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宇宙工学

イオンエンジン(電気推進)比推力・推力シミュレーター

静電加速型のイオンエンジン(電気推進)における排気速度・比推力 Isp・推力・推力電力比を設計するツールです。ビーム電圧、電流、推進剤の原子質量、電荷状態、利用効率を変えると、化学ロケットでは到達できない高 Isp 領域の性能がリアルタイムで分かります。

パラメータ設定
推進剤
原子質量を自動設定(手動でも調整可)
ビーム電圧 V_b
V
グリッド間電位差。Isp を主に支配する
ビーム電流 I_b
A
ビームに含まれるイオン電流。推力を主に支配
プロペラント原子質量 m
amu
電荷状態 q
+
単価(1+)が主流。多価は加速効率低下
推進剤利用効率 η
%
中性ガス漏れ込みを考慮した実効効率
計算結果
排気速度 v_e (km/s)
比推力 Isp (s)
実効 Isp (考慮効率 s)
推力 T (mN)
ビーム電力 (W)
推力/電力比 (mN/kW)
イオンエンジン断面 — 加速プロセスアニメーション

プラズマチェンバ内で生成されたイオンがスクリーン/アクセルグリッド間の電位差で加速され、青いビームとして噴射されます。下流の中和器(ニュートライザ)から電子が供給されビーム電流を中和。

推力 T(mN) vs ビーム電流 I_b
比推力 Isp(s) vs ビーム電圧 V_b
理論・主要公式

$$v_e = \sqrt{\frac{2qV_b}{m_i}},\quad I_{sp} = \frac{v_e}{g_0},\quad T = \dot m_i \cdot v_e$$

エネルギ保存 (1/2)m_iv_e² = qV_b から排気速度 v_e、それを g_0=9.81 m/s² で割って比推力 Isp。推力 T はイオン質量流量 ṁ_i と v_e の積。

$$\dot m_i = \frac{I_b}{q\,e}\,m_i,\qquad \dot m_\text{total} = \frac{\dot m_i}{\eta}$$

イオン質量流量 ṁ_i はビーム電流 I_b から導かれ、推進剤利用効率 η で総流量に換算される。η < 1 のため実効 Isp は v_e/g_0 より下がる。

$$\frac{T}{P} = \frac{2\eta_T}{v_e},\qquad \eta_T = \frac{\frac{1}{2}T v_e}{P_\text{total}}$$

推力電力比 T/P は v_e に反比例。高 Isp = 同じ推進剤で大きな Δv が稼げるが、推力は ṁ·v_e で電力制限される(高 Isp ほど推力/W は低下)。

イオンエンジン(電気推進)の比推力と推力

🙋
先生、「はやぶさ」のイオンエンジンって、推力がたった 10 mN くらいって聞いたんです。100 円玉を持ち上げる力もないのに、なんで宇宙船を動かせるんですか?
🎓
いい質問だね。地上だと重力 9.8 m/s² と空気抵抗があるから 10 mN じゃ何も動かないけど、宇宙は無重力&真空だ。だから「ちょっとずつ・長時間」加速できれば、最終的に大きな速度変化(Δv)が得られる。たとえば「はやぶさ」は μ10 イオンエンジンを延べ4万時間噴射して、化学ロケットなら不可能だった小惑星イトカワとの往復をやってのけたんだ。鍵は「推力の大きさ」じゃなくて「比推力 Isp の高さ」だよ。
🙋
その Isp って、上のスライダーでもどんどん変わりますね。化学ロケットだと 450 秒くらいって聞きましたが、デフォルトの設定だと 4793 秒…一桁違うんですか!?
🎓
そう、化学ロケットは燃焼ガスの熱速度(最大 4.5 km/s)に縛られるけど、イオンエンジンは電場で個々のイオンを加速するから、ビーム電圧 1.5 kV で Xe イオンを 47 km/s まで加速できる。式は単純で v_e = √(2qV/m)。電圧 V を上げるほど v_e は伸び、Isp はその v_e を g_0 で割っただけ。だから kW 級の電力さえあれば、化学ロケットの 10 倍以上の Isp は簡単に出るんだ。
🙋
じゃあ電圧をどんどん上げて、Isp 1 万秒とかにすればいいじゃないですか!何かデメリットがあるんですか?
🎓
そこが電気推進の最大のトレードオフだね。電力 P が決まっていると、T/P = 2η/v_e で「v_e を上げる=推力が減る」。デフォルト設定で T/P ≈ 30 mN/kW だけど、電圧を 5 kV に上げると Isp は伸びるが推力電力比はガタ落ちする。さらに高電圧化はグリッドの絶縁・スパッタリング寿命にも厳しい。結局、ミッションの Δv 要求と利用可能電力(太陽電池パドルの大きさ)で最適 Isp を選ぶことになるよ。
🙋
推進剤を Xe から Ar に切り替えてみたら、推力が一気に半分以下に下がりました。なんで軽い原子だと推力が落ちるんですか?
🎓
同じ電圧では v_e = √(2qV/m) で v_e が √(m_Xe/m_Ar)≈1.8 倍に上がるけど、推力は T = (I_b/qe)·m·v_e で m に比例する分が m^(1/2) しか戻ってこない。だから T は √m に比例して減るんだ。Ar は安いし vol/kg が小さいが、推力/W が劣るため大規模な GEO 投入や長期マヌーバ向きではない。一方で Starlink は Kr を選んで、Xe の 10 分の 1 のコストで運用している。最近は Ar も SpaceX Starship 用に検討中だよ。
🙋
推進剤利用効率 η も気になります。85% を 95% にすると実効 Isp が結構伸びますね。これは何ですか?
🎓
η は「供給した中性ガスのうち、イオン化されてビームとして外に出る割合」。残りはイオン化されずに漏れ出して推力ゼロのまま排気される。η が低いと「燃料を捨てている」のと同じだから、実効 Isp = T/(ṁ_total·g_0) が下がる。設計上は放電室の磁場閉じ込めを最適化したり、上流圧力を絞ったりで η を上げるけど、上げすぎると放電が不安定になるので、80〜92% あたりで運用するのが普通だね。NASA の NSTAR や日本の μ10 もこの範囲だよ。

