地震応答スペクトル解析
理論と物理
応答スペクトル法とは
先生、「応答スペクトル法」って時刻歴解析とどう違いますか?
時刻歴解析は応答の「全時間履歴」を計算するが、応答スペクトル法は各モードの最大応答のみを求め、それを統計的に合成する。計算が桁違いに速い。
応答スペクトルの定義
各固有周期での最大応答を一覧にしたグラフですね。
設計用応答スペクトルは設計コードで規定されている。建築基準法の $S_a$、ユーロコード8の弾性応答スペクトル、ASCE 7のMCERスペクトル等。
モード重畳法(RSA: Response Spectrum Analysis)
手順:
1. 固有値解析 — $N$ 個のモード(振動数、モード形状、有効質量)
2. 各モードの最大応答 — 応答スペクトルからモード $i$ の最大加速度 $S_{a,i}$ を読み取る
3. 各モードの最大変位 — $u_{max,i} = \Gamma_i S_{d,i} \{\phi_i\}$
4. モード応答の合成 — SRSS or CQCで合成
「各モードの最大値」は同時に発生しないから、統計的に合成するんですね。
まさに。SRSS(二乗和平方根)は非相関のモードの合成、CQC(完全二次合成)は相関のあるモードの合成。
SRSS vs. CQC
| 合成法 | 式 | 適用 |
|---|---|---|
| SRSS | $R = \sqrt{\sum R_i^2}$ | モードが十分離れている場合 |
| CQC | $R = \sqrt{\sum \sum \rho_{ij} R_i R_j}$ | 密集モードがある場合 |
$\rho_{ij}$ はモード相関係数(Der Kiureghian, 1981)。
密集モードがあるならCQC一択ですね。
現在の設計コード(ユーロコード8、ASCE 7)はCQCを推奨。SRSSは密集モードで非保守的になることがある。
まとめ
要点:
- 応答スペクトル = 各周期の最大応答のグラフ — 設計コードで規定
- モード重畳法(RSA) — 固有値解析→スペクトル読み取り→合成
- SRSS(非相関), CQC(相関あり) — CQCが現在の推奨
- 時刻歴解析より桁違いに速い — 設計実務の主力
- 有効質量90%カバーのモード数 — 建築基準法/ユーロコード8の要件
Housnerが1952年に応答スペクトルを実用化
地震応答スペクトルの概念はK.A. Terzaghi(1943年)が着想し、George W. Housner(Caltech)が1952年に実用的な計算手法として確立した。Housnerは1940年El Centro地震記録など4波の実記録からスペクトルを計算し、耐震設計への適用を提案。この手法は1959年にはWestern USの建築基準に組み込まれ、以後の世界の耐震設計法の出発点となった。
各項の物理的意味
- 慣性項(質量項):$\rho \ddot{u}$、つまり「質量×加速度」。急ブレーキで体が前に投げ出された経験はありませんか? あの「持っていかれる感じ」がまさに慣性力です。重い物体ほど動き出しにくく、動き出したら止まりにくい。地震で建物が揺れるのも、地面が急に動いたのに建物の質量が「置いていかれる」から。静解析ではこの項をゼロにしますが、それは「ゆっくり力をかけるから加速度は無視できる」という仮定です。衝撃荷重や振動問題では絶対に省略できません。
- 剛性項(弾性復元力):$Ku$ や $\nabla \cdot \sigma$。ばねを引っ張ると「戻ろうとする力」を感じますよね? あれがフックの法則 $F=kx$ であり、剛性項の本質です。では質問——鉄の棒とゴム紐、同じ力で引っ張るとどちらが伸びるでしょうか? 当然ゴムです。この「伸びにくさ」がヤング率 $E$ であり、剛性を決めます。よくある勘違い:「剛性が高い=強い」ではありません。剛性は「変形しにくさ」、強度は「壊れにくさ」で、別の概念です。
