連続体力学の基礎 — 変形勾配・ひずみ測度・構成則から非線形FEMの数学的基盤まで
連続体力学とは何か
連続体力学(Continuum Mechanics)は、物質を原子・分子の集合体としてではなく、空間を連続的に占める媒質(連続体)として記述する力学の枠組みです。CAEの非線形解析——大変形ゴム・金属成形・バイオメカニクス——の数学的基盤はすべて連続体力学に立脚しています。
普通の構造力学と連続体力学って何が違うんですか? Abaqus で NLGEOM をオンにするときに関係するって聞いたんですが…
普通の(線形)構造力学は「変形が小さいので変形前の形状と変形後の形状はほぼ同じ」という仮定を使っている。でも大変形になるとその仮定が崩れる。ゴムシールが50%圧縮されるとか、薄肉パイプが座屈するとか、プレス成形で板が大きく曲げられるとか。連続体力学は変形の大きさに依存しないように「変形を正確に記述する」ための枠組みで、変形勾配テンソルやGreen-Lagrangeひずみが登場する。NLGEOM はAbaqusで「幾何学的非線形を考慮する(=連続体力学を使う)」スイッチだ。
1.1 連続体仮説
物質の最小体積要素(Representative Volume Element: RVE)が原子スケールより十分大きく、かつ解析スケールより十分小さいとき、物質を連続体として扱えます。金属の微細組織(結晶粒径 10〜100 μm)をマクロな構造解析(mm〜m スケール)の問題として扱う場合、連続体仮説は成立します。
1.2 Lagrange記述 vs Euler記述
| 観点 | Lagrange(物質)記述 | Euler(空間)記述 |
|---|---|---|
| 着目する点 | 物質点(材料の塊)を追う | 空間の固定点での変化を見る |
| 座標 | 基準配置座標 $\mathbf{X}$ | 現配置座標 $\mathbf{x}$ |
| 主な用途 | 固体力学(構造FEM) | 流体力学(CFD) |
| 境界追跡 | 自動(メッシュが変形と共に動く) | 困難(境界が格子を横切る) |
| 大変形の扱い | メッシュ歪みが問題になる場合あり | 大変形・流れに自然に対応 |
ALE(Arbitrary Lagrangian-Eulerian)法は両者を組み合わせ、境界はLagrange的に追いつつ内部メッシュは適宜再メッシュする方法で、衝突・成形・流体構造連成で使われます。
変形の記述
2.1 変形勾配テンソル
物質点が基準配置 $\mathbf{X}$(変形前)から現配置 $\mathbf{x}$(変形後)に移動するとき、変形勾配テンソル $\mathbf{F}$ は:
$\mathbf{F}$ は変形前の線要素 $d\mathbf{X}$ を変形後の線要素 $d\mathbf{x}$ に写像します:$d\mathbf{x} = \mathbf{F}\,d\mathbf{X}$。
変形勾配って具体的にどんな情報が入ってるんですか?
$\mathbf{F}$ の中には「回転」と「伸縮(ひずみ)」が混ざっている。これを分離したのが極分解 $\mathbf{F} = \mathbf{R}\mathbf{U}$ だ。$\mathbf{R}$ は純粋な回転(直交テンソル)、$\mathbf{U}$ は右伸長テンソル(対称・正定値)。例えばゴムスタンプを持ち上げて90度回転させながら圧縮するとき、$\mathbf{R}$ が回転の90°分を持ち、$\mathbf{U}$ が圧縮の変形を持つ。FEMで応力を計算するときは「回転によって応力が変化してはいけない」から、$\mathbf{U}$ から導かれるひずみ測度を使う必要がある。これが「客観的な(Observer-independent)」応力・ひずみ表現の話につながる。
2.2 ヤコビアン
$J$ は変形前後の体積比です。非圧縮性材料(ゴム・金属塑性など)では $J = 1$ の条件(体積保存)が課せられます。$J < 0$ は要素が反転していることを意味し、数値解析では回避しなければなりません。
2.3 右Cauchy-Greenテンソルと極分解
$\mathbf{C}$(右Cauchy-Greenテンソル)はLagrange記述での変形測度、$\mathbf{B}$(左Cauchy-Greenテンソル・Fingerテンソル)はEuler記述での変形測度です。どちらも純粋な伸縮情報だけを持ち、剛体回転の影響がありません。
極分解:$\mathbf{F} = \mathbf{R}\mathbf{U} = \mathbf{V}\mathbf{R}$
- $\mathbf{U} = \sqrt{\mathbf{C}}$(右伸長テンソル,Lagrange記述)
- $\mathbf{V} = \sqrt{\mathbf{B}}$(左伸長テンソル,Euler記述)
ひずみの測度
3.1 Green-Lagrangeひずみテンソル
成分で書くと(変位ベクトル $\mathbf{u} = \mathbf{x} - \mathbf{X}$):
最後の項(非線形項)を無視すると小ひずみ(微小変形)の線形ひずみテンソルになります。Total Lagrangian定式化では $\mathbf{E}$ が基本ひずみ測度です。
ひずみの測度がこんなにあるのに、CAEのソフトで「ひずみ出力」を選ぶとき何を選べばいいんですか?
