ばね・フックの法則 — F=kx から FEM 剛性マトリクスへ
関連トピック
1. フックの法則とFEM — ばねの塊としての構造体
FEMの[K]マトリクスって何ですか? 行列が大きすぎて何を意味してるのか全然わかりません。
[K]は本質的にばね定数の集まりだ。各有限要素を小さなばねだと思えば、全体剛性行列はそのばねを全部組み合わせた等価ばね定数の行列になる。フックの法則 $F=kx$ からすべてが始まる。1000万自由度の大規模FEMモデルも、根っこは$F=kx$の線形の式の組み合わせなんだ。
フックの法則(ロバート・フック、1676年):弾性体に加わる力は変位に比例する。
ここで $k$(N/m)はばね定数、$x$(m)は自然長からの変位、$F$(N)は復元力です。この単純な線形比例関係が、現代FEMの基礎を形成しています。
2. ばね定数の物理的意味
ばね定数 $k$ は「単位変位あたりに必要な力」を表します。
- $k$ が大きい = 硬い(剛いばね):大きな力を加えても少しだけしか変形しない
- $k$ が小さい = 柔らかい(ソフトなばね):小さな力で大きく変形する
自動車サスペンションのばね定数設計
乗用車フロントサスペンションの典型的なばね定数は 20,000〜40,000 N/m(コイルばね)。乗車1名(75kg)による沈み量:
ばね定数が高すぎると乗り心地が悪化し、低すぎると操縦安定性が悪化します。このトレードオフを最適化するのがサスペンション設計の核心です。CAEではマルチボディ動力学(MBD)解析でサスペンション特性をシミュレーションします。
ばね定数の測定
引張試験機(ユニバーサル試験機)で荷重-変位曲線の初期直線部の傾きを測定することで、構造要素の等価ばね定数を実測できます。この実測値とFEMの予測値を比較するのがV&Vの基本手順です。
3. ばねの並列と直列
並列接続(同じ変位を共有)
直列接続(同じ力を共有)
並列のほうが全体が硬くなるのはなぜですか? 電気抵抗の並列と逆になりますよね?
よく気づいたね。電気抵抗の並列と逆なのは「何が共通か」が違うからだ。抵抗並列は「電圧が同じ」(電流が分流して合成コンダクタンスが増加)。ばね並列は「変位が同じ」(力が分担されて合成ばね定数が増加)。FEMで剛性行列をアセンブルするとき、各要素の剛性行列を「同じ変位(節点変位)を共有する要素の剛性を足し合わせる」操作をする。これがまさにばねの並列合成と同じ発想なんだ。
FEMアセンブリとの対比
3要素(ばね定数 $k_1, k_2, k_3$)が直列に繋がった1次元構造では:
対角成分に「その節点に接続しているばね定数の和」が入り、非対角成分に「要素の負のばね定数」が入ります。これがFEM剛性行列のアセンブリの本質です。
4. ばね定数とヤング率の関係
断面積 $A$、長さ $L$ の一様断面バー要素のばね定数:
ヤング率 $E$ は「材料の単位断面・単位長さあたりのばね定数」と解釈できます。すなわちヤング率は材料の「ばね定数密度」です。
| 材料 | ヤング率 $E$ (GPa) | 比強度備考 |
|---|---|---|
| 鋼(構造用) | 200〜210 | 最も広く使われる構造材 |
| アルミ合金 | 68〜72 | 軽量(密度は鋼の1/3) |
| チタン合金 | 105〜115 | 高比強度・耐食性 |
| CFRP(炭素繊維複合材) | 70〜200(繊維方向) | 異方性に注意 |
| ガラス | 65〜70 | 脆性材料 |
| コンクリート | 20〜40 | 圧縮は強いが引張は弱い |
| HDPE(高密度ポリエチレン) | 0.8〜1.0 | 金属の1/200以下 |
5. ねじりばねと曲げ剛性
ねじりばね定数
長さ $L$、断面極二次モーメント $J_p$、せん断弾性係数 $G$ のシャフトのねじりばね定数:
丸棒の場合:$J_p = \pi d^4/32$。これは自動車のドライブシャフトや工場の動力伝達軸の設計で基本となる式です。
梁の曲げ剛性 EI
梁の曲げ変形に対する抵抗は「曲げ剛性 $EI$」で表されます($I$:断面二次モーメント)。同じ材料($E$一定)でも断面形状($I$)を工夫することで軽量・高剛性を実現できます。これが橋梁のI形断面や航空機スパーが採用される理由です。
6. 弾性ポテンシャルエネルギーとカスティリアノの定理
ばねに蓄えられる弾性エネルギー:
単位体積あたりのひずみエネルギー密度:
カスティリアノの第2定理:ひずみエネルギーを荷重で偏微分するとその点の変位:
7. 非線形ばね(幾何学的非線形)
フックの法則が成立するのは「小変形・線形弾性」の範囲内に限られます。現実にはさまざまな非線形性が存在します:
材料非線形(弾塑性)
応力がある値(降伏応力 $\sigma_y$)を超えると、力-変位関係が直線から外れます。残留変形(塑性変形)が生じます。FEMでは von Mises 降伏条件と流動則を用いて弾塑性挙動をモデル化します。
幾何学的非線形(大変形)
大変形になると、変形後の形状に基づいて平衡を考える必要があります(Total Lagrangian法、Updated Lagrangian法)。ゴムパッキンや大変形する板金部品ではこの扱いが必要です。
接触(ペナルティばね)
FEM接触解析では、2つの表面が接触した瞬間に「接触ばね(ペナルティスティッフネス)」を自動的に挿入します。接触する前はばね定数ゼロ、接触後は有限の値(ペナルティパラメータで設定)というスイッチング挙動を示します。これも非線形ばねの一種です。
8. FEM 1D・2D剛性行列への架け橋
2節点バー要素の剛性行列
この式は $F=kx$($k=EA/L$)を2節点(各端部の変位)に対して書き直したものです。節点1を固定して節点2に力を加えると、節点2の変位が $u_2 = F/(EA/L) = FL/(EA)$ となり、材料力学の引張変形公式 $\delta = FL/(EA)$ と一致します。
3要素のアセンブリ例
節点1(固定)、2、3、4(自由)の3本バー要素(各 $k = EA/L$)のアセンブリ後の全体剛性行列(境界条件適用前):
節点1を固定($u_1=0$)する境界条件を適用すると、1行目・1列目を除いた3×3の縮約行列 $[K']$ で $[K']\{u\} = \{F\}$ を解きます。
9. 実践:板金プレス型の設計とばね戻り(Spring-back)
自動車ドアパネルなど板金プレス成形品では、型から外した後に弾性回復(ばね戻り)が生じます。これが設計寸法からのずれの原因となります。
板金を曲げたら少し戻っちゃうのって、フックの法則と関係あるんですか?
まさにその通り。塑性変形して形が変わっても、弾性部分(フックの法則)は元に戻ろうとする。全体の変形 = 弾性ひずみ + 塑性ひずみ だから、荷重を外すと弾性ひずみ分だけ戻る。この量が「ばね戻り角」で、実務では型の角度を予め多めに曲げて補正設計する。FEMで事前にばね戻り量を予測して型形状を最適化するのが現代的なプレス設計だよ。
ばね戻り量の物理的推定
曲げ加工後のばね戻り角 $\Delta\theta$ は、弾性ひずみ / 塑性ひずみ の比で決まります:
高強度鋼板(高降伏応力・高弾性率の比)ほどばね戻りが大きく、プレス成形の精度確保が難しくなります。これが高張力鋼板(ハイテン)の成形でFEMシミュレーションが不可欠な理由です。