- 外力項(荷重項):体積力 $f_b$(重力など)と表面力 $f_s$(圧力、接触力など)。こう考えてみてください——橋の上のトラックの重さは「中身全体にかかる力」(体積力)、タイヤが路面を押す力は「表面だけにかかる力」(表面力)。風圧、水圧、ボルトの締付力…すべて外力です。ここでありがちな失敗:荷重の方向を間違える。「引張」のつもりが「圧縮」になっていた——笑い話に聞こえますが、3D空間で座標系が回転していると実際に起こります。
- 減衰項:レイリー減衰 $C\dot{u} = (\alpha M + \beta K)\dot{u}$。ギターの弦を弾いてみてください。音は鳴り続けますか? いいえ、徐々に小さくなりますよね。振動エネルギーが空気抵抗や弦の内部摩擦で熱に変わるからです。車のショックアブソーバーも同じ原理——わざと振動エネルギーを吸収して乗り心地を良くしています。もし減衰がゼロだったら? 建物は地震の後いつまでも揺れ続けることになります。実際にはそうならないので、適切な減衰の設定が重要です。
仮定条件と適用限界
次元解析と単位系
| 変数 | SI単位 | 注意点・換算メモ |
|---|---|---|
| 変位 $u$ | m(メートル) | mm入力時は荷重・弾性率もMPa/N系に統一すること |
| 応力 $\sigma$ | Pa(パスカル)= N/m² | MPa = 10⁶ Pa。降伏応力との比較時に単位系の不一致に注意 |
| 歪み $\varepsilon$ | 無次元(m/m) | 工学歪みと対数歪みの区別に注意(大変形時) |
| 弾性率 $E$ | Pa | 鋼: 約210 GPa、アルミ: 約70 GPa。温度依存性に注意 |
| 密度 $\rho$ | kg/m³ | mm系ではtonne/mm³(= 10⁻⁹ tonne/mm³ for 鋼) |
| 力 $F$ | N(ニュートン) | mm系ではN、m系ではNで統一 |
数値解法と実装
Nastran
```
SOL 103 $ 固有値解析
CEND
METHOD = 10
BEGIN BULK
EIGRL, 10, , , 50
```
+後処理でスペクトル合成。またはSOL 111 + TABRNDで応答スペクトル入力。
Abaqus
```
*STEP
*FREQUENCY
50, ,
*END STEP
*STEP
*RESPONSE SPECTRUM
0.01, 10.0, 0.05 $ 周期範囲、減衰比
*SPECTRUM, NAME=design_spectrum, TYPE=ACCELERATION
0.0, 9.81
0.5, 24.5
1.0, 9.81
3.0, 3.27
*END STEP
```
Ansys
```
/SOLU
ANTYPE, SPECTR
SPOPT, SPRS ! 応答スペクトル解析
SVTYPE, 2 ! 加速度スペクトル
SV, 1, freq1, Sa1, freq2, Sa2, ... ! スペクトルデータ
SOLVE
```
Abaqusの*RESPONSE SPECTRUMが最も直感的ですね。
スペクトルデータ(周期 or 振動数 vs. 加速度)を直接入力し、CQC/SRSSの合成法を選択するだけ。
設計用応答スペクトル
| コード | スペクトルの定義 |
|---|---|
| 建築基準法(日本) | $S_a = C_0 \cdot Z \cdot R_t \cdot A_i$ の振動数依存 |
| ユーロコード8 | 弾性応答スペクトル Type 1/2。地盤種別A〜E |
| ASCE 7 | MCER(最大考慮地震動)スペクトル。$S_{DS}, S_{D1}$ で定義 |
まとめ
5%減衰スペクトルが世界標準になった理由
耐震設計用スペクトルの減衰比5%(ζ=0.05)が世界標準になったのは、1971年San Fernando地震後のATC-3-06プロジェクト(1978年)が5%を代表値と定めたことによる。鉄筋コンクリート造の実測減衰が主に3〜7%の範囲にあり、5%が保守的かつ現実的な中央値と判断された。日本の建築基準法・道路橋示方書も同じ理由で5%を標準採用している。
