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環境工学

河川のDO/BOD水質シミュレーター — Streeter-Phelps 式

下水や工場排水が河川に流入すると、微生物が有機物を分解して溶存酸素(DO)を消費し、下流側でDOが大きく落ち込みます。Streeter-Phelps式で脱酸素と再曝気のバランスから臨界点を計算し、放流負荷が水質基準を満たすか即時に判定できます。

パラメータ設定
究極BOD L₀
mg/L
放流地点の下流端での究極(最終)BOD。下水負荷の大きさを表す
飽和DO D_s
mg/L
水温・標高で決まる平衡DO(20℃で約9.1 mg/L)
初期DO不足 D₀
mg/L
放流直後のDO不足(D_s − 実DO)。混合直後の起点値
脱酸素速度定数 k_d
1/day
微生物による有機物分解の一次反応速度。20℃で0.1〜0.5が一般的
再曝気速度定数 k_r
1/day
大気からのDO溶け込みの一次反応速度。流速・水深・乱れで決まる
流速 v
km/day
平均流速。時間 t を下流距離 x = v·t に換算する
計算結果
臨界時間 t_c (day)
臨界距離 x_c (km)
臨界DO不足 D_c (mg/L)
臨界DO (mg/L)
1日後DO (mg/L)
水質判定
河川断面イメージ — 下流DOの落ち込み

上流(左)から下流(右)へ流れる河川を横方向に表示。色の濃淡がDO濃度(濃青=高い/薄=低い)。臨界点に魚のマーカーが移動します。

DO sag curve — 下流距離 vs DO/DO不足
排水負荷感度 — 臨界DO vs 究極BOD L₀
理論・主要公式

$$D(t) = \frac{k_d L_0}{k_r - k_d}\left(e^{-k_d t} - e^{-k_r t}\right) + D_0\,e^{-k_r t}$$

下流方向のDO不足 D(t) [mg/L]。L₀:究極BOD、D₀:初期DO不足、k_d:脱酸素速度、k_r:再曝気速度。実DOは DO = D_s − D で得る。

$$t_c = \frac{1}{k_r - k_d}\ln\!\left[\frac{k_r}{k_d}\left(1 - \frac{D_0(k_r - k_d)}{k_d L_0}\right)\right], \qquad x_c = v\,t_c$$

臨界時間 t_c とそれに対応する下流の臨界距離 x_c。v:平均流速 [km/day]。脱酸素速度 k_d と再曝気速度 k_r のバランスが臨界点を決める。

$$D_c = \frac{k_d}{k_r}\,L_0\,e^{-k_d t_c}, \qquad \text{DO}_c = D_s - D_c$$

臨界DO不足 D_c と臨界DO。dD/dt=0 の条件から導かれる簡略形。臨界DOが環境基準(魚類生存域で5mg/L程度)を下回らないことが下水放流設計の核心となる。

河川のDO/BOD水質モデル (Streeter-Phelps)

