地震時刻歴応答解析
理論と物理
地震時刻歴応答解析とは
先生、地震の時刻歴応答解析って応答スペクトル法とどう違いますか?
応答スペクトル法は最大応答のみを求める。時刻歴応答解析は時間の経過に沿った応答の全履歴(変位、速度、加速度の時刻歴)を計算する。塑性変形やエネルギー吸収の評価には時刻歴解析が不可欠。
運動方程式
基礎加振としての地震入力:
$\ddot{u}_g(t)$ は地震の加速度時刻歴(地震波形)。$\{u\}$ は基礎に対する相対変位。
地震波形をそのまま入力するんですね。
設計用地震波形として:
- 観測波 — エルセントロ(1940年)、兵庫県南部地震(1995年)等の実観測記録
- 模擬地震波 — 設計用応答スペクトルに適合するよう人工的に生成
- サイト波 — 地盤応答解析で地表面の波形を生成
線形 vs. 非線形
レベル2地震(大地震)では弾塑性解析が必要なんですね。
レベル2地震(兵庫県南部地震クラス)では構造が降伏するため、塑性ヒンジの形成、エネルギー吸収、残留変形を追跡する弾塑性時刻歴解析が必須。
まとめ
要点:
- 地震波形を直接入力して応答の全時刻歴を計算
- $[M]\{\ddot{u}\} + [C]\{\dot{u}\} + [K]\{u\} = -[M]\ddot{u}_g$ — 基礎加振
- 弾性時刻歴はモード法、弾塑性は直接法 — Newmark/HHT-α
- 観測波 or 模擬地震波を入力 — 設計コードで規定
- レベル2地震は弾塑性時刻歴が必須 — 塑性変形とエネルギー吸収
地震の時刻歴解析は1970年代の電算化で普及
地震時刻歴応答解析は1940年のEl Centro地震波(加速度計記録0.319g)を使ったCAL16コードによる計算(1971年)が実用化の嚆矢とされる。その後1978年の宮城県沖地震を受けた日本建築基準法改正(1981年・新耐震基準)で、高さ60m超の建物に時刻歴解析を用いた超高層設計が義務付けられ、NTTデータなどのコンピュータセンターがバッチ処理で計算サービスを提供し始めた。
各項の物理的意味
- 慣性項(質量項):$\rho \ddot{u}$、つまり「質量×加速度」。急ブレーキで体が前に投げ出された経験はありませんか? あの「持っていかれる感じ」がまさに慣性力です。重い物体ほど動き出しにくく、動き出したら止まりにくい。地震で建物が揺れるのも、地面が急に動いたのに建物の質量が「置いていかれる」から。静解析ではこの項をゼロにしますが、それは「ゆっくり力をかけるから加速度は無視できる」という仮定です。衝撃荷重や振動問題では絶対に省略できません。
- 剛性項(弾性復元力):$Ku$ や $\nabla \cdot \sigma$。ばねを引っ張ると「戻ろうとする力」を感じますよね? あれがフックの法則 $F=kx$ であり、剛性項の本質です。では質問——鉄の棒とゴム紐、同じ力で引っ張るとどちらが伸びるでしょうか? 当然ゴムです。この「伸びにくさ」がヤング率 $E$ であり、剛性を決めます。よくある勘違い:「剛性が高い=強い」ではありません。剛性は「変形しにくさ」、強度は「壊れにくさ」で、別の概念です。
- 外力項(荷重項):体積力 $f_b$(重力など)と表面力 $f_s$(圧力、接触力など)。こう考えてみてください——橋の上のトラックの重さは「中身全体にかかる力」(体積力)、タイヤが路面を押す力は「表面だけにかかる力」(表面力)。風圧、水圧、ボルトの締付力…すべて外力です。ここでありがちな失敗:荷重の方向を間違える。「引張」のつもりが「圧縮」になっていた——笑い話に聞こえますが、3D空間で座標系が回転していると実際に起こります。
- 減衰項:レイリー減衰 $C\dot{u} = (\alpha M + \beta K)\dot{u}$。ギターの弦を弾いてみてください。音は鳴り続けますか? いいえ、徐々に小さくなりますよね。振動エネルギーが空気抵抗や弦の内部摩擦で熱に変わるからです。車のショックアブソーバーも同じ原理——わざと振動エネルギーを吸収して乗り心地を良くしています。もし減衰がゼロだったら? 建物は地震の後いつまでも揺れ続けることになります。実際にはそうならないので、適切な減衰の設定が重要です。
仮定条件と適用限界
次元解析と単位系
| 変数 | SI単位 | 注意点・換算メモ |
|---|---|---|
| 変位 $u$ | m(メートル) | mm入力時は荷重・弾性率もMPa/N系に統一すること |
| 応力 $\sigma$ | Pa(パスカル)= N/m² | MPa = 10⁶ Pa。降伏応力との比較時に単位系の不一致に注意 |
| 歪み $\varepsilon$ | 無次元(m/m) | 工学歪みと対数歪みの区別に注意(大変形時) |
| 弾性率 $E$ | Pa | 鋼: 約210 GPa、アルミ: 約70 GPa。温度依存性に注意 |
| 密度 $\rho$ | kg/m³ | mm系ではtonne/mm³(= 10⁻⁹ tonne/mm³ for 鋼) |
| 力 $F$ | N(ニュートン) | mm系ではN、m系ではNで統一 |
数値解法と実装
地震波形の入力
地震波形をFEMにどう入力しますか?
