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防災工学・津波

津波遡上高 Run-up シミュレーター

海溝型地震のモーメントマグニチュード Mw・震央距離・沖合波高・海岸傾斜・沿岸形状・植生被覆を変えると、津波の遡上高 R・浸水距離・到達時間・被害クラスがリアルタイムで分かります。Synolakis の平面斜面式と Green 則の浅水化増幅をベースに、3.11 級の巨大津波まで評価できます。

パラメータ設定
モーメントマグニチュード Mw
海溝型地震の規模。8.5+ で破壊的、9.0+ で巨大津波
震源深さ
km
浅いほど海面変動が大きく津波になりやすい
震央距離
km
沖合波高 H0
m
水深 1000m 級の沖合振幅。震源パラメータより大きい値で上書きされる
海岸傾斜 β
°
緩いほど遡上距離が伸び、急なほど反射する
沿岸形状
湾内集束・河口・港湾共振による地形係数
海岸植生被覆
%
防潮林・マングローブの被覆率(最大 30% の減衰)
計算結果
沖合波高 (m)
浅水化増幅 (×)
沿岸地形係数 (×)
遡上高 R (m)
浸水距離 (m)
到達時間 (min)
海岸断面と津波遡上アニメーション

沖合の津波波形が浅水化で振幅増大し、海岸を駆け上がります。樹木アイコンは植生帯。赤い水位線が遡上高 R を示します。

遡上高 R vs 海岸傾斜 β
地震規模別 想定遡上高
理論・主要公式

$$\frac{R}{H_0} = 2.831\sqrt{\cot\beta} \cdot f_{\text{geom}} \cdot \eta_{\text{shoal}} \cdot \eta_{\text{veg}}$$

R=遡上高、H_0=沖合波高、β=海岸傾斜、f_geom=沿岸地形係数、η_shoal=浅水化増幅、η_veg=植生減衰。本ツールでは安定挙動のため Synolakis 式を簡略化した実用式 R = H_0·f_geom·η_veg·(1+5/β°) を採用しています。

$$H_0 \;=\; \max\!\left(\,H_{\text{input}},\; 10^{0.5M_w - 3.3}\cdot\sqrt{50/D_{\text{km}}}\,\right)$$

