燃料電池モデリング

カテゴリ: 連成解析・電気化学 | 2026-10-01 改稿

理論:理論電圧から3つの損失を引く

概要

🙋

燃料電池のセルの電圧が、理論の1.2 V近くではなく0.6 V程度しか出ないのはなぜですか?

🎓

電流を流すと、いくつかの損失で電圧が下がるからだ。まず、電極で反応を進めるために電圧の一部を使う(活性化の損失)。固体高分子形では空気極の酸素の反応が遅く、ここで0.4 V前後を失う。次に、膜や部品の間の抵抗で電圧が下がる(抵抗の損失)。そして電流を大きくすると、反応する場所に酸素や水素が届かなくなり、急に電圧が下がる(濃度の損失)。この3つを電流密度に対して足し合わせたものが分極曲線で、セルの設計や運転条件を考える基本になる。失われた電圧はすべて熱になるので、熱の扱いもここから決まる。

分極曲線のモデル

$$ V = E_0 - b\ln\frac{i}{i_0} - i\,R_{ASR} + c\,\ln\!\left(1 - \frac{i}{i_L}\right),\qquad b = \frac{RT}{\alpha F} $$

E₀ は理論電圧(1.19 V、80℃)、b はターフェル勾配(α = 1 で 0.0304 V、1桁あたり70 mV)、i₀ は交換電流密度(10⁻⁶ A/cm²)、R_ASR は面積あたりの抵抗(0.10 Ω·cm²)、i_L は限界電流密度(2.0 A/cm²)、c は濃度損失の係数(0.05 V)。

出力・効率・発熱

$$ P = V i,\qquad \eta_{LHV} = \frac{V}{1.25\ \mathrm{V}},\qquad Q_{heat} = (1.25 - V)\,i\ \ (\text{per area, water as vapour}) $$
Coffee Break よもやま話

宇宙船から自動車へ

燃料電池の原理は1839年にグローブが示したが、実用化は1960年代の宇宙開発からだった。ジェミニ宇宙船には固体高分子形、アポロ宇宙船にはアルカリ形の燃料電池が積まれ、電気と飲み水をまかなった。その後、膜や触媒の改良で出力密度が上がり、2014年には燃料電池自動車が市販された。白金の触媒を減らしながら空気極の活性化の損失を抑えることが、今も大きな研究課題になっている。

計算例

例1:電流密度ごとの電圧と損失(80℃)

電流密度セル電圧活性化抵抗濃度出力効率(低位)
0.1 A/cm²0.827 V0.350 V0.010 V0.003 V0.083 W/cm²66%
0.5 A/cm²0.726 V0.399 V0.050 V0.014 V0.363 W/cm²58%
1.0 A/cm²0.635 V0.420 V0.100 V0.035 V0.635 W/cm²51%
1.5 A/cm²0.538 V0.433 V0.150 V0.069 V0.807 W/cm²43%
1.8 A/cm²0.457 V0.438 V0.180 V0.115 V0.822 W/cm²37%

出力の最大は1.70 A/cm²で0.831 W/cm²(電圧0.488 V)。

例2:膜が乾いて抵抗が増えた場合

電流密度抵抗0.10 Ω·cm²抵抗0.15 Ω·cm²
1.0 A/cm²0.635 V0.585 V
1.5 A/cm²0.538 V0.463 V

80 kWを1.0 A/cm²(0.635 V)で出すには、セル全体の面積が約12.6 m²必要で、運転中に約78 kWの熱が出る(水が蒸気で出る場合)。

🙋

出力と同じくらいの熱が出るなら、冷却はエンジンの車と同じくらい大変なんですね。

🎓

熱の量はエンジンより少ないが、むしろ扱いにくい面がある。燃料電池は80℃前後で運転するので、外気との温度差が小さく、同じ熱を捨てるのに大きな放熱器が要る。エンジンは排気が熱の多くを持ち去るが、燃料電池の排気は温度が低く、ほとんどの熱を冷却水で運ばなければならない。さらに温度は膜の水分と強く関係していて、熱くなりすぎると膜が乾いて抵抗が増え、例2のように電圧が落ちて発熱がさらに増える。逆に冷えすぎると生成した水が凝縮して流路をふさぎ、濃度の損失が増える。だから燃料電池のモデルでは、電気化学の反応、熱の伝わり、水の動き(蒸気と液体)を連成させて、セルの中の分布を求める。

モデリングの進め方

  1. 実測の分極曲線から、交換電流密度・抵抗・限界電流密度を合わせる。
  2. 流路・拡散層・触媒層・膜の形を入れて、ガスと水の流れを解く。
  3. 電流の分布から発熱を求め、冷却を含めて温度を解く。
  4. 温度と含水率で膜の抵抗を更新し、電気化学と熱・水を連成させる。
  5. セル内の電流・温度・水の分布を測定と比べる。
Coffee Break よもやま話

「出口側だけ性能が落ちたセル」

ある燃料電池のセルで、電流の分布を測ると、空気の出口に近い部分だけ電流が大きく落ちていた。連成解析を行うと、空気が流路を進むにつれて生成水で湿度が上がり、出口付近で水が凝縮して拡散層をふさぎ、酸素が届きにくくなっていた。一方、入口付近は乾き気味で膜の抵抗が高かった。空気の流量と加湿の量、冷却水の向きを見直して温度と湿度の分布をならすと、電流の分布が均一になり、セルの電圧も上がった。

よくある間違い

間違いと対策

間違い起きること対策
温度を一定にする乾き・水詰まりを見逃す熱と水を連成
膜の抵抗を一定にする高電流で電圧を誤る含水率の関数
平均の電流密度だけで評価局所の劣化を見逃す分布を求める
発熱を電力から計算しない冷却不足損失電圧から発熱
1点の測定だけで合わせるほかの電流で外れる曲線全体で合わせる
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