インフレーション層(境界層メッシュ)
理論:壁の近くだけ薄いセルを重ねる理由
概要
CFDで抗力が実験と3割も違ったんです。先輩に「インフレーション層は入れた?」と言われましたが、何のことですか?
壁に沿って薄いセルを何層も重ねたメッシュのことだよ。壁の近くでは速度が0から主流の速さまで急に変わる境界層ができていて、摩擦抵抗や熱伝達はこの薄い層で決まる。四面体のセルだけでこれを捉えようとすると膨大な数が必要になるけど、壁に平行な方向には粗く、垂直な方向だけ細かくしたプリズム状のセルを重ねれば、少ないセル数で解像できる。抗力の摩擦成分が大きい流れでは、これがないと結果が大きく外れる。
y+ とは
$y$ は壁からの距離、$u_\tau$ は摩擦速度、$\nu$ は動粘度。$y^+$ は「壁からの距離を、壁近くの流れの細かさを基準に測った値」で、$y^+ < 5$ 程度が粘性が支配する粘性底層、30〜300 程度が対数則が成り立つ領域になる。
| 壁の扱い | 第1層の目標 y+ | 特徴 |
|---|---|---|
| 壁面まで解像(低レイノルズ数型、SST k-ω など) | ≈ 1 | はく離や熱伝達に強い。セル数は多い |
| 壁関数(標準 k-ε など) | 30〜100 | セル数が少ない。はく離や低レイノルズ数域は苦手 |
| 中間(5〜30) | 避ける | どちらの仮定にも合わない(壁関数の自動切替があるモデルは除く) |
「壁の法則」は実験から生まれた
壁の近くの速度分布が $y^+$ だけで決まる普遍的な形になるという「壁の法則」は、1930年代にプラントルやフォン・カルマンらが、管や平板の実験データの整理から導いた。流速も管の大きさも違う実験が、壁の近くでは1本の曲線に重なる。この発見がなければ、壁関数という「壁の近くを解かずに済ませる」工夫も、$y^+$ でメッシュを決める今の手順も生まれなかった。CFD の壁の扱いは、90年前の実験室の知恵の上に立っている。
計算例:第1層の厚さと層数
第1層の厚さ
20 ℃ の空気が長さ1 m の平板に沿って流れる場合(平板の後端で評価)。乱流境界層の摩擦係数の近似式を使っている。
| 流速 | レイノルズ数 | y+ = 1 の第1層 | y+ = 30 の第1層 | 境界層の厚さ |
|---|---|---|---|---|
| 20 m/s | 1.3 × 10⁶ | 0.018 mm | 0.55 mm | 22 mm |
| 60 m/s | 4.0 × 10⁶ | 0.0066 mm | 0.20 mm | 18 mm |
y+ = 1 だと、20 m/s でも第1層は0.02 mm くらいなんですね。境界層の厚さの1000分の1です。
そう、だから壁関数という方法が生まれたんだ。y+ = 30 にすれば第1層は30倍厚くていい。ただ、速くなるほど第1層は薄くなるし、同じ物体でも前縁と後端、はく離点の近くで y+ は大きく変わる。計算後に壁面の y+ の分布を必ず表示して、狙った範囲に入っているかを確かめよう。
層数と成長率
$g$ は成長率(1層ごとに厚さが何倍になるか)、$H_n$ は $n$ 層の合計の厚さ。20 m/s・y+ = 1(第1層0.018 mm)で、厚さ約22 mm の境界層を覆うのに必要な層数は次のとおり。
| 成長率 | 層数 | 最後の層の厚さ |
|---|---|---|
| 1.1 | 51 | 2.1 mm |
| 1.2 | 31 | 4.3 mm |
| 1.3 | 23 | 5.8 mm |
| 1.2(壁関数、y+ = 30) | 13 | 4.9 mm |
壁面まで解像する場合は30〜50層が必要になるが、壁関数なら十数層で済む。成長率を大きくすると層数は減るものの、隣り合うセルの厚さの差が大きくなって誤差が増える。一般に1.1〜1.2程度が推奨され、1.3を超えないようにすることが多い。
実務の注意点
メッシュ作成のコツ
- コアとのつなぎ:最後の層の厚さと、その外側のセルの大きさの比を2倍程度以内にする。四面体のコアでは、最後の層の上に細長い四面体ができやすいので、コアのサイズを少し小さくするか、多面体メッシュに変換する。
- 角と狭いすき間:凹んだ角や狭いすき間では層がぶつかり合い、層数が自動的に減らされたり(層の崩れ)、品質の悪いセルができたりする。崩れた場所を表示して確認する。
- 熱伝達:温度境界層の厚さはプラントル数で変わる。水や油(プラントル数が大きい)では温度境界層が速度境界層より薄いので、熱伝達を評価するときは第1層をさらに薄くする。
- メッシュ独立性:第1層の厚さを変えた2〜3ケースで、抗力や熱伝達率が変わらないことを確かめる。
「y+ が大きすぎた」より「小さすぎた」が怖い場面
壁関数を使うモデルで第1層を薄くしすぎ、y+ が5〜10程度になると、壁関数が前提とする対数則の領域から外れて、摩擦や熱伝達がかえって大きくずれることがある。「細かいほど正確」という感覚で第1層を薄くした結果、粗いメッシュより悪くなる例だ。最近の多くのソフトは、y+ に応じて壁の扱いを自動で切り替えるモデルを備えているが、使っているモデルがどちらの前提なのかは必ず確認しておきたい。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| インフレーション層なし | 摩擦抵抗・熱伝達を大きく誤る | y+ に合わせて層を入れる |
| モデルと y+ が合っていない | 壁の扱いの前提が崩れる | 解像なら1、壁関数なら30以上 |
| 層数が少なく境界層を覆えない | 速度分布が途中で粗いセルに入る | 合計厚さが境界層以上になる層数に |
| 成長率が大きすぎる | 隣接セルの差で誤差 | 1.1〜1.2程度に |
| 計算後に y+ を確認しない | 狙いと違う y+ に気づかない | 壁面の y+ 分布を表示 |
流速や長さを変えて第1層を計算したいです。
y+ 計算ツールで第1層の厚さ、乱流境界層シミュレーターで乱流境界層の厚さと速度分布を確かめられるよ。結果がメッシュに依存しないかはメッシュ独立性検討ツールで試せる。メッシュ全体の考え方はCFDのメッシュ品質、メッシュ独立性、多面体メッシュの記事にまとめてある。
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