線形要素(1次要素)
節点間を線形補間。計算コストは低いが、応力の精度が低い。せん断ロッキングに注意(低減積分やB-bar法で緩和)。
2次要素(中間節点付き)
曲線的な変形を表現可能。応力精度が大幅に向上するが、自由度は約2〜3倍に増加。推奨:応力評価が重要な場合。
完全積分 vs 低減積分
完全積分:過剰拘束(ロッキング)のリスク。低減積分:アワーグラスモード(零エネルギーモード)のリスク。適材適所で選択。
アダプティブメッシュ
誤差指標(ZZ推定量等)に基づく自動細分化。応力集中部の精度を効率的に向上。h法(要素分割)とp法(次数増加)がある。
ニュートン・ラフソン法
非線形解析の標準的手法。接線剛性マトリクスを毎反復更新。収束半径内で2次収束するが、計算コストが高い。
修正ニュートン・ラフソン法
接線剛性マトリクスを初期値または数反復毎に更新。各反復のコストは低いが、収束速度は線形的。
収束判定基準
力の残差ノルム: $||R|| / ||F_{ext}|| < \epsilon$(一般に $\epsilon = 10^{-3}$〜$10^{-6}$)。変位増分ノルム: $||\Delta u|| / ||u|| < \epsilon$。エネルギーノルム: $\Delta u \cdot R < \epsilon$
荷重増分法
全荷重を一度に負荷せず、小刻みに増加させる。弧長法(Riks法)は荷重-変位関係の極値点を越えて追跡可能。
直接法 vs 反復法のたとえ
直接法は「連立方程式を筆算で正確に解く」方法——確実だが大規模問題では時間がかかりすぎる。反復法は「当て推量を繰り返して正解に近づく」方法——最初は大雑把な答えだが、反復するたびに精度が上がる。辞書で言葉を探すとき、最初のページから順番に探す(直接法)より、見当をつけて開き、前後に調整する(反復法)方が効率的なのと同じ原理。
メッシュの次数と精度の関係
1次要素は「定規で曲線を近似する」——直線の折れ線で表現するため精度に限界がある。2次要素は「フレキシブルカーブ」——曲線的な変化を表現でき、同じメッシュ密度でも格段に精度が向上する。ただし、1要素あたりの計算コストは増えるため、トータルのコスト対効果で判断する。
実践ガイド
応答スペクトル法の実務
建築・土木の耐震設計で最も広く使われている手法。
適用範囲
応答スペクトル法は線形弾性が前提:
- 弾性応答の評価 — 応力、変位、反力
- 等価線形化 — 非線形構造を等価な線形として扱う(構造係数 $D_s$)
- 複数方向の地震入力 — 水平2方向+鉛直の3方向同時
3方向入力の合成
3方向同時入力:各方向の応答を「100-40-40ルール」で合成(ユーロコード8):
またはSRSSで合成:$R = \sqrt{R_x^2 + R_y^2 + R_z^2}$
実務チェックリスト
ベースシアの手計算との比較が検証の鍵ですね。
等価静的法のベースシア $V = C_s W$ とFEMのRSA結果が大きくずれていたら、モデルに問題がある。
阪神淡路大震災後の設計スペクトルは2倍超に
1995年阪神淡路大震災(M7.3)でJR鷹取駅記録の最大加速度が834cm/s²(0.85G)に達したことで、道路橋示方書の設計地震動レベルが1996年改訂で倍増以上に引き上げられた。震災前の標準は200cm/s²程度。この改訂を受けてNastran・SAP2000での橋梁耐震設計が全面的に見直され、橋脚の塑性変形設計(延性設計)が標準化された。
解析フローのたとえ
解析の流れは、実は料理とそっくりです。まず材料を買い出し(CADモデルの準備)、下ごしらえをして(メッシュ生成)、火にかけて(ソルバー実行)、最後に盛り付ける(後処理で可視化)。ここで大事な問いかけ——料理で一番失敗しやすい工程はどこでしょう? 実は「下ごしらえ」なんです。メッシュの品質が悪いと、どんなに優秀なソルバーを使っても結果はめちゃくちゃになります。
