パラメータ設定
散乱角をスイープ
リセット
電子のコンプトン波長 λ_C = h/(m_e c) ≈ 2.426 pm。標的質量を陽子の 1836 倍に近づけると Δλ はほぼゼロになり、トムソン散乱(弾性)に漸近します。検出器のエネルギー閾値以下の散乱光子は計数されません。
散乱の幾何模式図
左から入射光子(黄、波長 λ_in)が標的電子(中央)に衝突。散乱光子(青)は θ 方向、反跳電子(赤)は φ_e 方向へ。波形の間隔が λ_in と λ_f の比率を表す
波長シフト Δλ(θ)
横軸=散乱角 θ (deg)/縦軸=Δλ (pm)。Δλ = λ_C(1 − cos θ)。θ = 180° で最大値 2λ_C に到達。黄縦線=現在の θ
理論・主要公式
コンプトン散乱の波長シフトは、光子と電子のエネルギー・運動量保存則から次のように書けます。
波長シフト($\lambda_C = h/(m_e c) \approx 2.426$ pm は電子のコンプトン波長):
$$\Delta\lambda = \lambda_f - \lambda_{in} = \lambda_C\,(1 - \cos\theta)$$
入射・散乱光子のエネルギーと波長:
$$\lambda_{in}[\text{pm}] = \frac{1240}{E_{in}[\text{keV}]},\quad E_f = \frac{E_{in}}{1 + \alpha(1 - \cos\theta)},\ \alpha = \frac{E_{in}}{m_e c^2}$$
反跳電子の運動エネルギーと散乱角:
$$KE_e = E_{in} - E_f,\quad \tan\varphi_e = \frac{\cot(\theta/2)}{1 + \alpha}$$
$m_e c^2 = 511$ keV。標的が質量 $m$ の重い粒子の場合は $\lambda_C \to h/(m c)$ となり、Δλ は質量に反比例して小さくなります。
コンプトン散乱シミュレーターとは
🙋
「コンプトン散乱」って X 線を当てると波長が伸びるやつですよね? なぜ波長が伸びるんですか?
🎓
そう、1923 年に Arthur Compton が炭素ターゲットに X 線を当てて見つけた現象だ。光が「波」だけだと、散乱しても周波数(波長)は変わらないはずなんだ。でも実験では散乱角に比例して波長が伸びた。これは光を「光子」という粒として扱い、エネルギーと運動量を電子に渡す弾性衝突として計算するとピッタリ説明できる。式は Δλ = λ_C(1 − cos θ)、λ_C = h/(m_e c) ≈ 2.426 pm が電子のコンプトン波長だ。
🙋
デフォルト値(E_in = 100 keV, θ = 90°)の結果を見ると、散乱光子は 83.6 keV、Δλ = 2.43 pm、電子に 16.4 keV 渡って 39.9° 方向に飛ぶんですね。エネルギーって意外と渡さないんですか?
🎓
そう、100 keV の光子は α = E_in / (m_e c²) = 100/511 ≈ 0.196 で、まだ電子の静止エネルギー 511 keV に対して「軽い」んだ。だから波長変化は λ_C と同じスケールで、相対エネルギー損失は 16% 程度に留まる。これを 1 MeV まで上げると α ≈ 2 になり、同じ θ = 90° でも電子に 60% 以上のエネルギーを渡すようになる。E_in スライダーを 200, 500, 1000 keV と動かしてみると、散乱光子のエネルギーがどんどん下がるのがわかるよ。
🙋
「標的質量倍率」を上げると Δλ が小さくなって検出器側の波長が変わらなくなりますね。これは何を意味してるんですか?
