パラメータ設定
既定値はソフトゴム(E*≈10MPa)・典型表面エネルギーを想定。F<0で引張荷重下の粘着保持を観察できます。
計算結果
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引離し力 F_pull-off = -3πRγ/2
接触概念図 + 接触半径 vs 荷重カーブ
左=球と平面の粘着接触(赤線=JKR接触半径)/右=Hertz(青)とJKR(赤)の比較、F_po に縦点線、赤丸=現在点
理論・主要公式
JKR理論は、ソフト弾性体の球接触で表面エネルギー γ による粘着を考慮します。Hertzより接触半径が広がり、引張荷重下でも接触が保たれます。
Hertz接触半径(粘着を無視した古典解):
$$a_H^3 = \frac{3FR}{4E^*}$$
JKR接触半径(粘着あり):
$$a_J^3 = \frac{3R}{4E^*}\!\left[F + 3\pi R\gamma + \sqrt{6\pi R\gamma F + (3\pi R\gamma)^2}\right]$$
引離し力(pull-off, 接触が切れる限界引張荷重):
$$F_\text{po} = -\frac{3}{2}\pi R\gamma$$
引離し時の接触半径:
$$a_\text{po} = \left(\frac{9\pi R^2 \gamma}{8 E^*}\right)^{1/3}$$
単位は γ [N/m] = [J/m²]。ソフトな材料(小E*)・大きなγ・大きなR ほど粘着の効果が顕著になります。
JKR粘着接触シミュレーターとは
🙋
ヤモリって本当にツルツルの壁を歩けるんですよね?吸盤も粘着剤もないのに、どうしてくっつくんですか?
🎓
あれこそJKR粘着接触のお手本だよ。ざっくり言うと、ヤモリの指先には何百万本もの細い毛(セタ)があって、各毛が壁面と「分子レベルの引力」で粘着してる。Hertz接触は粘着なしで圧縮だけを考えるけど、ソフトで小さなものは表面エネルギーγが効いて、押してなくても勝手にくっつくんだ。上のシミュレーターで γ を200くらいに上げてみて。「JKR接触半径」がぐっと広がるのが見えるはずだよ。
🙋
え、押してないどころか「引っ張ってる」のにくっついてるってことですか?荷重Fを負(マイナス)にできるのはそういう意味?
🎓
その通り。粘着があると、引っ張られても急には離れない。剥がすのに必要な最小引張力が「pull-off力」で、$F_\text{po}=-3\pi R\gamma/2$ で決まる。シミュレーターで F を-300とか-400μNに下げてみて。「JKR接触半径」がまだ残っているはず。F_poより下げると物理的に剥離するから、計算が「—」になるよ。
🙋
じゃあ硬い鋼球でも同じように粘着が効くんですか?
🎓
それが面白いところで、JKRは「ソフトで大きな球」に向くモデルなんだ。E*が大きい(金属〜セラミック)と、ちょっとの粘着では弾性エネルギーに勝てなくて、結局Hertzと同じ結果になる。判定にはTaborパラメータ μ_T を使うけど、要するに「ゴム・ゲル・PDMSはJKR、鋼・サファイアはHertz」と覚えておけば実務はだいたい正しい。本ツールはE*を0.1〜1000MPaに絞ってあるのはそのためだよ。
🙋
右のグラフの青と赤、どっちもFが大きいと収束していくみたいですね。これは粘着の効果が消えるってこと?
🎓
よく見たね。FがπRγよりずっと大きくなると、JKRの式の中で粘着項が無視できるくらい小さくなって、Hertzと一致してくる。逆にFが小さい・負のときは粘着が支配的で、両者の差が大きい。設計実務では「弱い荷重・小さいR・ソフト材料」のときにJKRが必須、と覚えておくと判断を間違えないよ。
よくある質問
JKR理論とDMT理論はどう違うのですか?
JKRはソフトで大きな球(柔らかいゴム、ゲル等)で接触領域内に粘着が集中するとし、DMT(Derjaguin-Muller-Toporov)は硬く小さな球(剛性が高く半径が小さい)で接触領域外の表面力を考慮します。両者は対極のモデルで、実験的にはTaborパラメータμ_T=(R·γ²/(E*²·z₀³))^(1/3)で判別され、μ_T>5でJKR、μ_T<0.1でDMT、中間はMaugis-Dugdaleで橋渡しします。本ツールではJKR領域を想定しています。
AFM探針の粘着測定にJKRは使えますか?
