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溶接工学

溶接 HAZ 冷却速度(Rosenthal-Adams)シミュレーター

アーク溶接で生じる熱影響部(HAZ)の冷却速度を、Rosenthal-Adams の解析解で計算するツールです。入熱量・予熱温度・板厚を変えると、540 °C 通過時の冷却速度と厚板/薄板の支配領域がリアルタイムで分かり、マルテンサイト硬化や低温割れを避ける施工条件を探せます。

パラメータ設定
入熱量 H_net
kJ/mm
η·V·I/v(アーク効率込み)
予熱温度 T_p
°C
溶接開始前の母材温度
板厚 t
mm
熱伝導率 k
W/(m·K)
炭素鋼で約40、ステンレスで約16
体積比熱 ρc_p
kJ/(m³·K)
密度×比熱。鋼で約 3.8 MJ/m³K
計算結果
相対厚さ τ
冷却域
厚板冷却速度 (K/s)
薄板冷却速度 (K/s)
適用冷却速度 (K/s)
HAZ 硬化リスクの判定
溶接 HAZ 等温線 — トーチ走行アニメーション

トーチが板の上を走行し、ビード周囲の HAZ に等温線(赤→橙→黄→緑)が形成されます。右側には注目点の熱履歴と 540 °C 付近の冷却速度 R が描かれます。

冷却速度 vs 入熱量 H_net
冷却速度 vs 予熱温度 T_p
理論・主要公式

$$R_{\text{thick}}=\frac{2\pi k\,(T-T_p)^{2}}{H_{\text{net}}},\qquad R_{\text{thin}}=\frac{2\pi k\,\rho c_p\,t^{2}\,(T-T_p)^{3}}{H_{\text{net}}^{2}}$$

Adams による厚板(3D)と薄板(2D)の冷却速度。T は評価温度(鋼の HAZ では 540 °C)、T_p は予熱温度、H_net はアーク効率込みの単位長さあたり入熱量、t は板厚、k は熱伝導率、ρc_p は体積比熱。入熱量を増やす・予熱を高めることはどちらも (T−T_p) と H_net を通じて冷却速度を下げ、マルテンサイト形成リスクを抑える方向に働きます。

$$\tau = t\sqrt{\frac{\rho c_p\,(T-T_p)}{2\,k\,H_{\text{net}}}}$$

相対厚さ τ で支配領域を判定(τ>0.9 で厚板、τ<0.6 で薄板、間は中間域)。本ツールでは τ>0.75 で厚板式を採用します。

溶接冷却速度(Rosenthal-Adams)とは

🙋
溶接って、ただ鉄を溶かしてくっつけるだけだと思ってたんですが、「HAZ の冷却速度」ってそんなに大事なんですか?
🎓
めちゃくちゃ大事だよ。アーク溶接でビードの真横の母材は、一瞬で 1200 °C 以上まで加熱されて、そのあと冷たい母材側に熱が逃げて急冷される。この「ピーク後の冷え方」が HAZ(熱影響部)の組織を決めるんだ。ゆっくり冷えればパーライトやベイナイトで、靭性のある柔らかい組織。逆に急冷するとマルテンサイトという、硬くてもろい組織に変わってしまう。HAZ がマルテンサイト化すると、水素脆性で「溶接した翌日に勝手にパキッと割れる」遅れ割れ(コールドクラック)が起きる。橋梁とか圧力容器で一番怖いやつだね。
🙋
じゃあ「ゆっくり冷やせばいい」だけの話じゃないんですか?なんで Rosenthal とか Adams とか難しそうな名前が出てくるんですか?
🎓
「ゆっくり冷やせ」を 定量化 するために必要だからだよ。1930年代に Daniel Rosenthal が「動く点熱源が無限板の中をどう加熱して冷却するか」を解析的に解いて、Adams がそれを「任意の温度 T における冷却速度」の形に簡単化した。それが R = 2πk(T−T_p)²/H_net という有名な厚板式。実務ではこの R を 540 °C 付近で見て、6 K/s 以下なら安全、20 K/s を超えるとマルテンサイト主体で危険、というふうにざっくり判定するんだ。左で入熱量を 0.5 kJ/mm まで下げてみて。R が一気に跳ね上がって「急冷 — 硬化リスク大」になるはずだよ。
🙋
「厚板」と「薄板」で式が違うのも不思議ですね。どうやって判定するんですか?
🎓
板が分厚ければ熱は母材の中に「半無限体」のように三次元的に逃げる。これが厚板(3D)。板が薄いと、面内方向にしか逃げ場がなくて二次元的な熱流になる。これが薄板(2D)。式の依存性が違って、厚板は H_net に反比例、薄板は H_net の 2乗 に反比例する。だから薄板では入熱を増やすと一気に冷却がゆっくりになるんだ。判定には相対厚さ τ = t·√{ρc_p(T−T_p)/(2k·H_net)} を使う。τ>0.9 で厚板、<0.6 で薄板、間は中間域。左の「相対厚さ τ」カードを見ながら板厚スライダーを動かすと、6 mm 付近で 2D に切り替わるのが分かるよ。
🙋
なるほど。冷却速度を下げたいときの「効く順」を教えてもらえますか?
🎓
最も効くのは 予熱 だね。式の (T−T_p)² が効くから、常温 25 °C を 150 °C に上げるだけで厚板冷却速度は 43% 削減できる。CE(炭素当量)の高い HT780 みたいな高張力鋼では 150〜200 °C の予熱はほぼ必須。次に効くのが 入熱量を増やすこと。電流を上げる・走行速度を落とせば H_net が増えて R が下がる。ただし入熱を増やすと粒粗大化や HAZ 軟化(HT 材で顕著)が起きるので、上限がある。最後が 継手設計(板厚を減らす・開先を浅くする) で、これは設計段階の話。本ツールで入熱と予熱を振ってみて、R を 6 K/s 以下に持ち込む施工条件を探してみるといいよ。