源域振幅 (Abe 1995) は 10^(0.5Mw−3.3)、Green 則で球面拡散減衰 √(50/D) を掛ける。沖合波高入力が大きければそちらを採用。

$$c \;=\; \sqrt{g\,d}, \qquad t_{\text{arr}} \;=\; \dfrac{D}{c}$$

津波速度 c は長波近似で水深 d (=4000 m) から決まり、到達時間 t_arr は震央距離 D を c で割って得られる。

津波遡上高 (Run-up) 予測 — 海溝型地震と沿岸被害評価

🙋
「津波の遡上高」って、よくニュースで「最大遡上 38m」とか出ますよね。あれって沖の波の高さとは違うんですか?
🎓
そう、別物だよ。沖合波高 H_0 は水深の深いところで波がどれくらい盛り上がっているかで、せいぜい数 m〜10 m 程度。それが浅瀬に入ると Green 則 h ∝ d^(−1/4) で「浅水化増幅」が起きて、最後に陸の斜面を駆け上がった到達標高が「遡上高 R」だ。3.11 の岩手・宮古市姉吉では沖合 6〜8 m の津波が斜面を駆け上がって R = 38.9 m。沖合波高の 4〜6 倍に達することは普通にあるんだ。
🙋
なんでそんなに増えちゃうんですか?普通の波だとそこまでにならない気がするんですけど…
🎓
3 つ理由があるんだ。1 つ目は「浅水化」。波のエネルギーが浅い水深に閉じ込められて、波高が水深の 1/4 乗に反比例して増える。沖合 4000 m で 5 m の津波が、水深 50 m に入ると約 3 倍の 15 m 相当になる。2 つ目は「沿岸地形」。V 字湾やリアス海岸では波が左右から集束して 2〜3 倍に増幅される。3 つ目が「斜面駆け上がり」で、緩い海岸ほど運動エネルギーが位置エネルギーに変換されて高く駆け上がる。Synolakis (1987) の実験式 R/H = 2.831√cot β がこれを表していて、左の「海岸傾斜」を 5° → 2° に下げると R が一気に増えるよ。
🙋
じゃあ Mw (マグニチュード)って遡上高にどのくらい効いてくるんですか?Mw 8.5 と 9.0 で全然違うとか聞きました。
🎓
地震エネルギー (Hanks & Kanamori) は 10^(1.5Mw+4.8) だから、Mw が 1 上がるとエネルギーは 32 倍。Mw 8.5 → 9.0 でも 5〜6 倍違う。源域振幅は 10^(0.5Mw−3.3) でだいたい線形に効くけど、それが浅水化で増幅されると最終 R で 2 倍以上違ってくる。3.11 (Mw 9.0) は東北沖の典型例で、宮城・岩手・福島沿岸の R は 10〜40 m。スマトラ (Mw 9.1) や Cascadia 想定 (Mw 9.0+) も同様だ。Mw 8 級でも局所的に 5〜10 m の遡上はあり得るから、海溝型は Mw 8 から赤信号と考えていい。
🙋
防潮林とか海岸の松林って、津波に効果あるって聞いたんですけど、本当ですか?
🎓
条件付きで効くんだ。Tanaka 他 (2007) のスマトラ調査だと、密に育ったマングローブ帯は背後の流体力を 30〜70% 減衰させた。ただし「樹高を越える津波が来たら効果ゼロ、むしろ流木で凶器になる」。3.11 では 8 m 級津波に対し有名な「高田松原」も流失した。本ツールでは植生被覆率に対して一次近似で最大 30% 減衰を反映しているけど、これは L1 津波(数 m)向けの効果で、L2 津波(10 m 超)に対しては避難+多重防御(堤防+避難ビル+高台移転)が前提だよ。
🙋
「到達時間」も出るんですね。これで避難の余裕時間が分かる?
🎓
第一波の目安にはなる。長波速度は c = √(gd) で、水深 4000 m なら 198 m/s ≒ 時速 720 km。震央距離 200 km なら約 17 分で到達する。ただし第一波が必ずしも最大ではなく、3.11 では第 3〜4 波が最大だった地点も多い。「揺れたら 30 分以内に第一波、その後 2〜3 時間は警戒継続」が原則。本ツールは概算評価用で、実際の避難判断は気象庁の津波警報・地元自治体のハザードマップに従ってね。

よくある質問

沖合波高 H_0 は水深の深い海域で観測される津波の振幅(海面上昇量)です。海岸に近づくにつれて水深が浅くなり、Green 則 h ∝ d^(−1/4) に従って波高が増幅します。さらに海岸斜面を駆け上がった結果、最終的に到達する陸上の標高が遡上高 R です。Synolakis (1987) の平面斜面実験では R/H_0 = 2.831·√cot β となり、傾斜の緩い海岸ほど大きく駆け上がります。2011 年東日本大震災では沖合 5〜10 m の津波が、リアス海岸の谷部で R = 30〜40 m まで遡上した観測例があります。
海溝型地震では Mw 7.0 でも数十 cm〜数 m の津波が発生しえますが、本格的な広域被害は Mw 8 級から、巨大津波は Mw 9 級でほぼ確実に発生します。エネルギー (Hanks & Kanamori 1979) は 10^(1.5Mw+4.8) で、Mw が 1 大きいと 32 倍、Mw 8 → 9 で約 30 倍のエネルギー差です。本ツールでは Mw、震央距離、沖合波高を独立に設定でき、Mw を 8.5 → 9.0 に上げると遡上高が急増するのが確認できます。気象庁は Mw 8 以上の海溝型地震では 3 分以内の大津波警報発表を目標としています。
開けた直線海岸を基準 (f_geom = 1.0) として、V 字湾(リアス)では 2〜3 倍に集束、河口では河川遡上効果で 3 倍、港湾内では反射と共振で 1.8 倍程度の増幅が生じます。これは津波の波長が湾内寸法と共振したとき (Helmholtz 共振) に顕著で、東日本大震災の岩手県綾里湾では R = 38 m、宮古市姉吉では R = 38.9 m と巨大な値が記録されました。本ツールでは沿岸形状を選ぶことで、同じ Mw・距離でも遡上高が大きく変わることを直感的に確認できます。
Tanaka 他 (2007) のスマトラ津波調査では、密度の高いマツ・マングローブ帯が背後の流体力を 30〜70% 減衰させたと報告されています。本ツールでは植生被覆率に対し一次近似で最大 30% の減衰を反映しています。ただし樹高を超える津波(R > 5〜7 m)では植生自体が流出し、減衰効果は急速に失われます。3.11 では 8 m 級津波に対して防潮林も多くが押し流されました。植生帯は L1 津波(数 m)に対しては有効ですが、L2 津波(10 m 超)に対しては避難+多重防御が前提です。

