圧縮性流れ(Compressible Flow) — CAE用語解説
圧縮性流れとは
圧縮性流れって、普通の流体解析と何が違うんですか? 水の流れとかとは別物ってことですか?
一番大きな違いは「密度が一定じゃない」ということだ。水みたいな液体は圧力をかけてもほとんど縮まないから密度ρを定数として扱える。これが非圧縮性流れ。でも空気みたいな気体が高速で流れると、密度・圧力・温度が大きく変動する。こうなると密度を未知数として扱わないと物理を再現できない。これが圧縮性流れだ。
定義とマッハ数
どのくらいの速度になったら圧縮性を考えないといけないんですか? 何か基準はあるんでしょうか。
基準になるのがマッハ数 $\mathrm{Ma} = U / a$ だ。$U$ は流速、$a$ は音速。目安として Ma < 0.3 なら密度変化は5%以下なので非圧縮で十分。Ma > 0.3 になると圧縮性の影響が無視できなくなる。さらにマッハ数で流れを分類するのが定番だよ。
マッハ数での分類って、具体的にはどうなるんですか?
ざっくり言うと4つに分かれる。
- 亜音速(Subsonic): Ma < 1 — 旅客機の巡航(Ma ≈ 0.8)がこのあたり
- 遷音速(Transonic): Ma ≈ 0.8〜1.2 — 局所的に超音速と亜音速が混在する厄介な領域
- 超音速(Supersonic): 1.2 < Ma < 5 — 戦闘機やミサイルの飛行領域
- 極超音速(Hypersonic): Ma > 5 — 大気圏再突入や極超音速飛翔体の世界
例えば旅客機の翼は巡航Ma=0.85くらいだけど、翼の上面では局所的にMa>1になる。ここに衝撃波が立つんだ。
衝撃波と膨張波
衝撃波って名前はよく聞くんですけど、実際どういう現象なんですか? 流れの中で何が起きてるんでしょう。
超音速の流れが障害物にぶつかったり、流路が狭くなったりして急減速されると、圧力・温度・密度が極めて薄い面で不連続にジャンプする。これが衝撃波(shock wave)だ。衝撃波の厚みは平均自由行程の数倍、ミクロンオーダーしかない。連続体力学的にはほぼ不連続面として扱う。
衝撃波を通過すると何が変わるんですか? エネルギーは保存されるんでしょうか。
衝撃波の前後で質量・運動量・エネルギーは保存される(Rankine-Hugoniot関係式)。でもエントロピーは増大するから、全圧(よどみ点圧力)が不可逆的に低下する。つまりエネルギーの「質」が落ちるんだ。だから航空機の設計では衝撃波による全圧損失(wave drag)を最小化するのが大きな課題になる。
ちなみに衝撃波と逆に、超音速流が扇状に加速される現象が膨張波(expansion wave)。こちらは等エントロピー過程で全圧損失がない。Prandtl-Meyer膨張が代表例だ。
垂直衝撃波前後の関係式(Rankine-Hugoniot):
$$\frac{p_2}{p_1} = \frac{2\gamma \mathrm{Ma}_1^2 - (\gamma - 1)}{\gamma + 1}$$ $$\frac{\rho_2}{\rho_1} = \frac{(\gamma + 1)\mathrm{Ma}_1^2}{(\gamma - 1)\mathrm{Ma}_1^2 + 2}$$ $$\frac{T_2}{T_1} = \frac{p_2}{p_1} \cdot \frac{\rho_1}{\rho_2}$$ここで $\gamma$ は比熱比(空気では $\gamma = 1.4$)、添字1は衝撃波前(上流)、2は衝撃波後(下流)を表す。
密度ベースソルバーと圧力ベースソルバー
CFDで圧縮性流れを解くとき、「密度ベースソルバー」と「圧力ベースソルバー」があるって聞いたんですけど、何が違うんですか?
