MEMS静電アクチュエータ解析
理論:静電力とばねの力のつり合い
概要
MEMSのミラーを電圧で傾けたいのですが、ある電圧を超えたとたんに張り付いて戻らなくなりました。壊れたんでしょうか?
たぶん『プルイン』だね。2枚の電極に電圧をかけると引き合う力が生じて、可動側がばねで支えられながら近づく。ところが静電力はすき間が狭くなるほど2乗で強くなるのに、ばねの力は変位に比例してしか増えない。すき間の1/3まで近づいたところで、ばねが静電力を支えきれなくなり、一気に吸い付くんだ。電極どうしが接触すると表面の力でくっついたまま戻らないこともある。設計では、このプルインを避けるか、あえて使うかを決める必要がある。
力のつり合い
$k$ はばね定数、$x$ は変位、$\varepsilon_0$ は真空の誘電率、$A$ は電極の面積、$g_0$ は初期のすき間、$V$ は電圧。右辺の静電力は、すき間が小さくなるほど急に大きくなる。
プルイン電圧
つり合いの式が解を持つ最大の電圧がプルイン電圧で、そのときの変位はすき間の1/3。プルイン電圧はすき間の1.5乗とばね定数の平方根に比例する。
くし歯駆動
$n$ はくし歯の数、$t$ は厚さ、$g$ は歯の間のすき間。歯が横にかみ合う方向に動くとき、力は変位によらずほぼ一定なので、平行平板のような不安定が起きにくい。
1960年代の共振ゲートトランジスタから
静電力で動く微小な機械の先駆けは、1967年にNathansonらが発表した共振ゲートトランジスタで、プルインの現象もこのとき解析されている。1980年代にシリコンの微細加工で機械構造を作る技術が進み、くし歯駆動はTangらが1989年に示した。今ではスマートフォンの加速度センサやジャイロ、プロジェクタの微小ミラー、RFスイッチなど、身の回りの多くの製品に静電駆動のMEMSが入っている。
計算例
例1:ばね定数とプルイン電圧
電極100 μm角、初期のすき間2 μm。
| ばね定数 | プルイン電圧 |
|---|---|
| 1 N/m | 5.17 V |
| 5 N/m | 11.57 V |
| 10 N/m | 16.36 V |
例2:電圧と変位の関係(ばね定数5 N/m)
| 電圧(プルイン比) | 変位 | すき間に対する割合 |
|---|---|---|
| 2.89 V (25%) | 0.019 μm | 1% |
| 5.78 V (50%) | 0.080 μm | 4% |
| 8.68 V (75%) | 0.207 μm | 10% |
| 10.41 V (90%) | 0.355 μm | 18% |
| 11.45 V (99%) | 0.561 μm | 28% |
プルインの手前でも、すき間の3割くらいしか動かせないんですね。
そう、理論上はすき間の1/3が限界で、実際にはばらつきや振動を考えて、もっと手前で使う。電圧が小さいうちは変位は電圧の2乗に比例してゆっくり増えるけど、プルインに近づくと少しの電圧で急に動くから、制御も難しくなる。大きく動かしたいなら、すき間を広げる(ただしプルイン電圧は1.5乗で上がる)か、くし歯駆動のように不安定の起きにくい形にするのが定石だ。
例3:すき間のばらつき
| すき間の誤差 | プルイン電圧 | 変化 |
|---|---|---|
| −10% | 9.88 V | −14.6% |
| ±0 | 11.57 V | — |
| +10% | 13.35 V | +15.4% |
すき間の10%の誤差で、プルイン電圧は約15%ずれる。犠牲層のエッチングや残留応力による反りで、すき間は製造ごとにばらつくので、駆動電圧に十分な余裕を持たせるか、製造後に電圧を校正する必要がある。
例4:くし歯駆動の力
| 電圧 | 力(指100本・厚さ20 μm・すき間2 μm) | ばね1 N/mでの変位 |
|---|---|---|
| 10 V | 0.89 μN | 0.89 μm |
| 30 V | 7.97 μN | 7.97 μm |
| 60 V | 31.9 μN | 31.9 μm |
くし歯の力は電圧の2乗に比例し、変位によらないので、すき間より大きく数十μm動かせる。ただし横方向の力の釣り合いが崩れると歯どうしが横に吸い付く『横方向のプルイン』が起きるので、横方向のばねは硬くする。
解析の進め方
- 電界と構造の連成:構造が変形すると電界が変わり、力も変わる。変形後の形で電界を解き直す反復、または一体での解析を行う。
- プルインの追跡:電圧を上げていく普通の解析はプルインの手前で収束しなくなる。変位を指定して電圧を求める方法(変位制御)で、不安定な側まで曲線を追う。
- 縁の電界:電極の縁から回り込む電界(フリンジ)で、力は平行平板の式より大きくなる。すき間が電極の大きさに比べて大きいほど影響が大きい。
- 空気の減衰:狭いすき間の空気が押し出されるときの抵抗(スクイーズ膜減衰)が、動的な応答を大きく左右する。
「測った電圧がいつも計算より低い」
試作したMEMSのプルイン電圧が、平行平板の式の値より1〜2割低く出ることはよくある。原因の一つは縁の電界で、実際の力が式より大きい。もう一つは残留応力による反りで、すき間が設計値より狭くなっている場所がある。さらに、帯電した絶縁膜の電荷が上乗せされることもある。解析では、フリンジを含めた3次元の電界、残留応力による初期の変形を入れて、測定と比べながら合わせ込むのが確実だ。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| すき間の1/3以上を狙う | プルインで張り付く | すき間を広げるかくし歯 |
| 電圧制御だけで解析 | プルイン付近で収束しない | 変位制御で追跡 |
| フリンジを無視 | プルイン電圧を過大評価 | 3次元の電界 |
| すき間の公差を見ない | 個体ごとに電圧がずれる | 余裕・校正 |
| 横方向の安定を見ない(くし歯) | 横方向のプルイン | 横のばねを硬く |
静電力やエネルギーの計算を自分でも試したいです。
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