🙋
下水が川に流れ込むと、なんで魚がいなくなるんですか?汚いから直接死ぬんですか?
🎓
直接の毒というより「酸素不足」で死ぬパターンが圧倒的に多いんだ。下水に含まれる有機物(タンパク質や糖、油など)を、川の中の微生物が食べて分解する。このとき微生物が呼吸で酸素を大量に消費する。これを脱酸素と呼ぶ。一方で水面からは大気の酸素がじわじわ溶け込んでくる(再曝気)。脱酸素のスピードが再曝気を上回る区間では、川の中の溶存酸素DOが下がり続けて、ある地点でガクンと底をつく。そこを「臨界点」と呼んで、ここが2mg/Lを切ると魚は呼吸できなくて死ぬ。
🙋
なるほど…そのDOの落ち込みを計算するのがStreeter-Phelps式ってことですね。1925年って書いてありますけど、100年前の式でいいんですか?
🎓
そう、Streeter と Phelps の2人が米国オハイオ川のデータから作った式で、ほんとうに古典中の古典。でも今でも下水処理場の放流許可申請や、河川環境基準の設計検討では真っ先に使われるんだ。なぜかというと、解析解(手で解ける式)として閉形式があるから直感的に効くパラメータが分かるし、計算が一瞬で終わるから感度解析に向いている。本格的にやるときはQUAL2KやWASPっていう数値モデルを使うけど、それらの結果が常識的かどうかの「サニティチェック」もStreeter-Phelpsでやる。あと教育用としてもベスト。脱酸素 vs 再曝気の物理が透けて見えるからね。
🙋
左の「究極BOD L₀」を30から100に上げると、臨界DOが負の値になっちゃいました。これってどう解釈するんですか?
🎓
いい観察だね。Streeter-Phelps式は「DO不足 D=飽和DO−実DO」が大きくなりすぎる条件でも数式上は計算してしまう。でも実DOは物理的に0未満にはなれない。だから臨界DOが0や負になる結果は「嫌気性化」のサインなんだ。酸素が枯渇した嫌気性条件では、別の微生物グループが硫酸を還元して硫化水素H2Sを出したり、メタンを発生させたりする。あの「ドブ川の卵が腐ったような臭い」がまさにこれ。設計者にとってこの結果は「BOD負荷を絶対に下げないと駄目」「下水処理を高度化する必要がある」という強い赤信号になる。本ツールでも臨界DOが2を切ると「重度汚濁」と判定するように作ってある。
🙋
流速 v を変えると臨界「時間」は変わらないけど臨界「距離」は変わりますね。これって、瀬や滝の多い川と緩い大河だと結果が違うってことですか?
🎓
そのとおり。流速 v は時間 t を下流距離 x = v·t に変換するだけだから、化学反応そのものには直接影響しない。でも実は v が大きい川(瀬や勾配のある中規模河川)は、流れの乱れで水面から空気がよく溶け込むので再曝気速度 k_r も同時に大きくなる。O'Connor-Dobbinsの実験式では k_r ≒ 3.93·v^0.5·H^(-1.5) で、流速と水深から再曝気が予測できる。だから速い川は「下流距離は伸びるけど、k_r が大きいので臨界DOの落ち込みは浅い」、緩流の大河は「臨界距離は短いけど、k_r が小さいので深く沈み回復に時間がかかる」という違いになる。日本だと、上流の渓流は自浄能力が高くて、下流の都市河川(多摩川下流など)が一番つらい、という古典的な汚染パターンだね。
🙋
じゃあ下水処理場を設計するときって、このツールでL₀をどこまで下げればOKかを決めるんですか?
🎓
実務はもう一歩込み入っていて、まず混合計算をする。「下水流量 Q_w・BOD C_w」と「川の流量 Q_r・BOD C_r」を質量混合して、下水流入直後のL₀とD₀を求める。それを本ツールに入れて臨界DOを計算し、環境基準値(例えばA類型なら7.5mg/L以上、B類型なら5mg/L以上)を下回らないかを確認する。下回るなら、処理場の高度化(活性汚泥→A2O→嫌気好気の三次処理)で放流C_wをさらに下げるか、放流地点を流速の速い場所に変える、合流式下水道の越流を分流に切り替える、といった対策をコスト比較する。低コストで効くのは意外と「流速の速い瀬のある区間に放流する」ことで、再曝気のおまけで処理場のグレードを1段下げられる場合もある。

