗すぎる:溶接ビード幅が8mmなのにメッシュが10mmでは話にならない。HAZ内に最低3〜4要素は入れないと温度勾配を捉えられない

鋳造・焼入れ残留応力

🧑‍🎓

鋳造の残留応力は溶接とどう違うんですか?

🎓

大きく2つ違う。第一に、鋳造は部品全体が高温から冷えるので、肉厚部と薄肉部の冷却速度差が残留応力の主因になる。溶接のように局所的な入熱ではないんだ。第二に、鋳鉄やアルミ鋳造合金は凝固収縮がある。液相から固相への体積変化(鋳鉄で約3%収縮)がプラスされるから、鋳型の拘束条件も考慮しないといけない。

🧑‍🎓

焼入れはどうですか? 水に突っ込むやつですよね。

🎓

焼入れ(クエンチング)は残留応力解析の中でも最難関だ。急冷により表面が先にマルテンサイト変態して膨張する一方、内部はまだオーステナイト。この時間差が複雑な応力反転を引き起こす。焼入れ割れのリスク評価には、CCT図(連続冷却変態線図)と連動した相変態モデルが必須だよ。

実測との比較

実測方法測定深さ精度適用
X線回折法表面〜数十μm±20 MPa表面残留応力の標準法
穴あけ法(ASTM E837)0〜2mm±30 MPa深さ方向分布の取得
中性子回折法内部(〜数十mm)±10 MPa体積内部の非破壊測定(施設限定)
固有ひずみ法(切断法)全断面断面平均破壊的だが信頼性高い

ソフトウェア比較

ソフトウェア移動熱源相変態溶接専用機能特徴
AbaqusDFLUX/FILMユーザーサブルーチンなし(汎用)自由度が高いが設定が複雑
Simufact Welding内蔵内蔵(CCT連動)溶接パス定義GUI溶接特化。設定が容易
SYSWELD内蔵内蔵(Johnson-Mehl-Avrami)溶接・熱処理特化業界標準の溶接解析ツール
Ansys MechanicalACTプラグインユーザー定義Welding Wizard構造解析との連携が容易
DEFORM-HT内蔵(CCT/TTT)焼入れ・浸炭特化鍛造・熱処理の業界標準

先端技術

🧑‍🎓

最近のトレンドとかありますか?

🎓

3つのホットトピックがある:

  • 積層造形(AM)の残留応力予測:レーザーパウダーベッド方式で数千層の溶融・凝固を逐次解析する。計算コストが膨大なため、固有ひずみ法ベースの高速手法が注目されている
  • 機械学習サロゲートモデル:溶接条件(電流・速度・パス間温度)と残留応力の関係をニューラルネットワークで近似し、リアルタイム予測を実現
  • デジタルツイン連携:溶接ロボットの実測データ(電流・電圧波形)をリアルタイムでCAEモデルにフィードバックし、製造中に残留応力を推定する

トラブルシューティング

🧑‍🎓

先生、残留応力解析でハマったとき、まず何を確認すべきですか?

🎓

デバッグの鉄則を教えよう:

  1. 熱解析だけまず確認:溶融池サイズは実測と合っているか? ピーク温度は融点付近か? ここが合わないのに構造解析に進んでも無駄だ
  2. 自由膨張テスト:拘束なしの単一要素で $\alpha \Delta T$ の変位が手計算と一致するか確認。材料データの単位系ミスを検出できる
  3. 反力をチェック:冷却完了後の反力合計がゼロに近いか? 大きな反力が残っていたら拘束条件の設定ミス
  4. 降伏応力を超えていないか:残留応力が $\sigma_y(T_{\text{room}})$ の1.5倍を超えていたら、材料モデルか相変態モデルを疑う
症状原因対策
溶融池が実測より大きすぎる入熱パラメータ(a,b,c)の不適切マクロ断面写真と溶融池形状を比較して調整
残留応力が降伏応力の2倍以上温度依存材料データの不足高温域(800℃以上)の降伏応力低下を反映
収束しない(非線形反復が発散)時間刻みが大きすぎる溶接中は0.1〜0.5秒に細かくする
変形が非対称メッシュの非対称性溶接線を中心に対称メッシュを作成
関連シミュレーター

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