大きな違いは「何を主変数にして方程式系を組むか」だ。
- 密度ベース(Density-based): 保存変数 $(\rho, \rho u, \rho v, \rho w, \rho E)$ を直接時間発展させる。オイラー方程式やNavier-Stokes方程式を保存形で離散化するので、衝撃波のような不連続を鮮明に捕らえやすい。Roe法やHLLC法といったリーマンソルバーを使うのが特徴だ。
- 圧力ベース(Pressure-based): SIMPLE系のアルゴリズムで圧力補正方程式を解く。もともと非圧縮性流れ用に開発されたけど、最近のソルバーは密度の更新式を組み込んで圧縮性にも対応している。低マッハ数の圧縮性流れでは密度ベースより安定することが多い。
実務的にはどう使い分けるんですか? 例えばANSYS Fluentだとどっちを選べばいいんでしょう。
Fluentだと Solver Type で「Density-Based」か「Pressure-Based」を選択できる。使い分けの目安はこうだ。
- Ma > 1 で衝撃波が支配的 → 密度ベースが安定・高精度
- Ma < 0.3 の低速圧縮性 or 非圧縮 → 圧力ベースが効率的
- 遷音速(Ma ≈ 0.8〜1.2)で衝撃波と低速領域が混在 → どちらでもいけるが、密度ベースのほうが衝撃波の解像度が高い傾向
OpenFOAMだと rhoCentralFoam が密度ベース、rhoSimpleFoam / rhoPimpleFoam が圧力ベースの圧縮性ソルバーだ。
航空宇宙CFDでの実務
航空宇宙の分野だと圧縮性流れの解析が多いと思うんですけど、実務で気をつけるポイントって何ですか?
航空宇宙CFDで圧縮性流れを扱うとき、特に重要なポイントが3つある。
1. メッシュ解像度: 衝撃波の位置と構造を正しく捕らえるには、衝撃波近傍のメッシュを十分に細かくする必要がある。適応的メッシュ細分化(AMR)を使うか、事前に衝撃波の位置を予測してその付近に密なメッシュを配置するのが定番だ。
2. 数値スキームの選択: 中心差分スキームだと衝撃波近傍で非物理的な振動(Gibbs現象)が出やすい。TVD(Total Variation Diminishing)スキームやWENOスキームで振動を抑制するのが一般的。ただし数値散逸が大きすぎると衝撃波が「ぼやける」から、そのバランスが難しい。
3. 境界条件: 超音速の入口では5変数すべて(ρ, u, v, w, p)を指定する。超音速の出口では情報が上流から一方向にしか伝わらないので、出口境界条件は何も指定しない(外挿)。これを間違えると、非物理的な反射波が発生して計算が破綻するんだ。
極超音速だとさらに別の問題が出てくるんですか? 大気圏再突入みたいなケースとか。
Ma > 5 の極超音速になると、衝撃波後の温度が数千Kに達するから、空気の比熱比 $\gamma$ が一定という前提が崩れる。分子の振動モード励起、解離反応(N₂ → 2N、O₂ → 2O)、さらに電離まで考慮しないといけない。完全気体の状態方程式 $p = \rho R T$ の代わりに、化学平衡モデルや非平衡熱化学モデルを使う。NASAのUS3Dとか、DLRのTAUコードがこの分野の代表的なソルバーだ。
支配方程式
圧縮性Navier-Stokes方程式(保存形):
$$\frac{\partial \rho}{\partial t} + \nabla \cdot (\rho \mathbf{u}) = 0$$ $$\frac{\partial (\rho \mathbf{u})}{\partial t} + \nabla \cdot (\rho \mathbf{u} \otimes \mathbf{u} + p\mathbf{I}) = \nabla \cdot \boldsymbol{\tau}$$ $$\frac{\partial (\rho E)}{\partial t} + \nabla \cdot [(\rho E + p)\mathbf{u}] = \nabla \cdot (\boldsymbol{\tau} \cdot \mathbf{u}) + \nabla \cdot (k \nabla T)$$ここで $E = e + |\mathbf{u}|^2/2$ は単位質量あたりの全エネルギー、$\boldsymbol{\tau}$ は粘性応力テンソル、$k$ は熱伝導率。これに理想気体の状態方程式 $p = \rho R T$ を加えて系を閉じる。非圧縮性流れとの決定的な違いは、密度 $\rho$ が未知数であり、エネルギー方程式が速度場と強く連成していることだ。
マッハ数の定義:
$$\mathrm{Ma} = \frac{U}{a} = \frac{U}{\sqrt{\gamma R T}}$$音速 $a$ は媒質の温度と比熱比で決まる。標準大気(T = 288.15 K)での空気の音速は約340 m/s。
関連用語
- マッハ数 — 流速と音速の比。圧縮性の度合いを定量化する最も重要な無次元数
- Reynolds数 — 慣性力と粘性力の比。圧縮性流れでも乱流遷移の指標として重要
- Roe法 — 近似リーマンソルバーの代表格。密度ベースソルバーで広く使われる
- リーマン問題 — 不連続初期条件の保存則問題。衝撃波・接触不連続・膨張波が解に現れる
- オイラー方程式 — 粘性を無視した圧縮性流れの基礎方程式
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