パラメータ設定
既定値は LEO 帰還クラス(V=7.8 km/s、h=80 km、R_n=50 cm、m=5000 kg)。総運動エネルギー (1/2)mV² ≈ 152 GJ が再突入で熱として散逸されます。
再突入カプセルの幾何
左下=地球輪郭と大気層/中央=再突入カプセル(ノーズ半径 R_n)/前方の弧=離脱衝撃波/後方のグラデーション=後流。先端の発光強度は加熱率に比例。
加熱率 vs 高度
横軸=高度 h [km](40〜200)/縦軸=よどみ点加熱率 q̇_s [MW/m²](対数)/速度 V とノーズ半径 R_n を固定して描画。黄丸=現在の高度。
理論・主要公式
Sutton-Graves 簡略式は、機体先端のよどみ点での対流加熱率を密度と速度の関数で与える経験式です。地球大気では K = 1.7415×10⁻⁴ [SI 単位] を用います。
$$\dot{q}_s = K\,\sqrt{\frac{\rho}{R_n}}\,V^{3}$$
大気密度は指数モデルで近似します(ρ_0 = 1.225 kg/m³、スケールハイト H_s = 8500 m):
$$\rho(h) = \rho_0\,\exp\!\left(-\frac{h}{H_s}\right)$$
単位質量運動エネルギーとマッハ数(h=80 km で c ≈ 269 m/s):
$$\frac{KE}{m} = \tfrac{1}{2}V^{2},\quad M = \frac{V}{c},\quad c = \sqrt{\gamma R_{\mathrm{air}} T}$$
$\dot{q}_s$ の単位は W/m²、$\rho$ は kg/m³、$R_n$ は m、$V$ は m/s。鈍頭形状ほど $R_n$ が大きく、加熱率は $R_n^{-1/2}$ で減少します。
大気再突入 シミュレーターとは
🙋
国際宇宙ステーションから帰還する宇宙船って、どれくらい熱くなるんですか?
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既定値(V=7.8 km/s、h=80 km、R_n=50 cm)で計算すると、よどみ点の加熱率は約 1.17 MW/m²。これは家庭用電子レンジ(約 1 kW)を 1 m² の面積に 1000 個並べた密度に相当する。アポロ帰還(V=11 km/s、月遷移帰還)はこの 2〜3 倍に達する。Sutton-Graves 式 q̇_s = K√(ρ/R_n)V³ は V の三乗で効くから、速度が 1.4 倍になると加熱は 2.7 倍だ。
🙋
なぜ高度 80 km が「ピーク」なんですか?
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大気密度 ρ は高度とともに指数的に増加する(h↓ で ρ↑)が、機体は同時に減速する(V↓)。加熱率 q̇ ∝ √ρ·V³ は密度の平方根と速度の三乗の積なので、両者の競合で「中間高度」で最大化する。実機ではこのピーク高度が大体 70〜85 km にあって、本ツールではグラフ右側で 80 km が現在マーカーとして表示される。スライダーで h を 40 km まで下ろすと、密度は 5 倍になるけど、もう減速しているので加熱は逆に下がる――グラフでこの非単調性が直接見える。
🙋
ノーズ半径 R_n を変えると、なんで加熱が変わるんですか?