🎓
いい観察だ。Δλ は標的の質量に反比例する(λ_C = h/(mc))。電子なら 2.43 pm のシフトが、陽子(m ≈ 1836 m_e)なら 1.3 fm(フェムトメートル)と桁外れに小さくなる。実際の物質中で「自由電子のコンプトン散乱」が起こるのは、外殻電子の束縛エネルギー(数 eV〜数 keV)よりずっと高エネルギーの光子(X 線・γ 線)を当てたときだけ。可視光(数 eV)では電子は原子に強く束縛されていて、コンプトン散乱ではなく Rayleigh / Mie 散乱(弾性、波長不変)になるんだ。
🙋
「散乱角をスイープ」を押すと、Δλ(θ) 曲線の最大値が θ = 180° で 2λ_C ≈ 4.85 pm になりますね。後方散乱が一番損失が大きい?
🎓
そう、cos 180° = −1 なので Δλ = 2λ_C が最大値だ。これは「バックスキャッター」と呼ばれて、医療画像(CT・PET)の散乱補正や、γ 線スペクトロメーターのコンプトンエッジ(電子に最大エネルギーを渡す θ = 180° に対応する電子エネルギー)として実用上とても重要なんだ。Cs-137 の 662 keV γ 線では、コンプトンエッジ位置が約 477 keV になるんだけど、これは E_in = 662 keV, θ = 180° に対応する反跳電子エネルギーで、ツールで確認できるよ。
よくある質問
なぜ可視光ではコンプトン散乱が観測できないのですか?
可視光のエネルギーは 1.6〜3.1 eV で、原子中の電子の束縛エネルギー(外殻でも数 eV〜十数 eV)と同程度かそれ以下です。この場合、電子は原子に強く束縛されているため「自由電子のコンプトン散乱」は起こらず、原子全体への弾性散乱(Rayleigh 散乱、波長不変)が支配的になります。一方 X 線(数十 keV 以上)や γ 線(数百 keV 以上)では、電子の束縛エネルギーが入射光子エネルギーに対して無視できるため、自由電子近似でコンプトン散乱の式が良く成り立ちます。
コンプトン散乱と光電効果はどう違いますか?
光電効果は光子が電子に全エネルギーを渡して吸収される過程で、電子の束縛エネルギーを差し引いた残りが電子の運動エネルギーになります。コンプトン散乱は光子が電子と弾性衝突してエネルギーの一部を渡し、波長が伸びた光子が散乱される過程です。X 線エネルギー領域(1〜100 keV)では低エネルギー側で光電効果が支配的、高エネルギー側でコンプトン散乱が支配的になります。100 keV 以上の γ 線では電子陽電子対生成(pair production、1.022 MeV 以上)も加わります。
医用 CT や PET でコンプトン散乱はどう扱われますか?
CT(80〜140 kVp)や PET(511 keV)の領域では人体組織内でコンプトン散乱が支配的で、画像のコントラスト低下と被曝の主要因になります。CT 再構成では「散乱補正アルゴリズム」が必須で、検出器に届いた光子のうち散乱起源の成分をモンテカルロ法やカーネル法で除去します。PET では同時計数の散乱フラクション(scatter fraction)が 30〜40% に達するため、エネルギーウィンドウ(典型 350〜650 keV)で散乱の低エネルギー成分を排除し、残りはモデル補正します。
コンプトンエッジとは何ですか?
