水電解シミュレーション
理論:水素の量は電流、電力は電圧で決まる
概要
水電解の性能を比べるとき、何を見ればいいですか?
2つに分けて考えるとわかりやすい。水素の量は、流した電流だけで決まる。水素1分子に電子2個が要るので、1 kAで1時間に37.6 gで、装置の種類には関係しない。一方、その電流を流すのに要る電圧が、使う電力を決める。電圧は理論の値に、電極の反応を進めるための活性化の損失と、膜や部品の抵抗の損失を足したものになる。だから性能は「ある電流密度でどれだけ低い電圧で動くか」、つまり分極曲線で比べる。電流密度を上げると同じ電極面積でたくさん水素ができるが、電圧が上がって水素1 kgあたりの電力が増える。この兼ね合いが設計の中心になる。
セル電圧のモデル
E_rev は理論電圧(80℃で1.18 V)、b はターフェル勾配(0.030 V)、i₀ は交換電流密度(10⁻⁶ A/cm²、主に酸素が出る陽極の反応で決まる)、R_ASR は面積あたりの抵抗(0.15 Ω·cm²)。燃料電池と違い、損失は電圧に足される。
水素の量・電力原単位・発熱
F はファラデー定数、M は水素のモル質量(2.016 g/mol)。1.48 V は水素の高位発熱量(39.4 kWh/kg)を電圧に直した値で、これより高い電圧の分 q が熱になる。
電池の発明と同じ年に
水の電気分解は1800年、ボルタの電池が発表された直後に、ニコルソンとカーライルが行った。電池につないだ水から泡が出ることに気づき、それが水素と酸素だと確かめたのが始まりである。20世紀に入ると、安い水力発電を使って大規模なアルカリ水電解でアンモニア用の水素が作られた。その後、天然ガスから水素を作るほうが安くなって水電解は主役を降りたが、再生可能エネルギーの電気で水素を作る方法として、いま再び大きな装置が建てられている。
計算例
例1:電流密度ごとの電圧・電力・発熱(固体高分子形、80℃)
| 電流密度 | セル電圧 | 活性化 | 抵抗 | 水素1 kgの電力 | 効率(高位) | 発熱 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 0.5 A/cm² | 1.649 V | 0.394 V | 0.075 V | 43.8 kWh | 90% | 0.084 W/cm² |
| 1.0 A/cm² | 1.744 V | 0.414 V | 0.150 V | 46.4 kWh | 85% | 0.264 W/cm² |
| 2.0 A/cm² | 1.915 V | 0.435 V | 0.300 V | 50.9 kWh | 77% | 0.871 W/cm² |
| 3.0 A/cm² | 2.077 V | 0.447 V | 0.450 V | 55.2 kWh | 71% | 1.792 W/cm² |
電流密度を0.5から3.0 A/cm²に上げると、同じ面積でできる水素は6倍になるが、水素1 kgの電力は43.8から55.2 kWhへ約26%増える。活性化の損失はあまり変わらず、増えるのはほとんど抵抗の損失である。電圧が1.48 Vになるのは約0.02 A/cm²で、それより上ではセルは熱を出す。
例2:10 MWの水電解装置
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 電流1 kAあたりの水素 | 37.6 g/h(0.418 Nm³/h) |
| 運転点 | 2.0 A/cm², 1.915 V |
| 水素の量 | 約196 kg/h |
| 必要な電極面積 | 約261 m² |
| 発熱 | 約2.3 MW |
発熱は0.871 W/cm²×261 m²で約2.3 MW。ここで示した電力はセルだけの値で、実際の装置では整流器・ポンプ・水素の乾燥などの補機の電力が加わる。
電流密度を下げれば効率が上がるなら、ずっと低い電流密度で運転すればいいのでは?
電力の値段と装置の値段の兼ね合いになる。0.5 A/cm²で運転すれば水素1 kgの電力は2 A/cm²より約14%少ないが、同じ量の水素を作るには電極面積が4倍要り、セル、膜、触媒の白金族金属、ステンレスやチタンの部品がそれだけ増える。電気が高く、ほぼ一日中動かす装置なら効率を優先して電流密度を下げ、太陽光の余った電気のように安いが使える時間が短い電気なら、装置を小さくして電流密度を上げたほうが水素1 kgの費用は下がる。さらに電流密度が高いと発熱が大きく、膜の中で温度がむらになり、熱いところから膜が傷む。そのため、セルの温度分布と膜の劣化を連成させて、どこまで電流密度を上げられるかを調べる。
モデリングの進め方
- 実測の分極曲線から、交換電流密度と抵抗を合わせる。
- 流路と多孔質の層で、水と発生した気泡の流れを解く。
- 気泡が電極を覆う割合を反応の面積に反映する。
- 電流の分布から発熱を求め、温度と膜の抵抗を連成させる。
- 変動する電力での運転を時間を追って解き、劣化を見積もる。
「止めるたびに劣化が進んだ装置」
太陽光の電気で動かす水電解の装置で、電圧の上がり方が一定の運転より速かった。運転記録と合わせて解析すると、日没のたびに電流がゼロに落ち、そのとき電極の電位が大きく動いて、触媒や部品の表面が少しずつ傷んでいた。さらに再起動のときに温度が低いまま電流を上げるので、膜の抵抗が高く局所の発熱が大きかった。止めるときに小さな電流を残し、起動時は温度が上がるまで電流を抑える運転に変えると、電圧の上がり方が緩やかになった。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 理論電圧を25℃の1.23 Vのまま使う | 温度の効果を誤る | 運転温度の値 |
| 低位と高位の効率を混同 | 効率を約15%誤る | 基準を明記 |
| 気泡を無視する | 高電流で電圧を低く見積もる | 気泡の被覆を入れる |
| セルだけの電力で評価 | 装置の電力を少なく見積もる | 補機を加える |
| 一定運転だけで寿命を評価 | 変動電源で劣化が速い | 起動停止を含める |
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