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q̇_s ∝ R_n^(-1/2) という Sutton-Graves のスケーリングだ。鈍頭(大きな R_n)は離脱衝撃波を機体から遠ざけて加熱境界層を厚くし、よどみ点の温度勾配を緩める。スライダーで R_n を 50 cm から 200 cm に変えると、加熱は √(50/200) = 0.5 倍に下がる。アポロカプセル(R_n ≈ 4 m)が「お椀型」の鈍頭形状を採用したのはこのため。逆に弾道ミサイル再突入体は R_n が小さく、極端な加熱に晒される――そこで先端を意図的に「アブレーション材」で蒸発させて熱を捨てる戦略をとる。
🙋
機体質量 m はなぜスライダーにあるんですか?加熱の式には m が出てこないですよね。
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いい着眼点。Sutton-Graves はあくまで「単位面積あたりの加熱率」だから、m は直接は入らない。けど、機体全体の運動エネルギー (1/2)mV² は再突入で完全に熱として捨てられるから、m が大きいほど「総熱負荷」が増える。既定値の m=5000 kg、V=7.8 km/s では (1/2)·5000·7800² = 1.52×10¹¹ J = 152 GJ になる。これは原油 4000 リットルぶんの燃焼熱に相当する量だ。TPS(熱防護システム)の質量配分はこの総 KE と加熱継続時間から決まる。本ツールでは単位質量 KE = V²/2 = 30.4 MJ/kg を stat に出している。
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めちゃくちゃ現実的だ。LEO 帰還の標準値だよ。高度 80 km 付近では大気温度が約 180 K、音速 c=√(γRT) ≈ 269 m/s なので、7800/269 ≈ 29。アポロ帰還(V=11 km/s)だと M ≈ 41。実は「マッハ数」はこの領域ではあまり物理的に意味を持たない指標で、本質的に効くのはエンタルピー比 (V²/2)/h_∞ や Reynolds 数なんだけど、教科書的な分類のため本ツールでも stat に表示している。M=5 以上を極超音速、M=25 以上を「再突入領域」と呼ぶ慣習がある。
よくある質問
Sutton-Graves は密度・速度・ノーズ半径だけで加熱率を与える簡略経験式で、教育用途と概念設計のスクリーニングに使われます。Fay-Riddell(1958)は境界層エンタルピー差・粘性・Lewis 数まで含む解析式で、より正確だが計算量が多くなります。両者は同じ R_n^(-1/2) と ρ^(1/2) のスケーリングを持ち、Sutton-Graves の係数 K は Fay-Riddell の「平均的な大気条件」での近似値として導出されたものです。実際の TPS 設計では DSMC(直接シミュレーション モンテカルロ)や DPLR のような CFD ソルバで詳細解析を行いますが、本ツールのレベルの式が初期トレードオフ研究で広く使われています。
本ツールが使う ρ(h) = ρ_0·exp(−h/H_s)(H_s = 8500 m)は、対流圏〜成層圏(〜50 km)では誤差 10% 以内ですが、中間圏以上(h > 80 km)では温度勾配により実大気と乖離します。実際の US Standard Atmosphere 1976 では、80 km で ρ ≈ 1.8×10⁻⁵ kg/m³(指数モデルでは 1.0×10⁻⁴)と約 5〜10 倍の差があります。本ツールの加熱率はそのぶん過大評価方向に出ますが、傾向と R_n・V のスケーリングの理解には十分です。詳細解析では NRLMSISE-00 や JB2008 のような分布表ベースモデルが使われます。
Sutton-Graves は「対流加熱」のみを与える式で、衝撃波層の高温ガスからの輻射加熱(プラズマ輻射)は含みません。LEO 帰還(V ≤ 8 km/s)では輻射加熱は対流の 10% 以下で無視できますが、月帰還(V = 11 km/s)以上では輻射が対流に匹敵し、火星帰還(V > 12 km/s)では輻射が支配的になります。輻射加熱は q_rad ∝ ρ^a·V^b·R_n^c で、b ≈ 8〜12 と速度依存性が強いため高速領域で爆発的に増えます。本ツールは V ≤ 15 km/s まで対応していますが、V > 10 km/s ではこの追加機構を念頭に置いて読んでください。
