潜熱効果のモデリング
理論:温度が変わらずに出入りする熱
概要
蓄熱材の熱解析で、融点をまたぐと結果が時間刻みによって大きく変わってしまいます。潜熱の設定がおかしいんでしょうか?
たぶん潜熱の入れ方の問題だね。水が凍るとき、温度は0 ℃のままで、1 kgあたり334 kJもの熱を出し続ける。これは水を80 K冷やすのと同じくらいの量だ。温度を未知数にする普通の熱解析は『温度が変わらずに熱が出入りする』状態が苦手で、融点のまわりに比熱の山を作って近似する。その山を時間刻みが飛び越えてしまうと、潜熱が計算から抜け落ちるんだ。
見かけの比熱法
潜熱 $L$ を融点 $T_m$ の下の温度幅 $\Delta T_m$ に比熱として配る。合金のように実際に温度幅をもって固まる材料には自然だが、純物質では人工的な幅になる。幅が狭いほど実際に近いが、1ステップでその幅を飛び越えると潜熱が計算に入らない。
エンタルピー法
$H$ は単位質量あたりのエンタルピー、$f_l$ は液相率。熱量そのものを保存量として解くので、1ステップで融点をまたいでも潜熱が失われない。温度とエンタルピーの関係が折れ曲がるため反復計算が必要になるが、潜熱の量は正しく保たれる。
検証に使う厳密解(ステファン問題)
$s$ は凍った層の厚さ、$\alpha$ は固相の温度拡散率、$Ste$ はステファン数(顕熱と潜熱の比)。一定温度の壁で片側から凍る問題の厳密解で、数値計算の潜熱の扱いを確かめる基準になる。
北極の海氷の厚さから始まった問題
ステファン問題の名は、オーストリアの物理学者シュテファンが1889年ごろ、極地の海氷がどのくらいの速さで厚くなるかを論じたことに由来する。実は探検隊の観測記録から、氷の厚さが時間の平方根に比例して増えることが知られていた。境界の位置そのものが未知数として動く問題は数学的に扱いにくく、凍結、鋳造、溶接、結晶成長、さらには食品の冷凍まで、同じ形の問題が現れる。コンピュータでの解き方として、境界を追わずに済むエンタルピー法が広まったのは1970年代のことだ。
計算例:水の凍結
例1:厳密解
0 ℃の水が−10 ℃の壁で片側から凍る場合(氷の熱伝導率2.2 W/(m·K)、比熱2,100 J/(kg·K)、潜熱334 kJ/kg)。ステファン数は0.063と小さく、潜熱が支配的。
| 経過時間 | 氷の厚さ(厳密解) | 準定常の近似 |
|---|---|---|
| 1時間 | 22.5 mm | 22.7 mm |
| 6時間 | 55.1 mm | 55.7 mm |
| 24時間 | 110.3 mm | 111.4 mm |
厚さは時間の平方根に比例し、6時間から24時間へ4倍にしても厚さは2倍にしかならない。ステファン数が小さいときは、氷の中の温度分布を直線とみなす準定常の近似でも1%程度の誤差で見積もれる。
例2:2つの方法の比較
同じ問題を1次元・格子1 mm・陰解法で解き、6時間後の氷の厚さを比べた(厳密解55.1 mm)。見かけの比熱は各ステップのはじめの温度で評価した。
| 時間刻み | エンタルピー法 | 見かけの比熱 2 K幅 | 0.5 K幅 | 0.1 K幅 |
|---|---|---|---|---|
| 10秒 | 54.6 mm | 53.8 mm | 54.4 mm | 54.4 mm |
| 60秒 | 54.6 mm | 53.6 mm | 53.8 mm | 52.9 mm |
| 600秒 | 54.6 mm | 52.3 mm | 48.4 mm | 42.4 mm |
温度幅を狭くして実際に近づけたつもりが、時間刻みが大きいと逆に悪くなるんですね。
そう。幅が0.1 Kだと、600秒の間に格子点の温度がその幅を一気に通り過ぎて、潜熱の山にきちんと乗らない。潜熱の出入りの計算が狂うと、誤差が厚い側に出るか薄い側に出るかは実装や比熱の評価のしかたで変わる。この例では薄い側に出た。いずれにしても『時間刻みを変えると結果が変わる』のが潜熱の取りこぼしのサイン。エンタルピー法は時間刻みを60倍にしても54.6 mmで変わらない。見かけの比熱法を使うなら、1ステップの温度変化が幅より十分小さいことを確かめよう。
解析の進め方
確認すること
- ソフトの潜熱の入れ方(見かけの比熱か、エンタルピーか)を確かめる。
- ステファン問題のような厳密解で、格子と時間刻みを決める。
- 時間刻みを半分にして結果が変わらないことを確かめる。
- 全体の熱収支(入った熱=顕熱+潜熱の変化)が合うか確かめる。
注意点
- 合金の凝固範囲:合金は温度幅をもって固まるので、液相率の温度変化を材料データから与える。
- 過冷却:水や蓄熱材は融点より下がっても固まらないことがあり、固まり始めると一気に温度が戻る。
- 体積変化と対流:凍結での膨張、液相内の自然対流は、必要に応じて別途モデル化する。
「蓄熱材が思ったほど熱をためない」
蓄熱材(PCM)を使った保冷箱の解析で、保冷時間が実験より長く出た——調べると、融点付近の比熱の山を広い温度幅で入れていたため、実際には融け始めていない温度から潜熱が効いていた、という例がある。逆に幅を狭くしすぎると時間刻みで取りこぼす。材料の示差走査熱量測定(DSC)のデータから、どの温度でどれだけ熱を吸うかを読み取り、その形のまま入れるのが確実だ。実験と比べるときは、表示温度だけでなく累積の吸熱量で比べると原因がわかりやすい。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 狭い温度幅+大きな時間刻み | 潜熱を取りこぼす | 幅を広げるかエンタルピー法 |
| 時間刻みの感度を確かめない | 誤差に気づかない | 半分にして比較 |
| 広すぎる温度幅 | 融け始めを早く見積もる | DSCの形で入力 |
| 熱収支を確認しない | 潜熱の欠落を見逃す | 累積の熱量を比較 |
| 過冷却を無視 | 凍結開始時刻を誤る | 実験で確認し必要ならモデル化 |
融解や凍結の計算を自分でも試したいです。
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