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電池工学・寿命管理

Li 析出 (Lithium plating) 急速充電劣化シミュレーター

急速充電で負極表面に金属リチウムが析出する「リチウムプレーティング」を、C-rate・セル温度・SOC・負極化学から推定します。Butler–Volmer 過電圧で負極電位 vs Li/Li⁺ を計算し、低温・高 SOC・高 C-rate の危険域でサイクル寿命がどれだけ短くなるかをリアルタイムに可視化します。

パラメータ設定
充電 C-rate
C
1C = 1時間で満充電する電流
セル温度
°C
10°C 以下で Li 析出リスクが急増
初期 SOC
%
目標 SOC
%
80% 以上は Li 析出が急増する危険域
負極化学
化学種で平衡電位 U₀ と交換電流密度 i₀ が決まる
設計容量
Ah
負極厚
μm
厚い電極ほど局所電流密度が偏り析出が早まる
計算結果
充電電流密度 (mA/cm²)
負極電位 vs Li/Li⁺ (V)
Li 析出余裕 (mV)
析出割合 (%)
1サイクル容量損失 (%)
推定サイクル寿命
負極断面アニメーション — Li⁺ 挿入と Li⁰ 析出

グラファイト粒子(灰)に Li⁺(青)が層間挿入されます。危険域ではデンドライト状の Li⁰(金色)が表面に成長し、セパレーターを突き破る前段階を示します。

負極電位 vs C-rate(温度別カーブ)
負極化学別 Li 析出危険度
理論・主要公式

$$\eta = \frac{RT}{\alpha F}\ln\left(\frac{I}{i_0}\right),\quad U_{anode} = U_0 - \eta \lt 0 \Rightarrow \text{Li plating}$$

Butler–Volmer 過電圧 η(活性化過電圧)。R=8.314 J/(mol·K)、T:絶対温度、α=0.5(移動係数)、F=96485 C/mol、I:電流密度、i₀:交換電流密度。負極電位 U_anode が 0 V vs Li/Li⁺ を下回ると Li 金属が析出する。

$$j = \frac{C_{rate}\cdot Q_{Ah}}{A_{cell}},\qquad t_{charge}=\frac{SOC_t - SOC_0}{C_{rate}}\cdot 60\ [\text{min}]$$

充電電流密度 j(mA/cm²)と充電時間。A_cell は電極面積で、本ツールでは設計容量 Ah あたり 100 cm²/Ah を仮定。

$$\Delta C_{cyc}=f_{plate}\cdot 0.5\%,\qquad N_{EOL}=\frac{80\%}{\Delta C_{cyc}}$$

1サイクル容量損失 ΔC_cyc(析出割合 f_plate に比例)と EOL(容量 80% 保持)までのサイクル数。本ツールは ANL/NREL の経験則をベースにした概算で、定量的予測には P2D 電気化学モデルや疲労試験を併用してください。