Nastran
```
SOL 109 $ 直接法時刻歴
CEND
DLOAD = 100
BEGIN BULK
TLOAD1, 100, 200, , 0, 300
TABLED1, 300, , ,
, 0.0, 0.0, 0.01, 1.23, 0.02, -0.56, ... $ 加速度時刻歴
```
加速度をTABLED1テーブルで定義し、基礎のSPC点に作用させる。
Abaqus
```
*AMPLITUDE, NAME=earthquake
0.0, 0.0
0.01, 1.23
0.02, -0.56
...
*STEP
*DYNAMIC
0.01, 40.0 $ dt=0.01s, 40秒間
*BASE MOTION, DOF=1, AMPLITUDE=earthquake
*END STEP
```
Ansys
```
/SOLU
ANTYPE, TRANSIENT
DELTIM, 0.01
TIME, 40.0
ACEL, , 9.81*amp(t) ! 加速度入力
SOLVE
```
Abaqusの*BASE MOTIONが最もシンプルですね。
*BASE MOTIONは基礎加振を直接定義する。方向(DOF)と波形(AMPLITUDE)を指定するだけ。
弾塑性モデル
地震の弾塑性解析で使われる材料/要素モデル:
| 構造タイプ | モデル | 特徴 |
|---|---|---|
| RC造柱 | ファイバーモデル(OpenSees) | 断面の塑性化を追跡 |
| S造梁 | 塑性ヒンジ(集中塑性) | 端部にヒンジ要素 |
| 免震装置 | バイリニアばね | 降伏力と2次剛性 |
| 制振ダンパー | マクスウェルモデル | 粘性+弾性 |
まとめ
地震波は3波平均が日本の審査基準
日本の超高層建築物の構造審査では、告示第457号により「告示波・サイト固有波・観測波の3波以上の平均で各応答値が目標値以内」という要件がある。解析手法は直接積分法(Newmark-β・HHT-α)またはモード重ね合わせで、非線形解析の場合は復元力特性にトリリニア・スリップ型などを採用する。時刻歴解析1回分のコストは超高層建物(100層・3万自由度程度)で約30分〜2時間。
線形要素(1次要素)
節点間を線形補間。計算コストは低いが、応力の精度が低い。せん断ロッキングに注意(低減積分やB-bar法で緩和)。
2次要素(中間節点付き)
曲線的な変形を表現可能。応力精度が大幅に向上するが、自由度は約2〜3倍に増加。推奨:応力評価が重要な場合。
完全積分 vs 低減積分
完全積分:過剰拘束(ロッキング)のリスク。低減積分:アワーグラスモード(零エネルギーモード)のリスク。適材適所で選択。
アダプティブメッシュ
誤差指標(ZZ推定量等)に基づく自動細分化。応力集中部の精度を効率的に向上。h法(要素分割)とp法(次数増加)がある。
ニュートン・ラフソン法
非線形解析の標準的手法。接線剛性マトリクスを毎反復更新。収束半径内で2次収束するが、計算コストが高い。
修正ニュートン・ラフソン法
接線剛性マトリクスを初期値または数反復毎に更新。各反復のコストは低いが、収束速度は線形的。
収束判定基準
力の残差ノルム: $||R|| / ||F_{ext}|| < \epsilon$(一般に $\epsilon = 10^{-3}$〜$10^{-6}$)。変位増分ノルム: $||\Delta u|| / ||u|| < \epsilon$。エネルギーノルム: $\Delta u \cdot R < \epsilon$
荷重増分法
全荷重を一度に負荷せず、小刻みに増加させる。弧長法(Riks法)は荷重-変位関係の極値点を越えて追跡可能。
直接法 vs 反復法のたとえ