単色 γ 線をシンチレータや HPGe 検出器に入射すると、コンプトン散乱で電子に渡るエネルギーが連続スペクトル(コンプトン連続部)になり、その上限(θ = 180° の最大エネルギー)に鋭い段差が現れます。これがコンプトンエッジです。Cs-137 の 662 keV では約 477 keV、Co-60 の 1.33 MeV では約 1.12 MeV に位置します。光電ピーク(フォトピーク)と組み合わせて検出器の応答関数を理解する基本要素で、エネルギー較正の指標としても使われます。
実世界での応用
医用画像(CT・PET・SPECT): X 線 CT(80〜140 kVp)と核医学 PET(511 keV)では、コンプトン散乱が組織内の主要な相互作用機構です。画像コントラストの劣化要因となるため、散乱補正アルゴリズム(モンテカルロ補正、カーネル補正、Single Scatter Simulation など)が再構成の標準ステップに含まれています。本シミュレーターで E_in = 511 keV、θ = 180° を入力すると、PET 装置で問題になる「最も波長が伸びた散乱光子」のエネルギーが 170 keV 程度になることが確認できます。
γ 線分光と環境放射線測定: HPGe や NaI(Tl) 検出器で γ 線スペクトルを測定すると、各核種の光電ピークの低エネルギー側にコンプトン連続部とコンプトンエッジが必ず現れます。Cs-137 の 477 keV、Co-60 の 1.12 MeV のコンプトンエッジ位置は核種同定の補助指標で、検出器のエネルギー較正にも活用されます。シールド設計(鉛・タングステン)でも、コンプトン散乱の角度分布(Klein-Nishina 式)から散乱光子の漏洩経路を見積もります。
X 線天文学とコンプトン望遠鏡: 10 keV〜10 MeV 領域の宇宙 γ 線観測では、コンプトン散乱を検出原理とする「コンプトン望遠鏡」が活躍します。NASA の COMPTEL(1991〜2000)や次世代の COSI 計画は、散乱角と散乱光子方向から元の入射方向を再構成する手法で、超新星残骸やパルサー、AGN の高エネルギー放射を観測しています。本ツールで角度依存性を理解しておくと、これらの装置の感度パターンが直感的に納得できます。
放射線治療とがん治療: リニアック(直線加速器)が出す 6〜25 MV 高エネルギー X 線も、組織中で大部分はコンプトン散乱を受けます。線量計算アルゴリズム(Pencil Beam、Monte Carlo、Convolution / Superposition)はすべてコンプトン散乱の角度・エネルギー分布を組み込んでおり、ターゲット周辺の散乱線量を正確に予測することで OAR(リスク臓器)への被曝を最小化します。
よくある誤解と注意点
最も多い誤解は、「波長シフト Δλ は入射光子エネルギーに依存する」と思い込む ことです。式を見れば分かる通り Δλ = λ_C(1 − cos θ) は入射エネルギーに一切依らず、散乱角だけで決まります。100 eV の紫外線でも 10 MeV の γ 線でも、θ = 90° なら Δλ は同じ 2.43 pm です。エネルギー依存性が大きく見えるのは「相対的な」シフト Δλ/λ_in や、エネルギー損失 KE_e/E_in の方で、こちらは入射エネルギーが高いほど大きくなります。本シミュレーターで E_in を変えながら Δλ と KE_e の両方を見比べると、この違いが体感できます。
次に多いのが、「コンプトン散乱は X 線でしか起こらない」と思う ことです。実際には、可視光や赤外線でも、極端に弱く束縛された電子(金属中の伝導電子、プラズマ中の電子)に対しては起こり得ます。レーザー光をプラズマに当てると Thomson 散乱(コンプトン散乱の低エネルギー極限)が観測でき、核融合プラズマの電子温度・密度診断に使われています。標的質量倍率を 1 のままで E_in を 0.001 keV(1 eV、可視光相当)まで下げてみると、Δλ ≈ 2.43 pm は変わらないが λ_in ≈ 1240 nm に対して相対シフトが極小(10⁻⁹ オーダー)になることがわかります。
最後に、「反跳電子の散乱角 φ_e は θ と独立に決まる」と思い込む ミスです。実際は運動量保存則から φ_e は θ と入射エネルギーで一意に決まり、独立変数ではありません。しかも φ_e は最大 90°(θ → 0° の極限)に制限され、後方散乱(θ → 180°)では電子が真前方(φ_e → 0°)に飛びます。電子検出と光子検出を組み合わせた「コンプトン同時計数測定」では、この相関を使って背景ノイズを大幅に削減できます。本ツールで θ をスイープし、φ_e がどう変化するかを観察すると、運動量保存の制約が直感的に理解できます。