ヒートパイプシミュレーション
理論:蒸発・凝縮・毛細管力のサイクル
概要
ノートPCの中の細い銅の管がヒートパイプだと聞きました。ただの銅の棒と何が違うんですか?
中は真空に近くして少量の水を封じてある。CPU側で水が蒸発して潜熱を吸い取り、蒸気が反対側へ飛んで凝縮して熱を放す。液は内壁のウィックという細かい構造の毛細管力で戻ってくる。熱を『伝導』ではなく『蒸気の移動』で運ぶので、同じ太さの銅棒より何百倍も熱を通しやすい。ただし運べる熱には上限があり、それを決めるのがウィックの毛細管力と、向き(重力)だ。計算で確かめてみよう。
毛細管限界
括弧の中は、ウィックが液を引く毛細管圧力から、液を持ち上げる重力を引いたもの。$K$ はウィックの透過率(液の流れやすさ)、$A_w$ はウィックの断面積、$\phi$ は蒸発部が上になる向きの傾き。$r_{eff}$ が小さいほど引く力は強いが、$K$ は小さくなり流れにくくなる。この兼ね合いがウィック設計の中心だ。
作動液の良さ(メリット数)
表面張力と潜熱が大きく、粘度が小さい液ほど多くの熱を運べる。水のメリット数は30℃で2.2×10¹¹、60℃で3.3×10¹¹、100℃で4.5×10¹¹ W/m²と、温度が高いほど大きい。水は常温付近で最も優れた作動液の一つだが、0℃以下では凍る。
宇宙から始まったヒートパイプ
ヒートパイプの考え方は1940年代にアメリカのゼネラルモーターズで特許が出されたが、注目されたのは1963年、ロスアラモス研究所のグローバーが宇宙用の原子炉の熱を運ぶために試作してからだ。『ヒートパイプ』という名前も彼がつけた。重力のない宇宙では液を戻すのに毛細管力が欠かせない。人工衛星の温度制御に使われたあと、1990年代後半からノートPCのCPU冷却に広まり、今ではスマートフォンの薄いベーパーチャンバーにも同じ原理が使われている。
計算例:直径6 mmの銅と水のヒートパイプ
外径6 mm、肉厚0.3 mm、ウィック厚さ0.5 mm。蒸発部50 mm・断熱部100 mm・凝縮部50 mm(全長200 mm)、作動温度60℃。蒸気の圧力損失は無視し、毛細管限界だけを見る。
ウィックの種類と向き
| ウィック | 毛細管圧力 | 重力で補助(縦) | 水平 | 蒸発部が上 30° | 蒸発部が上 90° |
|---|---|---|---|---|---|
| 焼結(粒径0.1 mm) | 6,305 Pa | 70 W | 54 W | 45 W | 37 W |
| 金網 | 2,207 Pa | 158 W | 84 W | 48 W | 11 W |
| 軸方向の溝 | 662 Pa | 330 W | 84 W | 0 W | 0 W |
長さ200 mmの水柱の重さは1,929 Paで、溝型ウィックの毛細管圧力662 Paの約3倍ある。蒸発部を上にして30度傾けるだけで重力の分が965 Paになり、溝では液を戻せなくなる。
銅棒との比較
| 項目 | ヒートパイプ | 同じ太さの銅棒 |
|---|---|---|
| 熱抵抗 | 0.034 K/W | 13.6 K/W |
| 20 Wを運ぶ温度差 | 0.7 K | 272 K |
ヒートパイプの値は、両端のウィック(熱伝導率を40 W/mKと仮定)と管壁の伝導だけを見た理想値。実際には接触抵抗なども加わってこれより数倍大きくなるのが普通だが、それでも銅棒とは2けた違う。
溝型は水平なら焼結型より多く運べるのに、少し傾けるとゼロになるんですね。
溝は太い通路なので液が流れやすいが、引く力は弱い。焼結は細かい粉のすき間なので引く力が強い代わりに流れにくい。水平なら重力の負担がないので流れやすい方が勝つ。蒸発部が上になると、まず重力に勝てるかどうかが問題になり、引く力の強い焼結型しか生き残れない。だから向きが固定された機器や、重力で液が戻る向きで使う装置には溝型、ノートPCやスマートフォンのように向きが変わる機器には焼結型が使われる。ただし重力で補助される縦置きでは330 Wと大きく出ても、実際には蒸気の流れで液が飛ばされる飛散限界など、別の限界が先に来ることが多い。
シミュレーションの進め方
- まず毛細管・音速・飛散・沸騰の4つの限界を式で求め、使う条件で余裕を確認する。
- 機器全体の熱解析では、ヒートパイプを高い熱伝導率の棒や熱抵抗網で置き換える。
- 置き換えた場合も、運ぶ熱が限界を超えていないかを別に確認する。
- 始動時(低温)は蒸気の密度が低く音速限界にかかりやすい。
- 曲げや扁平加工をした管は、ウィックと蒸気通路が変形して限界が下がる。
「逆さにしたら熱暴走」
ある産業用の制御盤で、溝型ヒートパイプを使った冷却器を、設置場所の都合で上下逆さまに取り付けたところ、夏に機器が過熱して停止した。本来は発熱部が下で、液は重力で戻る向きだった。逆さにすると発熱部が上になり、毛細管力の弱い溝型では液が戻らず乾いてしまった。取り付けの向きを戻すと問題は消えた。ヒートパイプの性能は向きで大きく変わるので、図面に向きの指定をはっきり書いておく必要がある。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 向きを考えない | 乾いて過熱 | 重力を入れて限界を計算 |
| 高い熱伝導率の棒だけで表す | 限界超えに気づかない | 限界を別に確認 |
| 曲げの影響を無視 | 限界の過大評価 | 曲げ後の値を使う |
| 低温始動を見ない | 始動しない | 音速限界と凍結を確認 |
| 作動液の選択ミス | 温度範囲外 | メリット数で比較 |
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