熱ラチェッティング解析
理論:一方向に少しずつ進む変形
概要
起動と停止を繰り返す配管で、少しずつ直径が大きくなっていたそうです。応力は降伏点以下だと聞いていたのに…
それは熱ラチェッティングかもしれないね。内圧のように常にかかっている応力(一次応力)に、温度変化による応力(二次応力)が繰り返し重なると、1回ごとに塑性変形が少しずつ同じ向きにたまることがある。二次応力は変形すれば緩むので単独では壊さないけど、一次応力と組み合わさると、ラチェット(爪車)のように一方向へだけ進んでいくんだ。
Bree線図
$\sigma_p$ は一次応力(例:内圧による周方向の膜応力)、$\Delta\sigma_t$ は肉厚方向の温度差による熱応力の範囲(弾性計算の値)、$\sigma_y$ は降伏応力。1967年にブリーが薄肉円筒について示した図で、X と Y の組み合わせで挙動が分かれる。
| 領域 | 条件の目安 | 挙動 |
|---|---|---|
| 弾性 | X + Y ≤ 1 | 常に弾性 |
| シェイクダウン | Y ≤ 2 かつ ラチェット境界より下 | 最初の数回だけ塑性化し、その後は弾性 |
| 交番塑性 | Y > 2 かつ ラチェット境界より下 | 毎回、正逆に塑性化するが変形はたまらない。低サイクル疲労が問題 |
| ラチェット | ラチェット境界より上 | 毎回一方向へ塑性ひずみがたまる |
このラチェット境界は、ASME ボイラ・圧力容器規格の熱応力ラチェットの規定にも使われている。
原子炉の燃料被覆管から生まれた図
Bree線図は、英国の原子力の研究者ブリーが、高速炉の燃料棒を包む被覆管を想定して導いたものだ。被覆管は内側から核分裂ガスの圧力を受け、出力が上がり下がりするたびに肉厚方向の温度差が大きく変わる。一次応力と繰り返しの熱応力が組み合わさる典型的な条件で、変形がどこまで許されるかを見極める必要があった。簡単な弾完全塑性モデルから閉じた式で境界を求めたこの結果は、半世紀以上たった今も圧力機器の設計規格の土台として使われている。
計算例:境界を数値で確かめる
弾完全塑性の繊維モデル
肉厚を201本の繊維に分け、全体のひずみは一様(曲げなし)、各繊維は弾完全塑性とした。一定の一次応力 X をかけたまま、肉厚方向に直線的な温度分布を与えたり戻したりするサイクルを40回繰り返し、最後のサイクルでの全体ひずみの増分(降伏ひずみに対する比)を調べた。
| X | Y | ASME の境界 | 1サイクルあたりのひずみ増分 | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| 0.3 | 1.0 | 3.33 | 0 | ラチェットなし |
| 0.3 | 3.0 | 3.33 | 0 | ラチェットなし(交番塑性) |
| 0.3 | 3.6 | 3.33 | 0.171 | ラチェット |
| 0.6 | 1.4 | 1.60 | 0 | ラチェットなし |
| 0.6 | 1.8 | 1.60 | 0.215 | ラチェット |
| 0.8 | 0.7 | 0.80 | 0 | ラチェットなし |
| 0.8 | 0.9 | 0.80 | 0.108 | ラチェット |
どの一次応力でも、境界を少し超えただけで毎回ひずみがたまり始めるんですね。
そう、境界の内側では何サイクル回してもひずみは増えないけど、外に出ると毎回同じだけ増え続ける。1回あたりは小さくても、起動・停止が数千回あれば大きな変形になる。もう一つ大事なのは、一次応力が大きいほど許される熱応力の範囲が急に小さくなること。内圧の余裕を削る設計変更をすると、熱の条件はそのままでもラチェットの側に入ってしまうことがある。
許される肉厚方向の温度差
鋼($E = 200$ GPa、$\alpha = 12\times10^{-6}$ 1/K、$\nu = 0.3$)では、肉厚方向の温度差1 K あたり約1.7 MPa の熱応力範囲になる。降伏応力200 MPa として、ラチェット境界から許される温度差を求めた。
| 一次応力の比 X | 許される熱応力範囲 | 許される温度差 |
|---|---|---|
| 0.3 | 667 MPa | 389 K |
| 0.6 | 320 MPa | 187 K |
| 0.8 | 160 MPa | 93 K |
X = 0.3 のように Y が2を超える範囲では、ラチェットは起きなくても毎回交番塑性になるので、別途、低サイクル疲労の評価が必要になる。実際の規格評価では、降伏応力の代わりに規格で定められた許容応力を使い、温度による材料特性の変化も考慮する。
FEMでの評価
評価の手順
- 伝熱解析で、起動・運転・停止の過渡を解き、肉厚方向の温度差が最大になる時刻を含む温度履歴を求める。
- 構造解析では、弾塑性材料で、内圧と温度履歴を1サイクルとして数サイクル以上繰り返す。
- 各サイクルの終わりの塑性ひずみ(相当塑性ひずみや周方向ひずみ)を並べ、増分がゼロに近づくか、一定値で続くかを見る。
- 境界に近い条件では、荷重や温度差を少しずつ変えた計算で、どれだけ余裕があるかを確かめる。
材料モデルの選び方
- 等方硬化は使わない:繰り返しで降伏応力が際限なく上がるため、ラチェットを見逃しやすい。
- 弾完全塑性か線形移動硬化:規格の考え方に合わせるなら弾完全塑性、実際の挙動に近づけたいなら移動硬化。
- 非線形移動硬化:実測に近いラチェット量を予測したい場合は、Chaboche 型などのモデルを繰り返し試験のデータで同定して使う。
- 高温ではクリープ:クリープ域では保持中の応力緩和とクリープひずみが加わり、ラチェットを強めることがある(クリープ疲労相互作用)。
「1サイクルだけ解いて安全」は危ない
弾塑性の熱応力解析を1サイクルだけ解くと、最初の塑性化でひずみが出たあと、2回目以降も同じだけ出るのか、止まるのかがわからない。1回目のひずみが小さくても、それが毎回たまるならラチェットだ。逆に1回目のひずみが大きくても、2回目以降が弾性ならシェイクダウンで問題は小さい。判断に必要なのは「1回の大きさ」ではなく「増え方」なので、少なくとも数サイクルは回して、増分の推移をグラフにして確かめる習慣をつけたい。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 1サイクルだけ解く | ラチェットかシェイクダウンか判断できない | 数サイクル以上回して増分を確認 |
| 等方硬化で解く | ラチェットを見逃す | 弾完全塑性か移動硬化 |
| 熱応力を一次応力として扱う | 過度に保守的な設計 | 一次・二次を分けて評価 |
| 最大の温度差の時刻を見落とす | 熱応力範囲を過小評価 | 過渡の伝熱解析で全時刻を確認 |
| 交番塑性を放置 | 低サイクル疲労で割れる | Y > 2 なら疲労評価を追加 |
熱応力や圧力の計算を試してみたいです。
熱応力計算で温度差と熱応力の関係、圧力容器計算で内圧による膜応力、熱疲労シミュレーターで繰り返しの影響を確かめられるよ。関連する現象は熱サイクル、熱機械疲労(TMF)、クリープ疲労相互作用の記事にまとめてある。
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