バッテリー劣化シミュレーション
理論:放置の劣化と充放電の劣化
概要
電池の寿命は「何回充電できるか」で決まるのではないのですか?
回数だけでは決まらない。リチウムイオン電池の容量は、使わずに置いておくだけでも減る。負極の表面には電解液との反応でできた薄い被膜(SEI)があり、これが少しずつ厚くなるときにリチウムを取り込んで、使えるリチウムが減っていく。これを放置による劣化(カレンダー劣化)という。一方、充放電のたびに電極の粒子がふくらんだり縮んだりして、割れや被膜の作り直しが起きる。これが充放電による劣化(サイクル劣化)だ。どちらも温度が高いほど速く進む。寿命を見積もるときは、この2つを分けて、使い方と温度に合わせて足し合わせる。
半経験式のモデル
t は日数、N は満充電・満放電に換算したサイクル数。この例では、25℃で1年置くと3.0%減る(k_cal)、25℃で1,000サイクルで8.0%減る(k_cyc)、活性化エネルギー E_a = 50 kJ/mol とした。2つを単純に足すのは近似で、実際には互いに影響する。
被膜が電池を守り、そして削る
負極の表面の被膜をSEIと名づけたのはペレドで、1979年のことだ。この被膜は電子を通さずリチウムイオンだけを通すので、電解液がそれ以上分解するのを防ぐ。1991年に市販されたリチウムイオン電池が成り立ったのも、この被膜が安定にできるからである。ただし完全には止まらず、ゆっくり厚くなり続ける。電池を守る仕組みそのものが、電池をゆっくり削っていくことになる。
計算例
例1:放置による劣化(25℃)
| 経過年数 | 1 | 2 | 4 | 8 |
|---|---|---|---|---|
| 容量の減少 | 3.00% | 4.24% | 6.00% | 8.49% |
時間の平方根に比例するので、4年で1年目の2倍、8年でも約2.8倍にとどまる。温度の効果は、25℃に対して35℃で1.92倍、45℃で3.55倍。
例2:使い方と温度による8年後の劣化
| ケース | 8年のサイクル数 | 放置の分 | 充放電の分 | 合計 | 20%に達する年数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 通勤車 0.1サイクル/日・25℃ | 292 | 8.5% | 4.1% | 12.6% | 19.7 |
| 通勤車 0.1サイクル/日・35℃ | 292 | 16.3% | 7.8% | 24.2% | 5.6 |
| 配送車 1サイクル/日・25℃ | 2,920 | 8.5% | 14.4% | 22.9% | 6.2 |
| 配送車 1サイクル/日・35℃ | 2,920 | 16.3% | 27.8% | 44.1% | 1.8 |
通勤車では放置の分が大きく、配送車では充放電の分が大きい。どちらも平均温度が10℃上がると寿命は大きく縮む。
通勤車は温度が10℃違うだけで寿命が19.7年から5.6年になるんですか? 差が大きすぎる気がします。
その感覚は大事で、ここには2つの効果が重なっている。まず、温度で劣化の速さが1.92倍になる。次に、放置の劣化は時間の平方根で進むので、同じ20%に達する時間は速さの2乗で縮む。だから1.92倍の速さが、寿命では3倍以上の差になる。ただしこの結果は、活性化エネルギーの値に強く左右される。50 kJ/molは一例で、電池の材料や充電状態で値は変わり、温度が高いと別の劣化(電解液の分解や正極の変化)が加わることもある。さらに、実際の電池の温度は外気温ではなく、充放電の発熱と冷却で決まる。だから寿命の予測では、電池の熱のモデルと劣化のモデルを連成させ、走行パターンと気候ごとの温度の履歴を入れて計算する。保存試験と充放電試験を複数の温度で行い、モデルの定数を合わせることが欠かせない。
モデリングの進め方
- 複数の温度と充電状態で保存試験を行い、放置の劣化の定数を求める。
- 充放電の深さと電流を変えたサイクル試験で、充放電の劣化の定数を求める。
- 電池の熱のモデルで、使い方ごとの温度の履歴を求める。
- 温度と充電状態の履歴を劣化のモデルに入れて、時間を追って積み上げる。
- 実車や実機の容量の記録と比べて定数を見直す。
「暑い地域だけ早く減った電池」
ある車種で、電池の容量の減り方が地域によって大きく違っていた。走行距離はほぼ同じなのに、暑い地域の車は2倍近く速く減っていた。原因を調べると、昼間の駐車中に電池の温度が上がり、しかも満充電のまま置かれる時間が長かった。放置の劣化は高温と高い充電状態の組み合わせで速くなる。電池の冷却を駐車中にも働かせる設定と、毎日の充電の上限を下げる設定を推奨したところ、その後の減り方は緩やかになった。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| サイクル数だけで寿命を見る | 使用の少ない用途で寿命を過大評価 | 放置の劣化を入れる |
| 外気温で劣化を計算 | 発熱による加速を見逃す | 熱モデルと連成 |
| 時間に比例させる | 初期の減りを過小・長期を過大評価 | 平方根で近似 |
| 1つの温度の試験だけで合わせる | 活性化エネルギーが決まらない | 複数の温度で試験 |
| 充電状態を無視 | 満充電保存の劣化を見逃す | 充電状態の関数 |
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