直接法は「連立方程式を筆算で正確に解く」方法——確実だが大規模問題では時間がかかりすぎる。反復法は「当て推量を繰り返して正解に近づく」方法——最初は大雑把な答えだが、反復するたびに精度が上がる。辞書で言葉を探すとき、最初のページから順番に探す(直接法)より、見当をつけて開き、前後に調整する(反復法)方が効率的なのと同じ原理。
メッシュの次数と精度の関係
1次要素は「定規で曲線を近似する」——直線の折れ線で表現するため精度に限界がある。2次要素は「フレキシブルカーブ」——曲線的な変化を表現でき、同じメッシュ密度でも格段に精度が向上する。ただし、1要素あたりの計算コストは増えるため、トータルのコスト対効果で判断する。
実践ガイド
地震時刻歴の実務
建築基準法の「限界耐力計算法」や「時刻歴応答解析」で使われる。
地震波形の選定
設計コードで規定される地震波:
| コード | 地震波の選定 |
|---|---|
| 日本(告示) | 3波以上の観測波 + サイト波。極めて稀に発生する地震動 |
| ユーロコード8 | 応答スペクトル適合の模擬地震波。最低3波 |
| ASCE 7 | 7波以上。地盤特性に適合したスペクトル |
| NRC(原子力) | SSE(安全停止地震)適合波。確率論的ハザード |
最低3波の地震波で解析するんですね。
3波で平均、7波で各波の最大値を使用(ASCE 7)。複数の地震波で結果のばらつきを評価するのが基本。
結果の評価
地震時刻歴の主な評価項目:
| 項目 | 弾性解析 | 弾塑性解析 |
|---|---|---|
| 層間変形角 | 1/200以下 | 1/100〜1/50以下 |
| 最大加速度 | 応答加速度 | — |
| 塑性率 | — | $\mu = \delta_{max}/\delta_y$ |
| 残留変形 | — | 安全確認 |
| エネルギー吸収 | — | 制振ダンパーの効果評価 |
実務チェックリスト
「複数の地震波で評価する」のが地震解析の特徴ですね。
地震は確率的な現象。1つの波形だけでは不十分。複数波形の結果を統計的に評価する。
東日本大震災後に長周期地震動が改訂
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では、100km以上離れた仙台・東京の超高層ビルが長周期(2〜10秒)成分で大きく揺れた。国交省は2016年に建築基準法告示改正で長周期地震動クラスLC1〜3を新設し、既存超高層への適合検証義務化(2025年目標)が決まった。検証には実測地震波を使った非線形時刻歴解析が必須となり、全国500棟超の超高層が対象となっている。
解析フローのたとえ
解析の流れは、実は料理とそっくりです。まず材料を買い出し(CADモデルの準備)、下ごしらえをして(メッシュ生成)、火にかけて(ソルバー実行)、最後に盛り付ける(後処理で可視化)。ここで大事な問いかけ——料理で一番失敗しやすい工程はどこでしょう? 実は「下ごしらえ」なんです。メッシュの品質が悪いと、どんなに優秀なソルバーを使っても結果はめちゃくちゃになります。
初心者が陥りやすい落とし穴
あなたはメッシュ収束性を確認していますか? 「計算が回った=結果が正しい」と思っていませんか? これ、実はCAE初心者が最も陥りやすい罠です。ソルバーは与えられたメッシュで「それなりの答え」を必ず返します。でもメッシュが粗すぎれば、その答えは現実から大きくずれている。最低3段階のメッシュ密度で結果が安定することを確認する——これを怠ると「コンピュータが出した答えだから正しいはず」という危険な思い込みに陥ります。
境界条件の考え方
境界条件の設定は、試験の「問題文を書く」のと同じです。問題文が間違っていたら? どんなに正確に計算しても答えは間違いますよね。「この面は本当に完全固定なのか」「この荷重は本当に一様分布なのか」——現実の拘束条件を正しくモデル化することが、実は解析全体で最も重要なステップだったりします。