実務では「何と比較したいか」で選ぶ。材料の引張試験データが工学ひずみ($\varepsilon = \Delta L / L_0$)で報告されているなら、小変形の線形問題では通常ひずみで比較できる。でも成形解析のように50%以上変形するなら対数ひずみ(真ひずみ)が適切で、Abaqus では "Logarithmic Strain (LE)" として出力できる。破壊・亀裂評価には塑性相当ひずみ (PEEQ) が使われる。Ansys の場合は "Equivalent Plastic Strain" として出力できる。Green-Lagrangeひずみ自体は内部計算用で直接比較に使うことは少ない。
3.2 対数ひずみ(真ひずみ)
対数ひずみは加法性を持ちます(2段階変形の真ひずみ = 各段階の真ひずみの和)。これが大変形弾塑性解析で対数ひずみが好まれる理由です。主伸長 $\lambda_i$($\mathbf{U}$ の固有値の平方根)から:$\mathbf{E}_\ln = \ln\mathbf{U} = \sum \ln\lambda_i \mathbf{N}_i \otimes \mathbf{N}_i$($\mathbf{N}_i$ は主軸)。
応力の測度
4.1 Cauchy応力テンソル
Cauchy応力 $\boldsymbol{\sigma}$ は現配置(変形後の状態)で定義されます:
$d\mathbf{a}$ は現配置での面積ベクトル(面積 × 法線)。これが「真の応力」で、実測応力や降伏条件(von Mises等)は全てCauchy応力を使います。
4.2 第1・第2Piola-Kirchhoff応力
大変形FEMでは基準配置を参照するため、Cauchy応力を基準配置に引き戻した応力測度が必要です:
第1Piola-Kirchhoff応力(PK1):現在の力を基準配置の面積で割ったもの。
第2Piola-Kirchhoff応力(PK2):さらに基準配置に力も引き戻す。対称テンソルで扱いやすい。
応力の種類がこんなに多いのはなぜですか? Cauchy応力だけじゃダメなんですか?
