半無限固体の非定常熱伝導
理論:片側だけが無限に続く物体
概要
「半無限固体」って、現実には無限に厚い物なんてないですよね。何の役に立つんですか?
熱が伝わる速さには限りがあるから、表面を急に熱したり冷やしたりした直後は、変化が届いているのは表面近くの薄い層だけなんだ。その間は、裏側がどこにあっても結果は変わらない。だから焼入れの最初の数秒、地面の凍結、手で物に触れた瞬間、レーザーの短いパルス——こういう「短い時間の現象」は、ほぼすべて半無限固体として解析解で見積もれる。FEMの結果を確かめる基準解としても一番よく使われるよ。
支配方程式と3つの境界条件
初期温度 $T_i$ の一様な物体で、表面 $x=0$ から内部 $x>0$ へ熱が伝わる1次元の非定常熱伝導を考える。
(1) 表面温度が $T_s$ に急変:解は誤差関数で書け、表面の熱流束は $1/\sqrt{t}$ で減っていく。
(2) 表面に一定の熱流束 $q_0''$:レーザー加熱や摩擦発熱のモデル。表面温度は $\sqrt{t}$ に比例して上がる。
(3) 表面で流体(温度 $T_\infty$、熱伝達率 $h$)と対流:$h \to \infty$ で (1) に一致する。
どれも $x/(2\sqrt{\alpha t})$ という組み合わせが出てきますね。
そこが半無限固体のいちばん大事なところだよ。代表長さがないから、長さは $\sqrt{\alpha t}$ でしか測れない。つまり「2倍の深さまで同じ温度変化が届くには4倍の時間がかかる」。この $\sqrt{t}$ の法則を覚えておくと、実験やFEMの結果が妥当かどうかをすぐに判断できる。
浸透深さと「半無限」とみなせる条件
$x = 4\sqrt{\alpha t}$ では温度変化が表面の変化の0.5%未満になる。厚さ $L$ の板は、この深さが $L$ に届くまで(フーリエ数がおよそ0.06未満)は半無限固体として扱える。代表的な材料の浸透深さは次のとおり。
| 材料(熱拡散率) | 1秒 | 1分 | 1時間 |
|---|---|---|---|
| アルミニウム(9.8×10⁻⁵ m²/s) | 40 mm | 306 mm | 2.4 m |
| 炭素鋼(1.4×10⁻⁵ m²/s) | 15 mm | 115 mm | 0.89 m |
| コンクリート(6.9×10⁻⁷ m²/s) | 3.3 mm | 26 mm | 0.20 m |
地球の年齢を熱伝導で計算した話
19世紀、ケルヴィン卿は地球を「最初は一様に高温で、表面から冷えていく半無限固体」とみなし、地表近くで測られた温度勾配から冷却にかかった時間を逆算した。得られた年齢は数千万年から1億年程度で、地質学者や進化論の側が考えていたより大幅に短かった。後に放射性元素の発熱やマントルの対流が見つかり、この見積もりは外れていたことがわかる。それでも、誤差関数解の $\sqrt{t}$ の性質を使って測定から時間を推定する、という考え方そのものは、今も非破壊検査などで使われている。
計算例
例1:土の凍結深さ
初期温度20℃の土(熱拡散率 $\alpha = 1.38\times10^{-7}$ m²/s)の地表が急に −15℃ になり、そのまま続いたとする。0℃ の面の深さは (1) の解で $\operatorname{erf}(\eta) = 15/35 = 0.429$ から $\eta \approx 0.400$、$x = 2\eta\sqrt{\alpha t}$ で求まる。
| 経過日数 | 0℃ の深さ |
|---|---|
| 30 | 0.48 m |
| 60 | 0.68 m |
| 90 | 0.83 m |
期間を3倍にしても深さは √3≈1.7 倍にしかならない。水道管の埋設深さや寒冷地の基礎の根入れが「数十cm〜1m程度」で済むのはこのためだ。実際には雪や植生の断熱、水の凍結潜熱で浅くなるから、この計算は安全側の見積もりになる。
例2:金属が冷たく感じる理由(接触温度)
温度の違う2つの半無限固体を接触させると、界面温度 $T_c$ は時間によらず一定になり、熱浸透率 $e$ で重み付けした平均になる。
皮膚($k=0.37$ W/(m·K)、$\rho=1000$ kg/m³、$c=3500$ J/(kg·K)、$e \approx 1140$)の表面を34℃として、20℃の物体に触れたときの界面温度を計算すると次のようになる。
| 材料 | 熱浸透率 e [W·s1/2/(m²·K)] | 界面温度 |
|---|---|---|
| アルミニウム | 24,000 | 20.6 ℃ |
| 鋼 | 13,400 | 21.1 ℃ |
| ガラス | 1,620 | 25.8 ℃ |
| 木材(針葉樹) | 310 | 31.0 ℃ |
| 発泡スチロール | 30 | 33.6 ℃ |
温度計では同じ20℃なのに、指先が感じる温度は10℃も違うんですね。
