パワエレ・スイッチングEMI解析 — dV/dt起因の伝導・放射ノイズをCAEで予測・対策する
仕組み:台形波がノイズを生む
概要
SiC MOSFETに替えたら効率は上がったのに、EMI試験の30 MHzあたりで落ちるようになりました。なぜですか?
スイッチングが速くなったからだよ。スイッチの電圧波形は、立ち上がりと立ち下がりに時間がかかる台形の波。その周波数成分は、ある周波数から上で急に小さくなるんだけど、その境目が立ち上がり時間で決まる。速く切り替えると境目が高い周波数へ移って、今まで小さかった数十MHzの成分が残るようになる。損失を減らすとノイズが増える、というのがパワエレの基本的なトレードオフなんだ。
台形波のスペクトル
$V$ は電圧振幅、$D$ はデューティ比、$T$ はスイッチング周期、$t_r$ は立ち上がり時間。スペクトルの上限(包絡線)は、$1/(\pi D T)$ までは平ら、そこから $1/(\pi t_r)$ までは周波数に反比例(1桁あたり−20 dB)、それより上は周波数の2乗に反比例(1桁あたり−40 dB)で下がる。
ノーマルモードとコモンモード
ノーマルモード(ディファレンシャルモード)ノイズは、電源の行きと帰りの線を逆向きに流れる電流で、主にスイッチング電流のリプルが原因。コモンモードノイズは、2本の線を同じ向きに流れて筐体やアースを通って戻る電流で、スイッチする端子とヒートシンク・筐体の間の寄生容量 $C_p$ に、電圧変化 $dV/dt$ が加わって生じる。
ラジオに雑音が入ることから始まった規格
伝導ノイズの規格が150 kHzから始まり、放射ノイズが30 MHzから測られるのは、もともと守りたかったのがラジオ放送だったからだ。家電や機械が出す雑音がAM・FM放送や無線通信を妨げないよう、国際的な委員会(CISPR)が測定方法と限度値を定めてきた。その後、自動車の中の電子機器どうしの干渉を扱う規格も作られ、EVのインバータは車内のラジオや通信を妨げないことを求められている。測定の周波数範囲と、限度値が周波数ごとに違う理由は、守るべき受信機側の事情から来ている。
計算例
例1:立ち上がり時間とノイズの大きさ
400 V、100 kHz、デューティ比0.5の台形波について、スペクトルの包絡線を求めた(単位 dBμV)。最初の角の周波数は63.7 kHzで、どの場合も共通。
| 立ち上がり時間 | dV/dt | 2つ目の角 | 1 MHz | 10 MHz | 30 MHz | 100 MHz |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 50 ns | 8 kV/μs | 6.4 MHz | 148.1 | 124.2 | 105.1 | 84.2 |
| 10 ns | 40 kV/μs | 31.8 MHz | 148.1 | 128.1 | 118.6 | 98.2 |
| 2 ns | 200 kV/μs | 159 MHz | 148.1 | 128.1 | 118.6 | 108.1 |
1 MHzでは全く変わらないのに、30 MHzでは13.5 dBも違うんですね。
そう。立ち上がり時間が効くのは2つ目の角より上だけなんだ。50 nsから10 nsにすると30 MHzで13.5 dB、100 MHzで14 dB増える。さらに2 nsにすると100 MHzでもう10 dB増える。低い周波数の伝導ノイズはスイッチング周波数とデューティで決まり、高い周波数の放射ノイズは立ち上がり時間で決まる、と分けて考えると対策の見当がつけやすいよ。なお包絡線は上限で、実際の高調波は谷(ゼロ点)を持つから、特定の周波数だけを見て判断しないこと。
例2:寄生容量とコモンモード電流
| 寄生容量 | 50 ns(8 kV/μs) | 10 ns(40 kV/μs) |
|---|---|---|
| 20 pF | 0.16 A | 0.80 A |
| 50 pF | 0.40 A | 2.0 A |
