焼入れの熱処理シミュレーション

カテゴリ: 工業熱処理 | 2026-10-01 改稿
CAE visualization for heat treatment quench theory - technical simulation diagram
熱処理(焼入れ)シミュレーション

理論:冷え方が組織を決める

概要

🙋

直径80 mmのシャフトを水で焼入れしたら、表面は硬いのに中心が柔らかいままでした。どうしてですか?

🎓

焼入れで硬くなるのは、高温のオーステナイトの状態から、変態が起きる前に急いで冷やしてマルテンサイトにするからだ。表面は冷却剤に触れてすぐ冷えるけれど、中心の熱は鋼の中を伝わって表面まで出てこないといけない。太いほど時間がかかって、中心はゆっくり冷え、柔らかい組織になってしまう。これが質量効果だ。焼入れのシミュレーションは、まず部品の中の温度の履歴を伝熱解析で求めるところから始まるんだよ。

丸棒の伝熱

$$ \rho c_p\frac{\partial T}{\partial t} = \frac{1}{r}\frac{\partial}{\partial r}\left(k\,r\frac{\partial T}{\partial r}\right), \qquad -k\left.\frac{\partial T}{\partial r}\right|_{R} = h\,(T_s - T_q) $$

半径方向の非定常の熱伝導と、表面での冷却剤への熱伝達。実際の熱伝達率 $h$ は、蒸気膜が張る段階、激しく沸騰する段階、対流の段階で大きく変わるが、ここでは一定とした。

$$ Bi = \frac{hR}{k}, \qquad t_{8/5} = t(500\,^\circ\mathrm{C}) - t(800\,^\circ\mathrm{C}) $$

ビオ数が1を超えると、表面と中心の温度差が大きくなる。$t_{8/5}$ は800 ℃から500 ℃までの冷却時間で、焼きが入るかどうかの目安に使う。必要な値は鋼種で大きく違うので、連続冷却変態図で確かめる。

Coffee Break よもやま話

刀鍛冶の水と油

焼入れは古くから刀や刃物の製作で使われてきた。日本刀では、刃の部分だけに薄く、峰の部分に厚く焼刃土(やきばつち)を塗ってから水に入れる。刃は急に冷えて硬くなり、峰はゆっくり冷えて粘りが残る。さらに、刃が膨張するマルテンサイト変態によって、刀に特有の反りが生まれる。冷やし方を場所ごとに変えて、組織と形を同時に作り込む技術で、今の焼入れシミュレーションが扱う熱・組織・応力の連成そのものだ。

計算例:丸棒を焼入れする

850 ℃の鋼の丸棒を50 ℃の冷却剤に入れる。熱伝導率30 W/mK、体積熱容量4.6 MJ/m³K、熱伝達率は水5,000、ポリマー水溶液2,500、油1,200 W/m²K(一定)とした。800→500 ℃の冷却時間(秒):

直径水・中心水・表面ポリマー・中心油・中心油・表面
10 mm1.51.02.65.15.0
25 mm5.11.67.914.011.9
50 mm15.21.920.632.519.9
100 mm50.02.360.784.127.2
🙋

直径100 mmだと、水で冷やしても中心は50秒かかるんですね。

🎓

そう。水は表面を2.3秒で冷やすけれど、中心の熱は鋼の熱伝導でしか出てこない。冷却剤を強くしても、中心の冷え方はあまり速くならないんだ。直径100 mmで水から油に変えても、中心は50秒から84秒と1.7倍にしか延びない。一方、太い部品を中心まで硬くしたいなら、ゆっくり冷えても硬くなる焼入れ性の高い合金鋼を選ぶことになる。どの鋼なら何秒でよいかは、連続冷却変態図やジョミニー試験で確かめる。

例2:表面と中心の温度差

直径水ポリマー油
10 mm213 K126 K68 K
25 mm373 K248 K146 K
50 mm506 K373 K241 K
100 mm618 K506 K365 K

温度差が大きいほど熱応力が大きく、変態のタイミングも表面と中心でずれるので、ひずみや焼割れが起きやすい。水冷の速さと油冷の穏やかさの中間として、ポリマー水溶液がよく使われる。

解析の進め方

  1. 冷却剤の熱伝達率を、表面温度の関数として試験(冷却曲線の測定)から求める。
  2. 温度に依存する熱伝導率・比熱と、変態の潜熱を入れて伝熱解析をする。
  3. 連続冷却変態図や変態の速さのモデルから、組織と硬さの分布を求める。
  4. 温度差と変態の膨張から残留応力とひずみを求める。
  5. 硬さの測定や切断面の組織観察、ひずみの測定と比べる。
Coffee Break よもやま話

「同じ条件なのに毎回ひずみが違う」

歯車を油で焼入れしたところ、ロットごとにひずみの大きさがばらついた——という例がある。調べると、部品を油に入れる向きと速さが作業者ごとに違い、蒸気膜が破れるタイミングが部品の面ごとにずれていた。蒸気膜の段階は熱伝達率が小さく、膜が破れると急に大きくなるので、破れる順番が違うと冷え方の偏りが生じる。入れ方を治具で統一し、油をかくはんして膜を早く破るようにしたら、ひずみのばらつきは小さくなった。焼入れの解析では、熱伝達率を一定とせず、表面の場所と時間で変わるものとして扱うことが大事だ。

よくある間違い

間違いと対策

間違い起きること対策
熱伝達率を一定に蒸気膜の段階を見落とす表面温度の関数に
冷却剤で中心を速く冷やそうとする割れ・ひずみが増える焼入れ性の高い鋼を選ぶ
変態の潜熱を無視冷却曲線がずれる潜熱を入れる
かくはん・入れ方を考えないひずみのばらつき工程条件を解析に入れる
温度だけで硬さを判断組織を見誤る変態のモデルと組み合わせる
🙋

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