高電圧絶縁設計
理論:気体の放電と空洞の電界
概要
絶縁物の耐電圧は十分なはずなのに、何年か使ううちに絶縁が壊れることがあるのはなぜですか?
固体の絶縁物そのものは強くても、中に小さな空洞(ボイド)やはく離があると、そこには空気が入っている。空気は固体より誘電率が低いので電界が集まりやすく、しかも空気の絶縁耐力は固体の何分の1しかない。だから全体としては余裕があっても、ボイドの中だけが放電する。これが部分放電だ。1回1回は小さな放電でも、周りの絶縁物を少しずつ侵食し、樹枝状の劣化(トリー)が伸びて、最後には全体が破壊する。設計では、気体の放電電圧をパッシェンの法則で見積もり、ボイドにかかる電圧と比べる。
パッシェンの法則
p は気圧(Torr)、d は隙間(cm)、γ は二次電子放出係数。この簡単な係数では、1気圧・10 mmの平等電界で3.55 kV/mmとなり、実測の約3 kV/mmよりやや高めに出る。
ボイドにかかる電圧
電界に垂直な平らなボイド(厚さ t)を、ボイドと固体(厚さ d − t、比誘電率 ε_r)の直列コンデンサとみなした。V_PDIV は部分放電開始電圧。
パッシェンの1889年の実験
1889年、パッシェンは空気や二酸化炭素などの気体で、圧力と電極の間隔を変えて放電の始まる電圧を測り、それが圧力と間隔の積だけで決まることを示した。のちにタウンゼントが、電子が気体の分子にぶつかって次々と電子を増やす「電子なだれ」の理論でこの関係を説明した。最小の放電電圧があるという性質は、真空装置や航空機、宇宙機の電気設計で今も重要だ。
計算例
例1:空気の隙間の破壊電圧
| 隙間 | 1気圧 | 1気圧(電界) | 標高3,000 m | 標高3,000 m(電界) |
|---|---|---|---|---|
| 0.1 mm | 0.87 kV | 8.65 kV/mm | 0.68 kV | 6.75 kV/mm |
| 1 mm | 5.03 kV | 5.03 kV/mm | 3.73 kV | 3.73 kV/mm |
| 10 mm | 35.5 kV | 3.55 kV/mm | 25.8 kV | 2.57 kV/mm |
パッシェン曲線の最小値は pd = 0.84 Torr·cm で約305 V。1気圧なら隙間約11 μmに相当する。
例2:エポキシ(厚さ2 mm、比誘電率4)中のボイドの部分放電開始電圧
| ボイドの厚さ | ボイドにかかる割合 | ボイドの破壊電圧 | 部分放電開始電圧 | 平均電界 |
|---|---|---|---|---|
| 0.05 mm | 9.3% | 552 V | 5.93 kV | 2.97 kV/mm |
| 0.1 mm | 17.4% | 865 V | 4.97 kV | 2.49 kV/mm |
| 0.2 mm | 30.8% | 1,423 V | 4.62 kV | 2.31 kV/mm |
エポキシ自体は何十kV/mmも耐えるのに、平均2.5 kV/mm程度で放電が始まるんですね。
固体の絶縁破壊の強さと、部分放電の始まる電界はまったく別物だ。ボイドは誘電率が低いので、ボイドの中の電界は周りの約4倍になり、しかもそこにある空気は8 kV/mm程度で放電してしまう。ボイドが大きいほど開始電圧は下がる。だから高電圧の部品では、樹脂を真空で注型して気泡をなくしたり、界面のはく離を防いだりして、ボイドそのものを作らないことが一番の対策になる。また、インバータで駆動するモーターでは、急な電圧の立ち上がりで巻線の端に電圧が集中し、巻線の絶縁の小さな隙間で部分放電が起きることがある。部分放電の開始電圧は、製品の検査で測って確かめるのが基本だ。
絶縁設計の進め方
- 最大電圧、過電圧、使用する気圧(標高)を決める。
- 電界解析で、電極の角や三重点(導体・固体・空気の接点)の電界集中を調べる。
- 空間距離と沿面距離をパッシェンの法則と規格で確認する。
- ボイドを想定して部分放電開始電圧を見積もり、運転電圧に対する余裕を確保する。
- 製品で部分放電を測定し、開始電圧と消滅電圧を確認する。
「高地でだけ放電した電源」
ある電源装置が、平地の試験では問題なかったのに、標高の高い地域に設置したものだけで放電の跡が見つかった。基板の高電圧部の空間距離は平地の気圧で設計されていた。標高3,000 m付近では気圧が約7割になり、計算すると隙間1 mmの破壊電圧は約26%下がる。電極の角の電界集中も重なり、そこで放電していた。空間距離を広げ、角に丸みをつけて電界を下げることで解決した。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 固体の破壊強さだけで判断 | 部分放電で劣化 | 部分放電開始電圧で評価 |
| 平地の気圧で設計 | 高地で放電 | 使用気圧で計算 |
| 電極の角を尖らせたまま | 局所的な電界集中 | 丸みと電界緩和 |
| 注型時の気泡を放置 | ボイドで放電 | 真空注型 |
| 三重点を見落とす | 沿面放電 | 電界解析で確認 |
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