熱処理(焼戻し)解析
理論:温度と時間を1つの値にまとめる
概要
焼入れした歯車を550 ℃で1時間焼戻す指示ですが、炉が空かないので500 ℃で長めにやってもいいか聞かれました。何時間やれば同じになりますか?
焼入れで硬くなりすぎた組織(マルテンサイト)から炭素が少しずつ抜けて、硬さが下がり粘り強さが増すのが焼戻し。その進み方は温度に強く、時間には弱くしかよらない。そこで温度と時間を1つにまとめた『焼戻しパラメータ』を使うと換算できる。計算すると500 ℃なら約20時間。温度を50 K下げると、時間は20倍になるんだ。
焼戻しパラメータ(Hollomon–Jaffe)
$T$ は絶対温度(K)、$t$ は保持時間(h)、$C$ は材料で決まる定数で、炭素鋼や低合金鋼では約20がよく使われる。同じ $P$ になる温度 $T_2$ での時間 $t_2$ は2つ目の式で求められる。時間は対数でしか効かないので、時間を10倍にしても温度をわずかに上げたのと同じ程度の効果しかない。
焼戻しで起きること
| 温度域の目安 | 組織の変化 | 性質 |
|---|---|---|
| 150〜250 ℃ | 微細な炭化物が出始める | 硬さをほぼ保ち、もろさを減らす |
| 250〜400 ℃ | 残留オーステナイトが分解 | 鋼種によってはもろくなる温度域 |
| 400〜650 ℃ | 炭化物が成長し、組織が回復 | 硬さが下がり、じん性が上がる |
1945年、温度と時間を「交換」する式
焼戻しパラメータは1945年、米国のHollomonとJaffeが、さまざまな温度と時間で焼戻した鋼の硬さを整理して提案した。温度を横軸にとる代わりにこのパラメータをとると、ばらばらだった硬さのデータが1本の曲線にまとまった。同じ考え方は高温で長く使う材料のクリープ寿命にも応用され、ラーソン・ミラー・パラメータとして知られている。「熱で起きる変化の進み方は、温度と時間の組み合わせで決まる」という発想は、今も熱処理の工程設計の基本になっている。
計算例
例1:同じ効果になる温度と時間
550 ℃・1時間(P = 16,463、C = 20)と同じ焼戻しパラメータになる時間。
| 温度 | 同じ効果になる時間 |
|---|---|
| 500 ℃ | 約19.7時間 |
| 525 ℃ | 約4.2時間 |
| 550 ℃ | 1時間 |
| 575 ℃ | 約15分 |
| 600 ℃ | 約4分 |
25 K違うだけで、時間が4倍も変わるんですね。
そう。逆に言えば、炉の温度が10 K高いだけで同じ効果が約35分(58%)で、20 K高いと約20分(34%)で得られてしまう。炉の中に10〜20 Kの温度むらがあるのは珍しくないから、置き場所によって硬さがばらつくのはこのためだ。熱解析で炉内の温度分布を求めておくと、どこに置いた部品が焼戻し過ぎや不足になりやすいかがわかる。ただしパラメータは経験則で、定数 C は鋼種で変わるし、2段の焼戻しや非常に短い時間では合わなくなることもある。
例2:部品が炉温に達するまでの時間
550 ℃の炉に25 ℃の鋼の丸棒(長い円柱)を入れ、対流の熱伝達係数20 W/(m²·K)と放射(放射率0.8)で温まるとして、部品全体の温度を1つとみなして計算した。
| 直径 | ビオ数 | 540 ℃に達する時間 |
|---|---|---|
| 50 mm | 0.04 | 約0.55時間 |
| 100 mm | 0.08 | 約1.1時間 |
| 200 mm | 0.15 | 約2.2時間(中心はさらに遅れる) |
昇温時間は直径にほぼ比例する。ビオ数が0.1を超える200 mmでは表面と中心の温度差が無視できなくなり、中心はさらに遅れる。『1時間保持』を炉に入れた時刻から数えると、100 mmの部品では中心がほとんど保持されないことになる。実際の炉では、部品が密に並んでいて放射が遮られ、さらに時間がかかることも多い。
解析の進め方
手順
- 炉の温度分布を求める。バーナーやヒーターの位置、部品の並べ方で10 K以上の差が出る。
- 部品ごとに、表面と中心の温度の時間変化を計算する。
- 温度の履歴から焼戻しパラメータ(または同等の指標)を求め、硬さを予測する。
- 実際の部品の硬さと比べ、定数やモデルを確かめる。
注意点
- 物性の温度依存:鋼の比熱は700 ℃付近の変態で大きく変わる。焼戻しの温度域でも、室温の値との違いは無視できない。
- 放射の扱い:高温の炉では放射が熱の伝わり方の主役になる。部品どうしの遮り合いを見込む。
- 残留応力の変化:焼戻しは焼入れの残留応力も下げる。変形を予測するときは熱と構造の連成で扱う。
「同じ条件なのに硬さが違う」
同じ炉・同じ条件で焼戻した部品のうち、かごの中央に置いたものだけ硬さが高すぎた、という例はよくある。中央の部品は周りの部品に囲まれて放射を受けにくく、炉温に達するのが遅れたため、実質的な保持時間が短かったのだ。温度計を炉の壁近くに付けていると、炉の温度は指示どおりでも部品の温度はずっと低い、ということが起きる。部品にも熱電対を付けて測る、あるいは解析で最も遅れる位置を求めて、そこを基準に保持時間を決めるのが確実だ。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 温度を下げて時間を少し延ばす | 焼戻し不足で硬すぎる | パラメータで換算 |
| 装入時から保持時間を数える | 大きな部品の中心が不足 | 中心の昇温を計算 |
| 炉温を一様と仮定 | 置き場所で硬さがばらつく | 炉内分布を解析・測定 |
| 定数Cを確かめない | 換算がずれる | 鋼種ごとに硬さデータで確認 |
| 放射を無視 | 昇温を遅く見積もる | 放射と遮り合いを入れる |
焼戻しや硬さの計算を自分でも試したいです。
熱処理シミュレーターで熱処理の温度履歴、ジョミニー焼入れ性ツールで焼入れ性、硬さ換算ツールで硬さの換算、ラーソン・ミラー・パラメータで同じ考え方のクリープ寿命を試せるよ。前後の工程は焼入れの熱解析、高周波焼入れ、炉内の熱解析の記事にまとめてある。
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