モータ熱マネジメント解析 — 電磁-熱連成の理論と実務
理論:損失が熱になり、熱が損失を変える
概要
EV用モータで『最大トルクは30秒まで』とカタログにありますが、その時間はどう決めているんですか?
巻線の温度で決まるんだ。モータの損失の多くは巻線の電流による銅損で、電流の2乗、つまりトルクのほぼ2乗に比例する。大きなトルクを出すと発熱は一気に増えるけど、巻線には熱容量があるので、温度はすぐには上がらない。巻線の絶縁が耐えられる温度(たとえば155 ℃)に達するまでの時間が、その過負荷の許容時間になる。これを見積もるのに便利なのが熱回路網で、電磁界で求めた損失を与えて温度の時間変化を計算するんだ。
2点の熱回路網
$T_w, T_h$ は巻線とハウジングの温度、$C_w, C_h$ は熱容量、$R_{wh}$ は巻線からハウジングへの熱抵抗(絶縁紙や含浸樹脂を含む)、$R_{hc}$ はハウジングから冷却水への熱抵抗、$P_{fe}$ は鉄損。実際のモータではステータの歯やヨーク、ロータ、磁石、軸受なども節点にして、数十点の回路網にすることが多い。
銅損の温度依存
$k$ は定格に対するトルクの比(電流に比例すると仮定)、$P_0$ は定格・基準温度 $T_{ref}$ での銅損。銅の抵抗は1 Kあたり約0.39%増えるので、温度が上がるほど同じ電流でも発熱が増える。
絶縁の耐熱クラスと「10℃半減則」
モータや変圧器の絶縁材料は、耐えられる温度でA種(105 ℃)、E種、B種(130 ℃)、F種(155 ℃)、H種(180 ℃)などに分けられている。この分類の背景には、絶縁の寿命は温度が約10 K上がるごとにおよそ半分になるという経験則(化学反応の速さのアレニウス則に基づく)がある。モータを155 ℃の上限で使い続けるのと、145 ℃に抑えるのとでは、絶縁の寿命が2倍近く違うことになる。熱解析で最高温度を数Kでも正確に見積もる価値はここにある。
計算例:仮想の水冷モータ
条件
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 定格の銅損(120 ℃基準) | 400 W |
| 鉄損 | 200 W |
| 巻線の熱容量(銅5 kg) | 1,925 J/K |
| ハウジングの熱容量(アルミ15 kg) | 13,500 J/K |
| 巻線→ハウジングの熱抵抗 | 0.08 K/W |
| ハウジング→冷却水の熱抵抗 | 0.04 K/W |
| 冷却水の温度 | 65 ℃ |
例1:定格と連続トルク
定格では巻線121 ℃、ハウジング89 ℃。巻線の上限を155 ℃(F種)とすると、連続で出せるトルクは定格の約1.25倍になる。トルクを25%上げると銅損は56%以上増え、さらに温度とともに抵抗が増えるので、余裕は思ったより小さい。
例2:過負荷の許容時間
| トルク(定格比) | 155 ℃に達するまで |
|---|---|
| 1.5 | 約200秒 |
| 2.0 | 約61秒 |
| 3.0 | 約21秒 |
2倍のトルクで1分くらい、3倍だと20秒くらいなんですね。
定格で温まった状態からの値だね。巻線の時定数(熱容量×熱抵抗)が約150秒だから、それより短い時間なら、ハウジングはほとんど温まらず巻線だけが熱をため込む。カタログの『30秒』のような値は、こういう計算に安全の余裕を足して決めている。冷えた状態から始めればもっと長く出せるけど、実際の走行では坂道の途中で追い越しをする、といった最悪の順番を考えるので、温まった状態を基準にするのが普通だ。それと、この回路網は仮想の値なので、実機では試験で熱抵抗を合わせ込む必要がある。
解析の進め方
手順
- 電磁界解析で、運転点ごとの銅損・鉄損・磁石の渦電流損を求める(効率マップの計算と同じ)。
- 熱回路網を作り、主要な熱抵抗(巻線と鉄心の間、ハウジングと冷却の間)を試験や詳細な熱解析で合わせる。
- 走行パターンなど時間とともに変わる運転で温度を計算する。
- 温度で損失(銅の抵抗、磁石の性質)を更新し、繰り返す。磁石の温度は減磁の判定にも使う。
注意点
- 巻線内の温度分布:スロットの中央とコイルエンドは温度が高くなりやすい。回路網でも節点を分ける。
- 接触熱抵抗:ステータとハウジングのはめあいのすき間は大きな熱抵抗になる。
- ロータの冷却:ロータと磁石は冷えにくく、高速運転では磁石の渦電流損で温度が上がる。
「ベンチでは合格、坂道で出力制限」
台上試験では定格も最大トルクも問題なかったのに、実際の車で長い坂を登ると途中で出力が制限された——こんな例がある。台上では1回ずつ冷えた状態から試験していたが、実際の坂では大きなトルクが何分も続き、その前の高速走行で磁石と巻線がすでに温まっていた。熱回路網で走行パターン全体を通して計算していれば、坂の手前の温度を見積もれた。過負荷の許容時間は、どの温度から始めるかで大きく変わるんだ。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 銅損を温度一定で計算 | 高温側を過小評価 | 抵抗の温度依存を入れる |
| 冷えた状態からの過負荷だけ評価 | 実際の運転で温度超過 | 走行パターン全体で計算 |
| 巻線を1点で代表 | 最高温度を見落とす | スロット・コイルエンドを分ける |
| はめあいの接触抵抗を無視 | 温度を過小評価 | 試験で合わせ込む |
| 磁石の温度を見ない | 減磁の危険を見落とす | ロータの節点を入れる |
モータの設計や熱の計算を自分でも試したいです。