レイリー・ベナール対流
理論:静止か、対流か
概要
鍋の水を弱火で温めると、底から温まった水がすぐ上がってくるわけじゃないんですよね。何かきっかけがあるんですか?
あるんだ。下が温かく上が冷たい流体層は「重いものが上にある」不安定な状態だけど、粘性と熱の拡散がブレーキになって、少しの温度差なら静止したまま熱は伝導だけで伝わる。浮力がブレーキに勝った瞬間、流体はロール状の渦を作って一斉に動き出す。この境目を決めるのがレイリー数で、上下が固体壁なら約1708。これがレイリー・ベナール対流だよ。
レイリー数と臨界値
| 上下の境界 | 臨界レイリー数 | 臨界波数 $a_c$ |
|---|---|---|
| 固体壁・固体壁 | 1707.8 | 3.117 |
| 固体壁・自由表面 | 1100.7 | 2.682 |
| 自由表面・自由表面 | 657.5 | 2.221 |
$H$ は層の厚さ、$\Delta T$ は上下の温度差。臨界点で現れるロールの波長は約 $2H$、つまりロール1本の幅はほぼ層の厚さに等しい。レイリー数は $H^3$ に比例するので、厚さを2倍にすると8倍になる。
ベナールの六角形は浮力のせいではなかった
1900年、フランスのアンリ・ベナールは、加熱した薄い液体層の表面にきれいな六角形の模様が現れることを報告した。1916年にレイリー卿が浮力による不安定性として理論を立て、この現象は二人の名前で呼ばれるようになった。ところがベナールの実験は上面が空気に接した非常に薄い層で、後の研究(1958年のピアソンら)で、主な原因は温度による表面張力の差(マランゴニ効果)だったことがわかる。名前と中身がずれたまま定着した、珍しい例だ。
計算例:空気層の厚さと熱流束
空気層のヌセルト数
下面が高温の水平な空気層については、Hollands ら(1975)の相関式がよく使われる($[\,]^+$ は負のとき0とする)。
300 K の空気($\nu = 1.59\times10^{-5}$ m²/s、$\alpha = 2.25\times10^{-5}$ m²/s、$k = 0.0263$ W/(m·K))で、上下の温度差を10 K とした結果。
| 厚さ | Ra | Nu | 熱流束 |
|---|---|---|---|
| 5 mm | 114 | 1.00 | 52.6 W/m² |
| 10 mm | 915 | 1.00 | 26.3 W/m² |
| 15 mm | 3,087 | 1.64 | 28.8 W/m² |
| 20 mm | 7,317 | 2.18 | 28.7 W/m² |
| 30 mm | 24,695 | 2.96 | 25.9 W/m² |
| 50 mm | 114,328 | 4.12 | 21.6 W/m² |
10 mm より15 mm のほうが熱が逃げるんですか! 厚いほど断熱になると思っていました。
伝導だけなら熱流束は厚さに反比例するけど、この条件だと約12 mm で対流が始まって、厚くした分がほぼ打ち消されるんだ。二重ガラスや断熱パネルの空気層に「最適な厚さ」があるのはこのため。ただし窓のように層が垂直だと対流の起き方が違うので、密閉空間の自然対流の相関式を使う。
水はずっと対流しやすい
20℃ の水($\nu = 1.0\times10^{-6}$ m²/s、$\alpha = 1.43\times10^{-7}$ m²/s、$\beta = 2.07\times10^{-4}$ 1/K)の厚さ50 mm の層では、温度差わずか1 K でもレイリー数は約 $1.8\times10^{6}$ と臨界値の1000倍になる。液体のタンクや電池の冷却液で「わずかな温度差だから静止している」と仮定するのは危険だ。
レイリー数による流れの変化
| レイリー数の目安 | 流れ |
|---|---|
| 1708 未満 | 静止。熱は伝導のみ(Nu = 1) |
| 1708〜数万 | 定常な2次元ロール |
| 数万〜10⁶ 程度 | ロールが3次元化し、時間的に揺らぐ |
| それ以上 | 乱流。上下の壁近くの薄い熱境界層と、そこから離れるプルーム |
境目の値は流体のプラントル数や容器の縦横比で変わるので、表は目安として読む。
CFDで正しく再現する
解析設定の要点
- 浮力モデル:温度差が小さければブシネスク近似でよい。目安は $\beta\Delta T$ が0.1より十分小さいこと。それを超えるなら密度を温度の関数として扱う。
- 初期の乱れ:完全に一様な初期温度と対称な形状では、数値的にも伝導解のまま動かないことがある。初期温度に0.1%程度の小さなランダムな乱れを入れる。
- 時間発展で解く:臨界値をある程度超えると流れは時間的に揺らぐので、定常計算は収束しないか、偶然の一つの状態に落ち着く。非定常で解き、十分長い時間で平均したヌセルト数を評価する。
- 横方向の広さ:ロールの幅は厚さ程度なので、計算領域の横幅がロールの本数を決めてしまう。周期境界を使うか、横幅を厚さの数倍以上とる。
熱境界層を解像するメッシュ
熱は上下の壁近くの薄い熱境界層を通って伝わるので、ここにセルが入っていないとヌセルト数を誤る。目安として、上の式で見積もった $\delta_T$ の中にセルが数個以上入るよう、壁に向かって細かくする。$Nu = 10$ なら $\delta_T$ は厚さの5%しかない。
検証の進め方
- 臨界付近(例えば Ra = 1500 と 2000)で解き、1500 では流れが減衰して Nu = 1 に戻り、2000 では対流が成長することを確かめる。
- Ra = $10^4$〜$10^5$ で時間平均のヌセルト数を上の相関式と比べる。10〜20%以内なら妥当な範囲。
- メッシュを細かくしてもヌセルト数が変わらないことを確認してから、本番の形状に進む。
天気予報のカオスはここから始まった
1963年、気象学者のエドワード・ローレンツは、レイリー・ベナール対流を極端に簡単にした3変数の連立微分方程式を調べていて、初期値のわずかな違いが結果を大きく変えることに気づいた。これが「バタフライ効果」として知られるカオスの発見につながった。対流のCFDで、同じ条件でも計算ごとに瞬間の流れの形が違って見えるのは不具合ではなく、この性質によるものだ。比べるべきは瞬間の形ではなく、時間平均した量である。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 完全に一様な初期条件で解く | 臨界を超えても対流が始まらない | 初期温度に小さな乱れを加える |
| 加熱面を上にして同じ式を使う | 安定成層なので対流は起きず、熱伝達を過大評価 | 上面加熱は伝導(Nu ≈ 1)として扱う |
| 垂直な層に水平層の式を使う | 対流の起き方が違い、誤差が大きい | 縦横比を含む密閉空間の相関式を使う |
| 定常計算の結果をそのまま使う | 揺らぐ流れの一つの状態だけを見る | 非定常で時間平均をとる |
| 壁近くのメッシュが粗い | ヌセルト数を大きく外す | $\delta_T$ の中にセルを数個入れる |
パラメータを変えて対流の始まりを見てみたいです。
対流セルシミュレーターで温度差や厚さを変えると、ロールが現れる境目を確かめられるよ。無次元数の関係はグラショフ数シミュレーターとグラショフ数とレイリー数、表面の熱伝達率の見積もりは自然対流熱伝達係数計算ツール。ローレンツが見つけたカオスはローレンツアトラクターシミュレーターで体験できる。
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