人は物の温度ではなく、皮膚表面の温度を感じているからね。製品設計でもこの式はよく使う。家電の外装やドアノブの「触ったときの熱さ・冷たさ」、やけどの評価、金型と樹脂の界面温度の初期値などは、まずこの式で当たりをつけて、それからFEMで細部を詰めるといい。
例3:一定熱流束での表面温度上昇
鋼($k=50$ W/(m·K)、$\alpha = 1.38\times10^{-5}$ m²/s)の表面に 1 MW/m² の熱流束を与えると、(2) で $x=0$ とした $\Delta T_s = 2q_0''\sqrt{\alpha t/\pi}/k$ から、0.1秒後に約27 K、1秒後に約84 K 上昇する。時間を10倍にしても温度上昇は $\sqrt{10}\approx3.2$ 倍。短パルスのレーザー加工で「出力を上げて時間を短く」すると母材への影響を抑えられるのは、この関係による。
FEMでの解き方と検証
表面近くのメッシュ
- 最初に評価したい時刻 $t_1$ の浸透深さ $4\sqrt{\alpha t_1}$ の中に、要素が少なくとも数個入るように表面を細かくする。鋼で $t_1 = 0.1$ 秒なら浸透深さは約5 mm しかない。
- 奥に行くほど要素を大きくしてよい。ただし隣り合う要素の寸法比は急に変えない(1.2〜1.5倍程度ずつ)。
- モデルの厚さは、解析する最終時刻の浸透深さより十分大きくとる。足りないと裏面の境界条件が結果に効いてしまい、半無限の解と合わなくなる。
時間刻みと初期の振動
表面温度を急に変える問題は、最初の数ステップが最も難しい。陰解法は大きな時間刻みでも発散しないが、刻みが粗いと表面近くの急な温度勾配をとらえきれない。逆に2次要素で刻みを小さくしすぎると、表面の温度変化が要素内で振動して、初期温度より低い(加熱なのに冷える)ような非物理的な値が出ることがある。Abaqus のマニュアルは、2次要素の非定常伝熱で $\Delta t > \rho c\,\Delta\ell^2/(6k)$($\Delta\ell$ は表面の要素寸法)を目安として示している。
振動を避けるには、どうすればいいんですか?
表面の要素を細かくして、上の目安を満たす刻みから始めるのが基本。1次要素に変える、表面温度をごく短い時間でランプ状に立ち上げる、という手もある。いずれにしても、誤差関数解と表面近くの数点で比べて確かめてから本番のモデルに進むのが安全だよ。
誤差関数解による検証
- 解析したい材料・温度差で、厚さが最終時刻の浸透深さより十分大きい1次元モデル(細長い棒や薄いスライス)を作る。
- 表面温度を一定にして解き、いくつかの深さの温度履歴と表面熱流束を (1) の式と比べる。
- 表面熱流束は $1/\sqrt{t}$ で変わるので、初期ほど誤差が出やすい。最初の数ステップの誤差が許容範囲に入るまでメッシュと刻みを調整する。
- 同じメッシュ・刻みの設定を、実形状のモデルの表面付近にも適用する。
焼入れ解析で「最初の1秒」が合わない理由
焼入れでは、高温の部品を水や油に入れた直後に表面の熱伝達率が大きく変わる。蒸気膜に覆われる段階では熱が伝わりにくく、膜が崩れて沸騰が始まると急に冷える。表面近くの温度はこの変化にすぐ反応するため、熱伝達率を一定値で与えたモデルでは最初の1秒前後の冷却曲線が合わないことが多い。まず半無限固体の式で表面温度の変化の速さを見積もり、そのうえで熱伝達率を温度の関数として与えると、測定との差を詰めやすい。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 浸透深さが板厚を超えた時刻まで半無限の式を使う | 裏面の影響を無視して温度を誤る | $Fo = \alpha t/L^2$ を確認し、大きければ平板の解か数値解へ |
| 熱伝導率 $k$ と熱拡散率 $\alpha$ の取り違え | 時間スケールが桁違いになる | $\alpha = k/(\rho c)$ を毎回計算し、単位 m²/s を確認する |
| 表面の要素が粗すぎる | 初期の表面熱流束を大きく過小評価 | 初期時刻の浸透深さに要素を数個入れる |
| 接触面を完全接触として扱う | 実際には接触熱抵抗で界面温度が変わる | 粗さや面圧に応じた接触熱コンダクタンスを与える |
| 温度依存の物性を室温値で固定 | 大きな温度差では誤差が大きくなる | 解析解は見積もりに使い、詳細は温度依存物性のFEMで |
パラメータを変えて温度分布の広がり方を見てみたいです。
有限差分熱伝導シミュレーターで表面温度を急に変えると、温度が $\sqrt{t}$ で奥へ広がっていく様子を確かめられるよ。2次元の広がりは2D過渡熱伝導シミュレーターで見られる。物体が十分薄くて内部の温度差を無視できるならビオ数シミュレーターと集中熱容量法、浸透深さが板厚に届いた後はハイスラー線図計算機とハイスラーチャートの出番だ。表面温度が周期的に変わる場合は周期的加熱問題にまとめてある。
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