バッテリー劣化シミュレーション

カテゴリ: 連成解析・電気化学 | 2026-10-01 改稿

理論:放置の劣化と充放電の劣化

概要

🙋

電池の寿命は「何回充電できるか」で決まるのではないのですか?

🎓

回数だけでは決まらない。リチウムイオン電池の容量は、使わずに置いておくだけでも減る。負極の表面には電解液との反応でできた薄い被膜(SEI)があり、これが少しずつ厚くなるときにリチウムを取り込んで、使えるリチウムが減っていく。これを放置による劣化(カレンダー劣化)という。一方、充放電のたびに電極の粒子がふくらんだり縮んだりして、割れや被膜の作り直しが起きる。これが充放電による劣化(サイクル劣化)だ。どちらも温度が高いほど速く進む。寿命を見積もるときは、この2つを分けて、使い方と温度に合わせて足し合わせる。

半経験式のモデル

$$ Q_{cal} = k_{cal}\,a(T)\,\sqrt{t},\qquad Q_{cyc} = k_{cyc}\,a(T)\,N^{0.55},\qquad Q = Q_{cal} + Q_{cyc} $$
$$ a(T) = \exp\!\left[\frac{E_a}{R}\left(\frac{1}{T_{ref}} - \frac{1}{T}\right)\right] $$

t は日数、N は満充電・満放電に換算したサイクル数。この例では、25℃で1年置くと3.0%減る(k_cal)、25℃で1,000サイクルで8.0%減る(k_cyc)、活性化エネルギー E_a = 50 kJ/mol とした。2つを単純に足すのは近似で、実際には互いに影響する。

Coffee Break よもやま話

被膜が電池を守り、そして削る

負極の表面の被膜をSEIと名づけたのはペレドで、1979年のことだ。この被膜は電子を通さずリチウムイオンだけを通すので、電解液がそれ以上分解するのを防ぐ。1991年に市販されたリチウムイオン電池が成り立ったのも、この被膜が安定にできるからである。ただし完全には止まらず、ゆっくり厚くなり続ける。電池を守る仕組みそのものが、電池をゆっくり削っていくことになる。

計算例

例1:放置による劣化(25℃)

経過年数1248
容量の減少3.00%4.24%6.00%8.49%

時間の平方根に比例するので、4年で1年目の2倍、8年でも約2.8倍にとどまる。温度の効果は、25℃に対して35℃で1.92倍、45℃で3.55倍。

例2:使い方と温度による8年後の劣化

ケース8年のサイクル数放置の分充放電の分合計20%に達する年数
通勤車 0.1サイクル/日・25℃2928.5%4.1%12.6%19.7
通勤車 0.1サイクル/日・35℃29216.3%7.8%24.2%5.6
配送車 1サイクル/日・25℃2,9208.5%14.4%22.9%6.2
配送車 1サイクル/日・35℃2,92016.3%27.8%44.1%1.8

通勤車では放置の分が大きく、配送車では充放電の分が大きい。どちらも平均温度が10℃上がると寿命は大きく縮む。

🙋

通勤車は温度が10℃違うだけで寿命が19.7年から5.6年になるんですか? 差が大きすぎる気がします。

🎓

その感覚は大事で、ここには2つの効果が重なっている。まず、温度で劣化の速さが1.92倍になる。次に、放置の劣化は時間の平方根で進むので、同じ20%に達する時間は速さの2乗で縮む。だから1.92倍の速さが、寿命では3倍以上の差になる。ただしこの結果は、活性化エネルギーの値に強く左右される。50 kJ/molは一例で、電池の材料や充電状態で値は変わり、温度が高いと別の劣化(電解液の分解や正極の変化)が加わることもある。さらに、実際の電池の温度は外気温ではなく、充放電の発熱と冷却で決まる。だから寿命の予測では、電池の熱のモデルと劣化のモデルを連成させ、走行パターンと気候ごとの温度の履歴を入れて計算する。保存試験と充放電試験を複数の温度で行い、モデルの定数を合わせることが欠かせない。

モデリングの進め方

  1. 複数の温度と充電状態で保存試験を行い、放置の劣化の定数を求める。
  2. 充放電の深さと電流を変えたサイクル試験で、充放電の劣化の定数を求める。
  3. 電池の熱のモデルで、使い方ごとの温度の履歴を求める。
  4. 温度と充電状態の履歴を劣化のモデルに入れて、時間を追って積み上げる。
  5. 実車や実機の容量の記録と比べて定数を見直す。
Coffee Break よもやま話

「暑い地域だけ早く減った電池」

ある車種で、電池の容量の減り方が地域によって大きく違っていた。走行距離はほぼ同じなのに、暑い地域の車は2倍近く速く減っていた。原因を調べると、昼間の駐車中に電池の温度が上がり、しかも満充電のまま置かれる時間が長かった。放置の劣化は高温と高い充電状態の組み合わせで速くなる。電池の冷却を駐車中にも働かせる設定と、毎日の充電の上限を下げる設定を推奨したところ、その後の減り方は緩やかになった。

よくある間違い

間違いと対策

間違い起きること対策
サイクル数だけで寿命を見る使用の少ない用途で寿命を過大評価放置の劣化を入れる
外気温で劣化を計算発熱による加速を見逃す熱モデルと連成
時間に比例させる初期の減りを過小・長期を過大評価平方根で近似
1つの温度の試験だけで合わせる活性化エネルギーが決まらない複数の温度で試験
充電状態を無視満充電保存の劣化を見逃す充電状態の関数
🙋

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