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統計力学シミュレーター

フェルミ・ディラック分布 シミュレーター — 電子の量子統計

フェルミ準位 E_F、温度 T、観測エネルギーをスライダーで動かすと、電子の占有確率 f(E) と熱エネルギー kT、隣接エネルギーとの比 f(E)/f(E+ΔE) が同時に更新。温度が上がるにつれて遷移帯が広がる様子を肌で感じられます。

パラメータ設定
フェルミエネルギー E_F
eV
観測エネルギー E
eV
温度 T
K
エネルギー間隔 ΔE
eV

フェルミ準位の典型例:銅 E_F ≈ 7.0 eV、銀 5.5 eV、金 5.5 eV、アルミ 11.7 eV。半導体の真性フェルミ準位はバンドギャップ中央付近に位置します。

計算結果
f(E) 占有確率
f(E+ΔE)
熱エネルギー kT
f(E)/f(E+ΔE)
フェルミ・ディラック分布 f(E)

横軸=エネルギー E (eV)/縦軸=占有確率 f(E)/青破線=E_F (f=0.5)、緑破線=E_F±2kT 遷移帯/黄縦線=観測 E と E+ΔE

温度比較(T/2、T、2T)

同じ E_F での温度依存性を可視化。橙=T/2、青=現在の T(強調)、赤=2T。温度が上がると E_F 近傍の遷移帯が広がる

理論・主要公式

電子(フェルミ粒子)が熱平衡下でエネルギー $E$ の状態を占める確率はフェルミ・ディラック分布に従います。

占有確率($E_F$ はフェルミ準位、$k$ はボルツマン定数、$T$ は絶対温度):

$$f(E) = \frac{1}{1 + \exp\!\left[\dfrac{E - E_F}{kT}\right]}$$

熱エネルギーと典型値:

$$kT = 8.617\times 10^{-5}\,T\ \text{[eV]},\quad kT_{300\text{K}} \approx 25.85\ \text{meV}$$

高エネルギー側 $E - E_F \gg kT$ では Boltzmann 分布に近似:

$$f(E) \approx \exp\!\left[-\dfrac{E - E_F}{kT}\right]$$

$E = E_F$ では温度によらず $f = 0.5$。$T \to 0$ では階段関数($E < E_F$ で 1、$E > E_F$ で 0)になります。

フェルミ・ディラック分布シミュレーターとは

🙋
「フェルミ・ディラック分布」って名前は聞いたことあるんですけど、何を表す式なんですか?
🎓
電子のような「フェルミ粒子」が、温度 T のときに、あるエネルギー E の状態をどれくらいの確率で占めているかを表す式だよ。$f(E) = 1/(1+\exp((E-E_F)/kT))$ という形で、E_F はフェルミ準位といって「占有確率がちょうど 0.5 になるエネルギー」のことだ。1926 年にフェルミとディラックが独立に導いて、金属の電気伝導や半導体のキャリア統計、白色矮星の支持圧まで、量子力学の多体系のあらゆるところで顔を出すよ。
🙋
デフォルトの結果を見ると、E=5.10 eV、E_F=5.00 eV、T=300 K で f(E)=0.0205 ですよね。たった 0.10 eV の差なのに 5% 以下なんですか?
🎓
そう、それがフェルミ統計の特徴なんだ。室温の kT は 25.85 meV しかなくて、E−E_F = 100 meV はその約 3.87 倍。指数の肩 exp(3.87) ≈ 47.85 がほぼそのまま分母に効くから、占有確率は 1/48.85 ≈ 0.0205 になる。さらに 0.05 eV 上 (E+ΔE = 5.15 eV) では exp(5.80) ≈ 331 で、占有確率は 0.00301 まで急減。比 f(E)/f(E+ΔE) は 6.80 倍だ。フェルミ準位の近くではほんの数 kT 動くだけで占有率が桁で変わる、という感覚を掴むのが大事だよ。
🙋
「温度をスイープ」を押すと、E_F のところでぐにゃっと曲がる「遷移帯」が広がりますね!
🎓
そう。T → 0 では完全な階段関数で、E_F より下は必ず詰まり、上は必ず空になっている。温度を上げると幅 ~4kT の遷移帯が現れて、E_F より上の状態にも電子が熱励起される。下の比較グラフで T/2、T、2T の 3 本を見ると、橙<青<赤の順で遷移帯が確かに広がっているのが分かる。半導体のバンドギャップ近傍でこの遷移帯がどれくらいキャリアを供給するか、というのが室温 vs 高温デバイス特性の差を生む源なんだ。
🙋
「Boltzmann 分布に近づく」って FAQ に書いてありましたけど、実際どこから近似が効くんですか?
🎓
経験的には E−E_F が 3kT 以上、つまり室温なら約 80 meV 以上離れた領域で f(E) ≈ exp(−(E−E_F)/kT) が 5% 以内の精度で成り立つ。半導体の伝導帯端でキャリア濃度を計算するときの $n = N_c\,\exp(-(E_c-E_F)/kT)$ という古典近似はこれだよ。逆に E_F のすぐ近くではこの近似は完全に破綻して、フルのフェルミ・ディラック積分(フェルミ・ディラック関数の数値積分)が必要になる。縮退半導体や金属の精密計算ではここを区別するのが基本だ。