よくある質問

鋼の HAZ は溶接ピーク時に 1200 °C 以上まで加熱され、その後オーステナイトから室温組織へ変態する過程を経ます。この変態が起きる温度域がおよそ 800〜500 °C で、その「ど真ん中」にあたる 540 °C 付近の冷却速度が、最終的にパーライト・ベイナイト・マルテンサイトのどれが生じるかを支配します。実務では 800〜500 °C を通過する時間 t8/5 で評価することも多いですが、Adams の解析解は任意の温度 T で冷却速度を一発で出せるため、540 °C 代表点で比較するのが簡便で広く使われています。
同じ入熱・温度差なら、厚板(3D 熱流)のほうが冷却速度は大きくなります。厚板では熱が母材の半無限体側に三次元的に流れ込むため、ビード周囲の冷却が速いのです。薄板(2D)は板の面内方向にしか熱が逃げられず、しかも放熱断面が薄いので冷却がゆっくりになります。Adams は相対厚さ τ = t·√{ρc_p·(T−T_p)/(2k·H_net)} で領域を判定し、τ>0.9 で厚板、τ<0.6 で薄板、その間は中間域として扱います。本ツールでは τ>0.75 を厚板側と判定して厚板式を採用します。
急冷するとオーステナイトが拡散変態(パーライト・ベイナイト)の時間を与えられず、無拡散変態で硬くもろいマルテンサイトに変わってしまいます。マルテンサイトは硬さが HV400 を超えることがあり、水素脆性・低温割れ(コールドクラック)の起点になります。低合金鋼の経験則では、HAZ ピーク硬さを HV350 以下に抑える目安として 540 °C 冷却速度を 6 K/s 以下にする WPS が一般的です。20 K/s を超えると組織はほぼマルテンサイト主体になり、予熱なしでは溶接後 24〜48 時間以内に遅れ割れが起きるリスクが高まります。
Adams の式を見ると分かりますが、冷却速度は (T−T_p)² または (T−T_p)³ に比例します(T は評価温度 540 °C、T_p は予熱温度)。例えば常温 25 °C → 予熱 150 °C にすると T−T_p は 515 K から 390 K に下がり、厚板の場合 R は (390/515)² = 0.573 倍、つまり 43% も削減できます。さらに予熱には水素を逃がす効果(水素拡散時間の確保)もあるため、低温割れ対策の最も確実な手段です。CE(炭素当量)が高い高張力鋼ほど予熱温度を高く取り、JIS Z 3158 等で板厚・拘束度に応じた最低予熱が規定されています。

実世界での応用

橋梁・大型構造物の現場溶接:SM490・SM570 のような高張力鋼を使った橋梁桁、ボックスカラム、海洋構造物の現場溶接では、HAZ の冷却速度管理が直接、構造の安全寿命を左右します。寒冷地の冬季屋外溶接では予熱なしの場合 540 °C 冷却速度が 30 K/s 以上になることもあり、低温割れ事例が後を絶ちません。WPS(溶接施工要領書)には板厚・気温・CE に応じた最低予熱温度(例:板厚 40 mm・CE 0.45% で 100 °C 予熱)が必ず明記されます。

