ベーパーチャンバー
原理:蒸発と凝縮で熱を広げる
概要
スマートフォンやGPUの冷却にベーパーチャンバーが使われていると聞きました。銅板と何が違うんですか?
中が空洞の平たい容器で、少しだけ水などの液体が入っているんだ。発熱部で液体が蒸発すると、蒸気が一瞬で容器全体に広がって、冷たい面で凝縮して熱を置いていく。凝縮した液体は内壁の細かい構造(ウィック)の毛細管力で発熱部へ戻る。熱を「物質の移動」で運ぶから、面の方向には銅の何十倍もの速さで熱が広がる。ヒートパイプを平たくしたものだと考えるといいよ。
「広げる」ことがなぜ効くか
小さなチップの熱を大きなヒートシンクで逃がすとき、熱は放熱板の中で横に広がる必要がある。広がりきらないと、ヒートシンクの一部しか働かず、チップの真上だけが熱くなる(広がり熱抵抗)。熱が完全に一様に広がった理想の場合の温度上昇は、次の式で表せる。
解析でのモデル化
システムの熱解析で内部の二相流を解くことはまずない。VCは、面方向の等価熱伝導率 $k_{xy}$ が非常に大きく、厚さ方向 $k_z$ は蒸発部・凝縮部のウィックの熱抵抗のため小さい、異方性の固体として置き換える。値はメーカーの試験データや、同じ条件での実測温度に合わせて決める。
宇宙から来た冷却技術
ヒートパイプの原理は1940年代に特許が出され、1960年代に米国のロスアラモス研究所で本格的に開発された。当初の目的は、宇宙機や原子炉のように、ポンプを使わずに重力のない環境でも熱を運ぶことだった。ウィックの毛細管力で液体を戻すので、向きや重力に頼らない。それが半世紀ほどかけて小型化・薄型化され、今ではスマートフォンの中に厚さ0.3 mm 程度の板として入っている。
計算例:銅板とVCの比較
計算条件
60 mm 角・厚さ3 mm の放熱板の上面中央に50 W の発熱源を置き、下面はヒートシンク(接触材込み)として熱伝達率5000 W/(m²·K) で冷やした。有限体積法の3次元熱伝導計算(60×60×6分割)で、上面の最高温度上昇を比べた。VCは面方向10,000 W/(m·K)、厚さ方向40 W/(m·K) の異方性固体とした(説明用の値)。完全に一様に広がった場合の温度上昇は2.8 K。
| 放熱板 | 10 mm 角の発熱源 | 30 mm 角の発熱源 |
|---|---|---|
| アルミ(200 W/(m·K)) | 20.3 K | 7.2 K |
| 銅(390 W/(m·K)) | 12.7 K | 5.5 K |
| ベーパーチャンバー | 5.5 K | 4.2 K |
| 理想(完全に一様) | 2.8 K | 2.8 K |
小さい発熱源だと銅の半分以下になるのに、大きい発熱源だと差が小さいですね。
大きな発熱源は、もともと横に広げる必要があまりないからね。VCが効くのは「熱源が小さく、放熱面が大きい」ときなんだ。もう一つ、VCは厚さ方向の熱抵抗が銅より大きいから、放熱面と熱源の大きさが近いと、面方向の利点より厚さ方向の不利が目立つこともある。採用するかどうかは、こうした計算で銅板と比べてから決めるといい。
温度の均一さ
同じ10 mm 角の発熱源で、上面の最高温度と最低温度の差は、銅板の11.4 K に対してVCは2.0 K だった。複数のチップを載せる場合や、温度のばらつきが性能に効く光学部品・電池では、最高温度だけでなくこの均一さも評価項目になる。
設計と解析の注意点
VCの限界
- 毛細管限界:ウィックが液体を戻せる量には上限があり、それを超える熱量では発熱部が乾いて(ドライアウト)急に温度が上がる。等価熱伝導率のモデルではこれが表れないので、メーカーの最大熱量と照らし合わせる。
- 局所の熱流束:熱量が許容内でも、発熱面積が小さすぎて熱流束が高いと、局所的に沸騰限界に達することがある。
- 姿勢と低温:重力に逆らって液体を戻す向きでは性能が下がる。また低温では蒸気圧が低く、作動液が凍る条件では起動に時間がかかる。
モデルの確かめ方
- メーカーのデータ(熱抵抗や温度分布の測定値)と同じ条件を作り、等価熱伝導率を調整して合わせる。
- 合わせた値で実際の製品の条件を解き、熱量が最大熱量の範囲内かを確かめる。
- 試作品で熱源近くと遠い点の温度を測り、面方向の広がりが解析どおりかを確かめる。
「VCにしたのに冷えない」
VCに替えたのに温度がほとんど下がらなかった、という相談はよくある。調べてみると、ヒートシンク自体が小さく、そもそも熱を広げる先がなかったり、VCとヒートシンクの間の接触材が厚くて、そこが一番大きな熱抵抗になっていたりする。VCが減らせるのは広がりの熱抵抗だけで、ヒートシンクから空気への熱抵抗や接触材の熱抵抗は変わらない。熱抵抗の内訳を先に計算して、どこが一番大きいかを確かめてから部品を選ぶのが確実だ。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 等方の大きな熱伝導率で近似 | 厚さ方向の抵抗を無視し温度を低く見積もる | 面方向と厚さ方向を分けて与える |
| 最大熱量を確認しない | ドライアウトで急に温度上昇 | メーカーの限界と照合 |
| 熱源が大きいのにVCを採用 | コストに見合う効果が出ない | 銅板と比較計算してから決める |
| ヒートシンク側の抵抗を見落とす | VCにしても温度が下がらない | 熱抵抗の内訳を先に計算 |
ヒートパイプの原理も試してみたいです。
ヒートパイプシミュレーターで熱輸送量、毛細管上昇シミュレーターでウィックの毛細管力、クラウジウス–クラペイロン式シミュレーターで作動液の蒸気圧と温度の関係を確かめられるよ。ヒートシンクの設計はヒートシンク設計計算機。関連する内容は電子機器のヒートパイプと熱抵抗(Rth)モデルの記事にまとめてある。
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