本ツールは地球大気(空気、78% N₂ + 21% O₂)の Sutton-Graves 係数 K = 1.7415×10⁻⁴ を使っているため、火星(95% CO₂)や金星(96% CO₂)には直接適用できません。火星では K_Mars ≈ 1.9×10⁻⁴ 程度、また密度プロファイルも全く異なり(火星表面 ≈ 0.020 kg/m³、スケールハイト ≈ 11 km)、地球と同じ高度でも 10⁻³ オーダーの密度差があります。Mars Pathfinder、Curiosity、Perseverance の解析では JPL の MarsGRAM や独自モデルが使われ、Sutton-Graves はあくまで第一近似として参照されます。本ツールは地球専用と考えてください。
実世界での応用
有人宇宙船帰還の TPS 設計:アポロ計画(V = 11 km/s、月帰還)、ソユーズ(LEO 帰還)、クルードラゴン、スターライナーといった有人カプセルの熱防護シールドは、Sutton-Graves と Fay-Riddell の組み合わせで初期設計されます。アポロは AVCOAT というアブレーション材で表面温度 2700℃ に耐え、ソユーズは樹脂含浸黒鉛、クルードラゴンは PICA-X(SpaceX 改良版 PICA)を採用しています。本シミュレーターは V を 7.8 km/s(LEO)から 11 km/s(月遷移)に上げて、加熱率の急増を直接観察できます。
再使用型宇宙機の熱保護タイル:スペースシャトル(V ≈ 7.8 km/s 帰還)、Dream Chaser、スターシップなど再使用機は、アブレーションに頼れず「再使用可能」な熱保護タイル(HRSI、LI-900 など)を使います。これらは加熱率が下がる高度(h ≈ 50〜70 km)まで耐え抜くのが設計目標で、本ツールの加熱率 vs 高度曲線がその選定基準になります。スターシップの 2024 年の試験再突入では、ステンレス鋼の高温強度を活かす独自の TPS 戦略が話題となりました。
惑星探査機の大気突入:火星探査ローバー(Curiosity、Perseverance)、金星探査機(Pioneer Venus、Akatsuki ではないが Magellan の初期突入)、ガリレオ木星突入プローブなど、大気を持つ全惑星の探査機は再突入加熱と無縁ではありません。ガリレオプローブは木星突入時に約 30000 K の輻射加熱に晒され、約 50% のヒートシールドがアブレーションで消失したという極端なケースです。本ツールは地球大気専用ですが、Sutton-Graves の概念は全惑星に適用されます。
極超音速兵器・スペースプレーン:HGV(極超音速滑空体、Avangard・DF-17 等)や X-43A・X-51A スクラムジェット試験機は、大気中を長時間(数十分〜数時間)にわたって極超音速(M = 5〜15)で飛行します。よどみ点だけでなく全機体表面の対流加熱が問題で、Sutton-Graves をベースに分布計算(panel method + 簡易境界層)を行うのが概念設計の標準手順です。極超音速ミサイル迎撃や民間宇宙旅行(Virgin Galactic はサブオービタル、M ≈ 3 で再突入加熱は軽微)の議論にも本ツールが参考になります。
よくある誤解と注意点
最初に気をつけてほしいのは、「加熱率 = 機体温度」ではないということです。Sutton-Graves が与えるのは単位面積あたりの「熱が入ってくる速さ」(W/m²)で、機体表面温度はこれと放射冷却 εσT_w⁴ の釣り合いで決まります。例えば q̇ = 1 MW/m²、ε = 0.85 のとき、T_w ≈ (10⁶/(0.85·5.67×10⁻⁸))^(1/4) ≈ 2050 K になります。ただしアブレーション材は熱を「内部に伝える前に蒸発で捨てる」ため、実際の壁面温度は放射平衡値より低く保たれる場合もあります。本ツールの加熱率はあくまで「外から入ってくる量」の指標として読んでください。
次に、「Sutton-Graves は連続流仮定」を忘れないことです。式は連続流体としての境界層理論から導出されており、Knudsen 数 Kn = λ/L(λ:平均自由行程、L:機体特性長)が十分小さい(Kn < 0.01)領域で成立します。高度 90 km 以上では希薄気体領域に入り、Kn > 0.1 となるため Sutton-Graves は破綻し始めます。実際の高高度では DSMC シミュレーションで「滑り効果」や「不完全適応係数」を考慮する必要があり、本ツールの h = 100 km 以上の予測値は参考程度に扱ってください(傾向は正しい)。
最後に、「マッハ数で全てを語れない」のが極超音速領域の特徴です。亜音速〜超音速域では M が空力性能の支配的パラメータですが、再突入では分子の解離・電離・化学反応が始まり、エンタルピー比 H_∞/(c_p·T_∞) や Reynolds 数 Re、Damköhler 数(化学反応時間と流体時間の比)など複数の無次元数で挙動が決まります。本ツールでは M を参考表示しますが、TPS 設計には M ではなく停滞エンタルピー h_0 = h_∞ + V²/2 を使うのが標準です。マッハ 29 は「異常に速い」程度の感覚で受け取ってください。