圧力容器・ボイラの製作:JIS B 8265、ASME BPVC Section VIII の圧力容器では、Cr-Mo 系低合金鋼(2.25Cr-1Mo など)の HAZ 硬さ管理が必須で、HV248〜HV375 の上限規定があります。これを満たすために、入熱量・予熱温度・パス間温度をすべて WPS で規定し、製造前にプロセデュア試験(PQR)で実機相当条件での HAZ 硬さを確認します。本ツールのような Rosenthal-Adams 計算は、PQR 前段階での施工条件絞り込みに使われます。

自動車ホワイトボディの薄板溶接:1.0〜2.0 mm の薄鋼板の MAG・レーザー溶接は完全に「薄板(2D)」領域で、冷却速度は H_net の 2乗 に反比例します。1500 MPa 級ホットスタンプ鋼や TWIP 鋼では、入熱が低すぎるとマルテンサイト硬化で接合部が脆化し、衝突時に HAZ から破断します。逆に入熱を増やしすぎると HAZ 軟化が起きる。両者のスイートスポットを Adams 薄板式と CCT 線図で探るのが現場の流れです。

溶接シミュレーション・CAE の事前検討:SYSWELD、Simufact Welding、Abaqus Welding Interface のような有限要素溶接シミュレーションは、メッシュ作成と材料モデル設定だけで数日かかります。詳細解析の前に、本ツールのような解析解で「予熱 100 °C 追加で冷却速度はどれくらい変わるか」をざっと当たれば、CAE 結果の妥当性チェック(サニティチェック)にもなります。Adams 式と FEM が桁違いに違う場合、境界条件(熱伝達係数、対称条件)の設定ミスを疑うサインです。

よくある誤解と注意点

まず最大の誤解が、「Rosenthal-Adams は無限板・準定常・点熱源の解析解である」 という前提を忘れてしまうこと。実機では始端・終端、板の端面近く、Tジョイントの交差部などで境界条件が無限板と異なり、Adams 式は 30〜50% 程度の誤差を持ちます。特に開先内多層盛りでは前パスからの予熱・蓄熱効果で実際の冷却速度は Adams 計算値より大きく下がります。式は「桁のオーダーをつかむための一次近似」と割り切り、最終的な施工条件の確定は PQR(プロセデュア試験)で実機相当の硬さ・組織を確認すべきです。

次に、「冷却速度さえ下げればマルテンサイトは出ない」 と思い込むこと。実際にはマルテンサイト変態開始温度 Ms は炭素当量 CE に強く依存し、CE 0.5% を超える高張力鋼では冷却速度を 1 K/s 以下にしてもマルテンサイトが部分的に出ます。冷却速度管理は 必要条件であって十分条件ではないのです。CE が高い鋼では、(1) 予熱、(2) 低水素系溶接材料の使用、(3) 後熱処理(PWHT)の三段構えで対応します。Adams 式だけ見て「6 K/s 以下に入ったから安全」と判断するのは危険です。

最後に、「ステンレス鋼にもそのまま使える」 という誤解。本ツールのデフォルト k=40 W/mK・ρc_p=3.8 MJ/m³K は炭素鋼の値で、オーステナイト系ステンレス(SUS304)は k≈16、ρc_p≈4.0、Cr-Mo 系は k≈25 です。さらにステンレス鋼の HAZ で問題になるのは「マルテンサイト硬化」ではなく 鋭敏化(Cr 炭化物析出による粒界腐食)δ フェライト残留 など、冷却速度に対する要求が全く逆になることもあります。材料グループごとに使用熱物性値と判定基準の両方を見直してから使ってください。

使い方ガイド

  1. 入熱量(kJ/mm)を設定します。例えば低電流TIG溶接は0.5~1.2kJ/mm、サブマージアーク溶接は3.0~5.0kJ/mmです
  2. 予熱温度(°C)を入力します。SS400鋼の場合、炭素当量Ce>0.45では150~200°C、Ce≤0.45では常温予熱を選択します
  3. 板厚(mm)と母材熱伝導率(W/m·K)を指定し、シミュレーション実行で540°C通過時間と冷却速度を算出します

具体的な計算例

アルミキルド鋼(SK材)の厚板(t=25mm)をMIG溶接する場合:入熱量Q=2.0kJ/mm、予熱温度150°C、熱伝導率λ=50W/m·Kを入力すると、相対厚さτ≒0.31となり、厚板領域の冷却速度は約12K/sと計算されます。この値がJIS Z 3158で規定されるCe値別の限界冷却速度(例:Ce=0.50で8K/s)を超過する場合、焼入れ硬化とマルテンサイト脆化の危険があるため、入熱量を2.5kJ/mmに増加させる対策が必要です

実務での注意点