原子間力顕微鏡(AFM)のフォースカーブ測定では引離し力F_poから表面エネルギーを逆算できますが、探針半径は10〜100nmと非常に小さいためTaborパラメータが小さくDMTモデルが適切な場合が多いです。ただしソフトマター(PDMS、生体組織、ハイドロゲル)試料ではμ_Tが大きくJKRが妥当になります。本ツールでR=0.01mmの極小半径を設定するとAFM条件に近づきます。古典的なHertz接触のみで十分な硬質試料はhertz-contact.htmlをご利用ください。
ヤモリやハエが壁を歩ける原理はJKRで説明できますか?
はい、生物の粘着メカニズムはJKRの典型例です。ヤモリの足には数百万本のセタ(微細毛)があり、各毛がファンデルワールス力(γ≈30〜50mJ/m²)で壁面に粘着します。JKR式F_po=3πRγ/2より、1本あたりは微弱でも本数で総合的に体重を支えられます。本ツールでR=1μm相当(つまり0.001mm)、γ=40を設定して接触1本あたりの引離し力を見積もれます。構造接着剤の粘弾性挙動については adhesive-joint.html を参照してください。
硬い金属球(鋼、セラミック)でもJKRは適用できますか?
通常はNoです。E*が大きい(>1GPa)と粘着の影響が極端に小さくなり、Hertz接触で十分です。本ツールのE*範囲は0.1〜1000MPaでソフト材料(ゴム、ゲル、PDMS≈数MPa)を想定しています。金属の球接触はhertz-contact.htmlを、構造接着剤の粘弾性は adhesive-joint.html をご利用ください。粘着が支配的になる目安はR·γ/(E*·a²)≧0.01程度です。
実世界での応用
生物の粘着(ヤモリ・ハエ・カエル): ヤモリ足のセタや昆虫の付節パッドはJKR的な粘着で壁を歩きます。1本あたりの引離し力は微小ですが、数百万本のスケールで体重以上を支える「セルフクリーニング粘着」のお手本です。これに着想を得たバイオミメティック粘着テープ(gecko tape)の設計にも、JKR式が直接使われます。
ソフトロボット・マイクログリッパ: PDMS製の柔らかいグリッパでマイクロチップ・MEMS部品をハンドリングする際、粘着力を制御してピックアップとリリースを切り替えます。JKR式で必要な接触半径・引張力を見積もり、γ(表面処理)とR(接触端半径)を最適化します。
タイヤと路面の粘着(低速域): タイヤゴムと路面のミクロ接触は、低荷重ではJKR的粘着が摩擦の一部を担います。高荷重・高速では塑性変形やヒステリシスが支配的になるため、JKR成分はわずかですが、ウェット路面や凹凸の小さい路面では粘着寄与が無視できません。
AFM・ナノインデンテーション: 原子間力顕微鏡のフォースカーブから材料の表面エネルギーγやヤング率Eを逆算する際、JKR/DMT/Maugis-Dugdaleモデルの選択が重要です。Taborパラメータで判別し、ソフトマターはJKRフィッティングが標準です。
よくある誤解と注意点
最も多い誤解は、「粘着=強い接着剤のような大きな力」と思ってしまう ことです。JKRが扱うのは分子レベルの表面力(ファンデルワールス・水素結合)で、典型値は γ=20〜200mJ/m²です。これは「mN/m単位」と覚えてもよく、エポキシ系構造接着剤(数MPa以上の剥離強度)とはオーダーが3桁以上違います。本ツールは粘着が「形状を変える」効果を扱うものであり、強力な接着剤の設計には別のモデル(破壊力学・粘弾性)が必要です。
次に多いのが、F_pull-off が E*(弾性係数)に依存すると思い込む ことです。JKR式の引離し力 $F_\text{po}=-3\pi R\gamma/2$ は、なんとEに一切現れません。これは「より硬くてもより柔らかくても、同じ半径・同じ表面エネルギーなら剥がす力は同じ」ということです。ソフトな材料は接触半径が広がるだけで、引離し力そのものは変わりません。これがJKRの不思議で美しい性質です。シミュレーターでE*を10→100→1000と変えても F_po は不変、a_J だけが変わるのを確認してください。
最後に、このシミュレーターを「硬い接触」に適用してしまう こと。E*が大きすぎる(数GPa以上)と Taborパラメータが小さくなり、JKRよりDMTやHertzが適切な領域になります。本ツールでE*=1000MPa(1GPa)に設定すると、a_J/a_H 比はほぼ1に近づき、粘着の効果が消えていきます。これは「JKRが破綻している」のではなく、「粘着が物理的に効かない領域に入った」ことを示しています。ゴム・ゲル・PDMS・生体組織・ハイドロゲルなど、E*が0.1〜100MPa程度のソフトマターで使うのが本来の使い方です。