よくある質問

比推力は排気速度 v_e を重力加速度 g₀ で割った量(Isp = v_e/g₀)です。化学ロケットの v_e は燃焼ガスの熱速度に縛られ最大 4.5 km/s 程度ですが、イオンエンジンは電場で個々のイオンを加速するため、ビーム電圧 1.5 kV で Xe イオンを約 47 km/s まで加速できます。エネルギ式 (1/2)m·v² = qV から v_e = √(2qV/m) で決まるので、電圧を上げるか軽い原子を使うほど v_e は伸び、Isp は数千〜1万秒に達します。
推力 T = ṁ·v_e は小さくても、長時間連続噴射でき、必要な推進剤質量が少なくて済むからです。ツィオルコフスキー式 Δv = Isp·g₀·ln(m₀/m_f) より、Isp が 10 倍なら同じ Δv を 1/10 以下の推進剤で達成可能。深宇宙探査機(はやぶさ・Dawn)や GEO 静止軌道投入(電気推進衛星)では、数か月〜数年かけて毎秒 mN を積分し、数 km/s の Δv を獲得します。打上げ質量とコストを劇的に下げられるのが最大のメリットです。
Xe は (1) 原子量が 131 と重く一価イオンで推力/W 比を稼げる、(2) 第一イオン化エネルギが 12.13 eV と低くプラズマ生成が容易、(3) 単原子で分子分解がない、(4) 常温で液体貯蔵可能(高圧)、(5) 化学的に不活性、という条件を全部満たすからです。代替候補として、より安価な Kr(クリプトン、Starlink 衛星で採用)、軽量で v_e が高い Ar(アルゴン)、固体貯蔵できる I(ヨウ素、CubeSat 向け)が登場していますが、Isp と推力密度のバランスでは依然 Xe が主流です。
推進剤利用効率 η = ṁ_ion / ṁ_total は、放電室に供給した中性ガスのうちイオン化されてビームとして外に出る割合です。残りは中性のまま漏れ出し、推力を生まずに排気されます。η が 100% にならない理由は、(1) イオン化前に下流へ拡散する中性原子の存在、(2) 壁面再結合、(3) 多価イオン生成によるエネルギ損失です。NSTAR や μ10 級の運転点では η = 80〜92% が典型値。η が下がると同じ推力に必要なタンク容量が増え、ミッション期間も伸びます。

実世界での応用

深宇宙探査機:NASA の Deep Space 1(1998 年、NSTAR 2.3 kW・Xe・Isp 3100 s)が初の本格運用機で、その後の Dawn(小惑星ベスタ・準惑星ケレス周回)、JAXA の「はやぶさ」「はやぶさ2」(マイクロ波放電型 μ10、Xe、Isp 約 3000 s)など、化学ロケットでは到達不可能な天体探査が次々と実現しました。年単位で連続噴射し、数 km/s の Δv を得るのがこのクラスの典型ミッションです。

