極低温の熱解析(真空断熱タンクの侵入熱)
理論:3つの侵入熱の経路
概要
液体窒素のタンクを設計しています。1日にどれくらい蒸発するか、先に見積もれますか?
できるよ。極低温のタンクは内槽と外槽の間を真空にして、入ってくる熱をできるだけ減らしている。それでも熱は、外槽からの放射、内槽を支える首管や支持材の伝導、真空が悪ければ残ったガスの伝導、の3つから入る。入った熱はすべて液体の蒸発に使われるから、侵入熱を蒸発熱で割れば蒸発量が出る。極低温ならではの落とし穴は、材料の熱伝導率が温度で大きく変わることと、液体水素は蒸発熱が小さいことだね。
放射と蒸発量
$\varepsilon$ は両面の放射率(同じ値とした)、$N$ は間に浮かせた放射シールドの枚数。シールドを入れるたびに放射は $1/(N+1)$ になる。$h_{fg}$ は蒸発熱。
温度で変わる熱伝導
熱伝導率 $k$ は温度で大きく変わるので、一定値ではなく温度で積分する。この積分値は材料ごとに表になっており、形状に関係なく使える。
魔法瓶は極低温の研究から
家庭の魔法瓶は、もとは極低温の研究道具だった。1892年、イギリスの化学者デュワーが、液化した気体を保存するために、二重のガラス容器の間を真空にし、内面を銀めっきした容器を作った。真空で伝導と対流を止め、銀の鏡面で放射を減らすという、今の真空断熱タンクと同じ考え方だ。デュワーはこの容器を使って1898年に初めて水素を液化した。極低温の容器を今も『デュワー』と呼ぶのはこのためだ。
計算例:1 m³の球形タンク
1 m³の球形の内槽(半径0.62 m、表面積4.84 m²)を、300 Kの外槽の中に真空で保持する。両面の放射率を0.05とし、放射シールドの枚数を変えて放射による侵入熱を求めた。
| 放射シールド | 熱流束 | 侵入熱(液体窒素 77 K) | 侵入熱(液体水素 20 K) |
|---|---|---|---|
| なし | 11.7 W/m² | 56.7 W | 57.0 W |
| 10枚(理想) | 1.07 W/m² | 5.15 W | 5.18 W |
| 30枚(理想) | 0.38 W/m² | 1.83 W | 1.84 W |
| 実際のMLIの目安 | 0.5〜1 W/m² | 2.4〜4.8 W | — |
低温側が77 Kでも20 Kでも放射はほとんど変わらない。放射は温度の4乗なので、ほぼ300 Kの外槽側だけで決まる。また、実際の多層断熱材は層どうしの接触や継ぎ目、配管の貫通部があるため、理想計算より数倍悪くなるのが普通だ。
蒸発量
| 侵入熱 | 液体窒素 | 液体水素 |
|---|---|---|
| 1 W | 0.43 kg/日(0.05%/日) | 0.19 kg/日(0.27%/日) |
| 5 W | 2.17 kg/日(0.27%/日) | 0.97 kg/日(1.37%/日) |
| 10 W | 4.34 kg/日(0.54%/日) | 1.94 kg/日(2.74%/日) |
液体水素は同じ侵入熱で5倍も減るんですね。
そう。液体水素は重さあたりの蒸発熱は液体窒素の2倍以上あるけれど、密度が11分の1しかないから、体積あたりでは約5分の1になる。放射の侵入熱は同じなのに、タンクの中身の減り方は5倍速い。だから液体水素のタンクは、液体窒素で冷やしたシールドを挟んだり、蒸発したガスで首管を冷やしたりして、侵入熱をさらに一桁下げる工夫をする。
例2:首管の伝導
外径50 mm・肉厚0.5 mm・長さ0.3 mのステンレス304の首管で、伝導による侵入熱を求めた。熱伝導率は300 Kで15.3、150 Kで11.2、77 Kで7.9、20 Kで2.2 W/mK。
| 低温側 | 熱伝導率の積分 | 侵入熱(温度変化あり) | 常温の値で一定 | 過大評価 |
|---|---|---|---|---|
| 77 K | 2,705 W/m | 0.71 W | 0.89 W | 26% |
| 20 K | 3,012 W/m | 0.79 W | 1.12 W | 42% |
解析の進め方
- 侵入熱の経路(放射・支持材と配管の伝導・残留ガス)を洗い出す。
- 放射は多層断熱材の実測値(理想計算ではなく)で見積もる。
- 伝導は熱伝導率の温度積分で計算し、首管は蒸発ガスによる冷却も考える。
- 侵入熱の合計から蒸発量と保持時間を出し、容器の圧力上昇(閉じた場合)も確かめる。
- 温度成層や、配管内で液が沸騰して起きる流れの不安定も必要に応じて解析する。
「計算の3倍蒸発する」
新しく作った液体窒素タンクの蒸発量が、設計計算の3倍近くあった——という例がある。放射は多層断熱材の理想計算で見積もっていたが、実際には配管の貫通部の周りで断熱材が圧縮され、層どうしが接触していた。さらに首管の伝導を常温の熱伝導率で計算していて、ここは逆に過大だったので、原因が見えにくくなっていた。多層断熱材は実測に基づく値で見積もり、施工の詳細(貫通部・継ぎ目)を図面の段階から詰めておくことが大事だ。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| MLIを理想計算で | 侵入熱を過小評価 | 実測に基づく値 |
| 熱伝導率を一定に | 伝導を大きく誤る | 温度積分を使う |
| 液体水素を液体窒素と同じ感覚で | 蒸発が約5倍 | 体積あたりの蒸発熱で比べる |
| 真空度を考えない | ガス伝導が加わる | 真空の劣化も想定 |
| 貫通部を省略 | 局所的な侵入熱を見落とす | 配管・配線を個別に計上 |
関連する計算を試したいです。
黒体放射のシミュレーター、放射ネットワークのシミュレーターで放射、沸騰曲線のシミュレーターで沸騰の様子を確かめられるよ。関連する解析は沸騰熱伝達、温度成層、ヒートパイプも参考になる。
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