空洞共振器の電磁界シミュレーション
理論:金属の箱の中の定在波
概要
マイクロ波フィルタや加速器に「空洞共振器」が使われていますよね。ただの金属の箱が、なぜ共振するんですか?
金属の壁は電磁波をほぼ完全に反射するから、箱の中では波が行ったり来たりして、壁で電界がゼロになる条件を満たす波だけが残るんだ。弦の振動と同じで、寸法で決まる飛び飛びの周波数(モード)でだけ強く共振する。壁の損失がとても小さいので、Q値が数千〜数万と、コイルとコンデンサの回路よりずっと鋭い共振が得られる。
矩形空洞の共振周波数
$a$、$b$、$d$ は内寸、$m$、$n$、$p$ は各方向の半波長の数。TE モードと TM モードで許される整数の組み合わせが異なり、$b < a < d$ なら最も低いのは TE101 モードになる。
Q値
$Q_c$ は壁の導体損失、$Q_d$ は中に詰めた誘電体の損失($\tan\delta$ は誘電正接)、$Q_{ext}$ は外部回路への結合によるもの。いちばん小さいものが全体のQ値を支配する。$R_s$ は表面抵抗で、表皮深さの中を電流が流れることによる損失を表す。
電子レンジとレーダーを生んだ空洞
1940年、英国のランドールとブートは、銅のブロックに空洞を並べて開けたキャビティ・マグネトロンを作り、それまでにない強さのマイクロ波を発生させた。これが第二次世界大戦のレーダーを大きく進歩させた。戦後、同じ仕組みのマグネトロンを扱っていた技術者が、ポケットのチョコレートが溶けていることに気づいたことが、電子レンジの開発につながったという話はよく知られている。電子レンジの加熱室も、それ自体が大きな空洞共振器であり、食品の加熱むらはその中の定在波のモードで説明できる。
計算例:WR-90を閉じた空洞
モードの並び
WR-90導波管(内寸 22.86 × 10.16 mm)の両端を閉じ、長さ $d = 30$ mm の空洞にした場合の低いモードは次のとおり(中は空気)。
| モード | 共振周波数 |
|---|---|
| TE101 | 8.24 GHz |
| TE102 | 11.95 GHz |
| TE201 | 14.03 GHz |
| TE011 | 15.58 GHz |
| TM110 | 16.15 GHz |
誘電率2.1のPTFEで満たすと、どのモードも $1/\sqrt{2.1}$ 倍になり、TE101 は約5.69 GHz に下がる。空洞を小さくしたいときに誘電体を入れるのはこのためだ。
銅の壁によるQ値
銅(導電率 $5.8\times10^{7}$ S/m)の壁で、TE101 モードの表面抵抗は約0.024 Ω、壁の損失だけによるQ値は約7,700 になる。共振の帯域幅 $f/Q$ は約1.1 MHz と、8 GHz に対してとても狭い。
帯域が1 MHz だと、寸法が少し違うだけで周波数がずれてしまいそうですね。
そのとおり。長さ $d$ が10 μm 変わるだけで、TE101 の周波数は約1 MHz 動く。帯域幅と同じくらいだね。だから実際のフィルタには調整ねじが付いていて、組み立て後に周波数を合わせる。温度で金属が伸び縮みしても周波数が動くので、精密な用途では熱膨張の小さい材料を使ったり、温度補償の構造を入れたりする。
固有値解析のメッシュ収束
TE10p モードは電界が $b$ 方向に一様なので、$a \times d$ の長方形の2次元問題として差分法の固有値解析で解ける。$a$ 方向の分割数 $n_x$ を変えたときの TE101 の結果は次のとおり。
| 分割数 | TE101 の周波数 | 誤差 |
|---|---|---|
| 4 | 8.062 GHz | −2.21 % |
| 8 | 8.198 GHz | −0.56 % |
| 16 | 8.233 GHz | −0.14 % |
| 32 | 8.241 GHz | −0.034 % |
| 64 | 8.243 GHz | −0.008 % |
分割を2倍にするごとに誤差はほぼ1/4で、2次精度で収束している。Q値が数千の共振器では周波数の誤差0.1%でも帯域幅の数倍ずれるので、共振器の解析では普段の構造解析よりずっと細かい収束の確認が必要になる。
FEMでの解析
解析の設定
- 辺要素を使う:電界を節点で表す要素では、発散がゼロにならない偽の解(スプリアスモード)が混ざる。電磁界の固有値解析では、辺に自由度をもつネデレック要素を使うのが標準。
- 損失の入れ方:壁を完全導体として固有値を求め、表面抵抗から後でQ値を計算する方法と、壁にインピーダンス境界条件を与えて複素固有値から直接Q値を得る方法がある。
- 探す範囲を指定する:固有値ソルバーには「この周波数の近くを探す」値を与える。目的の近くに縮退したモードや近接モードがあると取り違えやすいので、電界の分布図でモードを確認する。
- 結合孔・プローブ:外部との結合を含めると共振周波数が少し下がり、Q値も下がる。フィルタ設計では、結合を含めた周波数領域解析でSパラメータを確かめる。
「解析のQ値が実測の2倍」はよくある
解析で求めたQ値が実測の2倍近く出ることは珍しくない。原因の多くは、表面の粗さ(高い周波数ほど表皮深さが浅く、凹凸で電流の通り道が長くなる)、めっきの導電率が純銅より低いこと、部品の継ぎ目で電流が流れにくいことだ。解析では導電率を実測に合わせて下げる「実効導電率」で補正することが多い。どの程度下げたかを記録しておけば、次の設計の見積もり精度が上がる。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 節点要素で固有値解析 | 偽のモードが混ざる | 辺要素を使う |
| 粗いメッシュで周波数を判断 | 帯域幅の何倍もずれる | 収束を確認し外挿する |
| 純銅の導電率でQを計算 | Qを過大評価 | 実効導電率で補正 |
| モードを番号だけで判断 | 縮退モードを取り違える | 電界分布図で確認 |
| 温度による寸法変化を無視 | 運転中に周波数がずれる | 熱膨張を含めて感度を評価 |
寸法を変えてモードの変化を見てみたいです。
導波管モードシミュレーターで導波管の寸法とモードの関係、表皮深さ計算で表皮深さ、マイクロ波フィルタシミュレーターで共振器を使ったフィルタの特性を確かめられるよ。理論の続きは導波管モード、誘電体共振器、高周波FEMの記事にまとめてある。
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