リチウム析出(Li plating)と急速充電劣化 — 低温・高 SOC 危険域

🙋
スマホやEVを「冬の朝、雪山駐車場で急速充電したらバッテリーが死んだ」って話、よく聞きます。あれって何が起きているんですか?
🎓
それがまさに今日のテーマ、リチウム析出(Li plating)だ。普段の充電では Li⁺ がグラファイトの層間にスッと入り込む(インターカレーション)。でも低温だと負極の反応速度が指数関数的に落ちて、同じ電流を流すのにもの凄く大きな「過電圧 η」が必要になる。すると負極電位が 0 V vs Li/Li⁺ を下回って、Li⁺ がグラファイトに入る代わりに表面で金属 Li になって積もり始めるんだ。一度析出した Li は元には戻らず、容量はガクッと減るし、最悪はデンドライトがセパレーターを突き破って内部短絡=発火事故になる。
🙋
過電圧 η って具体的にどれくらいなんですか?上のスライダーで温度を下げると「負極電位 vs Li/Li⁺」がスーッとマイナスになりますね。デフォルト値だと -0.305 V って出ました。
🎓
そう、それが Butler–Volmer 式の威力だ。デフォルトの C=2.0、T=10°C、グラファイトで計算してみよう。電流密度 j = 2.0×50,000/5,000 = 20 mA/cm²。これに対して交換電流密度 i₀ は 5e-3 mA/cm² しかない。比は 4000倍。η = (RT/αF)·ln(4000) = 0.0488 × 8.29 ≒ 0.405 V。グラファイトの平衡電位 0.1 V から 0.405 V を引いて、負極電位は -0.305 V。完全に Li が析出する領域だ。同じ条件でも温度を 25°C に上げると η は 200 mV 程度に減って析出はギリギリ回避できる。だから「冬の急速充電は危ない」は工学的に正確な表現なんだ。
🙋
負極化学を LTO に変えてみたら「析出余裕」が桁違いにプラスになりました。これって本当に安全なんですか?
🎓
LTO(Li₄Ti₅O₁₂、チタン酸塩)は平衡電位が 1.55 V vs Li もある。η が仮に 1 V 出ても、負極電位は 0.55 V でまだ 0 V までは半分以上の余裕がある。原理的に Li 析出が起きない化学なんだ。だから東芝の SCiB は -30°C でも 10C 充電できる。代償はセル電圧が低いこと。LTO/NMC で 2.3 V、LTO/LFP で 1.9 V しかなく、グラファイト/NMC の 3.7 V と比べてエネルギー密度が約 60% 落ちる。だから EV では使われず、e バス(中国の銀隆 Yinlong)、グリッド蓄電、産業機械のように「寿命と安全が金より大事」な用途に限られる。
🙋
テスラとかポルシェの 350 kW 急速充電って、グラファイト負極でやってますよね?どうやって Li 析出を回避してるんですか?
🎓
三本柱だ。第一に多段定電流(multi-stage CC)。SOC が低いうちだけ高 C-rate、80% 以上は急激に絞る。Porsche Taycan の 800 V 270 kW は SOC 5-50% でしか出ない。第二に能動温度管理。テスラ Model 3 はスーパーチャージャー到着前にナビ連動でバッテリーを 25-35°C にプレヒートする。Model Y の構造電池では冷却液を流して充電中の温度上昇も抑える。第三に負極電位の実時間推定。Newman 系の擬2次元(P2D)電気化学モデルを縮約した ROM を BMS に組み込み、推定電位が 20 mV を切ったら自動で電流を落とす。Tesla 4680、GM Ultium、BYD Blade、CATL Shenxing などはこの方式で 4C-10C 充電を実現している。
🙋
ニュースで時々ある電池発火事故も Li 析出が関係してるんですか?
🎓
直接の引き金は他にも色々あるけど、Li 析出は潜在欠陥の温床として無視できない。2013 年の Boeing 787 リチウムイオン火災、2016 年の Galaxy Note 7 大規模リコールも、調査では局所的な Li 析出由来のデンドライトが内部短絡の起点として疑われた。EV でも「事故後の発火」は衝撃で析出 Li が短絡したケースが報告されている。だから現代の電池工学では、充電プロファイル設計と BMS アルゴリズムが「設計強度」と同じくらい命を守る部分になっているんだ。

