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分析機器シミュレーター

質量分析装置 シミュレーター — 磁場中円運動による質量分離

電荷数 z・質量 m・加速電圧 V・磁束密度 B から、加速後速度 v = √(2qV/m)、円軌道半径 r = mv/(qB)、質量電荷比 m/q、運動エネルギー KE をリアルタイムに計算します。イオン源・加速領域・磁場セクター・検出器の模式図と、m/z に対する半径 r のグラフで、磁場セクター型質量分析の原理を直感的に学べます。

パラメータ設定
電荷数 z
e
質量 m
u
加速電圧 V
V
磁束密度 B
T

既定値は Ar 一価イオン (z=1, m=40 u, V=2000 V, B=0.50 T)。素電荷 e = 1.602×10⁻¹⁹ C、原子質量単位 u = 1.6605×10⁻²⁷ kg、相対論補正は無視。質量は u 単位、磁場は T、電圧は V。

計算結果
加速後速度 v
円軌道半径 r
質量電荷比 m/q
運動エネルギー KE
質量分析装置の模式図

左=イオン源と加速電極(電圧 V)/中央=磁場領域 B(×印は紙面奥向き)/磁場で曲がった 3 つの軌道(青=軽イオン、黄=現在の m、赤=重イオン)/右端=検出器面

質量電荷比 m/z に対する円軌道半径 r

横軸=m/z [u/e](1〜250)/縦軸=r [mm]/青曲線=r = (1/B)√(2·m·V/q)/黄点=現在の m/z

理論・主要公式

電荷 q = ze のイオンを加速電圧 V で加速すると、エネルギー保存より速度 v が決まります。

加速後の速度:

$$v = \sqrt{\frac{2qV}{m}}$$

磁束密度 B の中での円軌道半径(ローレンツ力 = 向心力):

$$r = \frac{m v}{q B} = \frac{1}{B}\sqrt{\frac{2 m V}{q}}$$

質量電荷比(u/e で表すと):

$$\frac{m}{q} = \frac{r^{2} B^{2}}{2 V}$$

運動エネルギー:

$$KE = q V = \tfrac{1}{2} m v^{2}$$

$q = ze$($e = 1.602\times10^{-19}$ C)、$m$ は質量 [kg](1 u = $1.6605\times10^{-27}$ kg)、$V$ は加速電圧 [V]、$B$ は磁束密度 [T]、$r$ は半径 [m]。相対論補正は v < 0.1c の領域では無視可能。

質量分析装置 シミュレーターとは

🙋
化学の授業で質量分析計が出てきたんですが、磁場でイオンを曲げて質量を測るって、原理がイマイチわかりません。
🎓
ざっくり言うと「同じ電圧で加速したイオンを磁場に入れると、軽いものほど大きく曲がる」現象を利用しているんだ。加速電圧 V で電荷 q のイオンを加速すると速度 v = √(2qV/m) になる。これを磁場 B に入れるとローレンツ力 qvB が向心力 mv²/r と釣り合い、半径 r = mv/(qB) の円を描く。本ツールの既定値(Ar、z=1、m=40 u、V=2000 V、B=0.5 T)で v ≈ 98 km/s、r ≈ 81.5 mm と出るね。
🙋
既定値で 81.5 mm って、現実の装置サイズと近いんですか?
🎓
実機(磁場セクター型)の半径は 100〜300 mm くらいが多いから、ほぼ同じスケール感だよ。今 V を 2000 → 8000 V(×4)に上げると r は √4 = 2 倍の 163 mm に伸びる。B を 0.5 → 1.0 T(×2)にすると r は半分の 40.7 mm に縮む。検出器が装置内のどこに固定されているかは決まっているから、実機では V と B を調整して、目的の質量数のピークを検出器位置に合わせている。これを「磁場走査」とか「電圧走査」って呼ぶ。
🙋
「質量電荷比 m/q が 40.0 u/e」っていう表示がありますが、m/q って何の意味があるんですか?
🎓
質量分析計が直接測れるのは m そのものじゃなくて m/q(質量電荷比)なんだ。式 r² = 2mV/(qB²) を見ると、r、V、B から計算できるのは m/q だけ。だから多価イオン(z=2 なら 2 価)が混ざると質量数と一致しないピークが出る。例えば Ar²⁺(m=40, z=2)は m/q = 20 u/e で、Ne⁺(m=20, z=1)と同じ位置に重なって出てくる — これを「ダブルチャージピーク」と呼ぶ。本ツールで z を 2 にすると質量電荷比が半分の 20.0 u/e に変わるよ。
🙋
「運動エネルギー 2.0 keV」も表示されますね。これは何の値ですか?
🎓
加速領域で得た運動エネルギーで、qV に等しい。z=1 のとき V=2000 V → KE=2000 eV = 2.0 keV だ。z=2 にすると KE = 2eV = 4 keV と倍になる。実機では数 keV〜30 keV の加速電圧を使うのが普通で、これより低いと感度が落ち、高すぎると装置内でスパッタリング(電極の削れ)が起きる。本ツールで V を 100 V まで下げると KE は 100 eV、10000 V で 10 keV と素直に変化する。なお、KE が 100 keV を超えると相対論補正が無視できなくなるが、ここでは古典近似で十分だよ。