初心者が陥りやすい落とし穴
あなたはメッシュ収束性を確認していますか? 「計算が回った=結果が正しい」と思っていませんか? これ、実はCAE初心者が最も陥りやすい罠です。ソルバーは与えられたメッシュで「それなりの答え」を必ず返します。でもメッシュが粗すぎれば、その答えは現実から大きくずれている。最低3段階のメッシュ密度で結果が安定することを確認する——これを怠ると「コンピュータが出した答えだから正しいはず」という危険な思い込みに陥ります。
境界条件の考え方
境界条件の設定は、試験の「問題文を書く」のと同じです。問題文が間違っていたら? どんなに正確に計算しても答えは間違いますよね。「この面は本当に完全固定なのか」「この荷重は本当に一様分布なのか」——現実の拘束条件を正しくモデル化することが、実は解析全体で最も重要なステップだったりします。
ソフトウェア比較
応答スペクトルのツール
選定ガイド
OpenSeesは地震応答解析の世界標準OSSツール
OpenSees(Open System for Earthquake Engineering Simulation)はUCバークレーのFrank McKennaが1997年に開発を始めたオープンソース地震解析フレームワーク。世界50カ国以上の研究機関で使われ、非線形材料モデル数は2000種以上。商用ツールとの比較ではNAFEMS Benchmarkで95%以上の精度を確認。東京大学・京都大学の耐震研究のほか、NEDOの免震構造プロジェクトでも標準ツールとして使われている。
選定で最も重要な3つの問い
- 「何を解くか」:地震応答スペクトル解析に必要な物理モデル・要素タイプが対応しているか。例えば、流体ではLES対応の有無、構造では接触・大変形の対応能力が差になる。
- 「誰が使うか」:初心者チームならGUIが充実したツール、経験者ならスクリプト駆動の柔軟なツールが適する。自動車のAT車(GUI)とMT車(スクリプト)の違いに似ている。
- 「どこまで拡張するか」:将来の解析規模拡大(HPC対応)、他部門への展開、他ツールとの連携を見据えた選択が長期的なコスト削減につながる。
先端技術
応答スペクトルの先端研究
条件付き平均スペクトルは2011年に実用化
従来の設計スペクトルは全周期で均一な超過確率を設定するが、現実の地震は特定周期のみ大きくなる。Baker & Cornell(2006年)が提案した「条件付き平均スペクトル(CMS)」は特定の卓越周期での年超過確率を条件とし、他の周期は実記録の統計に従う現実的なスペクトル。FEMA P-695(2009年)が正式採用し、2011年以降の超高層建物の性能評価で米国を中心に普及。
トラブルシューティング
応答スペクトルのトラブル
サイト増幅係数の見落としが最大の危険
地震応答スペクトル解析で最も重大な見落としはサイト増幅係数の未考慮。軟弱地盤(Vs30 < 200m/s)では硬岩地盤に比べて長周期成分が2〜4倍増幅される。2011年東日本大震災では埋立地の旧水田地帯で計測加速度が設計値の3倍を超えた事例が複数報告された。ANSYSで地震応答スペクトルを定義する際はNEHRP地盤分類(A〜F)とサイト係数FvをRS曲線に事前に乗算すること。
「解析が合わない」と思ったら
- まず深呼吸——焦って設定をランダムに変えると、問題がさらに複雑になる
- 最小再現ケースを作る——地震応答スペクトル解析の問題を最も単純な形で再現する。「引き算のデバッグ」が最も効率的
- 1つだけ変えて再実行——複数の変更を同時に行うと、何が効いたか分からなくなる。科学実験と同じ「対照実験」の原則
- 物理に立ち返る——計算結果が「重力に逆らって物が浮く」ような非物理的な結果なら、入力データの根本的な間違いを疑う
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