よくある質問

Li 析出は急速充電中に負極表面で Li⁺ が層間挿入されずに金属 Li(Li⁰)として析出する劣化現象です。グラファイト負極の平衡電位 0.1 V vs Li/Li⁺ に対し、過電圧 η が引かれて負極電位が 0 V を下回ると熱力学的に発生します。析出した Li はデンドライト状に成長し、(1) セパレーターを突き破って内部短絡、(2) 電解液と反応して SEI が肥大化し容量が急減、(3) 最悪はサーマルランナウェイによる発火に至るため、電池工学で最も重視される劣化機構の一つです。
二つの理由があります。第一に低温では交換電流密度 i₀ が指数関数的に低下し、Butler–Volmer 式から同じ電流に必要な過電圧 η が大きくなります。10°C 以下では i₀ が 25°C の 1/3〜1/5 になることもあり、η が一気に 200-400 mV 増えて負極電位が容易に 0 V を切ります。第二に高 SOC ではグラファイトの開回路電位そのものが下がり、平衡電位の余裕(0.1 V vs Li)が消費されます。両方が重なる「低温+80% 以上」の領域が最も危険で、BMS は通常この帯域で C-rate を 0.3-0.5C に絞ります。
原理的にほぼ起こりません。Li₄Ti₅O₁₂(LTO、チタン酸塩)の平衡電位は約 1.55 V vs Li/Li⁺ で、グラファイトより 1.45 V も高い。過電圧が 1 V を超えても負極電位は 0.55 V 以上に留まり、0 V を切らないため Li 金属析出の熱力学的駆動力がありません。代わりにエネルギー密度が下がる(セル電圧が低い)欠点があり、東芝 SCiB、Yinlong、三洋などが eバス・グリッド蓄電・建設機械など寿命と安全性が最優先の用途に採用しています。Si-C 複合は中間で、Si の体積膨張により実効過電圧が大きくなりやすく、急速充電では graphite よりむしろ厳しい傾向にあります。
代表的な対策は三段階です。(1) 低温時の充電ブロック:-20°C 以下では充電そのものを禁止、0°C 以下では加熱(プレヒート)後に充電開始。テスラ・ニッサンリーフは冷却液で能動加熱します。(2) 多段定電流(multi-stage CC):SOC が上がるほど C-rate を段階的に下げる。例えば 0-50% は 2C、50-80% は 1C、80-100% は 0.3C のように。Porsche Taycan の 800V 270 kW 充電もこのプロファイルです。(3) リアルタイム負極電位推定:Newman 系の擬2次元(P2D)電気化学モデルや、簡易な ROM(reduced order model)を BMS に実装し、推定値が 20 mV を切ったら電流を自動制限します。Tesla 4680、GM Ultium、BYD Blade などはこの方式を採用しています。

実世界での応用

電気自動車(EV)の急速充電設計:Tesla Supercharger V3(250 kW)、Porsche Taycan 800V(270 kW)、現代 E-GMP(350 kW)など、全ての急速充電プロファイルは Li 析出回避を最優先に設計されています。SOC 5-50% で最大電流、50-80% で漸減、80% 以上で急減のいわゆる「アイスクリームコーン曲線」は、本ツールで見える負極電位カーブを物理的根拠としています。BMS は GPS から充電器到達時刻を予測し、バッテリーを 25-35°C にプレヒートしておくのが標準。冬季の充電性能が夏季の半分程度に落ちるのは、この低温 Li 析出回避のためです。

大型蓄電所・グリッド用電池:Tesla Megapack(NMC)、CATL EnerC(LFP)、東芝 SCiB(LTO)など用途で化学種が異なります。10〜20 年使用が前提のグリッド用途では、LFP や LTO のように Li 析出耐性が高い化学が選ばれます。LTO の Toshiba SCiB は北米 LightningEMotors の電動シャトル、JR 東日本の駅蓄電などに採用されています。

航空・宇宙・特殊用途:2013 年の Boeing 787 Dreamliner で発生した GS ユアサ製リチウムイオン電池の火災は、Li 析出と内部短絡の関与が指摘されました。以降、航空機用電池は冗長セパレーター、温度制御、低 C-rate 充電プロファイルが厳格化。スペースX Dragon、NASA ローバーなどでは安全性最優先で LTO や全固体電池への移行が進んでいます。