実世界での応用

沿岸自治体のハザードマップ作成:気象庁・内閣府・各都道府県は、想定震源(南海トラフ M9 級、日本海溝 M9 級、千島海溝 M9 級など)に対する遡上高マップを公表しています。本ツールのような簡易式は、ハザードマップの詳細 CFD(TUNAMI-N2、COMCOT、GeoClaw)の前段で「どの集落が L2 津波の被災域に入るか」をスクリーニングするのに使われます。詳細解析は東北大学災害研、JAMSTEC、防災科研などが担当します。

原子力プラント・LNG 基地の津波想定:原子力規制委員会の新規制基準では、敷地・近海の遡上高評価が必須です。福島第一原発の津波想定 5.7 m に対し実際は 14〜15 m が来襲した教訓から、現在は地震調査研究推進本部の長期評価+確率論的津波ハザード解析 (PTHA) で「年超過確率 10^(−4)/年」の遡上高を採用します。本ツールは Mw・距離・地形を変えた感度評価のクイックチェックに使えます。

津波避難計画と早期警報システム:気象庁の津波警報は地震発生 3 分以内、太平洋津波警報センター (PTWC, ハワイ) は遠地津波で 1 時間以内の発表が目標です。到達時間 c = √(gd) は基本中の基本で、震源近傍の沿岸では「揺れたら即避難」、遠地津波では「警報を待って高台へ」の使い分けがあります。本ツールは Mw と距離から到達時間も同時表示するので、避難所要時間の概算検討に便利です。

沿岸構造物・防潮堤の越流評価:防潮堤高さ T_d に対し遡上高 R > T_d となる条件では越流・洗掘・倒壊が起こります。土木学会・JSCE の津波荷重評価指針では、設計津波 (L1) と最大級津波 (L2) の二段階で構造物を設計します。本ツールで Mw・地形・植生を振って R を求めれば、自治体検討段階で「現行堤防が L2 に耐えるか」の一次評価が可能です。CFD では OpenFOAM の interFoam、Fluent VOF、SPH 粒子法 (DualSPHysics) などで構造物への津波力を解きます。

よくある誤解と注意点

最大の落とし穴が、「Mw と気象庁マグニチュード Mj を混同する」こと。日本で速報されるのは Mj (気象庁マグニチュード)で、表面波周期 5 秒前後の振幅から推定するため Mw 8 以上では飽和して頭打ちになります。3.11 でも最初の Mj は 7.9 と発表され、その後 Mw 9.0 に修正されました。津波スケーリングでは必ず Mw (長周期・モーメント基準)を使い、Mj をそのまま使うと巨大津波を 1〜2 桁過小評価する危険があります。本ツールも Mw 入力前提なので注意してください。

次に、「第一波が最大だと思い込む」こと。津波は数十分〜数時間続く波列で、3.11 では石巻・宮古などで第 2〜4 波が最大となった観測点が多数ありました。湾内の固有周期との共振、海底地形での反射、複数断層セグメントの破壊が時間差で重なるためです。「最初の波が引いたから安全」は完全な誤解で、警報解除まで 2〜3 時間は高台に留まる必要があります。本ツールは最大遡上高の概算のみで、波列・周期は表現していません。

最後に、「Synolakis 式は実条件をそのまま予測できる」と過信すること。R/H = 2.831√cot β は理想化された 2 次元・単色波・平面斜面の理論式で、実海岸の複雑地形・砕波・浸食・流木・建物群による減衰や集束を反映しません。本ツールも安定挙動のため簡略化式を採用しており、誤差は ±50% 程度はあり得ます。実設計では TUNAMI-N2 / COMCOT / GeoClaw による 2 次元浅水方程式解析、または OpenFOAM 等の 3 次元 CFD が必要で、本ツールはあくまで概念理解と感度評価用の教材として使ってください。