よくある質問

フェルミ準位は熱力学的には「電子を 1 個追加するのに必要な化学ポテンシャル」で、平衡熱力学の μ に対応します。占有確率がちょうど 0.5 になるエネルギーとも一致します。金属では伝導電子の最高占有準位(T=0 でのフェルミ・エネルギー)の意味で使われ、半導体ではドーピングや温度・バイアスにより伝導帯と価電子帯の間を移動し、デバイス特性(しきい電圧、キャリア濃度、空乏層幅など)を決定します。電子デバイスの設計では「フェルミ準位の位置を制御する」ことが本質的に重要です。
古典分布は粒子が区別可能で 1 状態に何個でも入れる前提ですが、フェルミ・ディラック分布はパウリの排他律により 1 状態に最大 1 個(スピン考慮で 2 個)の制約があります。このため、E ≪ E_F では f(E) ≈ 1(全部詰まる)と頭打ちになり、E ≫ E_F では古典分布と一致します。低温・高密度の電子系では量子統計(フェルミ縮退)が支配的で、この効果が金属の電子比熱の温度依存性 (T 線形)、白色矮星の支持圧、量子ドットのクーロン階段などを説明します。
伝導帯の電子濃度は状態密度 g(E) と f(E) の積を伝導帯端 E_c から積分して $n = \int g_c(E) f(E)\,dE$ となります。E_c − E_F が 3kT 以上の非縮退領域では $n \approx N_c\,\exp(-(E_c-E_F)/kT)$ と簡略化できます (N_c は実効状態密度)。同様に正孔濃度は $p \approx N_v\,\exp(-(E_F-E_v)/kT)$。本シミュレーターはまず分布 f(E) 単体の振る舞いを直感的に理解するためのもので、デバイス計算の出発点になります。
遷移帯(f が 1 から 0 に落ちる領域)の幅は概ね 4kT です。室温 300 K で kT ≈ 25.85 meV なので幅は約 0.1 eV、77 K(液体窒素温度)で約 26 meV、4.2 K(液体ヘリウム)でわずか 1.4 meV と非常にシャープになります。低温物理で「シャープなフェルミ面」が観測できる理由はここで、走査トンネル分光 (STS) や角度分解光電子分光 (ARPES) の高エネルギー分解能測定が低温で行われる物理的根拠でもあります。

実世界での応用

半導体デバイス設計:MOSFET・バイポーラ・ダイオード・LED・太陽電池など、ほぼ全ての半導体デバイスのキャリア濃度計算はフェルミ・ディラック分布が出発点です。SPICE などの回路シミュレータも、ドリフト拡散方程式の境界条件に E_F の位置を使い、デバイス特性(しきい電圧、サブスレッショルド係数 60 mV/dec の理論限界など)を予測します。本シミュレーターでフェルミ準位を E_c 直下まで動かしてみると、占有率が急変する領域がわかります。

金属の電子比熱と熱伝導:金属の電子比熱は古典の $(3/2)R$ ではなく $\gamma T$(線形)になり、ゾンマーフェルト係数 $\gamma$ はフェルミ準位での状態密度に比例します。これはフェルミ縮退により kT 内のごく一部の電子だけが熱励起に寄与するためです。同じ理由で、金属の電気伝導率も室温で温度に弱く依存し、フォノン散乱が支配的になります。これらは全てフェルミ・ディラック統計の直接的な結果です。

STM・ARPES などの分光測定:走査トンネル分光 (STS) のトンネル電流は $I \propto \int [f(E)-f(E+eV)]\,\rho(E)\,T(E)\,dE$ で、フェルミ・ディラック関数の差が測定の温度分解能を直接決めます。ARPES でフェルミ面・バンド構造を高精度に測るには、kT がエネルギー分解能を制限するため低温(典型的には 4.2 K 以下)が必須です。本シミュレーターの遷移帯幅 ~4kT を見れば、この実験の物理的制約が直感的に理解できます。

白色矮星と中性子星の支持圧:白色矮星は重力崩壊を電子の縮退圧で支えています。これは T → 0 でほぼ階段関数になったフェルミ・ディラック分布のもとで、パウリの排他律により電子が「強引に積み上げられた」ことによる圧力です。チャンドラセカール限界質量 ~1.4 M_⊙ もこの統計から導かれ、中性子星では中性子の縮退圧が同じ役割を果たします。天体物理の極限現象と、室温の半導体デバイス設計が同じ統計分布で記述できる、という統一性が量子統計の魅力です。

よくある誤解と注意点

最も多い誤解は、「フェルミ準位=最高占有準位」と覚えてしまうことです。これは絶対零度限定の定義で、有限温度では「占有確率が 0.5 になるエネルギー」と理解すべきです。半導体ではフェルミ準位は禁制帯(バンドギャップ)内にあり、そこには電子の状態自体がありません。それでも E_F は意味を持ち、ボルツマン因子 exp(-(E-E_F)/kT) を通じて伝導帯・価電子帯のキャリア濃度を支配します。「電子はそこにいないが、化学ポテンシャルは定義される」という点が分かりにくいポイントです。

次に多いのが、「Boltzmann 近似が常に使える」と思い込むことです。E_F の近く(縮退半導体や金属内部)では $f(E)$ と $\exp(-(E-E_F)/kT)$ は大きく異なり、特に重ドープ半導体(n > 10^19 cm^-3 程度)や金属では完全な縮退統計が必須です。本シミュレーターで E を E_F 近傍に持っていき、占有確率と $\exp(-x)$ を比較すると、近似がどこで破綻するかが体感できます。設計式に Boltzmann 近似を使う際は「E−E_F > 3kT」の条件を必ず確認してください。

最後に、「f(E) を分子の数として扱う」誤りも要注意です。f(E) は「1 つの量子状態が占有される確率」であって、粒子の数密度ではありません。実際のキャリア濃度を求めるには状態密度 g(E) との積を積分する必要があります。$n = \int g(E) f(E)\,dE$ という形で、g(E) は材料・次元(バルク、量子井戸、量子細線、量子ドット)により大きく異なります。本シミュレーターは f(E) の振る舞いを孤立して理解するためのもので、実デバイス計算では g(E) と組み合わせる、という分業を意識しましょう。