急速充電インフラ・CAE 解析:充電器メーカー(ABB、Tritium、Wallbox)と自動車 OEM は Li 析出回避のためのプロファイル交渉を ISO 15118 プロトコルで行っています。電池メーカー側は COMSOL Multiphysics の Battery Module、ANSYS Fluent、AVL FIRE M などで P2D 電気化学モデルと熱モデルを連成し、セル設計と充電プロファイルを共同最適化します。本ツールのような梁理論レベルの概算で当たりをつけてから詳細 CAE に進むのが実務的なフローです。

よくある誤解と注意点

まず最大の誤解が、「Li 析出は CV 充電の最後だけで起きる」というもの。実際には CC(定電流)充電の最中、特に SOC が 60-80% に達した辺りから始まることが多く、CV に切り替わる頃には既にデンドライトが成長している場合があります。本ツールが示すように、Li 析出の主因は過電圧 η による負極電位の押し下げであり、SOC 単独ではありません。「80% で止めれば安全」というユーザー向け説明は正しいが、メーカー側が見るべきは負極電位そのものです。CC/CV 切替点の電圧(4.2 V 等)はカソード電位を基準にしているため、負極電位が既に 0 V を切っていても気づかないことがあります。

次に、「容量損失=Li 析出量」だと考えること。実際の容量損失は、(1) 可逆 Li の不可逆化(活性 Li の消失)、(2) SEI 肥大化による抵抗増、(3) 電解液枯渇、(4) 負極構造劣化など複数の機構が重なります。Li 析出はそのうちの 1〜3 全てに寄与する「劣化の触媒」として働きます。本ツールの「1サイクル容量損失 0.5%×析出割合」はあくまで経験則的な概算で、定量的な寿命予測には Newman 系の P2D 電気化学モデルや、SEI 膜成長を含む劣化モデル(Plett、Doyle–Fuller–Newman 拡張)が必要です。Solidworks や ANSYS の電池モジュールでも単純な等価回路では不十分で、近年は Reduced Order Model(ROM)で実時間 BMS 推定が進んでいます。

最後に、「LTO に切り替えれば全て解決」という極端論。確かに LTO は Li 析出をほぼ完全に防ぎますが、(1) セル電圧が 2.3 V と低くエネルギー密度が約 60% に落ちる、(2) 高 SOC でガス発生(H₂、CO₂)の問題がある、(3) コストが NMC/LFP の 1.5-2 倍といった欠点があります。EV の航続距離要求には全く合いません。実務では「化学種を選ぶ」のではなく、グラファイト+BMS制御+セル設計(負極/正極比 N/P 比 1.1-1.15)+充電プロファイル最適化の総合戦略で Li 析出を抑え込みます。Si-C 複合は中間で、Si のリチオ化電位は 0.4 V vs Li と高めですが、体積膨張 300% で SEI が常に再形成され、実効過電圧が大きくなりやすい点に注意が必要です。

使い方ガイド

  1. C-rate(充電レート)を0.5C~3Cの範囲で設定。例えば2C充電は2時間で満充電相当の電流を供給
  2. セル温度を-10℃~60℃で入力。負極電位はセル温度が低いほど卑になり、Li析出リスク増加
  3. 初期SOC(放電深度)と目標SOCを指定。低温25℃以下で目標SOC90%以上の高速充電時に負極電位が-0.2V(vs Li/Li⁺)以下となると析出開始
  4. 「シミュレート実行」で負極電位曲線・析出余裕マップ・推定サイクル寿命を可視化

具体的な計算例

NCA正極・グラファイト負極のリチウムイオン電池(18650型)で検証。3C充電(10分で満充電)・セル温度15℃・初期SOC10%から目標SOC95%の条件:充電電流密度4.8mA/cm²、負極電位-0.15V(vs Li/Li⁺)、Li析出余裕45mV、析出割合12%と算出。1サイクル容量損失0.32%、推定サイクル寿命850サイクル。同条件で45℃充電時は負極電位-0.08V、析出割合2%、寿命2800サイクルに改善

実務での注意点