よくある質問

加速電圧 V でイオンを加速すると、運動エネルギー qV = mv²/2 から速度 v = √(2qV/m) が得られます。これを磁束密度 B の領域に入れると、ローレンツ力 qvB が向心力として働き、半径 r = mv/(qB) = (1/B)√(2mV/q) の円軌道を描きます。同じ V と B でも質量 m が違えば半径 r が変わるため、検出器の位置から逆算して m/q を求められる仕組みです。本ツールで Ar (m=40) と Kr (m=84) の半径を比べると、約 √(84/40) ≈ 1.45 倍の差が出ます。
公式 r = (1/B)√(2mV/q) から、半径は √V に比例し、1/B に比例します。つまり加速電圧を 4 倍にすると半径は 2 倍になり、磁場を 2 倍にすると半径は 1/2 になります。本ツールで既定値 (z=1, m=40 u, V=2000 V, B=0.50 T) から V を 8000 V (×4) にすると r は 81.5 mm → 163 mm、B を 1.00 T (×2) にすると r は 40.7 mm と確かに半分になります。装置設計では検出器位置 r に応じて V と B を選びます。
電荷 q = ze (z = 価数) が増えると、加速エネルギー qV と向心力 qvB が両方とも増えます。式に戻すと r = (1/B)√(2mV/(ze)) で、半径は √(1/z) で縮みます。同じ質量 40 u の Ar でも z=2 にすると半径は √(1/2) ≈ 0.71 倍の 57.6 mm に縮みます。質量分析の質量電荷比 m/z は単位 u/e で表され、m=40, z=2 なら m/z=20 u/e となり、検出器上では 20 u の 1 価イオンと同じ位置に到達します — これが「ピーク重なり」の原因です。
本ツールは「磁場セクター型」質量分析装置の理想化モデルで、(1) 加速領域での非一様電場、(2) 磁場フリンジング (端の漏れ磁場)、(3) 初速分散・空間電荷効果、(4) 検出器分解能、(5) 真空度依存の衝突散乱、を全て無視しています。実機では分解能 m/Δm = 1000-10⁶ ですが本ツールは点粒子近似です。また QMS (四重極型) や TOF (飛行時間型) は原理が違うため対象外。基礎物理の直感を養う教育用ツールとしてご利用ください。

実世界での応用

同位体比測定(IRMS):気候学・地質学では炭素 12C と 13C、酸素 16O と 18O の同位体比から古気候や植物の光合成経路(C3 vs C4)を判別します。質量差 1 u を分離するには r が 0.5% 違うことを検出する必要があり、半径 200 mm の装置で 1 mm の精度が必要です。本ツールで m を 12 → 13 u に変えると半径が約 4% 変化するのが見えるので、実機ではこれを 10 倍以上に拡大する工夫(多重段、二重収束)が施されています。

有機化合物の構造解析(GC-MS):ガスクロマトグラフィー+質量分析(GC-MS)は法医学・環境分析の主力ツールで、分子イオン M⁺ と特徴的フラグメントイオンから化合物を同定します。例えばカフェイン (m=194) なら m/z=194 (M⁺)、165 (脱メチル)、137 などのパターンが「指紋」になります。本ツールで V=2000 V、B=0.50 T のとき m=194 u のイオンは半径 √(194/40)×81.5 ≈ 179 mm に到達し、m=137 u は 150 mm に到達するため、検出器位置で容易に分離可能です。

半導体製造の不純物検査(SIMS):二次イオン質量分析(SIMS)はシリコンウェハ表面の Boron、Phosphorus 等のドーパント濃度を ppt(10⁻¹²)レベルで測定します。Si (m=28) を分析する際、CO⁺ (m=28) や N₂⁺ (m=28) との重なりがあるため、高分解能(m/Δm > 5000)の磁場セクター型が選ばれます。本ツールでは点粒子近似なので分解能は無限大ですが、実機では加速エネルギー分散とビーム広がりが分解能を決めています。

宇宙探査の元素分析(ロケット質量分析):火星探査機 Curiosity 搭載の SAM(Sample Analysis at Mars)は四重極型ですが、原理的に同じ m/q 分離を行います。土壌から放出される H₂O、CO₂、CH₄ などを質量数で識別し、惑星の歴史を解明する手がかりにします。本ツールで m=18 (H₂O)、44 (CO₂)、16 (CH₄) を試すと、それぞれ大きく異なる半径に到達することが分かり、これらをガスクロマトの保持時間と組み合わせて確実に同定します。

よくある誤解と注意点

最も多い誤解は、「質量分析計は質量そのものを測っている」というものです。実際に測定できるのは質量電荷比 m/q(または慣用的に m/z)であり、多価イオンや同重体(isobar)が重なる現象が起きます。例えば N₂⁺ (28 u, z=1) と CO⁺ (28 u, z=1) は完全に同じ m/q=28 u/e で重なり、分離には高分解能装置(FT-ICR、Orbitrap)の m/Δm = 10⁵ レベルの分解能が必要です。本ツールで z を 2 にして m=40 のままにすると、m/z が 20 になり、別の元素のピーク位置と重なることが直感的にわかります。

次に多いのが、「磁場を強くすればより遠くで分離できる」という誤解です。式 r = (1/B)√(2mV/q) から、B を強くすると半径は逆に小さくなり、装置をコンパクト化できる代わりに分離距離(隣の質量との差)は減ります。実用上は、B = 1〜2 T の超伝導磁石を使って高分解能を稼ぐか、加速電圧 V を大きくして半径と分離距離を両立させるのが定石です。本ツールで B を 0.05 T(最小)にすると r が 10 倍になり、装置サイズが現実離れすることが分かります。

最後に、「加速電圧を上げれば検出感度が向上する」と思いがちですが、感度はイオン化効率と検出器応答に依存し、加速電圧で線形には増えません。一方で V を上げると速度 v が √V で増えるため、検出器を通過する時間が短くなり、信号統合時間が減って S/N が悪化することもあります。実機では装置の最適 V(通常 3〜10 kV)が決まっており、本ツールでは V を 100 V から 10 kV まで動かしても KE が直線的に変化するだけで、装置の感度モデルは含めていません。