永久磁石モータの減磁解析
理論:磁石はどこで「壊れる」のか
概要
モータの試験で、高温で短絡させたら誘起電圧が3%下がって戻らなくなったそうです。磁石って温度が下がれば元に戻るんじゃないんですか?
温度による磁力の低下には2種類あるんだ。温度が戻れば元に戻る「可逆」な低下と、戻らない「不可逆」な低下。後者が起きるのは、磁石の中の磁界が逆向きに強くかかって、減磁曲線の屈曲点(ニー点)を越えたとき。一度越えると、その部分の磁化は向きがそろわなくなって、冷やしても元の残留磁束密度には戻らない。再着磁しない限り、モータの出力は下がったままになる。
減磁曲線(B-H曲線の第2象限)
| 記号 | 意味 | NdFeB焼結磁石の目安 |
|---|---|---|
| $B_r$ | 残留磁束密度 | 1.2〜1.4 T |
| $H_{cB}$ | 保磁力(B が0になる磁界) | 約900〜1000 kA/m |
| $H_{cJ}$ | 固有保磁力(J が0になる磁界) | 約1000〜2500 kA/m(グレードによる) |
| $\mu_{rec}$ | リコイル比透磁率(直線部の傾き) | 約1.05 |
大事なのは $J$ の曲線(固有減磁曲線)のほう。$J$ が急に落ち始める点がニー点で、実務ではその目安として $J$ が $B_r$ の90%になる磁界 $H_k$ をよく使う。$B$ の曲線だけ見ていると、ニー点が第3象限にあって安全そうに見えることがあるから注意してね。
温度係数
| 磁石 | $B_r$ の温度係数 α | $H_{cJ}$ の温度係数 β | 危険側 |
|---|---|---|---|
| NdFeB焼結 | 約 −0.12 %/K | 約 −0.5〜−0.6 %/K | 高温 |
| フェライト | 約 −0.2 %/K | 約 +0.2〜+0.4 %/K | 低温 |
$B_r = 1.25$ T、$H_{cJ} = 1600$ kA/m(20℃)の NdFeB を線形近似で見積もると、100℃で $B_r \approx 1.13$ T・$H_{cJ} \approx 896$ kA/m、150℃で $B_r \approx 1.06$ T・$H_{cJ} \approx 456$ kA/m。保磁力は $B_r$ よりずっと速く落ちる。フェライトは逆で、20℃で300 kA/m の材料が −40℃では約246 kA/m になる。
レアアース価格の高騰が磁石を変えた
高温で使うNdFeB磁石は、保磁力を上げるためにジスプロシウム(Dy)などの重希土類を添加してきた。2010〜2011年にレアアースの価格が急騰すると、重希土類をいかに減らすかがモータ業界の大きな課題になった。そこで広まったのが、磁石の表面から粒界に沿って重希土類を拡散させる「粒界拡散」技術だ。減磁が起きやすい表面付近だけ保磁力を高めることで、使用量を大きく減らせる。解析の側から見ると、磁石の中で保磁力が一様でなくなるので、減磁評価のモデル化が一段難しくなった。
計算例:動作点と短絡時の逆磁界
磁気回路による動作点
厚さ $l_m$ の磁石と長さ $g$ のエアギャップが直列につながった単純な磁気回路(鉄心の磁気抵抗と漏れ磁束は無視、断面積は同じ)で、電機子電流による逆向きの起磁力 $F_a$ が加わるとき、磁石内部の磁界 $H_m$ は次のように求まる。
$l_m = 4$ mm、$g = 1$ mm(パーミアンス係数 $P_c = l_m/g = 4$)、$\mu_{rec} = 1.05$ とし、短絡時の逆起磁力を $F_a = 2000$ A として計算した。
| 温度 | 無負荷の $H_m$ | 短絡時の $H_m$ | $H_{cJ}$(線形近似) | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| 20 ℃ | −197 kA/m | −593 kA/m | 1600 kA/m | 十分な余裕 |
| 100 ℃ | −178 kA/m | −574 kA/m | 896 kA/m | 余裕あり(約1.4倍) |
