ハイスラーチャート
理論:無次元数で整理した厳密解
概要
鋼の部品を焼入れするとき、中心が何秒で冷えるかを知りたいです。教科書のハイスラーチャートを使えばいいですか?
形が板・円柱・球に近くて、熱伝達係数が一定と見なせるなら、ちょうどいい道具だよ。ハイスラーチャートは、熱伝導の方程式の厳密解(無限級数)を、ビオ数とフーリエ数の2つの無次元数で整理して図にしたものだ。今は級数を直接計算できるから図を読む必要はないけど、中身を理解しておくと、いつ簡単な式でよくて、いつ詳しい解析が要るかが判断できる。
無次元の温度・ビオ数・フーリエ数
$L_c$ は板なら半分の厚さ、円柱と球なら半径。ビオ数は物体の中の熱の通りにくさと表面の熱の逃げやすさの比で、大きいほど中心と表面の温度差が大きい。フーリエ数は無次元の時間。θ = 1が初期温度、0が流体の温度。
級数解と1項近似
$\zeta_n$ は形ごとの固有値の式の根、$C_n$ はそこから決まる係数。高次の項ほど速く小さくなるので、フーリエ数が0.2を超えると第1項だけで十分になる。ハイスラーチャートはこの第1項を図にしたものだ。
計算機のない時代の『図の計算機』
1947年、米国のHeislerが発表したこの線図は、固有値の方程式を解いて級数を足し合わせるという手間のかかる計算を、図を読むだけで済ませられるようにした。鋼の焼入れ、食品の加熱殺菌、コンクリートの養生など、物の中心がいつ目標の温度になるかを知りたい現場で広く使われた。その後、表面や途中の位置の温度、たまった熱量を求める図も加えられ、グレーバーによる改良版とあわせて、今も伝熱の教科書に載り続けている。
計算例:鋼の焼入れ
鋼(熱伝導率40 W/(m·K)、温度拡散率1.17×10⁻⁵ m²/s)を、油(熱伝達係数500 W/(m²·K))と水(5,000 W/(m²·K))で冷やす。表は中心の無次元温度θ(1が初期、0が冷却液の温度)。
直径100 mmの球
| 冷却液 | ビオ数 | Fo | 時間 | 厳密解 | 1項近似 | 集中定数 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 油 | 0.62 | 0.05 | 11 s | 0.998 | 1.084 | 0.911 |
| 油 | 0.62 | 0.20 | 43 s | 0.842 | 0.846 | 0.687 |
| 油 | 0.62 | 1.00 | 214 s | 0.225 | 0.225 | 0.153 |
| 水 | 6.25 | 0.05 | 11 s | 0.987 | 1.290 | 0.392 |
| 水 | 6.25 | 0.20 | 43 s | 0.439 | 0.443 | 0.024 |
水で冷やすと、集中定数モデルは中心温度をずいぶん低く見積もってしまうんですね。
ビオ数が6.25もあると、表面はすぐ冷えても、中の熱が表面まで伝わるのに時間がかかる。集中定数モデルは物体の中の温度差を無視しているから、表面の速い冷え方を全体に当てはめてしまう。43秒の時点で中心は元の温度差の44%が残っているのに、集中定数では2%と答える。焼入れで中心まで硬くなるかを判断するなら致命的な差だ。逆に、1項近似はFo = 0.2以上でほぼ厳密解と同じ。冷やし始めの11秒(Fo = 0.05)では1を超えるほどずれるから、短い時間は級数の項を増やして計算しよう。
板・丸棒での比較(Fo = 1.0)
| 形 | 冷却液 | ビオ数 | 時間 | 厳密解 | 集中定数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 板 厚さ40 mm | 油 | 0.25 | 34 s | 0.824 | 0.779 |
| 板 厚さ40 mm | 水 | 2.50 | 34 s | 0.325 | 0.082 |
| 丸棒 直径50 mm | 油 | 0.31 | 53 s | 0.602 | 0.535 |
| 丸棒 直径50 mm | 水 | 3.12 | 53 s | 0.055 | 0.002 |
ビオ数が0.25〜0.3程度の油冷でも、集中定数モデルとの差は5〜7ポイントある。『ビオ数0.1以下なら集中定数でよい』という目安は、このずれを許せるかどうかで判断する。
使い方と限界
使える条件
- 形:無限に長い板・円柱と球。有限の円柱や直方体は、板と円柱の解の積で近似できる(多次元の積の解)。
- 条件:初期温度が一様、周りの温度と熱伝達係数が一定、物性が一定。
- 時間:1項近似はFo > 0.2。それより短い時間は級数の項を増やすか、半無限固体の解を使う。
限界
実際の焼入れでは、水の沸騰の状態が変わって熱伝達係数が時間とともに大きく変わり(膜沸騰から核沸騰へ)、鋼の物性も温度で変わる。こうした場合は、数値解析で温度の履歴を求める必要がある。ハイスラーの解は、その数値解析が正しいかを確かめる基準として今も役に立つ。
「数値解析とチャートが合わない」
非定常の熱解析を検算しようとハイスラーチャートと比べたら、中心温度が1割以上違った——よくある原因は3つある。1つは、ビオ数やフーリエ数の代表長さを取り違えていること(板なら全厚ではなく半分の厚さ)。2つ目は、数値解析の時間刻みやメッシュが粗く、冷やし始めの急な温度変化を追えていないこと。3つ目は、チャートを読むときの目盛りの誤差で、特にフーリエ数の小さい領域は読み取りにくい。今は級数を直接計算して比べるのが確実だ。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 代表長さを全厚にする | Bi・Foが4倍ずれる | 板は半厚、円柱・球は半径 |
| Fo < 0.2で1項近似 | 大きくずれる | 項を増やす |
| Biが大きいのに集中定数 | 中心温度を過小評価 | Biを確認して級数解 |
| 熱伝達係数を一定と仮定(焼入れ) | 冷却曲線を誤る | 沸騰の変化を入れた数値解析 |
| チャートの読み取りに頼る | 読み取り誤差 | 級数を直接計算 |
非定常の熱伝導を自分でも計算してみたいです。
非定常熱伝導シミュレーターで非定常の温度変化、1次元熱伝導で1次元の熱伝導を試せるよ。関連する解は集中定数モデル、半無限固体、多次元の非定常熱伝導、無次元数の意味はフーリエ数の記事にある。
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