よくある質問

Streeter-Phelps式(1925年)は、河川に有機物を含む下水が流入したあと、下流に向かって溶存酸素(DO)がどう変化するかを与える解析解です。微生物による有機物分解で酸素が消費される「脱酸素」と、水面から大気の酸素が溶け込む「再曝気」を一次反応として組み合わせ、DO不足 D(t) = (k_d·L₀)/(k_r−k_d)·(exp(−k_d·t)−exp(−k_r·t)) + D₀·exp(−k_r·t) という閉形式が得られます。極めて単純なモデルですが、下水放流設計・排水許容負荷の決定・河川環境基準の評価などで今も基本ツールとして使われ、QUAL2Kなどの本格的な河川水質モデルでも酸素収支の中核として組み込まれています。
DO不足 D(t) は最初は脱酸素優勢で増加し、ある時点を過ぎると再曝気が追いつき減少に転じます。この極大点が「臨界点」で、t_c = ln[(k_r/k_d)·{1−D₀(k_r−k_d)/(k_d·L₀)}]/(k_r−k_d) で与えられます。臨界点でのDO(臨界DO)が河川中で最も酸素が低い点になるため、ここが「魚が住めるか/嫌気性化してメタンや硫化水素を出すか」を決める設計クリティカルポイントです。下水処理場の放流許可は、この臨界DOが環境基準値(例:5mg/L)を下回らないかどうかで判定されます。
脱酸素速度 k_d は20℃でおよそ0.1〜0.5 day⁻¹(生活排水中心の都市河川で0.2〜0.4が多い)。再曝気速度 k_r は河川の状態に強く依存し、緩流の大河で0.2〜0.5、勾配のある中規模河川で0.5〜1.5、瀬や滝のある流れの速い川で2〜10 day⁻¹ になります。一般に k_r > k_d なら下流で必ずDOが回復します。逆に k_r < k_d だと再曝気が追いつかず、下流側でも回復せずに死の川になります。温度上昇で k_d は増え(θ=1.047)、k_r も増えますが(θ=1.024)、飽和DO自体は下がるため、夏場が最も厳しい条件になります。
実河川では、底泥のSOD(堆積物酸素要求)、藻類による光合成と夜間呼吸、硝化反応による追加の酸素消費、再曝気係数の流量依存(O'Connor-Dobbins式 k_r=3.93·v^0.5·H^(-1.5) など)、流下方向の希釈(支流の合流)といった要素が加わるため、Streeter-Phelpsの素朴な2項モデルでは精度が不足します。それでも(1)放流地点近傍での概算スクリーニング、(2)複雑なモデルのサニティチェック、(3)教育目的、では今もこの式が第一手です。本格設計ではQUAL2K・WASP・MIKE11などのソフトを使い、Streeter-Phelpsは結果の妥当性確認に使うのが実務的な流れです。

実世界での応用

下水処理場の放流許可と高度処理判断:各国の水質汚濁防止法では、処理場放流水と受水河川の混合後の臨界DOが環境基準を下回らないことが許可条件です。日本ではA類型(7.5mg/L)、B類型(5mg/L)、C類型(2mg/L)で要求値が異なり、上水道源として使う上流河川はA類型、漁業のあるエリアはB類型が一般的。臨界DOが基準を下回る予測なら、活性汚泥に加えて嫌気・無酸素・好気の三段階を組み合わせるA2O法や、膜分離活性汚泥MBR、オゾン処理などの高度処理を導入してBOD・窒素・リンを下げる必要があります。

合流式下水道越流(CSO)の影響評価:古い都市の下水道は雨水と汚水を同じ管で流す合流式で、大雨時には未処理の汚水が河川に直接越流します。CSO直後のL₀は一気に100mg/Lを超え、Streeter-Phelps計算で臨界DOがゼロ近くまで沈むことが分かり、東京湾流入河川やパリ・ロンドンの旧市街河川で魚の大量斃死を起こしてきました。これを受けて分流式下水道への切替、CSO貯留管の建設(東京の環七地下調節池など)が進められており、本ツールのようなDO計算はその費用対効果の根拠になります。

工場排水の許容負荷算定:食品工場・製紙工場・畜産業など高BOD排水を出す事業所は、放流先河川の流量と既存負荷を踏まえて「自分が出してよいBOD総量」を算定する必要があります。Streeter-Phelpsで「現状の臨界DO+自社放流後の臨界DO」をシミュレートし、環境基準を満たす最大L₀を逆算する手法です。新工場立地の事前検討、増設時の負荷見直し、ISO14001の環境影響評価のいずれでも基本ツール。

河川復活プロジェクトと自浄能力の可視化:都市河川の再生プロジェクト(ソウル清渓川、東京の隅田川、ロンドンのテムズ川)では、しゅんせつ・流量増加・人工瀬の設置などで再曝気係数k_rを意図的に上げて自浄能力を強化します。本ツールでk_rだけを変えて臨界DOがどう改善するかを示すと、市民や行政への説明資料として強力。橋の下に小さな段差を作るだけでk_rが2倍になり、下流10kmのDOが2mg/L改善する、といった定量的な訴求が可能になります。