GEO 静止衛星の軌道遷移・南北位置保持:従来の化学スラスタを電気推進に置き換えた「オールエレクトリック衛星」(Boeing 702SP、Airbus Eurostar Neo など)は、打上げ質量を 40% 削減できます。GTO から GEO への遷移に半年程度かかりますが、推進剤搭載量が激減するため、同じロケット枠で 2 機同時打上げが可能になり、運用コストが大幅に下がります。Hall スラスタが主流で Isp 1600〜2000 s 程度。

低軌道メガコンステレーション:SpaceX Starlink は各衛星に Kr ホールスラスタを搭載し、軌道投入・位置保持・大気抵抗補償・廃棄デオービットを実行。Xe より大幅に安価な Kr を採用したことが、年間数千機の量産を支えています。後継世代では Ar への移行も検討されており、推進剤コストはさらに下がる見込みです。

CubeSat・小型衛星向けマイクロ電気推進:キューブサット向けには、ヨウ素(I)を固体貯蔵する小型イオンエンジン(フランス ThrustMe の NPT30 等)や、フィールドエミッション電気推進(FEEP)が実用化されています。タンクが小さく済む I は、6U 級の衛星でも本格的な軌道変更ができる革新技術です。

よくある誤解と注意点

まず最大の誤解が、「Isp が高ければそれだけで優れた推進系」という考え。実際には Δv = Isp·g₀·ln(m₀/m_f) と、噴射時間 t = Δv·m̄/T のトレードオフがある。Isp を 2 倍にすると推進剤質量は半減するが、同じ電力で推力は半分になり、同じ Δv の獲得に倍の時間がかかる。GEO 投入で 6 か月が許容できるかどうかは、衛星運用者にとって致命的な経営判断。深宇宙探査のように「時間は十分あるが質量予算が厳しい」場合は高 Isp が有利、近地球で「時間が惜しい」場合は中 Isp・高推力(化学+電気のハイブリッド)が選ばれる。

次に、「ビーム電力 = エンジン消費電力」と単純に考えてしまうこと。本ツールでは P_total = P_beam/0.7 と置いて 70% 程度の電力変換効率を仮定しているが、実機ではディスチャージ電力(放電維持)、中和器電力、磁気コイル電力、PPU(パワー処理ユニット)の損失も含めて、ビーム電力の 1.3〜1.5 倍が衛星側から要求される。NSTAR の場合、定格 2.3 kW のビーム電力に対し PPU 入力は約 2.5 kW。電源系設計では「ビーム電力 × 効率係数」で総消費を見積もる必要がある。

最後に、「グリッド寿命を無視した連続噴射時間の楽観視」。スクリーン/アクセルグリッドは、放電室から漏れた中性 Xe が再イオン化されて電極にスパッタを与えるため、長時間運転で穴径が拡大し、最終的には機能停止する。NSTAR は 30,000 時間級、μ10 は 18,000 時間級、市販ホールスラスタは 10,000 時間級が一般的な寿命。本ツールが示す推力・Isp は瞬時値で、累積噴射時間(フルエンス)に対する性能劣化は別途寿命試験で評価する必要がある。実機設計では「設計寿命の 2 倍を地上試験で実証」が JAXA・NASA の慣例。

使い方ガイド

  1. ビーム電圧(100~5000V)を入力します。イオンエンジンの加速段で陽イオンが得る運動エネルギーを決定します
  2. ビーム電流(0.1~500mA)を設定します。単位時間当たりに加速されるイオン数を制御し、推力の大きさに直結します
  3. 推進剤種(キセノン、イオン化効率など)と荷電状態(1価、2価)を選択し、イオンの質量と電荷を定義します
  4. 排気速度v_e、比推力Isp、実効Isp(効率低下を考慮)、推力T、ビーム電力、推力/電力比が自動計算されます

具体的な計算例

キセノンを推進剤とするイオンエンジン:ビーム電圧2000V、ビーム電流100mA、キセノン1価イオン(原子量131、1e荷電)の場合、排気速度v_e≈29.8km/s、比推力Isp≈3040秒、ビーム電力200W、推力T≈3.0mNとなります。効率85%を適用した実効Ispは2584秒、推力/電力比は15mN/kWです。衛星軌道変更ミッション(Δv=100m/s、衛星質量500kg)では燃料消費量わずか200kgで達成可能です

実務での注意点