ソフトウェア比較
地震時刻歴のツール
選定ガイド
OpenSeesが研究の標準なんですね。
UCバークレーで開発された無料のFEMコード。地震工学に特化したファイバーモデルと弾塑性ヒンジが充実。世界中の地震工学研究者が使用。
日本の地震時刻歴解析ソルバー勢力図
日本の建築構造実務では大林組・竹中工務店などゼネコン各社が自社開発コードを長年使ってきたが、2010年代以降はSAP2000(CSI Japan)・SLANS・SNAP(Kozo System)が設計事務所に普及している。原子力プラントではANSYS MechanicalとMSC Nastranが官庁審査実績から採用され、土木インフラではFRAME3D・Dr.TRANSなど専門コードが使われる。国際標準化の観点からOpenSeesの利用も学術・研究機関で拡大している。
選定で最も重要な3つの問い
- 「何を解くか」:地震時刻歴応答解析に必要な物理モデル・要素タイプが対応しているか。例えば、流体ではLES対応の有無、構造では接触・大変形の対応能力が差になる。
- 「誰が使うか」:初心者チームならGUIが充実したツール、経験者ならスクリプト駆動の柔軟なツールが適する。自動車のAT車(GUI)とMT車(スクリプト)の違いに似ている。
- 「どこまで拡張するか」:将来の解析規模拡大(HPC対応)、他部門への展開、他ツールとの連携を見据えた選択が長期的なコスト削減につながる。
先端技術
確率論的地震応答
地震のばらつき(入力の不確かさ)と構造のばらつき(材料、施工誤差)を同時に考慮した確率論的地震応答解析。フラジリティカーブ(脆弱性曲線)で「この地震動に対して構造が崩壊する確率」を定量化。
3次元詳細モデル
AI地震応答予測
地震波形のパラメータ(PGA、スペクトル特性)から構造の最大応答をニューラルネットワークで瞬時に予測。FEMの数千ケースで学習し、新しい地震波に対してリアルタイムで応答を評価。
まとめ
確率論的地震ハザードがFEMの入力を変える
従来の「設計用地震波」から、サイト固有の確率論的地震ハザード解析(PSHA)に基づく条件付き平均スペクトル(CMS)適合波を入力とする手法が最先端となっている。NIEDが公開するK-NET・KiK-netデータを使ったサイト増幅評価と組み合わせ、再現期間2475年(超過確率2%/50年)の地震動を統計的に生成してFEM時刻歴解析を複数回実行する確率論的リスク評価(PRA)が原発耐震設計で義務付けられている。
トラブルシューティング
応答が過大/過小
弾塑性で収束しない
入力方向の間違い
地震波の主方向(強軸/弱軸)を間違えると応答が大きく変わる。建物の主軸方向と地震波の方向の対応を確認。
まとめ
応答値の「発散」は時間刻みが粗すぎるサイン
地震時刻歴解析で途中から変位が急増・発散する場合、時間刻みの粗さで高周波数モードが不安定化している可能性がある。解決策は時間刻みをΔt→Δt/10に細分化するか、HHT-αのαを−0.1〜−0.2に設定して高周波を数値減衰させる。また非線形解析でひびわれ等の剛性急変が発散を誘発する場合は、線形増分ステップを小さくするアダプティブタイムステッピング(Abaqusの*CONTROLS,ANALYSIS TYPE=STABILIZE等)が有効。
「解析が合わない」と思ったら
- まず深呼吸——焦って設定をランダムに変えると、問題がさらに複雑になる
- 最小再現ケースを作る——地震時刻歴応答解析の問題を最も単純な形で再現する。「引き算のデバッグ」が最も効率的
- 1つだけ変えて再実行——複数の変更を同時に行うと、何が効いたか分からなくなる。科学実験と同じ「対照実験」の原則
- 物理に立ち返る——計算結果が「重力に逆らって物が浮く」ような非物理的な結果なら、入力データの根本的な間違いを疑う
関連トピック
なった
詳しく
報告