| 150 ℃ | −166 kA/m | −562 kA/m | 456 kA/m | 不可逆減磁 |
逆磁界の大きさは温度でほとんど変わらないのに、耐えられる限界のほうが3分の1以下に落ちるんですね。
そういうこと。しかも $H_k$ は $H_{cJ}$ より小さいから、実際の余裕はさらに少ない。もう一つ覚えておきたいのが、パーミアンス係数の効き方。磁石を厚くするかギャップを小さくすると無負荷の動作点は安全側に動くけれど、短絡時の $H_m$ を決めているのは主に $F_a/l_m$ なんだ。電流による減磁に効くのは「磁石の厚さ」だと考えるといい。
最悪条件の選び方
- 温度:NdFeB は磁石の最高温度、フェライトは最低温度。磁石温度は巻線温度より低いことが多いが、渦電流損で局所的に高くなる部分があるので、熱解析の結果を使う。
- 電流:三相短絡の過渡電流のピーク(最初の1周期付近に出る)、インバータ故障時の電流、弱め界磁制御で流す最大の負の d軸電流。定常の最大電流だけでは足りない。
- 回転位置:逆磁界が最も強くかかる回転子の位置は条件で変わるので、1電気周期分を評価する。
FEMでの減磁評価
評価の手順
- 温度ごとの減磁曲線(メーカーのデータ)を磁石材料として登録する。直線近似ではなく、ニー点を含む曲線を使う。
- 減磁前の状態で、誘起電圧(逆起電力)やトルクを求めておく。
- 最悪条件の電流と温度で過渡解析を行い、磁石の各要素で磁化方向の磁界がニー点を越えたかを調べる。
- 越えた要素は、その点から引いたリコイル線に沿うように残留磁束密度を下げたモデルに置き換える。
- 通常の運転条件で再計算し、誘起電圧やトルクの低下率(減磁率)で判定する。許容値は製品の要求で決める。
主要な電磁場解析ソフトは、温度別の減磁曲線とリコイル特性を持つ磁石モデルを備えている。機能名や設定方法はツールとバージョンで異なるので、マニュアルで確認する。
メッシュと磁石の分割
- 減磁は磁石の角、特に固定子側で回転方向の前後の縁から始まる。角の近くは要素を細かくする。
- 磁石1枚の平均磁界で判定すると、角の局所的な減磁を見落とす。要素ごとに判定する。
- 磁石を軸方向や周方向に分割している場合(渦電流損対策)、分割ごとに温度が違うことがある。熱解析の温度分布をそのまま使うのが望ましい。
IPMの「ブリッジ」と減磁
IPMモータでは、磁石を入れる穴のまわりに細い鉄の「ブリッジ」がある。ブリッジは磁気的に飽和させて漏れ磁束を抑える役目だが、飽和の度合いによって磁石にかかる逆磁界の分布が変わる。ブリッジを細くして出力を上げた設計変更で、磁石の角に逆磁界が集中して減磁しやすくなった、という例もある。機械強度のために幅を決めた部分が、電磁的にも減磁に効いているわけだ。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 磁石を直線の B-H 特性だけでモデル化 | ニー点がないので減磁が起きない | 温度別のニー点を含む曲線を使う |
| B の曲線でニー点を判断 | 危険を見逃す | 固有減磁曲線(J)と $H_k$ で判断 |
| 定常の最大電流だけで評価 | 短絡過渡のピークを見落とす | 三相短絡の過渡解析を行う |
| フェライトを高温で評価 | 低温側の危険を見逃す | 最低使用温度で評価 |
| 磁石全体の平均磁界で判定 | 角の局所減磁を見落とす | 要素ごとに判定し、角のメッシュを細かく |
磁気回路の計算を自分でも試してみたいです。
磁気回路シミュレーターでギャップや磁石厚さを変えると、動作点の動き方がわかるよ。材料ごとの減磁曲線の違いは磁性材料・B-H特性計算機、磁石とギャップの関係はネオジム磁石のエアギャップ設計ツールで確かめられる。モータ全体の設計の流れはPMSMモーター設計計算ツールとPMSMの設計の記事を見てほしい。
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