Cauchy応力は現在の変形した形状を基準にしているから、Total Lagrangian法(基準配置で積分する)で数値計算するときに不便なんだ。基準配置で積分するなら基準配置で定義された応力(PK1かPK2)を使うほうが自然で、積分点の位置が変わらないから計算が楽になる。さらに材料則(構成則)をLagrange記述で書くときはPK2とGreen-Lagrangeひずみのペアが「エネルギー共役」になっていて数学的に整合する。これが超弾性材料のひずみエネルギー $W(\mathbf{C})$ から $\mathbf{S} = 2\partial W/\partial\mathbf{C}$ というシンプルな式が出てくる理由だ。
4.3 エネルギー共役ペア
| 応力測度 | 共役ひずみ測度 | 用途 |
|---|---|---|
| Cauchy応力 $\boldsymbol{\sigma}$ | Almansi-Hamelひずみ $\mathbf{e}$ | Updated Lagrangian、流体力学 |
| 第1PK応力 $\mathbf{P}$ | 変形勾配 $\mathbf{F}$ | 接線剛性の変分定式化 |
| 第2PK応力 $\mathbf{S}$ | Green-Lagrangeひずみ $\mathbf{E}$ | Total Lagrangian、超弾性 |
| Kirchhoff応力 $\boldsymbol{\tau} = J\boldsymbol{\sigma}$ | 対数ひずみ $\mathbf{E}_\ln$ | 大変形弾塑性(Hencky材料) |
運動方程式と平衡方程式
5.1 質量保存則
Lagrange記述:$\rho_0 = J\rho$(初期密度 $\rho_0$、現在の密度 $\rho$)。
Euler記述(連続の式):
5.2 線形運動量保存(運動方程式)
現配置での運動方程式(Cauchy の第1運動法則):
$\mathbf{b}$ は単位体積あたりの体積力(重力等)。静的解析では左辺がゼロ:$\nabla\cdot\boldsymbol{\sigma} + \mathbf{b} = \mathbf{0}$。
Total Lagrangian(基準配置)での形式:
5.3 角運動量保存と応力テンソルの対称性
角運動量保存則から、Cauchy応力テンソルは対称です:$\boldsymbol{\sigma} = \boldsymbol{\sigma}^T$($\sigma_{ij} = \sigma_{ji}$)。3次元では独立な成分は6つ。これは連成的なカップリングがない通常の媒質での話で、Cosserat理論など拡張連続体では非対称になりえます。
構成則(材料則)の数学的枠組み
6.1 超弾性(Hyperelastic)材料
ゴム・軟組織・高分子などの大変形弾性体。ひずみエネルギー密度関数 $W(\mathbf{C})$ から応力が導かれます:
Neo-Hookean モデル(最シンプルなゴムモデル):
$\bar{I}_1 = J^{-2/3}\text{tr}(\mathbf{C})$(等積変形成分)、$\mu$ はせん断剛性、$D_1$ は体積圧縮抵抗のパラメータ。
Mooney-Rivlin モデル(より精密なゴムモデル):
Abaqus では材料定義で HYPERELASTIC, NEO HOOKE または MOONEY-RIVLIN を指定し、単軸・二軸・せん断試験データからパラメータを自動フィッティングできます。
6.2 大変形弾塑性と客観的応力増分
金属成形・衝突解析では弾塑性の大変形扱いが必要です。問題は「応力の時間増分をどう定義するか」で、単純な材料時間微分 $\dot{\boldsymbol{\sigma}}$ は剛体回転で変化してしまいます(客観的でない)。代表的な客観的応力増分:
Jaumann応力速度(共回転応力速度):
$\mathbf{W}$ はスピンテンソル(速度勾配の反対称部分)。Abaqus/Explicit や LS-DYNA のデフォルト。
Green-Naghdi応力速度(回転あり率法):
こちらは極分解の回転テンソル $\mathbf{R}$ を使い、より正確。Marc のデフォルト。
客観的かどうかって実務で問題になりますか? どんな計算でズレが出るんでしょう。
単純引張や単軸圧縮では問題ないが、大きなせん断変形(例えばプレス成形で材料が折り曲げられながら引き伸ばされる)では Jaumann と Green-Naghdi で応力の回転成分の蓄積が違ってくる。特にせん断ひずみが大きい領域(50%超)で誤差が顕著になって、応力の「振動」(oscilation)が Jaumann 速度で起きることがある。Marc は Green-Naghdi がデフォルトなのでこの問題は少ないが、Abaqus/Standard や Explicit では NLGEOM + 大変形成形解析のとき意識する必要がある。ただし実用的な多くの成形解析では両者の差は数%以内に収まることが多い。
6.3 熱力学的整合性