よくある誤解と注意点

第一の誤解が、「BODが基準値以下なら水質OK」と思い込むこと。BODは「水の中の有機物が酸素をどれだけ消費するかの予測値」であって、現在のDOそのものではありません。BOD排出が低くても、流速が遅く再曝気が乏しい区間や、底泥が厚く堆積した区間(SODが大きい)では、DOが基準を下回ることがあります。BODはあくまで負荷指標、DOが実際の魚の生存指標。設計判定はDOで行わなければならない、というのが本ツールが示そうとしている根本メッセージです。

第二の落とし穴が、季節と温度の影響を無視すること。本ツールではk_dとk_r、飽和DOを個別に入力できますが、現実にはこれらは温度で連動します。夏場の25℃では、k_dは20℃の約1.3倍に増え、k_rもわずかに増えるものの、飽和DOは9.1→8.4mg/Lに下がります。結果として臨界DOは大幅に低下し、毎年7〜8月に魚の大量死が起こる「夏場危機」のメカニズムになります。設計時は20℃の平均条件ではなく、最高水温時の最悪ケースで臨界DOを評価する必要があります。海外でも、夏期渇水時のスペインのエブロ川や、米国南部のグランド川などで毎年同じ事象が起きています。

第三が、「Streeter-Phelpsで負のDOが出たら式が壊れている」という解釈ミス。実DOは0未満になれませんが、Streeter-Phelpsはあくまで「もし酸素が無限に供給できたらいくつ不足するか」を計算する線形モデル。負DO予測は「現実には嫌気化して別の化学が支配する」ことを示すサインです。負DOが出たら、即座に「設計NG、嫌気化リスクあり」と判定して負荷低減を検討してください。本ツールも臨界DOが2mg/L未満で「重度汚濁・嫌気性化のリスク」と警告するように作っています。なお負DOになる条件下では、より精密にはStreeter-Phelpsを修正し、酸素消費を律速段階として0で頭打ちさせるか、嫌気性分解モデルに切り替える必要があります。

使い方ガイド

  1. 【終極BOD】欄に有機物負荷量を mg/L 単位で入力します。工業排水の場合は100~500mg/L、生活排水は50~200mg/Lが目安です。
  2. 【飽和DO】と【初期DO不足】を設定し、川の基礎条件を決めます。飽和DOは水温により異なり、15℃では9.1mg/L、25℃では8.0mg/Lが標準値です。
  3. 【脱酸素速度 k₁】と【再曝気速度 k₂】を調整して計算実行します。Streeter-Phelps式により臨界時間・臨界距離・臨界DO不足が自動算出され、水質判定(AA/A/B/C/D類型)が表示されます。

具体的な計算例

都市河川に下水処理場からBOD 150mg/Lの処理水が流入した場合を想定します。飽和DO 8.0mg/L、初期DO不足 4.0mg/L、脱酸素速度 k₁=0.4/日、再曝気速度 k₂=0.5/日、平均流速 0.3m/秒の条件で計算すると、臨界時間は約2.1日、臨界距離は約54km、臨界DO不足は約2.8mg/Lとなります。この場合の臨界DOは5.2mg/Lで、環境基準C類型(5.0mg/L以上)の境界付近に達することが判明します。

実務での注意点

  1. 脱酸素速度 k₁ は水温と有機物の生分解性に左右されます。冬季(10℃以下)では反応が遅延し、k₁が0.2~0.3/日に低下するため、臨界時間が延伸します。
  2. 再曝気速度 k₂ は河川の流速・深さ・岩盤転落に依存し、急流区間では0.8/日以上に達しますが、池状区間では0.2/日程度に低下するため、現地調査で確認が必須です。
  3. 汚濁源が複数ある場合、各流入点でのBOD・DO測定値を用いて段階的にシミュレーションを実施し、最悪ケース(低水時・高水温)での臨界DO予測を環境影響評価に含める必要があります。