| 100 pF | 0.80 A | 4.0 A |
400 Vの切り替えで流れるコモンモード電流のピーク。パワーモジュールとヒートシンクの間の絶縁層は数十〜数百pFの容量を持つことが多い。容量を減らす(絶縁層を厚く、スイッチする端子の銅面積を小さく)か、電流の戻り道を短くして筐体の外へ出さないことが対策になる。
例3:フィルタの減衰量
コモンモードチョーク1 mHとYコンデンサ4.7 nF×2(合計9.4 nF)なら角の周波数は51.9 kHz。理想的な減衰量は150 kHzで18 dB、1 MHzで51 dB、10 MHzで91 dBになる。しかし実際のチョークは巻線間の容量で数MHzから効きが落ち、Yコンデンサも配線のインダクタンスで高い周波数では働かない。10 MHzで91 dBを期待してはいけない。
Yコンデンサは大きくするほど効くが、商用周波数で漏れ電流が流れる。230 V・50 Hzで2.2 / 4.7 / 10 nFなら0.16 / 0.34 / 0.72 mA。機器の種類ごとに漏れ電流の上限があるため、容量は安全規格の制約の中で決める。
解析と対策の進め方
解析の手順
- 回路シミュレーションで、寄生インダクタンスと寄生容量を含めたスイッチング波形を求める。部品の理想モデルでは立ち上がりのリンギングが出ない。
- 伝導ノイズは、電源側に測定用の擬似電源回路網(LISN)のモデルをつないで、その端子電圧をFFTで求める。
- 放射ノイズは、基板・ケーブル・筐体を含む3次元の電磁界解析に、回路で求めた波形を入力して求める。ケーブルが最大のアンテナになることが多い。
- 測定と比べる。解析値との差は、測定のばらつきと未知の寄生成分を見積もる手がかりになる。
対策の優先順位
- 発生源を抑える:スイッチングのループ面積を小さくし、寄生インダクタンスによるリンギングを減らす。ゲート抵抗で立ち上がりを少し遅くするのは損失とのトレードオフ。
- 経路を断つ:スイッチする端子の銅面積を小さくして寄生容量を減らし、コモンモード電流を筐体内で戻す。
- フィルタで取る:最後にフィルタを入れる。高い周波数では部品の寄生成分と配置で効きが決まるので、入力と出力の配線を離す。
「フィルタを大きくしたら悪化した」
伝導ノイズの試験で10 MHz付近が限度値を超えたため、チョークを大きいものに替えたら、かえって悪化した——という話はよくある。大きいチョークは巻数が多く、巻線間の容量も大きい。そのため自己共振の周波数が下がり、10 MHzではインダクタではなくコンデンサのように働いて、ノイズを素通りさせてしまう。高い周波数の対策では「大きな部品」より「寄生成分の小さい部品と配置」が効く。フィルタの入力側と出力側の配線が近いと、そこでも容量で結合して素通りになる。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 理想スイッチで解析 | リンギングと高周波成分を見落とす | 寄生L・Cとデバイスモデルを入れる |
| 立ち上がりだけ速くする | 数十MHzのノイズが増える | ループ面積と寄生容量を同時に減らす |
| フィルタの理想減衰を信じる | 数MHz以上で不足する | 部品の自己共振と配置を評価 |
| Yコンデンサを大きくしすぎる | 漏れ電流が上限を超える | 安全規格の上限から逆算 |
| ケーブルを解析に入れない | 放射ノイズを過小評価 | ケーブルと筐体を含めて解析 |
スペクトルやフィルタの動きを自分で試してみたいです。
FFTスペクトル解析ツールで波形とスペクトルの関係、ローパスフィルタ・シミュレーターとRLC共振シミュレーターでフィルタと共振、降圧コンバータのリプル計算でリプルを確かめられるよ。発生源の対策はスナバ回路、寄生インダクタンス、ゲートドライバ設計の記事が詳しい。
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