材料則は第2法則と整合していなければなりません(エネルギーを生み出す材料はあり得ない)。Drucker の安定条件:
応力増分と塑性ひずみ増分の内積が非負。これは降伏面が凸(Convex)であることを含意します。DP(Drucker-Prager)やMohr-Coulombの降伏面は凸なのでこれを満たします。
非線形FEMへの接続
7.1 仮想仕事の原理(有限変形版)
弱形式の出発点:
$\delta\mathbf{d}$ は仮想変形速度テンソル、$\mathbf{t}$ はトラクションベクトル。Total Lagrangian では基準配置に引き戻して:
7.2 Total Lagrangian vs Updated Lagrangian
| 方法 | 参照配置 | 応力測度 | 適した問題 |
|---|---|---|---|
| Total Lagrangian (TL) | 初期形状(固定) | 第2PK応力 $\mathbf{S}$ | 超弾性・大変形弾性 |
| Updated Lagrangian (UL) | 直前のステップ(更新) | Cauchy応力 $\boldsymbol{\sigma}$ | 弾塑性・接触・成形 |
Abaqus では NLGEOM=ON で自動的に Updated Lagrangian が選択されます(内部的には UL+JAUMANN)。超弾性材料を指定したときだけ Total Lagrangian になります。
7.3 接線剛性マトリクス
ニュートン-ラフソン法に必要な接線剛性は2つの部分からなります:
材料剛性 $\mathbf{K}_{mat}$:材料の接線弾性テンソル $\mathbb{C}_T = \partial\mathbf{S}/\partial\mathbf{E}$ から。
幾何剛性(初期応力剛性)$\mathbf{K}_{geo}$:現在の応力状態による付加的剛性(または不剛性)。座屈では $\mathbf{K}_{geo}$ が $\mathbf{K}_{mat}$ を打ち消したときに分岐点となります。
7.4 ニュートン-ラフソン法の有限変形への適用
増分-反復法の基本ループ:
- 試験変位 $\mathbf{u}_{n+1}^{(k)}$ を仮定(または前反復の解)
- 変形勾配 $\mathbf{F}$ を計算
- 構成則から応力 $\boldsymbol{\sigma}$ を計算
- 内力ベクトル $\mathbf{f}_{int}$ を計算
- 残差 $\mathbf{R} = \mathbf{f}_{ext} - \mathbf{f}_{int}$ を計算
- $\|\mathbf{R}\|$ が収束基準以内なら次の荷重ステップへ
- そうでなければ $\Delta\mathbf{u} = \mathbf{K}_T^{-1}\mathbf{R}$ で更新して2へ戻る
実務での注意点
8.1 NLGEOM スイッチと線形・非線形の使い分け
薄板の大変形座屈や大回転をともなう問題は NLGEOM=ON 必須。経験的な判断基準:変位が部材の代表厚さと同程度以上ならほぼ必ず非線形が必要。例えば厚さ2mmの板が2mm以上たわむ場合は要確認。
8.2 有限回転の非可換性
3次元での有限回転は可換ではありません($\mathbf{R}_1\mathbf{R}_2 \neq \mathbf{R}_2\mathbf{R}_1$ 一般に)。これが大変形シェル要素の実装を難しくする理由です。特に薄肉構造物の大回転問題でシェル要素の法線ベクトルの更新が正しくなされているか確認が必要です。
Abaqusの非線形解析でよく出る「砂時計モード」ってなんですか? なぜ問題になるんでしょう。
低次縮小積分要素(1積分点の8節点六面体 C3D8R など)を使うとき、積分点では変形が検出されず剛性がゼロになるような変形モードが存在する。砂時計形状に変形するので「砂時計モード(Hourglass Mode)」と呼ぶ。これが起きると解が意味を持たなくなる。対策は「砂時計制御(Hourglass Control)」で人工的な剛性を追加する方法か、完全積分要素(C3D8)を使う方法だ。C3D8 は体積ロッキング(非圧縮性問題で極端に硬くなる現象)が問題になることがあるから、ゴムや大変形塑性では C3D8R + Hourglass Control の組み合わせが実務で多い。
8.3 メッシュ依存性と要素選択の実務基準
| 問題の種類 | 推奨要素(Abaqus) | 注意事項 |
|---|---|---|
| 線形弾性・小変形 | C3D20R(2次・縮小積分) | 応力精度が高い |
| 弾塑性・大変形 | C3D8R(砂時計制御付き) | 計算コストと精度のバランス |
| ゴム・超弾性 | C3D8H(非圧縮性ハイブリッド) | 体積ロッキング対策 |
| 薄肉シェル・大変形 | S4R(縮小積分シェル) | 法線ベクトル更新に注意 |
| 衝突・高速変形 | C3D8R + Abaqus/Explicit | CFL条件でΔtが決まる |
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